第76話東坂委員長の親友に悪口を言っている女子達に反抗してみた2

 川鍋は予想以上に動揺しているようだった。ハルノに不満をぶちまける様子もない。


「あの、やっぱり土下座ですか? 分かりました」


 ハルノが言って、床に手をつく。


「ま、待ってっ、違うの。別に私は……」


 この反応は完全に愉快犯だ。ただ人をいじめて笑いたいだけ。恨みがあるわけではない。本気で謝罪しようとしている相手に『なんで謝られなきゃならないの?』なんて的外れな言葉が出るはずがない。


 ハルノは乗ってきたのか、泣き出しそうな顔をする。


「何をしたら、許してもらえますか?」


 震える声で。迫真の演技である。


「え、だから別に……あ、許すってっ、だから土下座とかやめてよ。ガチじゃん」


 奏介はむっとした。ハルノは仕事を辞めようか悩むほど精神的に参っているというのに、考え方が軽すぎだろう。


「よかったですね、飯原先輩。じゃあ、川鍋先輩は他の四人の先輩方にちゃんと話しておいて下さいね」


「え」


 川鍋は顔を引きつらせる。


「飯原先輩を許してあげるんですよね? それを伝えてください。飯原先輩は反省して誠心誠意謝罪してたから、今後は仲良くとは行かないまでも普通のクラスメートとしてやっていこうと」


 川鍋は黙ってしまった。


 当然だろう。他の四人にハルノの悪口を止めようと説得しようものなら、非難を浴びるのは分かりきっている。


「……もしかして川鍋先輩は飯原先輩と何かあったわけじゃないんですか?」


「え?」


「いや、あんまりピンときてないみたいなので。他の四人の先輩方の誰かが飯原先輩と何かあったのかな、と」


 遠回しに、主犯を聞き出す。


「あ……そう! そうなの。えと、夏井だと思う。うちのクラスの夏井なついユキ」


 躊躇いなく友人を売るとは。内心呆れる。


「夏井ユキ先輩、ですか。じゃあ夏井先輩を呼び出して謝ったほうが良いですかね?」


「え、ええ。そうした方が良いと思う。言い出したの夏井だし、私達はなんていうか夏井に色々聞いて便乗したところあるから。だから、ごめん飯原」


 ハルノはぽかんとして、


「あ、そ、そうだったんですね、ありがとうございます」


 そう笑った。


 奏介は頷く。


「分かりました。じゃあ、そうします。川鍋先輩からは何も言わなくて大丈夫ですよ。風紀委員からお話しますから」


「そ、そう? わかった。じゃあ、もう戻ってもいい?」


「はい。お疲れ様です」


「それじゃ」


 ほっとした様子で廊下へ出て行った。


「じゃあ、次夏井ユキだな」


「その先輩が飯原先輩のことを気に入らなくて友達巻き込んで悪口言ってるってこと?」


 わかばが聞いてくるが即答はできない。奏介は少し考えて、


「まぁ、話を聞いてみないと分からないな」


 と、東坂委員長が頬に手を当てて困ったように、


「あんまり考えたくはないですけど、言い出した人は見つからないかも知れないですね」


「どういうことですか? 委員長」


 田野井さんが不思議そうに問う。


「今の川鍋さんのように他の人に責任を押しつけて逃げる……という行動を他の四人もやるのではないかと」


 奏介は頷いた。


「明確なきっかけがなく、なんとなくとかちょっとムカついたからとかそういう曖昧な理由、その場の流れで悪口を言い始めたなら自分に責任があるとは思わないですからね。……名前が出た夏井ユキは後回しにしましょうか。他の三人に話を聞いてからで」


