第108話昔の教え子の問題児に教育的指導をすることにした4
土岐は混乱していた。
目の前の彼は間違いなく菅谷奏介だが、その口から発せられたのは教師に反発する不良の文句と同じだ。
「なん、ですって?」
声が震えてしまった。問題児なのだから汚い言葉遣いで反抗されるのは想定内のはずだ。なのに体が強張るくらい恐怖を感じている。
「変態が話しかけてくんなって言ってんだよ。非常勤の癖に説教か? いつまで担任気取りだよ」
「っ!」
徐々に怒りが込み上げてきた。確かに非常勤だが、仮にも教師である自分にこの態度と言葉遣いはないだろう。
「あなた、退学にするわよ!?」
「うるさい、変態。てめえにそんな権利ねえだろうが。それよりお前がクビなんだよ。この露出狂が」
「ぐっ……」
「更衣室荒らしたんだろ? 犯罪だぞ?」
一歩も引かず、軽蔑の視線と鋭い言葉を返される。彼に反撃されるのは初めてだった。以前は自分が怒鳴ればすぐに黙ったのに。
「あ、あれはあの女子生徒が……そう、あの生徒に嵌められたのよっ、女性更衣室を荒らしたのだってあの子だしっ」
「あぁ? 何言い訳してんだ? 下手クソな嘘で責任逃れか?」
「や、やってないって言ってるでしょ!?」
「知らねえよ。実際にお前がやってなくても周りはそう思ってるんだから、やったのと同じだ」
「え……」
土岐は青ざめた。
「や、やってないのに、なんでそうなるのよ!? 冤罪じゃないっ」
「冤罪? それは辛いな」
奏介はバカにしたように笑う。
「でも、今のお前の言葉を信じるやつなんかいねえよ」
「っ!」
歯噛みする土岐。
「なんだ? 随分悔しそうな顔するな。俺にやったのと同じだろ? お気に入りの石田クンの言葉を信じて俺を問題児の犯罪者扱い。クラスを巻き込んでいじめ倒してくれたよなぁ?」
「あれは、あなたの問題行動でしょ!? カッターで石田君を切りつけたじゃない」
「確かに結果だけ見るならそうだな。ってことは過程はどうでも良いわけだ? 石田クンにカッターを突きつけられた俺は怖くてとっさに反撃したからその結果になったわけだが、そんなのは関係ないと」
「か、関係ないわ。石田君は怪我をしたのよ?」
奏介はにやりと笑う。
「なら、お前の変態行為の数々がどうして引き起こされたかなんてどうでも良いだろ。結果的にお前は痴女のド変態露出狂ババアだ」
「! それとこれとは」
「それはそれとして、お前がかばってた石田クンはかつあげ恐喝、暴行傷害と色々やってたみたいだよな」
「それもあなたが」
「俺に文句いう前に警察に文句言えよ。石田クンはやってない、全部菅谷奏介がやったことだ、彼は悪くない、ちゃんと証拠もあるから釈放してほしいってな」
奏介はスマホを取り出して番号を押した。
スピーカーホンにして突きだす。
「ほら、少年院にかけてやったぞ。ちゃんと言えよ」
「!」
土岐は一歩後退した。本当にかけたらしく、呼び出し音の後、相手が出た。
見ると彼は口パクで『早くしろ』と言ってきている。
「っ……」
当たり前だが、言えるわけない。相手は訝しげにこちらを呼び掛けている。
すると奏介は舌打ちをし、耳に当てる。
「すみません、間違えました」
通話を切った。
「お前なんなんだよ。石田クンの味方なんだろ? ちゃんと擁護してやれよ。高校生の俺を責めたってどうにもならないだろ」
「あ、あなたが警察を騙したんでしょ!?」
「だから、警察に言えよ。菅谷奏介は過去にカッターで同級生を切りつけたことがあるからやったのはこいつですって言ってこい」
土岐は表情を歪めた。奏介は一歩も引かない。そして、それはどうしようもなく正論だった。
「どうせうちの校長にも俺についてあることないこと言うつもりなんだろ? 退学にしてくださいってな。別に良いぞ? 言ってこいよ。変態の話なんて聞いてもらえないと思うけどな」
