第90話昔の同級生を脅して言うことを聞かせてみた5

数時間後。


 隣町の海水浴場。とは言え、この季節だ。泳いでいる人はいない。


 太陽が水平線に沈もうとしていた。


 安登矢はパンツ一枚で砂浜に立っていた。自分の体を抱いている。


「す、菅谷、寒い」


「俺も寒いよ。ここまで付き合ってやってんだからぐだぐだ文句を言うな。始めるぞ」


「ぐぅ……」


 悔しそうな安登矢を奏介は鼻で笑う。


「心配するな、目に線くらいはいれてやるよ」


 奏介はスマホの画面をタップした。


『あ、あの、この度は不適切な動画を投稿してしまい、申し訳ありませんでしたっ』


 頭を下げる。


『本人には謝罪し、動画は削除させて頂きました。皆様に不快な思いとご迷惑をかけたこと、お詫び申し上げます。本当に、本当にすみませんでしたっ』


 奏介は、ふっと息を吐いてライブを切った。シンプルだが、コメント欄には謝罪ライブに肯定的な意見もちらほら出てきた。


 ある程度効果はあるだろう。


 奏介は制服のシャツとズボンを安登矢に投げ渡す。


「まぁ、良いんじゃないか。しばらく動画として残しといてやるよ。他のSNSアカウントにでもURL張っとけ」


「うう、わかった」


 半泣きだった。


「さて、お前、もう一つ謝罪すべきことがあるよな?」


「……な、なんだよ」


 と、気づいた。近づいてくる人影が三つ。見慣れた顔が般若のように歪んでいる。


「!!! す、鈴先輩、柚子ちゃん……キイナさん」


 彼女達だった。


「あと君、謝罪ライブお疲れ様。終わったなら今度は私達と話そうか?」


「安登矢、説明よろしく」


 奏介は腕を組んだ。


「よかったな、大好きな女の子達に囲まれて。慰めてもらえよ」


「あ、菅谷君色々とありがとね」


 鈴先輩の笑顔に奏介も笑顔で返す。


「いえいえ、ごゆっくりどうぞ。俺はこれで」


「ま、待ってくれ菅谷、待ってくれぇぇっ!」







 翌日、昼休み。


 奏介はいつものように真崎と向かい合っていた。


「へぇ、針ケ谷って菅谷とは中学からの付き合いなんか」


「ああ、まぁな」


 奏介は何故か横に座った喜嶋を睨み付けた。


「おい、なんでいるんだよ。自分のクラスへ帰れ」


「いやぁ、目茶苦茶居づらくてさぁ」


 真崎が顎に手を当てる。


「リアルに顔がジャガイモみたいだよな。スゲーな。どうやったらこんな風になるんだ?」


 彼女三人に殴る蹴るの暴行を受けたのだろう。それでもへらへらしていられる神経が信じられない。


「喜嶋」


「ん? どうした?」


「ここで飯食いたかったら購買でメロンパン買ってこい。針ケ谷は?」


「じゃあ、焼きそばパン」


「なっ! なんで俺が!?」




 数分後。


「はぁはぁ、買ってきたぜ!」


 奏介はメロンパンを受け取りながら呆れ顔。


「お前、恥ずかしくないのか? 昔いじめてた相手にパシられて。昨日までバカにしまくってたんだろ?」


「くっ……!」


 すると喜嶋は真崎に声を潜めた。


「なあ、菅谷っていつからこんなんなんだ? 怖いなんてものじゃないんだが」


「んー、中学の頃はもうこんな感じだったな」


「マジか」


 と、詩音と水果が近づいてきた。


「ねぇねぇ、奏ちゃん、針ケ谷君。今度手作りお弁当対決しよ!」


「なんだそれ」


「文字通りさ。企画は詩音だよ」


 水果の説明なしでも大体事情は分かる。


「お前、おばさんに迷惑かけるなよ」


「大丈夫だって、努力はするから」


「……まあ、しおの弁当は中々だけどさ」


「ふふふー、でしょ? 侮れないでしょ?」


「椿は料理得意なん?」


 真崎が問う。


「簡単なものならって感じだね」


「じゃあね! よろしくー」


 二人は教室を出て行った。入れ替わりでヒナ達が入ってくる。


「あ、菅谷くーん」


「どうした?」


「お弁当の話! オムライス作るから楽しみにしててね」


「オムライス弁当?」


 奏介が問うと、嬉しそうに頷く。


「そうそう」


「そっか、楽しみにしてる」


「へぇ、そりゃ珍しいな」


「でしょー? もちろん、針ケ谷君とか皆にも作るからね!」


「あたし、そんなに得意じゃないのよね……」


 わかばは少し憂鬱そうだ。


「橋間は上手そうなイメージだけどね」


「え!? なんでよ!?」


「いや、意外に上手そうな感じがするというか」


「意外……?」


 モモは一歩前に出た。


「私、ウサギのお弁当にするから」


「須貝、まさか」


 モモは、はっとした様子で、


「キャラ弁。ウサギの」


「そ、そうか。えーと、見るの楽しみにしてるよ」


 一瞬、さばくのかと思ってしまった。


「じゃあね!」


 ヒナが手を振って、三人は教室を出て行った。


 喜嶋が再び真崎に小声で、


「も、もしかして菅谷ってモテるのか!? 女の子に!?」


「まぁ、どっちかって言うとモテるだろうな」


「おまっ、女子とまともに話したことないって言ってたじゃんか! 嘘つきっ」


「なんでお前に本当のことを話さなきゃならないんだ?」


 喜嶋は顎に手を当てた。


「それにしても……たしか、伊崎さんだよな? 良いな。それに一緒だったショートにカチューシャの娘も……ギャルっぽい娘と清楚な娘も中々。ふわふわロングの娘も良いねぇ。レベルたけー」


 奏介は素早く喜嶋の顎を片手で掴んだ。


「おぐ!?」


「お前、あいつらに手ぇ出したらただじゃ置かないぞ。このクズが」


「だ、だいひょうぶだって、三人にフラれたきゃら、今フリーで」


「そういう問題じゃねぇんだよ。彼氏でも作ってろ」


「まさか、彼氏云々てお前が仕込んだのか!?」


「うるさい。黙って食えっ」


「あははは」


 真崎は二人の様子を笑いながら見ていた。

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