第65話子供にキラキラネームを付けた母親に反抗してみた2

「な……」


 奏介の思わぬ反撃に怯む小野。


「天照大御神は素晴らしい名前ですが、一人の人間につけるのはおかしいし、絶対生きづらくなるだけでしょう」


「そんなこと」


「ありますよ」


 奏介はまっすぐに小野を見る。


「その子の名前が他の子と違うことくらい分かりますよね? 長さやら読み方やら。菅谷奏介、田辺奏人、田辺ユキノ。俺達の名前と並んだら明らかに違うと思うんですけど、まさか同じに感じるんですか? 頭大丈夫ですか?」


 奏介の煽りに小野の表情が引きつった。


「わかるに決まってるでしょ!? 他の子と被らないようにしただけの話よっ」


「他の子と被らないようにするためだけに神様の名前を使ってるんですか? ほんと失礼ですね。というか、被らないようにという理由で名前選んでたんですね。理解に苦しみます」


「ぐ……」


「大きくなって病院に行って名前を呼ばれた時、周りの人はどう思うでしょうね。大学を卒業して会社の面接で自分の口から名乗る時、本人は何を思うでしょうね。明らかに周りと違う名前は恥ずかしいと感じるんじゃないですか? というか、笑われますよ。なんだ、このバカみたいな名前はって。でもそれはあなたではなく、あなたのお子さんが言われるんですよ。もちろん、適当に考えて適当につけたあなたのせいでね」


「適当じゃないわよっ、ちゃんと天照大御神について調べたわ。候補だっていくつか出したし、産まれてから二週間、ギリギリまで考えたんだからっ」


「その辺で出会う人は親がどんな気持ちでその名前を付けたかなんて知りませんよ。ちゃんと考えた上で人様に見られても恥ずかしくない名前にすべきでしょ。でも、候補なんかあったんですか。……他にどんなバカな名前を考えたんでしょうか?」


「バカな、ですって? 迷っていた名前は、伊邪那美大神いざなみのおおかみよ。知ってる? この神様はね」


「じゃあ、あなたがその名前に改名したらどうですか?」


「え……」


「そんなに迷ったならその名前を自分で名乗れば良いでしょ」


 と、奏介は再び鋭い視線で小野を睨んだ。


「今、なんで嫌そうな顔したんですか? 子供につけようと思ってた名前に改名しろって言われて嫌そうな顔しましたよね。まさか自分で改名するのは嫌だとでも?」


 小野は息を飲んだ。


「ちなみに、改名手続きは理由があれば出来るらしいですね」


 小野がどこまで改名事情に詳しいかはわからないが、普通に読める名前から珍妙な名前への改名はほぼ認められないだろう。ただの脅しではあるが、反応を見る限り、効果は期待できそうだ。


「認められるかはともかく、挑戦してみてはどうですか?」


「っ……!」


 奏介は口元を押さえて笑った。


「その顔、よっぽど嫌なんですね? これってお子さんに対する高度な虐待なんでしょうか?」


「ちょっと田辺さん、この子」


 田辺は首を傾げて話す。


「菅谷君は間違ったこと言ってないと思いますけど。自分にされて嫌なことはしちゃいけないって保育園で習いますし」


 田辺も奏人をバカにされたことがあったので黙っているつもりはないようだ。


「まぁ、もう戸籍に登録してしまったのは仕方ないですね。せめて読み方を考えてあげるとか、その子のことを思うなら家庭裁判所に行って下さい。くれぐれも自分ではなく、娘さんのこれからの人生をちゃんと考えて上げてください。母親なんだから当然だし、高校生で未成年の俺にこんなこと言わせないで下さいよ」


「っ……。失礼するわ」


 小野は娘を強く抱き締め、その場から去って行った。


 小さくなっていく背中に田辺が何度か頷く。


「さすが菅谷君。正論だね」


「……あの子、心配ですね」


「菅谷君が言ったこと、ちゃんと理解出来てれば良いんだけどね」


 他人に指摘されたくらいで考えを変えはしないだろう。しかし、何かしら影響を与えられたとは思いたい。


「それじゃ、車に戻るね。またね」


「はい、また。奏人君も」


 眠っている奏人の頭を撫でてやると、田辺は嬉しそうに手を振って車へ戻って行った。

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