第107話昔の教え子の問題児に教育的指導をすることにした3

 無数の視線が自分の裸体に向けられていることに気づくまで時間はかからなかった。


 土岐は青ざめて、自分の体を隠すと同時に、


「いやああああああっ、見ないでぇっ」


 絶叫していた。恥ずかしさでおかしくなりそうだ。目の前がちかちかする。


 すると体育教師達が慌てて駆け寄ってくる。


「土岐先生!? あなた、何してるんですか!?」


 男性教師が上着を脱いで土岐へ投げる。


「ちょ、嘘でしょ。皆、ちょっと自習してて!」


 女性教師が土岐の前に立って、見えないようにする。


 現場は騒然、生徒、教師共々ドン引きだった。


 女性更衣室を荒らした上に女子生徒を襲い、あげく素っ裸で体育館に突撃。




 ついたあだ名は露出狂の変態教師、土岐ゆうこ。







 数年前。


 担任を受け持っているクラスの女子が職員室まで呼びに来たので何事かと思ったら、やはりトラブルメーカーで問題児の菅谷奏介だった。


 昇降口である。石田と友人達、そして菅谷奏介が言い合いをしていた。


「こら、何してるの?」


 歩み寄ると、石田がはっとして何かをポケットに隠した。


「先生、菅谷君がオレの上履きにイタズラしたんですよー。だからやり返したら逆切れして」


「! そうなの?」


 すると奏介は目に涙を溜めながら首を横に振った。


「ちが、僕は何もしてません。石田君達が」


 靴下の彼が指を指した先にあったのは酷い落書きをされた上履きだった。石田の上履きにイタズラをされた形跡はない。今回に関しては奏介が嫌がらせをされたのだろう。


 しかし、ここで石田を悪者にしたら、クラス中で奏介へ罰を与えているところだというのに良くない。クラスの結束が崩れてしまうかもしれない。


「あなたが、石田君に嫌がらせをしたからでしょっ。先にやったあなたが悪いのよ」


 石田の表情が明るくなった。


「ぼ、僕は何も」


「せんせー、菅谷君が言い逃れしてます」


「!」


 奏介が震えながら後退った。


「や、やってない。やってないのに」


「こっちへ来なさい。そうやってまた嘘を吐いて」


 土岐は奏介を職員室へ連れて行った。親へ連絡するのは校長に止められたが、今回の件は奏介が石田に嫌がらせをし、石田がやり返した、ということで落ち着いた。


 もちろん、叱ったのは奏介だけである。









 放課後の桃華学園。


 挨拶のために職員室へ向かう土岐には嘲笑が向けられていた。


「出たよ、露出狂の変態」


「きもちわるっ、全裸で体育館に突っ込んだんでしょ?」


「正気疑うんだけど。頭おかしいんじゃない?」


 躊躇いの無い罵倒の言葉に土岐は唇を噛み締めた。


 何故こんなことになったのか。我を忘れてあの女子生徒を追いかけ、誰かに押されて体育館に入ってしまった。そしてその場にいた全員に一糸まとわぬ姿をばっちり見られてしまった。恥ずかしいなんてものではない。


「あの生徒、許さないから」


 あの後、当然、桃華学園の理事長から説教が飛んできた。とにかく一生分の恥をかかされた気分だ。


 土岐は速足で職員室へ行き、すぐに演劇部の部室へと向かった。鍵を開けて中へ入ると、戸のそばにモップが倒れていた。


「また掃除用具」


 それを拾う。そもそも、あのバケツが全ての始まりだ。掃除をやりかけで投げ出す生徒がいるのかもしれない。


「叱っておかないと」


 と、チャイムが鳴り、体育の授業が終わったらしい体育館が騒がしくなった。慌てて演劇部室に入り、戸を閉めてから廊下を覗いてみる。と、伊崎詩音が友人たちと横切った。


「伊崎さんがいるってことは」


 あの菅谷奏介のクラスだ。しばらく見ていると、友人の男子生徒と体育館を出て来る彼の姿が見えた。最後のようだ。


 あの女子生徒の前に彼に釘を刺しておこう。


「待ちなさい、菅谷君」


 戸を開けて、その背中を呼び止める。すると彼がこちらを振り返った。


「……なんですか?」


 いつもより落ち着いていて、低い声だった。


「ちょっと来なさい」


 モップを持ったまま、部室へ呼び寄せる。


「針ヶ谷、先行って」


「おう、了解」


 彼の友人は手をひらひらと振って、去って行った。


「あなた、何か問題行動を起こしてないでしょうね?」


 奏介はバカにしたように鼻を鳴らした。


「露出狂のド変態教師が随分と偉そうだな? 校内を全裸で歩き回るような奴が生徒の問題行動の心配してんじゃねーよ」


 土岐はぽかんとしてしまった。まるで横から強く殴られたかのような衝撃だ。菅谷奏介はこれ以上ないような侮蔑の視線を向けて来た。見たことがない、表情だった。

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