第92話食事で悪質な嫌がらせをするシェアハウス住人に反抗してみた2

「けほっ! けほけほっ」


 噴き出した後もむせ続ける小豆、全員目を丸くしている。それぞれ驚く理由は異なっているが。


「ちょ、大丈夫?」


 眉墨が恐る恐る声をかける。


「だ、大丈夫じゃない……」


 そして、小豆はギロリと磯原を睨み付けた。


「ちょっと、どういうつもり? わたしのクラムチャウダーに何入れたのよ?」


「は……はぁ? んなことしてないぞ」


 次に小豆が眉墨を睨む。


「カップに盛ったの、あんたよね? 何、嫌がらせ?」


「ち、違うって、磯原でしょ? 今日何入れたの」


「ホワイトペッパースプーン一杯……でも、オレらのは」


 奏介は眉をぴくりと動かし、


「ホワイトペッパースプーン一杯を入れた?」


 そう、三人に問うた。


 彼らははっとして奏介を見る。


「このクラムチャウダー、ホワイトペッパーがスプーン一杯分入ってるんですか? こしょうのことですよね? 料理のレシピにはよく『こしょう少々』って書いてありますけど、一缶まるまる使う料理があるんですか?」


 この場がしんとなる。


 奏介は片手でテーブルをバンと叩いた。


「!」


 小豆の表情が引きつる。


「そんなに帰ってほしかったなら、夕飯に誘わなければ良くないですかね?」


 奏介は三人を睨み付ける。


「初対面の客相手に随分と悪質な嫌がらせをなさるんですね。俺達は何か失礼な言動をしてしまったのでしょうか? それとも嫌がらせのために誘いました?」


「ち、違うんだ。そんなつもりじゃなくて、てか客の食べ物にそんなん入れないから」


 奏介は目を細める。


 と、マドカの辛そうな様子を見ていた詩音が恐る恐る口を開いた。


「あの……お客さんだからとか関係ないと、思います。例えば友達が相手でもやり過ぎは、良くないかなってね、ね? そうだよね? 奏ちゃん」


「……ああ、そうだな。磯原さんは客にはそんなもの入れないと言いましたね? つまり俺、しお、針ケ谷のクラムチャウダーには入っていないと。でも磯原さんは『オレら』と言っていたので少なくとも磯原さんのにも入っていないですね。実際クラムチャウダーに何か入っていて腹を立てた小豆さんと、小豆さんに疑われた眉墨さんも違うとなると、ホワイトペッパースプーン一杯を入れたのは柳先輩のカップですか?」


