第122話人の趣味をバカにする根黒の友人の姉に反抗してみた1

 風紀委員室にて。


 いつものメンバーで昼休みを過ごしていた。


「映画?」


 奏介が首を傾げた。


「うん。わたしの好きな漫画が実写映画になるんだ! 『海で君を追いかけて』っていう恋愛もの。結構泣けるけど、ラブコメ寄りだから見やすいよ! 皆でどう!?」


 どうやら映画鑑賞の誘いのようだ。


 ヒナはサンドイッチをもぐもぐとしながら、


「ラブコメ寄りならボクでも大丈夫かな? 泣けるやつ見てて実際涙出ると萎えちゃうんだよね」


「それ、有名よね。ラブコメ回とガチ恋愛回が交互にくるやつ」


「わたしも興味ある」


「で、男子はどうだい?」


 水果に問われ、奏介と真崎は顔を見合わせた。


「そうだな。おれは別に嫌いじゃないし、付き合っても良いぜ? 普通にポップコーン食いたい」


「あっ、美味しいよね、映画館のポップコーン」


 詩音が嬉しそうに言う。


「それで、どう? 奏ちゃん。ポップコーン」


「いや、そっちがメインになってるから。まぁ、別に良いよ。有名だしこの機会に」


「やった。決まりだね!」


「ボク、塩とキャラメル二種類にしよっと」


「あんたまでポップコーンメインになってるじゃない」


 そんな話をしていると、メッセージアプリがメッセージを受信したようだ。


 発信者は珍しい名前である。


 根黒一からのメッセージだった。




『ちょっと相談があるんだけど、会えない? 今回は騙すとか絶対にないから!』




 怪しい。


 眉を寄せてると、隣の真崎がこちらを見ていることに気づいた。


「大丈夫か?」


「いや、ちょっと」


 奏介は、はっとした。少し考えてから、


「ちょっと皆に頼みがあるんだけど」


 そう言って、全員の顔を見回した。











 根黒は学校が終わると、すぐに駅へ向かった。奏介が誘いに乗ってくれたのでこれから会うのだ。


「はぁはぁ」


 最近少し体が重くなったような気がする。


 と、駅前に奏介の姿を見つけた。


「菅谷くーん」


 手を振りながら近づく。いじめはなくなったがほぼぼっちな学校生活を送る根黒にとって、こうした待ち合わせをするというのは新鮮だった。


「あぁ、来たか」


「はぁはぁ、ご、ごめんね、待った?」


 もじもじしながら言うと、奏介は一歩引いた。


「なんかいちいち気持ち悪いな」


 友人と待ち合わせが嬉し過ぎて、まるでデートに遅れそうになった女子のようになってしまった。


「あ、それで相談なんだけど」


 そう言いかけたところで近くにいた五、六人の高校生達が奏介の元に集まってきた。


「へぇ、こいつが菅谷の小学校の同級生?」


 と言ったのは真崎である。


「!? へ?」


 奏介の知り合いらしいことは分かったが、ガタイがよく、スポーツをやっていそうだ。


「そう、根黒一。小学校の友達。根黒、こっちは俺の友達の針ヶ谷真崎」


「うぇ? は、初め……まして?」


