第89話昔の同級生を脅して言うことを聞かせてみた4

「……は?」


 意味がわからない。奏介自身がこのさらし上げ動画を投稿した、と?


「喜嶋安登矢はその動画サイトの俺のアカウントネームだ。……でもまぁ、勘違いする人もいるみたいだな。自演のタグも付けてるけど、気づかない人が多いらしい」


「……何、言ってんだ? お前、この動画で笑い者にされてんだぞ!?」


 奏介は鼻で笑った。


「今さら可哀想とでも言うつもりか? やったのはお前だろうに」


「ち、違っ、ネットにさらすつもりなんかなかったっ。何、考えてんだよ。自分で顔までさらして」


 スマホが振動し続けている。通知が止まらない。思わず画面を見ると、コメントの内容が罵倒と批判半々になっていた。


「あ……」


 大勢から暴力を受けている気分だ。相当な数の悪意が安登矢に向いている。


「その顔」


 奏介が静かに言う。


「お前のその間抜け面を見るためならいくらでも情けない姿をさらしてやるよ。サービスで泣いてやったんだ、感謝しろよ?」


 ゾッとした。安登矢をはめるために自分の顔さらし動画をネットに拡散したのだ。こうして、ネットの住民からヘイトが集まるように、叩かれるように。


「な、何が目的なんだよ」


「ああ? てめえが喧嘩売ってきたから受けてやったんだろうがっ! さらに喧嘩売ろうってのか? 良い度胸してんじゃねぇかよ」


 安登矢の表情がこの上なく歪む。


「け、喧嘩売るつもりなんて、なかった。誤解だ」


「お前がその気じゃなくても俺はそう受け取ったんだよ。それに小学校の頃の『良い思い出』もあったしなぁ?」


 そこで理解した。自分は過去のことで奏介に恨まれている。気弱な彼が誰かを恨むなど考えたことがなかった。ましてや自分のことなどを。


「そっちこそ、何のために俺に近づいてきたんだ? 昔みたいにいじめてやろうと?」


「ち、違う。いじめなんてしてないっ、そんなつもりはなかったんだ。ふ、普通に友達だと思ってたんだ」


「友達ぃ? 俺とお前が? 何食ったらそんなおめでたい考え方ができるんだ。いじめた相手といじめられた相手の関係だろ。それ以上でもそれ以下でもない。大体馴れ馴れしいんだよ。気安く声かけてくること自体おかしいだろ」


 蔑む視線に悪寒が走った。安登矢は息を飲み込む。


「お前、菅谷だよな……?」


「下らない質問してる暇があるなら、消火活動でもしてろ。早く収めないと個人情報丸裸にされて直接叩かれるぞ?」


 血の気が引く音が聞こえた。今はまだSNS経由の批判だが、ネット全体に広がり、やがては現実に影響が出るだろう。何よりSNSアカウントが本名な時点で色々アウトだ。


「お、収めるってどうやるんだよ!?」


「そんなの自分で考えろ」


「ぐっ……」


 スマホの動画投稿SNSへとログインする。とりあえず、自分がやっていないことを発信しなければ。そう考えてすぐに思い返す。そんな発言をすればさらなる批判を招くだろう。いっそ謝ってしまった方が良いのかもしれない。手が震える。


「喜嶋」


 呼ばれて顔を上げると、奏介がスマホの画面をこちらへ示していた。


「この動画、消してやろうか?」


「え」


 それは喜嶋安登矢アカウントの告白動画である。消しさえすれば、少なくとも新しく批判してくる者は少なくなるだろう。


「け、消してくれ」


「じゃあ、石田の記事のことで俺の発言を録音したよな? 今ここで消せ」


「わ、わかった。てか、最初から警察とか本気じゃないからな?」


 スマホを操作し、こちらへ画面を見せてくる。それから軽くタップすると、『削除』の文字が表示された。


「よし。あと、バックアップも消しとけよ。今度俺を脅そうなんて考えたら石田と同じところにぶちこんでやるからな。覚悟しとけ」


 安登矢は表情をひきつらせた。


「わ、わかった。わかったって」


 奏介は安登矢を一度睨み付けてから、アカウントから動画を削除した。


 安登矢は胸元を押さえて息を吐いた。


「まぁ、これで炎上は収まらないだろうけどな」


 奏介はバカにしたように言って、


「そういえばお前、彼女が三人いるんだって?」


 安登矢はびくりと肩を揺らした。


「え」


 奏介は笑みを浮かべながら人差し指を立てた。


「二年の鈴あきほ」


 中指を立てる。


「一年の柚子ミズキ。それと他校の女子生徒だっけ?」


「な、なんで知ってるんだ!?」


「檜森に得意気に話したんだろ? 付き合ってた元カノにするような話じゃねぇだろ。バカが」


 安登矢はぽかんとした。


「檜森って……リリのことか?」


「ああ、檜森リリスだよ。お前があいつに話したことは全部俺に筒抜けだからな」


「な!? ど、どういうことだよ!?」


「檜森に話せって言ってあるんだ。お前みたいに下らない遊びに付き合わせる気はないけど、あいつは俺の言うことなら聞くぞ? 少なくともお前より俺に協力してるしな」


 そこではっとした。動画の最初の音声はリリスとの会話だ。あれを録音して提供したのは彼女なのだろうか。


「なんで……。まさか付き合ってるのか!?」


「色ボケ野郎はそういうことしか考えられないのか? そんなわけないだろ」


 吐き捨てるように言って、


「で、どうだ? 炎上は収まったか?」


 スマホを見ると加速していた。


「な、なんで!?」




『おい、消して逃げるなっ』


『卑怯者っ』


『動画保存してるからな、逃げらんねぇぞ!』




 安登矢は奏介へ視線を向けた。


「ど、どうすんだ!? どうすれば良いんだ!?」


「良い方法がある。試してみるか?」


「な、なんでもするだから」


 奏介は目を細めた。


「夕日の見える砂浜で謝罪ライブ配信。パンツ一丁で」


「…………え?」

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