第67話美味しいオムライス店にいたクレーマーに反抗してみた1

その日は出された課題をやるのをすっかり忘れていて、取りかかったのは八時半だった。


 焦って教科書を開いたものの、そこまで難しくなく、スムーズに終わりそうだ。


 余裕が出てきた頃、奏介は後ろを振り返る。


「おい」


「んー?」


 ベッドに座って漫画を読む詩音である。


「なんでそこで読んでんの。持って帰れば良いでしょ」


「だって奏ちゃんまだ読んでないでしょ? 一回返してもらうのもあれだから読みに来たの。お風呂上がりにふと読み返したくなっちゃって」


 ベッドにゴロゴロし始める。


「だからってパジャマに半纏はんてん羽織って来るなよ。みっともない」


「近いんだから良いじゃん。誰にも会わなかったし」


「お前、課題は?」


「今日は水果ちゃんと図書室行ったからその時に終わらせたよ!」


 奏介はため息をついて机に向き直った。


「そういえばさ、今度皆で遊びに行かない?」


「皆?」


「風紀委員室ランチメンバー。わかばちゃん達、誘えば来ると思うんだよね」


「ああ、橋間と僧院はノリが良いしな。そしたら須貝も拒否はしないだろうな」


「どこが良いかなぁ。いっそ泊まりとかどう?」


「いや、七人で最低二日も予定を確保するのは難しくないか」


「んー、そうだよねぇ。あっ!」


「もう夜なんだからちょっと静かに」


「どうしよう。泊まった場所で奏ちゃんが柄の悪いお客さんに喧嘩売られてるイメージしか湧かないや……」


「人をトラブルメーカーみたいに」


 見ると詩音は漫画を読み終えたのかスマホをいじっていた。


「ねぇ、奏ちゃんさ。今って楽しい?」


 真面目なトーンだった。


「え、まぁ楽しい、かな。こんな大勢でグループになってお昼食べるとか」


「なかったよね」


 見ると詩音は笑っていた。


「わたしも凄く楽しいんだよね。奏ちゃんと一緒に皆でワイワイやるのがさ。だから、もっと皆で遊びたいなって思ってるんだ。昔のこととか、もうどうでも良くなってほしいから」


「……しお」


 先日の石田との一件を気にしているのだろう。奏介のための企画なのかも知れない。


「むぅ。とりあえず考えとこうかな。最初は休みの日にご飯とかでも良いかも」


「……ありがとな」


「なんでお礼言われるのかさっぱりわかんないなぁ~?」


 奏介のためかは定かではないが、詩音はこう言った遊びの企画立てが好きなので、近いうち七人で遊ぶことになりそうだ。


「あ、そういえば、僧院」


 不意にランチメンバーであるヒナの顔を思い出したのだ。


「ん? ひーちゃん?」


 奏介は少し考えて、


「またお礼しないといけないんだよな」


「え、この前パフェ奢ったよね?」


「それとはまた別に借りを作ったから」


「ひーちゃん気にしないと思うけどね?」


「いや、今後何かあった時に僧院に頼る癖をつけたくないからきっちりしないと」


「トラブルに巻き込まれる前提なのが気になるけど律儀だよね~。確かひーちゃん、オムライスが好きだって言ってたような?」


「オムライスか」


「あ、こことかどう?」


 詩音がいつの間にか検索してくれたようだ。


「学校から近いし、わりと評判良いみたい」


 聞いたことのない店名だ。しかし、例の料理長のいる会社の系列ではないことは確かなようだ。











 学校帰り。


 奏介が正門で待っていると、


「菅谷くーん」


 ヒナが手を振りながら歩いてくる。


「お待たせしましたっ、それで今日はどこへ連れて行ってくれるのかな?」


 詩音が言った通り、気にしてないと断られかけたが、オムライスの店は気になるらしい。


 店名を教えてると、どうやら知っているらしい。


「まだ行ったことないけどね。でもタイミング良かった」


 彼女と連れ立って評判の店へ向かう。見えてきたのはお洒落な煉瓦造りの外装をした小さな店だった。


「なんか穴場って感じだね!」


 そうは言いつつ中へ。店内は良さげなBGMがかかる落ち着いた空間だった。ほぼ満員である。人気なのだろう。


 案内された席は奥から一つ手前のソファ席である。ちなみに奥のソファ席にはカップルらしき男女が座っていた。


「美味しいっ」


 注文して運ばれてきたそれをスプーンですくって一口食べたヒナが目を輝かせる。半熟でふわとろ系のオムライスなのだが。


「このふわふわ感は中々真似できないよ。これは、もう、満点かも」


 どうやら喜んでくれたらしく、ホッとした。


「そうだ、僧院」


「ん?」


 スプーンをくわえもそもそと口を動かすヒナが首を傾げた。


「この前はありがとう。危険なことを頼んで悪かった」


「ああ、万引き強要のことね。気にしてないって言ってるのに」


「犯罪が関わってることに巻き込んだからさ」


「まぁ、それは確かに」


 ヒナはオムライスへ視線を落とした。


「これで君の気が済むのなら、ありがたく奢ってもらうよ。でも、また頼ってくれても良いんだよ?」


 奏介は一瞬黙って、


「もしかするとそういうこともあるかも知れない。その時は」


「前にも言ったけど、他ならぬ君のためなら手を貸すよ。まぁ、関わってほしくないことなら勝手に首を突っ込んだりしないから安心して。ほら、ボクは菅谷くんの依頼で動く便利屋さんだからね!」


 冗談混じりに言って、片目を閉じて見せる。


「ああ」


 と、後ろのソファ席で怒声が飛んだ。


「だから言ってんだろっ、クソマズイんだよっ、この店は豚のエサ食わせるんか!?」


 と言ったのは男。


「もー、せっかく来たのに最悪ー。これにお金払うわけ?」


 そして女は呆れた風にスプーンでオムライスをかき回す。


 店内に緊張が走る。バイトの女の子が青い顔で店長を呼びに行ったようだ。


「……で、あんたが店長?」


 初老の店長をテーブル横に立たせて男が言う。


「は、はい。お口に合わなかったようで申し訳ありません」


「申し訳ありませんて、食っちゃったんだけど? どうすんの、腹壊したら」


「い、いえ、当店は衛生にかなり気を使っていますのでそのようなことは」


「んなこと聞いてねぇんだよっ、慰謝料だろ」


「逆にお金もらわないと無理でしょ」


 目茶苦茶言っているような気がする。ただ文句を言いたいだけなのだろう。


「はぁ、台無しだな。僧院は……!?」


 ヒナの目が据わっていた。


「こんな美味しいオムライスに何言ってんの? あの人達」


「クレーマーってやつだよ。文句を言いたいだけ」


 そう説明したのが良くなかった。聞こえてしまったようで、


「ああん!? なんだガキ。こそこそ言いたいことでもあんのか?」


 男がつかつかと歩いてきて、奏介達のテーブルに手をつく。


「おら、言ってみろや。面と向かっては言えねえってか?」


「え、俺は別に」


 奏介が震えた声でそう言うと、


「別にじゃねぇんだよっ、なぁ、あんまりなめてんなや? やるか? コラァ」


 顔を近づけて凄んで来たので奏介は目を細めた。


「てめぇの舌がイカれてるだけだろ。何店のせいにしてんだ? ああ?」


 男の動きが一瞬止まる。


「なぁ、俺を誰だと思ってんだ? てめぇは」


 奏介が低い声で言うと、男はあからさまに顔を引きつらせた。身体的に優位なことには変わりがない。だからこそ、今回ははったりをかますことにした。

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