 確かに一人で来てほしいとは言わなかった。言わなかったが、面識のない人を連れてこられるとは思わなかったのだ。


 そして、他に集まってきたのは女子ばかりである。


「あ、この子が万引き強要の?」


 ヒナが問うてくる。


「ああ、前に俺を誘い出して生贄にしたんだよ」


 ヒナは深刻な表情でごくりと喉を鳴らす。


「生贄……菅谷くん無事でよかったね」


「何があったの……?」


「ヒナ、あんた何を考えてんのよ。モモも信じなくていいわよ。ていうか、要は騙されたってことでしょ? あんたにしては律儀よね」


 確かに以前は酷い目にあったし、会いたいと言われて断ることも出来たがなんとなくオッケーしてしまったのだ。やはり、小さい頃の思い出は刷り込まれているのだろう。


「ああ、奏ちゃん仲が良かったよね。根黒君かぁ。わたし、伊崎詩音だよ」


 人差し指で自分を指す詩音。


「菅谷君の……幼なじみの」


 クラスは違うが覚えていたらしい。あの頃、奏介に普通に声を駆けてくるのは根黒を除くと、詩音だけだったのだ。


「それで、菅谷を呼んだのはどういう用件なんだい?」


 水果が自然な流れで問うてくれたので、七人で根黒を囲んでみる。


「いや……あの……最近話をする人が凄く悩んでて……なんていうか、暴言吐いてくる人に言い返せないみたいな」


「なんだ、完全に菅谷の出番じゃない」


「またいじめっ子に菅谷連れてこいとか言われたわけじゃねーんだろ?」


 真崎の問いにこくこくこくと頷く根黒。


「君、君。菅谷くんを敵に回すのは良くないよ? ボクからの忠告」


「あ、わたしからもそれ言おうと思ってた」


「ふむ。てことはボクとしおちゃんからの忠告ね」


「いや、あたしからもよ」


 するとモモも挙手する。


「わたしも仲間に入れてほしい」


「もう全員からの忠告で良いんじゃないかい?」


 水果が苦笑気味に言う。


「まぁ、なんだ、あんまり人を騙そうとすんなよ? 菅谷の友達ってことなら俺もなんとかしてやるよ」


 そういう話にまとまって、他六人はそのまま帰ることになった。元々会うときだけ立ち会ってもらうつもりだったのだ。


「菅谷くん、またなんかあったら、連絡ちょーだい」


 親指を立てるヒナ。


「ああ」


「じゃあね、奏ちゃん、根黒君、ごゆっくり」


「ほどほどにしなさいよ?」


 そうして奏介は根黒と、二人きりになる。


「僕信用ないね!?」


「あるわけないだろ」


「……でも……あれって全員君の友達?」


「それ以外ないだろ」


 ただの同級生がこんなところまで付いてきてくれるわけがない。


「……」


 無言で足元を見つめる根黒に、奏介はため息を吐いた。


「それで? 最近話すっていうのは友達ってこと?」


「……今はまだわからないけど、そうかもしれない。時々図書室で会うからちょっと仲良くなったんだけど、最近学校に来てないんだ。連絡先知ってたから聞いてみたら引きこもってるらしくてさ。別にそこまで仲良くないんだけど……なんか助けてあげたいって思うんだ。だから君に相談してみようかなって」


