第74話殿山和真after
ほんの三ヶ月前まで朝は一緒に登校していた。待ち合わせ場所で落ち合うと、控えめな笑顔で、なおかつ気を遣った様子で挨拶をしてきた。殿山和真はそれに対し、反応したりしなかったり。寝不足でイラついていた時は舌打ちしたこともあった。その時はびくっと体を振るわせ、後からついてくる。
しかし、今は。
とある日の早朝。
偶然、以前の待ち合わせ場所で僧院ヒナと顔を合わせた。
まず、爽快な舌打ちをされ、放置して据えた臭いを放つ生ゴミでも見るかのような目で見てくる。
それから無言で学校へ向けて歩き始める。早足で。あっという間に見えなくなってしまった。
「……」
和真はそれを、複雑な表情で見送るのだった。
その日の昼休み。
偶然ヒナの姿を見つけた。中庭、いくつかの自販機が集まり、ベンチが設置されているスペースだ。昼食は終えたのか飲み物片手に以前図書室に乗り込んできた男子生徒と二人で雑談をしているよう。
ヒナは終始笑顔で楽しそうで、最近は見たことのない表情をしていた。
放課後。
今日は妙にヒナと遭遇する。友人達と楽しそうに会話しながら昇降口を出ていく。一瞬目が合った気がしたが、殿山に反応することなく去って行った。
現在は婚約解消となり、彼女との繋がりはない。声をかける理由もない。と、後ろから声をかけられた。
「殿山先輩」
振り返ると、呆れ顔でこちらを見てくる男子生徒が。菅谷奏介というらしい。
「お、お前っ」
「あのですね。僧院にストーカーするのは止めた方が良いですよ。昼休みも見てたでしょ? 僧院、先輩に殺意しか抱いてないし」
「……別に、ただ見ていただけだ。あいつ、あんな顔もするのだなと。幼い頃を思いだす」
遠い目をする殿山に奏介はため息をついた。
「フラれて傷心……みたいな雰囲気だしてますけど暴言吐いて別の女とやりながら悪口言いまくってたんでしょ。そんな最悪の合わせ技かましてたら誰だって怒りますよ」
「う……」
反応的に多少反省はしているようだ。
「僧院、昔は先輩が優しかったから好きだったって言ってましたよ」
殿山は目を見開く。
「あいつが?」
「でも、今は違うみたいですね。……僧院のその気持ちを拒否したのは先輩です。だからもう近づいたりちょっかいかけたりしないで下さい。ストーカーなんてもっての外ですよ」
殿山は眉を寄せる。
「彼氏気取りか」
奏介、再び呆れ顔。
「いや、真顔で『和真はボクが殺す』って言ってたので心配になったんですよ。殿山先輩がどうなろうが知りませんけど、僧院を人殺しにするわけにはいかないでしょ。ここで約束してくれれば、俺が言っておきますよ。はやまらないようにって」
「……ヒナのことを分かってるような言い方だな」
「そうですか? そんなつもりは」
殿山は自分の胸に手を置いた。強気な表情を作る。
「おれはヒナの許嫁だった。今は婚約解消しているが、結局は家の関係で将来一緒になるだろう。ヒナと仲良くなっていい気になっているようだが」
と、殿山の肩に手が置かれた。
「ねぇ、ストーカー野郎。誰が将来一緒になるって?」
笑顔のヒナだった。振り返る。
「ひ、ヒナっ」
生ゴミを見るような目。
「お前、ここで何してるの? キモイこと言ってないで、放課後なんだから図書室であの女と盛ってなよ。てか、菅谷くんに絡まないでくれる?」
帰ったと思われたが、戻ってきたようだ。
「ヒナ……冗談は抜きだ。きちんと家のことを考えた方が良い。殿山家と僧院家の繋がりを」
「ん? 考えてるよ?」
と、殿山のスマホの着信が鳴った。父の名にとっさに出ると、
『和真か』
「は、はい」
恐ろしく低い声色だった。
『お前、いつぞやのやらかした女子生徒をワシに紹介するつもりらしいな。恥を知れ。うちの敷居は跨がせんっ、連れてきたら承知しないっ』
そう言って通話は切れた。
呆然とする。
「あの女と一緒になりたいって言ってたじゃん。殿山のおじ様に言っといてあげたよ」
「くっ……!」
ヒナが和真を追い詰めるために、手を回したらしい。
「あ、先輩」
奏介が手を上げる。
「図書室でするのは良いんですけど、ちゃんと掃除して行って下さいね」
「……っ。ヒナ、その内わかるぞ? 家の繋がりの重要性がな」
殿山はそう言って背を向け、走り去った。
「……やっぱ殺ろうかな。全力で揉み消せばアリだよね?」
「落ち着け……」
殿山和真、多少反省はしているものの、家のことでヒナにマウントを取るのは変わらないようだ。
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