挑発だった。こちらを煽っている。
「や、やっぱりあなたは問題児よっ」
「やっぱりってなんだよ。今まで問題児だと思ってなかったのか? もしそうなら自分のストレス発散のために気弱そうな生徒をいじめて楽しんでた最低教師だな」
「あなたね、同級生を怪我させておいて、何自分が正しいように振る舞ってるの?」
その言葉が効いたのか、黙る奏介に土岐はにやりと笑った。
「大体小学生の頃から」
「お前、マジで頭悪いよな。脳ミソ腐ってるんじゃないか?」
「また、教師に向かって」
奏介は笑いながら演劇部部室の棚へ歩み寄った。開けて、何やら袋を取り出す。
「ほら」
袋の中身を放ってきた。
床に落下したのは小さな上履きである。それは酷い落書きと罵倒の言葉、ところどころハサミで切れ目を入れられている。持ち主の名前、マジックで書かれているのは菅谷という名前だ。
土岐は目を見開いた。
「これを目の前にしたお前は、先に俺が仕掛けたのが悪いと言ったよな? でもあの時、石田の上履きや持ち物にイタズラなんかされてなかった。何を見て俺がやったと思ったんだ?」
「そんなの、普段の行いが」
「そういう話をしてるんじゃねぇんだよ。俺が石田のものにイタズラをしたという決定的な証拠があったのか聞いてるんだ」
土岐は黙った。あの時は明らかに石田が奏介に嫌がらせをした。それは確かだ。しかし、それでは石田が悪者になってしまうと思い、彼の方を責めたのだ。
「おい、黙ってんじゃねぇよ。ここで応えろ」
奏介は指で床を指した。
「あ、あったわ。あったに決まってるじゃない」
「じゃあ、それを見せてみろ。俺は証拠を持ってきたぞ。俺が問題児だと証明出来るだけの証拠があるんだろ?」
あるはずがない。奏介が石田を怪我させた。その状況を見て判断したのだから。
「やっぱり頭空っぽみたいだな」
ニヤニヤと笑われ、土岐は歯噛みした。
「ふん。なんと言われようと、石田クンを怪我させた、その事実だけで」
「正当防衛って知ってるか?」
「え」
「相手に危害を加えられそうになった時、反撃して怪我をさせてしまっても罪には問われないんだ。あの時の俺の行動はそれに当てはまる。まぁ、無知で頭が悪いお前は知らなくて当然だな」
「それくらい知ってるに決まってるじゃない!?」
「知ってても理解してねぇだろ」
吐き棄てるように言われ、土岐はモップの柄を強く握る。
何を言っても言い返される。しかも、反論しづらい。抑えつけられている感覚にストレスが貯まる。
殺意すら沸いてきた。暴力でその口を黙らせたい衝動にかられる。
「なんだよ、その目。言いたいことがあるなら言えよ。変態教師」
「くっ! バカにするのもいい加減にしなさいよ!?」
「別にバカにしてるつもりはないけど、そう感じるのか? 図星ってことだな?」
体が震える。ここまで怒りの感情を抱いたことはない。
「なんの証拠もないくせに、弱い立場の子どもをいじめて楽しむとか、幼稚園生以下だよな。お前さぁ、あの時俺がどんな気持ちだったか考えたことあんのか? クラス中から白い目で見られて、さらにいじめられて」
「それは当然なのよ。あなたが悪いことをしたから」
奏介は何度か頷いた。
「確かにそうだな。お前、女子襲ったり全裸で生徒達の前に飛び出したんだもんな。こうやって変態扱いされるのも当然だ。なぁ? 露出狂」
その時、土岐の中で何かが弾けた。それは反射的に、無意識に体を動かす。
「黙りなさぃよぉぉぉっ」
怒りに支配された自分を止められない。持っていたモップを、高く振り上げる。
見ると奏介は、この上なく邪悪に笑っていた。
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