 最初から分かっていたが、この場で分かった振りをする。分かりやすく彼らの表情が歪む。


「図星なんですね」


「うぇっ」


 見ると真崎がマドカのカップのクラムチャウダーをスプーンですくって口へ入れたらしかった。


「やべぇな、これもはやクラムチャウダーの味なんかしねぇぞ」


 どうやら味見をしてくれたらしい。


「ですって。ロシアンルーレット企画ですか?」


 三人はうつむいてしまう。言い返せないらしい。軽い気持ちでやっていることがバレバレだ。


「そういう遊びをするのは構いませんけど、許可は必要でしょう。それとも他に何か理由でもあるんですか?」


「……」


 黙っていられると議論が進まない。奏介はため息を一つ。


「ちなみに、小豆さんのクラムチャウダーにこれを入れさせていただきました」


 小瓶のお酢を取り出すと、小豆が目を見開く。


「あっ……あんたっ、なんてことすんのよっ」


 奏介は小豆の怒声を受け流し、自分のクラムチャウダーへ、そのお酢を注ぎ込む。


「へ……?」


 奏介は取っ手を持ってカップの縁に口をつけた。それから鼻をつまんで、クラムチャウダーを一気に流し込む。


「っ……けほっ」


 どうにか飲み干すが、やはり咳き込む。


「え、え、何を」


 戸惑う小豆。


「そ、奏ちゃん」


 詩音が背中をさすってくれた。


「……やっぱり、調味料の入れすぎは良くないですね」


 喉の奥がひりひりする。


 奏介は隣の小豆に頭を下げる。


「小豆さん、非常識なことをしてしまい、申し訳ありません。今、体験しましたけど、とても食べられるものではなかったです」


 小豆はごくりと息を飲んだ。


「……さて」


 顔を上げた奏介は三人の顔を順に見る。


「今度はあなた達の番ですね。柳先輩に出した料理、パスタを三人で完食してもらいましょうか」


 マドカは新品のフォークで一口だけしか食べていないので手をつけていないのと同じだ。


「しお、小皿に配ってやって」


「あ、う、うん」


 詩音が慣れない手つきでパスタを三等分する。


「さ、どうぞ」


 三人は顔を見合わせた後、それぞれ口へ運ぶ。


 反応は全員一緒だった。


「うえっ、からっ」


「けほっ、やだ、痛いっ」


「なに、これぇ」


 奏介は舌打ちをした。


「てめぇら、自分で食えねぇ癖に柳先輩に食べさせてんじゃねぇよ。なに、これぇじゃねぇだろ」


 眉墨を睨むと彼女は顔を引きつらせる。


「これを食わされた柳先輩を笑い者にしてたよな? 自分がやられたらどうなんだよ?」


「…………」


 一々黙りで頭に来るが、話が進まない。


「で? なんでこんなことしたんだ。理由を言え。言いたくないなら全部食え」


 磯原は慌てる。


「わ、分かった。分かったから、これは勘弁してくれ。てか、謝る」


 パスタの味と、奏介の威圧が効いたのか磯原は肩を落とした。


「……オレはマドカに振られたのが……ショックで……あ、小豆が愚痴聞いてくれてさ、二人でイタズラっつーか腹いせ? でやるようになって。最近はやり過ぎてたよな。すまん」


「あの、あたしも磯原と小豆に遊び半分で荷担してたっていうか、ごめん」


 どうやら磯原が告白の相手のようだ。そそのかして眉墨含む他メンバーを巻き込んだのは小豆というわけだ。


「さて、小豆さん、あなたが首謀者みたいですね」


「っ! だって磯原が可哀想だったから」


 その発言を聞いた瞬間、今回の件の全体図が見えた気がした。


「……小豆さん、磯原さんが好きなんでしょ?」


 小豆は固まる。


「……へ?」


「好きだから嫉妬して、柳先輩いじめてるんでしょ? まどろっこしいことしてないでさっさと告白すれば良くないですか?」


「な、なっ」


 顔を赤くする時点でバレバレである。見ると、磯原も顔を赤くしていた。


「え、小豆が、オレを?」


「ち、違っ」


「違わないでしょ。磯原さん答えは? 告白受けます?」


「や、あの……」


 どうやら脈ありらしい。


 奏介はテーブルに頬杖をついた。


「なんか、お二人両思いみたいなので付き合うってことで良いですか?」


「あ、あんた、何を勝手に決めてんのよっ」


「顔赤いですよ。意気地無しで告白する勇気がない上に好きな人を振った人に嫌がらせしてるって恥ずかしくないんですか? 磯原さんもまんざらでもなさそうですし、柳先輩のためにもお付き合いなさって下さい」


 小豆はなんの反論も出来ないようだ。


「お、オレは、小豆が良いなら」


「え……ほ、ほんと?」


 見つめ合う二人。この状況でおめでたいことだ。


「では決まりで。さて、じゃあめでたくお付き合いすることが決まった二人はちゃんと柳先輩に謝りましょうか?」


 と、真崎がマドカを立たせる。


「針ケ谷?」


「教えといてやろうと思ってな。マドカの姉貴な、レディースの総長なんだわ」


 奏介は目を瞬かせた。


「え」


「今度桃糠ももぬかレディースって検索してみ。有名だからさ」


「まさ兄、それは」


「これだけやられてんだから、姉貴の名前出すくらいいいだろ」


 真崎は片目を閉じて見せ、


「ここで謝るなら、桃糠レディース柳なつか総長には黙っといてやるよ。耳に入ったとすると……妹がコケにされたんだ、黙っちゃいないだろうな」


 真崎はにやりと笑う。




 そして、磯原と小豆はマドカに対し、自主土下座をし謝罪をすることとなった。











 色々あった帰り道。


 奏介はぐったりしていた。


「奏ちゃん、大丈夫?」


「あぁ」


 クラムチャウダーの酢が効いている。気分が悪い。


「よくやったよなぁ、あれ」


 真崎が苦笑気味に言う。


「……まぁ、俺も同罪だったからね」


 ふと、詩音を見る。


「そういえばしお、ありがとね。あの時加勢してくれて」


 わかばに言われた通り、あの時迷ってしまったのだ。


 磯原に『客の食べ物にそんなん入れない』と言われた時だ。その発言を掘り下げてマドカを狙ったことを責めると、マドカに味方したことになり、彼女にヘイトが向いてしまうかもしれないと思った。


 詩音がその行為自体、良くないことだと言ってくれなければ、迷いで追求を止めていたかも知れない。今回の件は解決が少し難しかったというのもあるだろうが。


「ううん。柳先輩、ほんとに辛そうで、なのに笑ってるあの人達にちょっと腹が立っちゃって」


「いや、助かったよ」


「えへへー。よかった!」


 詩音は照れながら言う。


「針ケ谷もありがとな。とどめの一発でインパクトあったよ」


「はは。だよな。まぁ、マドカは姉貴の力を借りるのは申し訳ないとか思ってるみたいだから複雑そうだけどな」


 詩音が小声で、


「……針ケ谷君の人脈凄いよね……」


「まぁ伝説って言われてるから」


 そんなやり取りをするが、深くは突っ込まないことにした。




 いつの間にか加勢してくれる友人が増えた。きっとこの場にわかばが居れば、何かしら声をかけてくれただろうし、ヒナだったら上手くサポートしてくれただろう。水果やモモだって黙ってはいないはず。




 ほんの数年前の学校生活とは大違いだ。


 奏介は、日常を噛み締めた。

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