 連絡先を交換してる時点で友達のような気もするが。


「引きこもりか。具体的に何があったんだ」


「好きなアニメが一緒で話すようになったんだけど」


 いわゆるアニオタなのだろう。恐らく根黒自身も。


「だけど、お姉さんがアニメとか漫画とかのオタクが大嫌いらしくて、酷い暴言を吐かれたりバカにされるんだって」


「それで、引きこもりか」


「うん。勝手にフィギュアとかゲームとか捨てられたりするのもあって部屋から出たくなくなったって言ってた」


「それは結構酷いな」


 人の趣味を全否定の上、他人のものに手を出すとは。


 そういうわけで、根黒の友人【仮】の家に行くことになった。どうやら、家を訪ねるのは初めてらしく、それもあって奏介に連絡してきたらしい。











 引きこもりになった根黒の友人【仮】、長見慧おさみけいの家は一軒家だった。姉と両親の四人暮らし。


 緊張の震えで指が動かない根黒に代わって、奏介がインターホンを押す。


 玄関へ入ると、母親らしきエプロン姿の女性が出てきた。


「慧のお友達?」


 目を見開く彼女。少し嬉しそうだ。どうやら長見慧に親しい友人はいないらしい。


「そう、慧を心配して来てくれたんですね。どうぞ。上がって」


 母親の雰囲気は悪くなさそうだが。


 しかし、廊下ですれ違った若い女性。スマホで電話をしているらしく大きな声で喋っている。


「そうそう! じゃあ次は『海で君を追いかけて』見に行くか」


 彼女が姉のようだ。


 どこかのお嬢様と違って、すれ違い様に何か言ってくることもなく、そのまま長見の部屋へ。


「し、しつつつつれいしますっ」


 ガチガチに緊張している根黒。


 母親はお茶を持ってくるとのことでキッチンへ戻って行った。


 中へ入ると、暗い部屋でPCの前に座って項垂れている長見の姿が。


「お、長見君。あ、あの……図書室でよく……ね、根黒ですっ」


 振り返った彼はどこかやつれて、青い顔をしていた。






 ここへ来た経緯と奏介の自己紹介を挟み、机の椅子、部屋にあった座椅子、そしてベッドにそれぞれ座って用意してもらったお茶をすする。


「そう、なんですか。根黒君の」


 中性的な顔立ちで気弱そうな見た目、病気がちらしくあまり教室には行かないらしい。保健室や図書室で自主勉強をしているそう。


「悪いね、初対面なのに部屋に上がって。根黒がどうしてもって言うから」


「いいえ、根黒君の気持ちは嬉しいですし、菅谷君もわざわざありがとうございます」


 頭を下げる。礼儀正しい。


「それで、お姉さんは」


 根黒が聞く。


「あ、はい。昨日ついに『きらめく魔法と柚の恋』アニメのDVD全巻セットBoxを捨てられてしまいました。……僕個人としては宝物だったんですけどね」


 肩を落とす長見。


「他人のものを捨てるって……」


 奏介は眉を寄せた。


「あれって凄く高いやつだよね!? 買ってたの!?」


「長い時間働けないので短期バイトとか頑張ってお金を貯めて買ったんですよ。なのに……」


「ひ、酷い」


 根黒も呆然としているよう。


「長見は言い返さないの? さすがに文句くらい言わないと」


「昔から姉が怖いんです。こういう性格になったのも姉の影響のような気がします。引きこもってアニメを見てる時だけが至福の時間なのに」


 姉からの暴言などで弱っていた頃にアニメに出会い、はまっていったらしい。現実逃避といえばそうかも知れないが、立派な趣味だ。今時はアニメ好きと言っても大分偏見がなくなったように感じるが。


 と、その時。部屋のドアが開いた。


「!」


 先程の女性、もとい長見の姉だろう。


「あのさぁ、うちでアニオタの集まりするの止めてくんない?」


 この上なく不機嫌である。


 それなりに美人なのに大柄で強面という迫力のある女性だ。大学生だろうか。


「え、ただ友達が来てくれたから」


「だからオタク友達だろ? そこのデブもそっちのヒョロヒョロも気持ち悪いアニオタ男じゃん。きもいんだよ」


「え、え……」


 長見はもちろん、根黒もおろおろしている。いきなりこんな敵意を向けられては当然だろう。


 奏介はゆっくりと立ち上がった。


「失礼ですね。誰ですか、あなた。何様なんです?」


「あぁ? そっちこそ」


 イリカの家でもあったが、相手が何も言わないでいると調子に乗って箍が外れるのだろうか。


「この家の客です。初対面の人間相手にデブとかオタクとか、失礼にも程があるでしょう。一体どういう教育を受けてるんですか? 学校で礼儀を習いませんでした? 大体部屋に入るときはノックをする。常識です。社会人ではないようですが、就職活動の面接で恥ずかしい思いをしますよ? おいくつなんですか? もう少し考えて行動、発言しましょうよ。小さい子供じゃあるまいし」


「な、な……」


 奏介は息を吐いた。アニオタアニオタうるさいので、もう少し丁寧に攻めてやることにする。

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