「あの、これで逆恨みされませんか?」


 ハルノは少し怯えたように言う。


「結果的に恨まれないようにしますから」


 その過程では絶対とは言えないが。


「あの……」


 ハルノがこの場の全員を見回す。


「実は私、モデルのお仕事辞めても良いかなって思ってるんです。一回でも雑誌に載れたから満足はしてますし。こんなに辛い思いをするなら」


「そんなっ、もったいないわよ。ダメですよ、飯原先輩」


 一ファンとしてのわかばの言葉に涙を浮かべるハルノ。


「でも、でも……」


 あまり精神状態が良くない。


 奏介は少し考えて、


「なあ、橋間。やっぱり嫉妬だと思うか?」


「絶対そうよ」


「まぁ、そうだよね」


 会話したり聞いた話ではハルノは人に恨まれるような性格ではない。大人しいし、礼儀もある。


「……私はハルノが良いなら辞めても良いとは思いますけどね。精神衛生上良くないですし」


 東坂委員長がハルノの頭を撫でる。


「しかし、辞めて解決というのはかなり癪だな」


 と、田野井が言う。


「まぁ、それはそうですけど、一つの解決策かもしれないですね」


 ハルノの気持ち次第だろう。








 そうして、翌日、翌々日、翌々々日と一人づつ話を聞いていった。ちなみにクラスでの川鍋達は謝罪をされた人から順に元気がなくなって悪口に乗らなくなっていったらしい。


 いよいよ夏井ユキの番だ。他の四人から名前が出た主犯候補である。


 いつもと同じように呼び出して、ハルノが土下座で謝罪をするかどうかというところまで来ると、


「ちょっと、そういうのやめてくんない? ウザイんだけど」


 舌打ちをして、この場の全員を睨み付ける。


「こういうの、いじめっていうんじゃない? なんなの、五人も出てきて。飯原さぁ、陰湿なことやめなよ」


 ハルノの表情が歪む。すると、夏井はニヤリと笑う。


「あんたやっぱり性格悪いんだね。あんたみたいなのがモデル? 勤まるわけないじゃん。あの雑誌で浮きまくってるの、わかんないの?」


 どうやら主犯で間違いないようだ。


 ハルノはうつむいて震えだした。東坂委員長が近づいて肩に手を置く。


「あたし、ナナー好きだからさ。あんたの顔が載ってるとムカつくの。マジで辞めてくんない?」


「ちょっと」


 わかばが止めようとしたので視線を合わせて制した。


 それから奏介は挙手をする。


「夏井先輩、飯原先輩は思い詰めて風紀委員に相談して来られたんですよ。自分が何かしたのかって悩んでたんです。それで謝ろうとしてるのになんでそんな態度なんですか?」


「はぁ? 謝る謝らないの問題じゃないでしょ。ナナーに載ってるのがウザいしムカつくの」


 腕を組み、そっぽを向く。


「……辞めます」


「……は?」


 ハルノが目に涙を浮かべている。


「私、辞めます。だから、だから」


 すると夏井が舌打ちした。


「うっざ、泣けば良いって? ほんっとうにムカつくわ」


 空気が読めないのだろうか。ハルノと夏井以外の全員がピリピリとした空気を生み出す。


「飯原先輩、それで後悔はないんですか?」


 ハルノはこくりと頷く。涙が滲んでいる。こんな思いまでして続けても良いことはないだろう。


 彼女が良いというのなら、それで良い。ただ、ここまで人の気持ちを踏みにじったのだ。ただでは帰さない。


「ん。わかりました。じゃあ、ナナーのモデルは辞めるということで、決まりですね。どうですか、すっきりしました?」


 笑って言ってやると、何やらたじろいだ様子の夏井。


「ど、どうせ冗談でしょ?」


「ところで、夏井先輩は謝罪文の準備をした方が良いですよ」


「……は?」


「こんな大人気モデルをあなたの一言で辞めさせたんだから当然でしょ。飯原先輩も同じクラスの女子生徒に辞めろと言われたので引退しますってちゃんと言って下さいね」


 ハルノは目を瞬かせる。


「そ、それ言って良いんでしょうか?」


「あー、じゃあ『とある人』に言われたってことで良いんじゃないですか? だって体調不良でも家の事情でもないんですし、そこら辺はちゃんと言わないとファンは納得しないですよ」


