第121話壱時祐太after
壱時家にて。
奏介と真崎は連火の部屋へお邪魔していた。
ローテーブルを囲み、出された緑茶をすする。
「お願いっス。兄貴達っ」
頭を下げ、両手を合わせる連火である。
「……って言われてもな。おれ達がネタ提供出来るかっつったら無理だよな」
「うん。あ、女子何人か連れてくれば良かったね。しおとか知ってるから」
「伊崎な。漫画好きだしな。そういや、知り合いの女子に恋愛経験豊富なやついないよな?」
「僧院が……」
言いかけて止めた。男子と付き合っていた経験があるとはいえ
「で、どんなシチュエーションが……」
真崎は言葉を止めた。
連火は座ったまま、寝てしまっているらしい。
「はぁ。こいつ、ネタのことで昨日寝られなかったんだと」
「前から思ってたけど思い悩むタイプなんだね」
「漫画のこととなるとな。……よっしゃ、栄養ドリンクでも買ってきてやるか。ちょっと寝かせとこうぜ」
「俺も行こうか?」
「すぐ行ってくっから」
真崎が部屋を出ていった。それから奏介も立ち上がる。トイレを借りることにする。居眠りをしている連火は放置しても問題ないだろう。
部屋を出て用を済ませ、戻る途中に鉢合わせてしまった。
「っ!」
壱時祐太は奏介の顔を見て固まる。
「……お邪魔してます」
奏介はそう言って、連火の部屋へ戻ろうとしたのだが。
「あの」
予想外なことに、祐太が話しかけてきた。
「はい?」
奏介が振り返る。
「兄ちゃん、元気ですか?」
質問の意味が分からず、ぽかんとする。
「連火さんのことですか? 隣の部屋なんだから直接聞けば良いんじゃないですか?」
祐太は暗い顔をする。
「最近、顔を合わせてないので、元気にしてるかなと思って。……それじゃ」
何やらやつれて見える。先日の無断転載の件が大分効いてるらしい。
奏介はため息を一つ。
「仲直りは出来てない感じですか?」
弟とは言え営業妨害、さらに連火の夢である漫画家の道を潰そうとしたのである。兄弟仲の修復は難しいのかもしれない。
祐太が動きを止めた。
「……兄ちゃんは、もう怒ってないっぽいです。ただ、気まずくて。それに」
祐太が言葉を切る。
「それに?」
なんとなくその言葉が気になった。
「無料配布漫画を回収しようとしてるんですけど、一部の人から反発されてサイトのコメント欄が炎上したんです。コメ欄閉じたらサイトのチャットが荒らされるし。サイト消したいんですけど、それだと回収出来なくなるしで、どうしたら良いか分からなくて」
そこまで話して祐太ははっとした様子。
「あ、すみません。じゃあ」
一人で悩んでいるのだろうか。いそいそと部屋へ入って行こうとする彼、奏介はノブを握って閉まるドアを止めた。
「どんな風に炎上してるんです?」
「え」
「見せてください」
百パーセント自業自得とは言え、奏介が関わったことで変わってしまった兄弟関係だ。少しだけ首を突っ込むことにする。
祐太の部屋へ入り、机に置かれているパソコンを覗き込んだ。
「あー、なるほど」
チャット欄が暴言で埋まっていた。
『ここの管理人、死なねーかな』『マジで死ね、詐欺師』
『死死死死!』
批判系ではなく、ただの暴言だ。チャットなのでそれが今も流れている。野竹ナナカの時とはまた違ったパターンである。
「無料配布漫画の回収について、記事を書いたんですよね?」
「あ、はい。サイトのブログに書きました」
ページを開いてもらう。
文面は次の通りだ。
『無料配布漫画の回収のご協力
わけあって、先日まで配布していた『フラクタデイズ』の無料漫画を回収したいと思います。
法律に抵触する可能性があり、自身で判断しました。ご協力よろしくお願いします。
送料はお支払します。下記の住所までお願いします』
住所はこの家ではないようだ。
「これは大学の近くの、一人暮らし用の家のなんです。もう少しで引き払うからどうせなら利用しようと思って」
一人暮らしをしてみたものの、経済的な事情で実家に戻ったらしい。成人するまでは親も何も言わないとのこと。
「それで、回収の経過は?」
「あ、はい。法律の下りに共感してくれた人も結構いて送って来てくれてます」
確かに一部の輩が逆上して暴れているだけのようだ。もはや、無料配布を返すとか返したくないとかの問題ではない。皆で荒らすのが楽しくなっているのだろう。
「どうしたら、良いんですかね」
奏介は途方にくれている様子の祐太の横顔を観察する。こうした行動に出ているということは、反省はしているのだろう。
「もう少し現実的な文を書いた方が良いですよ。管理者IDでチャットに参加しましょう」
「チャットに? あの、この前反論したら一斉に攻撃されたので」
「やってみます」
奏介は祐太に席を変わってもらい、まずはキーボードで打ち込む。
『殺人予告の方、証拠も押さえたので脅迫罪で訴えますね』
それをチャットに流す。暴言が流れていたチャットが一瞬止まる。
恐らく、軽い気持ちで参加していた人達は逃げただろう。
『はぁ? 脅しかよ!?』
『死ねと言われて命の危機を感じました。このチャット欄は証拠として警察に届けさせて頂きます』
チャット欄沈黙。荒らしていただろう数人も逃げたようだ。
「また荒らされたら冷静に対応した方が良いですよ。煽りで感情的になると向こうは喜びますから」
「は、はい」
チャット欄がまた流れ出した。
『なんか変な人いなくなった?』
『よかった、チャットに入りづらかったしね』
荒らしがいなくなって、ファンが集い始めたようだ。『フラクタデイズ』を語る場として機能してくる。
「す、凄い」
「まぁ、あいつらが戻ってきたらまた対応してください」
「! は、はい。ありがとうございます」
席を変わったところで、ドアが開いた。
振り返ると真崎と連火だった。奏介が戻ってこないので探していたのかも知れない。
「祐太、お前今度は何やって」
「ち、違う。おれはただ」
「祐太さんは無料で配った漫画を自主回収してたんですよ。連火さんのために」
「!」
連火が驚いた様子で目を瞬かせる。
「へぇ、なるほど」
真崎が感心したように何度も頷く。
「兄ちゃん、この前は、ごめん。おれなりにけじめはつけるから」
連火舌打ち。
「まったく、そういう時はおれにも声をかけろよ」
祐太の目が潤む。
「……うん。うん」
もしかすると、仲直りが出来るかもしれない。彼ら次第なのだろうが。
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