第75話東坂委員長の親友に悪口を言っている女子達に反抗してみた1

 風紀委員会議が終わり、わかばと共に廊下へ出たところで呼び止められた。


「少し良いか」


 田野井だった。何やら真剣な表情である。


「どうしたんですか?」


「菅谷、委員長のことだが何か聞いていないか」


「東坂委員長ですか? 俺が、ですか?」


 田野井は真剣な表情を崩さず顎に手を当てた。


「昨日今日と元気がなくてな」


「そういえば、笑顔控えめだったわよね」


「ああ。今日は出会い頭の頭なでなでがなかったから妙だとは思っていたのだが」


「先輩、さすがに毒され過ぎです」


 東坂委員長の母性にすっかりやられているようだ。


「ていうか、田野井先輩が一番仲が良いんだから聞いちゃった方が良くないですか?」


 わかばの意見はもっともである。


「それはそうなのだが……委員長はオレの前では弱味を見せたくないらしくてな。中々踏み込めない」


 母親が子供に接するような感覚なのだろうか。


「確か、風紀委員相談窓口はお前の担当だろう。オレからの相談だ」


 いつの間にか担当にされていた。


「しょうがないわね。委員長に聞いてみましょ。田野井先輩、心配みたいだし」


「し、心配してるというか、いつものノリでないと調子が狂うというか。とにかく、頼むぞ」


 田野井は赤い顔をして素早く去って行った。


「知ってる? あれがツンデレよ」


「……そうか」


「ま、良いわ。まだ残ってるのよね」


 奏介とわかばは会議室へと戻った。


 東坂委員長はため息を付きながら書類に判子を押している。


「委員長」


 顔を上げた彼女が不思議そうにする。


「どうしました?」


「いえ、今日調子悪そうだったので。良かったら書類仕事、俺が代わりましょうか?」


 東坂委員長はにっこりと笑う。


「ありがとうございます。もしかして田野井さんから聞きました? あの子、私の様子にそわそわしてましたからね」


 一発で見破られてしまった。


「さすがね」


 わかばが呟く。


「それで、何かありました?」


「んー……。私の、同じクラスの親友のことなのですが。最近、とあるお仕事を始めて、それについて別の女子グループから色々と言われているらしくて、落ち込んでいるんです」


「仕事?」


「ええ、いわゆる読者モデルですね。ナナーというファッション雑誌のなんですが」


「あ、もしかして飯原(いいはら)ハルノ?」


 と叫んだのはわかばである。


「そうです。橋間さん、詳しいですね」


 東坂委員長は嬉しそうに笑む。


「あの雑誌買ってるんです。ていうか、目茶苦茶可愛い子なのよ。北欧系の顔っていうか、ハーフっぽいけど純日本人なんだって。この辺り出身なのは知ってたんだけど」


 わかばは興奮気味に言った。この学校だったんだ、と感心した様子である。


「その言ってる人達はその飯原さんと元から仲があんまり良くなかったんですか?」


 奏介は首を傾げる。


「いいえ。むしろあんまり話したことがなかったくらいなんです」


「え、じゃあなんで」


 わかばはため息を一つ。


「どう考えても嫉妬でしょ。可愛くてモデルになって雑誌に載ってるとか嫉妬されまくりよ。ナナーって高校生にめっちゃ人気だしね」


「あー……」


 女子は怖い。


「それで元気がないのですよ。本人達の問題に首を突っ込んで良いのかわからなくて。……それに言われ方が少し」


 東坂委員長の表情は複雑そうに曇る。


「言われ方?」


「ええ。言い返しづらいんです」


 同じクラスなのだし、その後のこともあるのだろう。


「委員長、うちの菅谷なら大丈夫です。こいつが恨まれようがなんだろうが、気にしなくて良いですから!」


「お前勝手に……」


 確かに、飯原達からすれば無関係な一年男子である。


「ふふ。ありがとうございます。実はモデルの仕事をやめようか迷うほど参っているので、菅谷君に状況を打破してもらうのは良いのかもしれません」


「精神的に辛いんですね」


 同じクラスで自分の悪口が聞こえてくる辛さはよく分かる。胸の奥がひんやりとして息苦しくなり、手足が痺れてきて、それでもそこにいなくてはいけない。地獄だ。


「わかりました。状況だけでも確認します」


 解決するために動くかはまた別の話だ。






 翌日の放課後。


 わかばと共に二年の東坂委員長のクラスへと向かった。


「二年の教室に行くとかかなり勇気いるわよね。ドキドキしてきた」


「そこまでか?」


「あんたが図太いだけだから」


「へぇ、そうか」


「! そ、その目怖いんだけど!?」


「締めるぞ」


「締めっ!?」


 そんなやり取りをしていると、東坂委員長のクラスへと着いた。


 そっと覗くと、すぐに東坂委員長は気づいたようだ。


 雑談をしていた女子に何か話して、歩み寄ってくる。


「来てくれたんですね」


 奏介はそっと視線を教室内へ。


 今まで雑談していた女子が飯原ハルノなのだろう。本当に北欧系の少女を黒髪黒目にしたような容姿だ。クラス内でも異彩を放っている。


「わ、わぁ、本当に飯原ハルノ。写真のまんま」


 興奮気味のわかばは放っておいて、


「で、どの人達がその女子グループですか?」


「……もうすぐ、始まると思いますよ」


 どうやらハルノが一人の時にやられるらしい。


 と、教室中央の女子達がナナーの雑誌を見ている。


「めっちゃ足太くない」


「うっわー……」


「ヤバイね」


「ねぇねぇ、冷静に考えて、ブスだよね!?」


 クスクスと笑う声。


 ハルノが肩をびくりと揺らす。しかし女子達はハルノの名前を出すこともそちらを見ることもなく。盛り上がっている。


「言い返しづらいってこういう」


 奏介達は委員長から聞いて知っていたが、事情を知らない第三者は彼女達がハルノのことを言ってるかは分からない。ちなみに開いているナナーのページは目次であり、ハルノは写ってさえいない。