「確かに……そうかもしれません」


 ハルノはこくりと頷いた。


「ま、待って。こいつが勝手に辞めるのになんで巻き込まれなきゃならないの」


「勝手に?」


 奏介は夏井を睨み付けた。


「ひっ」


「辞めろっつったのはお前だろ? 何責任逃れしようとしてんだ。泣くのがウザいとか言ってたな。飯原先輩はあんたの言葉に傷ついて泣いてんだよ。ブスだのデブだの毎日言われ続けてみろ。どういう気持ちになるかくらい分かんだろ。どうせ軽い気持ちで言ってるんだろうけど、好きで応募して出来ることになったモデルを辞めたいと思うほど思い詰めてんだぞ」


「そ、そんなの知らない」


「そうか、知らないか。人の気持ち、分からなそうだもんな。ちなみに、一緒に悪口言ってたお友達は皆お前の名前を出してたぞ。『悪口を言い出したのは夏井ユキ』だってさ」


「……え」


 驚いたように目を見開く夏井。思いの外ダメージが入りそうな反応だ。


「川鍋先輩、月岡つきおか先輩、井筒いづつ先輩、野住のずみ先輩に話聞いたんだよ。お前、全員から売られてんじゃん。ほんとに友達か?」


「な、そんなこと」


「本当のことだ。だよな?」


 わかばが頷く。


「言ってたわよね。だから、夏井先輩には最後に話を聞こうってことになったんだし」


「すぐに教えてくれましたよね」


 苦笑を浮かべる東坂委員長。


「ああ、躊躇いがないところをみると庇う気持ちはなかったのだろうな」


 田野井も何度か頷く。


「っ……嘘っ」


「嘘じゃない。ああ、強気だったのはもしかして友達がいたからか? 残念だったな。他の四人は飯原先輩にちゃんと謝って行ったぞ? 味方、いないんじゃないか?」


 夏井、一歩後退。


「それに加えて飯原先輩のファンを敵に回すと」


 夏井は青い顔をしている。


「言っとくけど、俺は噂を回すからな? お前が飯原先輩に嫌がらせしてモデルを辞めさせたって。覚悟しとけよ?」


「っ! や、やだ。何それっ、犯罪でしょ!?」


「事実だろ。そうですよね? 飯原先輩。飯原先輩は夏井ユキに言われて辞めるんですよね?」


 ハルノは奏介を見つめてから、ゆっくりと頷いた。


「はい、そうです。夏井ユキさんに言われたから辞めます。それは事実です」


 見ると、夏井は顔を引きつらせていた。


「何それ、嫌がらせ? いじめ?」


「もう一回言う。覚悟しとけよ?」


 夏井は息を飲み込んだ。


「じゃ、今日は解散ですね。皆お疲れ様です。帰りましょう」


「そうね。なんか疲れたし」


「ハルノ、直接事務所行くなら付き添いますよ」


「うん」


「オレは風紀委員室に寄ってから帰ります」


 立ち尽くす夏井の横をすり抜けて出口の戸へ向かった時、


「待ってっっ」


 彼女から大声が上がった。


「どうかしました? 話は終わったと思いますけど」


「あ、謝る。悪口のことも、辞めろって言ったことも。だから噂を流すとか、そういうのは」


 その背中は震えていた。友達の裏切りと奏介の脅しが大分堪えたようだ。


「へぇ、そうですか。じゃあ、ちゃんとこっちを向いて飯原先輩に頭を下げて下さいよ」


 彼女は言われた通り、向き直って、ハルノに頭を下げた。


「悪口を言ってごめんなさい。……すみませんでした」


 泣いているようだが、まったく同情出来ない。


 ハルノは複雑そうに夏井の様子を見ていた。






 結局、ハルノはモデルを続けるでもなく、辞めるでもなくとりあえず無期限の活動停止にしたらしい。事務所には落ち着いたら戻ってきて欲しいと言われているそうだ。


 クラスでの悪口はなくなったそうだ。あの五人グループは解散になり、それぞれ別の友人グループに入ったりしているらしい。




 ハルノが落ち着いたら、また話を聞きに行こうと思った。

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