第68話美味しいオムライス店にいたクレーマーに反抗してみた2
奏介の脅しに底知れぬ恐怖を感じたのか、よろよろと後退する男。隙が出来た。チャンスだ。どう攻めようか、いくつかの選択肢を頭の中に浮かべていると、
「こんなに美味しいオムライスなのに豚のエサとか言ってるの、ほんとにどこかおかしいんじゃないかな? 豚以下の存在のくせに偉そうだ」
ヒナがすましてオムライスを食べながら言う。
奏介は苦笑を浮かべる。
「さすがにそれは失礼だぞ。舌がぶっ壊れてるのは間違いないけど、人に依って味覚は違うんだから」
「ああ、確かに。ごめんね、お兄さん。つい本音が出てしまいまして」
ヒナが冷たい目で言う。
「なんだと!? このガキっ」
先程の脅しのお陰でややビビり気味だ。分かりやすい。
ヒナは怒声を涼しい顔で受け流し、首を傾げた。
「そういえば、腹を壊したらどうするとか言ってたけど、実際壊してるのかな?」
「ああ? こんだけまずいんだから後々体調悪くなるに決まってるだろ」
「いや、ならないよ」
ヒナはぴしゃりと言って、
「だって根拠ないじゃん。ねぇ?」
話を振られた奏介は頷く。
「腹が痛くなる想像や予定で慰謝料取ろうとか、凄い考えだよな。もし痛くならなかったら倍にして返すってことでいいか? いくら請求するんだ?」
「このオムライスの代金は無料ただにしてもらわねぇと収まらねぇんだよっ」
「そうそうっ、美味しいって評判だから来たのに裏切られたんだから」
女も加勢した。
「店長さん、この人達、食い逃げ希望みたいですよ。警察に電話しましょう」
男が顔を引きつらせる。
「んだ、そりゃ!? こちとら不味い飯を食わされたんだぞ。なんで金払わなきゃならないんだ」
ヒナは呆れ顔だ。
「……お兄さんさぁ、お金払わなきゃならない理由とか一つじゃない? オムライス、一口でも食べたからでしょ? 食べたらお金払うのは当たり前だし、お金払うのが嫌ならおうちで手作りオムライスでも食べてなよ」
「こんな不味いクソみたいな食い物に金払えるかよっ」
奏介はゆっくりと立ち上がった。
「あのー、お客の皆さん。ここのオムライスって美味しいですよね? 好みはありますけど、不味くはないですよね?」
店内がざわつく。客達は我に返ったように顔を見合わせ、
「そりゃ美味しいよ。不味いなんて言えないよね」
「うん。わざわざ食べに来てるんだし」
女性グループがこちらへ聞こえるように言う。
「おれ常連だけど不味いなんて思ったこともないですよ。マスターと話すのも楽しいし」
「あ、僕も月一は来てます」
カウンター席の男声陣も頷きながら応えてくれた。
「嫌よねぇ、ああいうの」
「スナック菓子とか炭酸ジュース飲み過ぎて味が分からないんじゃない?」
おばちゃんグループの必殺技も炸裂し、客達の意識が一つにまとまった。
「ですって。皆美味しいらしいですよ?」
「だ、だからなんだよ。おれは」
と、店長がこほんと咳払いした。
「お代は結構です」
「あ?」
店長が毅然とした態度で男を見ていた。
「お口に合わなかったようなので、お代は結構です。どうぞ、お帰り下さい」
この上なく冷たい言い方に男が黙る。
「あ、よかったね、お兄さん。望み通り、合法で食い逃げだね」
「く、食い逃げじゃねぇっ」
「そ、そうよ。この店長が払わなくて良いって今言ったじゃないっ」
「うん、言ったね。だから何? お金払わずに帰るんだから食い逃げでしょ? 早く逃げなよ。お金払わずに」
店長がつかつかと歩き、入口のドアを開ける。
「どうぞ。本日はお越しくださりありがとうございました。お気をつけて」
店長が丁寧に言う。
「何呆然としてんだ? さっさと帰れよ。オムライス代浮いて良かったよな。食い逃げ男」
奏介が笑って言うと、客達に睨まれる中、彼らは出口へと向かう。
「あ、お兄さん達さ。この腹いせにこのお店に嫌がらせしてやろうとか考えないでね? よくないことが起こるかもよ?」
ヒナの笑顔の圧に、男達は逃げるように店を出て行った。
安堵の息が漏れる。店内の雰囲気も和らいだ。
そして何故か拍手が起こる。
「皆さん、本当にありがとうございました」
店長が店の中を見回して頭を下げる。
ライブ会場のような一体感だ。
最後に奏介とヒナへ視線を向ける。
「ありがとう、お嬢さん達」
「いえいえー、また何かあったら言って下さいね。力になりますから」
本当に力になれるのだろうが、店長は気持ちだけ受け取ると言って握手をしていた。
その帰り道。
「僧院、最初のあれはギリギリだよ。豚以下はさすがに暴言」
ヒナは気まずそうに頷いた。
「それについては反省してます。オムライスの悪口言われたから熱くなっちゃった。やっぱり正論で殴るって難しいよね。君みたいには出来ないなぁ」
「別に出来なくて良いし、僧院がトラブルに巻き込まれたら大変だから喧嘩買うのはやめてほしいけどね」
「わかった。自分から首を突っ込まないって約束したしね。うん。自制するよ。それじゃ」
いつの間にか駅前に来ていたようだ。ヒナとはここで分かれる。
「伊崎ちゃんによろしくね。オムライスのお店のこと、お礼言っておいて」
「ああ」
ヒナは手を振って、奏介に背中を向けた。
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