第69話いじめられる原因を作ってしまったのでその彼に謝ってみた1
小学校、中学校(国語)、高校(国語)の免許をそれぞれ持っている中島だが、本命の小学校教諭として働けることになったのだ。
受け持ったのは小学校二年生のクラスだった。副担任である。生徒達が三年生に上がると同時にクラス替えが行われ、中島も担任へと昇格したのである。
春休みが明けて一ヶ月、その前の日の宿題は漢字ドリルだった。クラス全員分を集め終わったところで一冊足りないことに気づく。
「んー?」
教壇にある名簿と照らし合わせて行くと、菅谷奏介という男子児童が家にドリルを忘れてしまったらしい。
「すみません」
立ち上がって頭を下げる彼をクスクスと笑う声が聞こえた。ちなみにバカにするような感じではない。このクラスにいじめはないのだが、彼は同級生からからかわれ易い性格のようだ。
少し考えて、気弱そうな彼を少しいじることにした。
大人しい性格の友人を大人数のカラオケへ連れ出したり、合コンに付き合わせたりしたことがあるのだが、中島のサポートもあり、皆楽しかったと言ってくれた。目立たない人間にスポットを当ててやるのは得意なのだ。
「ダメだぞー、菅谷」
中島は笑いながら近づいた。
「あ、明日、ぜったい持ってきます」
「もしかして菅谷、実はやってないんじゃないかー?」
「え……」
奏介が青い顔をする。
「で、今日必死にやって持ってくる気だろ? 今日も宿題出るのに大丈夫か~?」
「あ、あの、ちゃんとやり、ました」
「よしよし、なら持ち物検査するか。真っ白な漢字ドリルを隠してたら菅谷に物真似でもやってもらおうかな?」
中島はそう言ってランドセルや机の中を確認していった。
「うーん。ほんとに忘れたみたいだな。わかった。じゃあ、明日必ずだぞ?」
奏介は机の上に並べられた自分の持ち物を見ながらこくりと頷いた。いじられキャラにでもなれば少しは性格が明るくなるのではないだろうか。
予想外だったのはその翌日だ。
朝、教室に入ると、男子数名が奏介のランドセルから持ち物を出して、昨日の中島のように机に並べていたのだ。
「持ち物けんさな! あー! 国語のノートないじゃん!」
「や、やめてよ、なんで」
「せんせーがやってたじゃん」
中島は少し慌てて歩み寄った。
「こらこら席につきなさい」
ランドセルが床に落ちていて、教科書などもバラバラになっている。
さすがに中島もそれを拾うのを手伝ったが、クラスメート達はクスクス、ヒソヒソとばかにするように笑っていた。
奏介が本格的にいじめられていったのはそれからだった。
◯
中島は桃華学園高校の校長室にいた。小学校、中学校での勤務を体験し、今日からはいよいよ高校教師になる。どんなことでも未知の体験は胸が高まるものだ。
とは言え、産休に入る国語教師のかわりなので、半年程度の予定なのだが。
「では、説明は以上です。よろしくお願いしますね。中島先生」
「はい」
中島は頷きながらそう返事をした。
一年生のクラスの副担任もまかされることになった。山瀬という教師に連れられて、教室へ向かう。
「教員免許、小中高全部持ってるんだって?」
廊下を歩きながらの雑談。生活指導の教員らしいが、取っつきやすそうだ。
「ええ、教育学部で、どうせなら全部取っておこうと思いまして」
「ほう。それは経験豊かになるなぁ」
「いえいえ、節操がないだけです」
「いや、凄いと思うぞ」
素直に感心しているよう。そうこうしているうちに目的地へついた。
教室に入って、自己紹介をする。中島自身はそこそこイケメンだと自負している。漫画やアニメでよく見る光景に苦笑を浮かべた。
「あの先生格好いい」
「若いね」
「どうしよう、どきどきしてきた」
女子達がざわめく。女子人気はどんと来いだが、男子に悪い印象を持たれないようにしなくては。
ふと、窓際の席で頬杖をついている男子生徒に気づく。
(……え?)
小学生の頃からあまり変わっていない。一目で分かる。菅谷奏介だった。
「なんで」
そう口走ってしまい、注目の的に。
「どうかしましたか、中島先生」
生徒の前なので、敬語で聞いてくる山瀬。中島はなんでもないと伝えた。
一時間目から国語だったので、いきなり授業である。その間も奏介が気になって仕方ない。
小学生の頃、クラスメート達を焚きつけてしまったのは事実だ。良くないスイッチが入った生徒達を止められるはずもなく、一年で異動希望を出して逃げた。
その頃には奏介は教科書に落書きをされたりくつ箱にイタズラをされたりと酷いことをされていたから。
止められない、無理だと。
授業終わり、奏介が友人と連れだって教室を出て行くのを確認し、思い切って声をかけた。
「菅谷君っ」
振り向いた彼は迷惑そうに中島を見る。
「何か?」
やはり覚えているのだろうか。かなり不機嫌そうである。あの頃の印象とは大分変わった気がする。
「ほ、放課後、教室にいてくれ。ちょっと話があるんだ」
なんとなく、このタイミングで謝った方が良い気がしていた。それで許してもらって、気分よく高校教師生活を送りたい。
「俺は別に話とかないですけどね」
冷たく言われ、ぽかんとする。彼はあの菅谷奏介なのだろうか。本当に印象がまったく違う。
「いや、ごめん。聞くだけで良いんだよ」
「そうですか。わかりました」
心臓が大きな音を立てている。
勤務一日目だと言うのに、終始上の空だった。奏介のあの冷たい目が忘れられない。あの気弱そうな様子から、考えたこともなかったが、恨まれているのだろうか。
「こ、これは軽く考えるのは良くないな。うん」
誠心誠意謝ろう。
そう心に決め、放課後、彼が待つ教室へ。
「や、やあ」
教壇の前に奏介が立っていた。
「で?」
彼の視線は凍えるようだ。
「いや、その……僕のことはおぼえてるかな?」
「桃原小学校三年の時の担任教師、中島保弘」
「あ、よ、良かったよ。覚えててくれて。その、あの時は悪かった。僕もまだ未熟で何もわかっていなくて。この通り、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「それで許されると思ってんのか?」
「……え?」
恐る恐る顔を上げる。
「未熟だった? お前が未熟なことなんか俺には関係ねぇんだよっ」
吐き捨てるように言われ、背筋がぶるっと震えた。
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