 言われているのは確かだ。しかし、確証がない。文句を言えば十中八九惚けられる。


「きついな……」


 奏介は思わずそう呟いた。


「ハルノ、ちょっと良いですか?」


「! あ、はいっ」


 ハルノは起立をするように立つと、ぎこちない動きで近づいてきた。その頃にはクラスの生徒達はほとんど帰宅か部活へ行ってしまい、その女子達とハルノ、東坂委員長、奏介、わかばのみになった。


「こちらがさっき話した後輩達です」


「そ、そうなんですかっ、は、初めまして、は、はる……いや、飯原です。飯原ハルノっ」


 汗、乱れた呼吸、震え。ド緊張だった。


「えと一年の菅谷です」


「は、橋間わかばです。初めまして、飯原先輩」


 こちらも緊張気味だ。


 と、ハルノの後ろで女子達の会話が聞こえる。


「ほんとにいるんだね。ひんにゅーモデル」


「その言い方酷くない? 確かに壁って感じするけど」


「そっちの方が酷いって~」


 ハルノはすぐにしゅんとする。


「ほらあんた出番」


 わかばの言い方に舌打ちしたくなったが、これは黙っていられないし、委員長の頼みだ。


「ところで飯原先輩」


 そう言いかけて奏介は言葉を止めた。


 と、女子達が楽しそうに話しながら、教室を出ていってしまう。遠ざかっていく声、わかばと東坂委員長が驚いて奏介を見ている。


「ちょっと、あんた何やってんのよ」


「いや……あの……」


 奏介は困惑したようにわかばを見て、そして自分の手を握っているハルノを見る。


「飯原先輩?」


 いきなり手を繋がれ、思考が停止してしまったのだ。


「やめて、言い返したらまた酷いこと言われちゃう。こ、怖いから、止めて」


 震えていた。


「……そう、ですよね」


 クラス内の問題だ。奏介が言い返したところできっと解決はしないだろう。


「え、じゃあどうするのよ?」


「……打つ手なし……のような気がしますね」


 不安そうなわかばと東坂委員長。震えるハルノ。


 奏介は少し考えて。


「五人もいると、気が大きくなるんでしょうね。……飯原先輩、いっそ堂々と謝りましょうか」


「……え?」











 放送での呼び出しは始めてだった。その日、川鍋(かわなべ)せいなは放課後に保健室へと向かっていた。忘れ物が届いているとかなんとか。なくした覚えはないものの、とりあえず行ってみることにしたのだが。


「失礼します」


 戸を開けると、気に食わないクラスメートの飯原ハルノと話していた一年の男子生徒が立っていた。


「あ、こんにちは、川鍋先輩ですよね。呼び出してしまって申し訳ないです」


 礼儀正しく頭を下げる奏介。


「……え、呼び出しってあなた?」


 眉を寄せていると、


 カーテンの陰からハルノが出てきた。続いて東坂委員長、わかば、ついでに風紀委員副会長の田野井。


 川鍋は目を瞬かせる。


「へ?」


「こちらの飯原先輩が川鍋先輩に謝りたいそうです。なんなら土下座する勢いで謝罪をしたいと、風紀委員会に相談して来られてですね。俺達は見届け人みたいなものです」


「ど、どういうこと?」


 ハルノが前に出て膝をついた。


「ごめんなさい。私は、川鍋さんに何かしてしまったんですよね。本当に、本当にごめんなさい」


 深く頭を下げる。涙を流しながら。


「え……ええ?」











 ハルノの涙は目薬である。さすがにすぐは泣けないというので、使ってもらった。


 奏介は川鍋の動揺した姿に口元に笑みを浮かべた。良い反応である。


「ちょっ、別に飯原に何かされた覚えないしっ、なんなのいきなり」


 四対一。こちらが謝る側でも一人では何も出来ないだろう。


「いやいや、隠さなくてもいいんですよ、先輩。言いたいことがあるなら、全部ここで言いましょう。飯原先輩は凄く反省しているようですよ」


「は、はぁ? ま、待ってよ。なんで謝られなきゃならないわけ」


「まぁまぁ、見届けますから、言っちゃいましょ。あたし達は喧嘩にならないように来たんですよ! ね、東坂委員長」


 わかばの振りに頷く。


「親友として謝らせて頂きますね、川鍋さん」


 田野井が腕を組む。


「とことんやり合った方が今後良い関係が築けるぞ」


 川鍋は顔を引きつらせている。


 奏介は真顔になる。


「川鍋先輩。黙ってたら解決しないですよ?」


 大人数で言いたい放題だったのだ。この場で一人でぶちまけてもらおうではないか。

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