第64話子供にキラキラネームを付けた母親に反抗してみた1

 放課後。


 今日は一人で学校の昇降口へとやって来た。風紀委員の会議後、校内の見回り当番をしていたため、真崎と詩音は先に帰宅。わかばは会議終わりにヒナが迎えに来ていた。モモは水果の所属している演劇部が気になるらしく、見学に行ったらしい。先日七人で下校した時は相当賑やかだったが、のんびり帰路につくこういう日も悪くない。


 と、アプリにメッセージが届いていることに気づいた。


「ん?」


 母親からだった。買い物のお願いだそうだ。後三十分もすれば暗くなってしまうというのに、寄り道をしなければならないらしい。


「仕方ないか」


 バイト先と先日の万引き強要事件の店は避けて、以前詩音と一緒に行った大型のスーパーへ向かうことにした。


 メッセージアプリの買い物メモを確認しながら安めのものを篭に入れていく。ちなみに母からの指示である。


 レジを通して、袋に詰め、スーパーを出たところで、


「菅谷君」


 呼び止められて振り返る。


「こんばんは」


 入り口のそばのベンチに座りながら手を振っているのは同じマンションに住む妊婦、田辺ユキノだった。先日、彼女の親族と一悶着あったわけだが。


「こんばんは、先日は……あ」


 彼女の腕には赤ちゃんが抱かれていたのだ。


「無事産まれたんだ。菅谷君が丁度入院してる時だったから報告遅くなっちゃったね。赤ちゃんのお世話が忙しかったからあんまり家から出てなかったし」


 田辺はそう言って、赤ちゃんの頭を撫でた。


「おめでとうございます。良かったですね」


「ありがと。抱いてみる?」


「え」


 戸惑ったものの、差し出してきたので慌てて隣に座り、その小さな体を腕の中へ。


「か、軽い」


「だよね? 二ヶ月半過ぎたけどなんていうか力を入れると壊れちゃいそうで。可愛いけど。ちなみに男の子で名前はかなと君にしたよ」


「かなと?」


「奏人君。実は菅谷君の名前から一文字もらったんだ。大きくなったら、遊んであげてね」


「そ、そういうのって田辺さんや旦那さんの名前から取るものじゃ? 俺なんかの名前を」


「いいのいいの。ところで、菅谷君はあの味噌汁おばさんより先に奏人君を抱っこしたんだけど、何か感想ある?」


「可愛い、ですけど……良いんですか?」


「うん。簡単には孫を抱っこさせて上げないんだ」


 奏介は赤ちゃんを彼女に戻す。


 今まで相当酷い目に遭わされていたのか、まだ確執があるらしい。ともあれ、元気そうで何よりだ。


「そういえば買い物ですか?」


「この子の検診の帰りなんだけど、外の空気を吸いたくて車降りちゃったの。旦那が今買い物してるとこ」


 どうやら旦那さんを待っているらしい。


「でもまぁ、冷えるからそろそろ戻ろうかな。ねー?」


 赤ちゃんにそう声をかけて、ゆっくりと立ち上がる。


 と、その時。


「あら、田辺さん?」


 スーパーから出てきたのは赤ちゃんを抱いた女性だった。メイクバッチリでつんとした感じがする。知り合いに会った時点で少しの笑顔もないとあまり印象が良くない気がする。


「あ、こんにちは、小野さん。そうそう、先日無事出産しました」


 小野というらしい女性に奏人を見せる。


「どうも。あら、産まれたのね」


 どうでも良いと言いたげだ。


 会話を聞く限り、出産時期はかなり違うものの、一時一緒に入院していたらしい。赤ちゃんは奏人より二ヶ月上だそうだ。


「お名前は?」


「奏人です」


 笑って言う田辺に対し、小野はくすっとばかにしたように笑う。


「まさかその名前で出生届を?」


「え? はい、そうですけど」


「良くないんじゃなくて? 響きが美しくないし」


 田辺は苦笑を浮かべる。どうやら、こういう性格の人らしい。


「そういえば、誰かの名前から取るとかなんとか言ってなかった?」


「あ、そうなんですよ。ほら、この子、奏介君です。奏人の命の恩人で」


 そこまでのことをしただろうかと戸惑っていると、


「あらあら、もっとも関わりたくない人種ね。こんな陰気な子から名前を? 田辺さん、どうかしてるんじゃない?」


「……は?」


 奏介はピクリと眉を動かした。


 一言も言葉を発していない状態で喧嘩を売られたのは初めてである。


 さすがの田辺も不機嫌そうな顔になる。


「奏介君は凄くいい子なので、どうもしてないですよ。なら、お宅のお子さんのお名前は?」


「こういうのはセンスなのよ。この子の名前は」


 奏介と田辺はすやすやと眠っている女の子の顔を見る。


小野天照大御神おのあまてらすおおみかみよ」


 田辺は口を半開きにする。


「え、あ、小野……あま?」


「天照大御神。日本の神様の名前から取ったの。どう? あなたの子、ダサい名前をもらって可哀想ね」


「可哀想なのはその子じゃないですか?」


 奏介は笑って小野の顔を見る。


「は?」


「そんな名前つけられて可哀想ですね。そのまんま神様の名前をつけるなんて、失礼じゃないですか? その子のことも、神様のことも全力でバカにしてますよね?」


「な、なんなの、いきなり失礼な」


 田辺の義母といい、この母親といい、自分のことは棚に上げて人を失礼呼ばわり。どういう思考回路をしているのだろうか。理解に苦しむ。


「失礼なのはそっちでしょ。関わりたくない人種だとかこんな陰気な子から名前を取るなんてどうかしてるとか、人をなんだと思ってるんですかね? 喧嘩売ったのそっちでしょ」


「っ! 本当のことでしょう。それに、天照大御神という名前の何が悪いって言うの!?」


「長い、呼びづらい、書きづらい、中学校で習う漢字が含まれてる、苗字とのバランスが悪い、語感が悪い、テストの時に名前を書くだけで時間がかかる、とにかく神様に失礼」


 奏介は一気に捲し立て、


「その子のこと考えてつけてないですよね? 名前は一生ものだし、苦労するのはあなたじゃなくてその子なんですが? ちゃんと八十歳のおばあちゃんになるまでの人生を考えてるんですか?」


 奏介は睨みつけながら言った。

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