第62話万引きを強要してきた連中に反抗してみた3

 トウナはリビングのソファに、父母と向かい合って座った。雰囲気的にお説教の流れだが、最近は心当たりがない。試験も赤点は回避しているのに。


「今日ね、電話があったの」


「電話って……誰から?」


「名前は名乗らなかったけど、どこかのスーパーの店員さんらしくてね。あなたが万引きをしてるから、注意してくれって言われたの」


「は?」


 父親がテーブルに片手を付いた。


「名も名乗らない電話の相手を信じるわけじゃないが、どうなんだ? まさか、本当にやってるわけじゃないよな?」


「え、あ……」


 自分でやったことはない。でも小さい頃に一度だけ……そう思い出しトウナは頭を左右に振った。


「やってるわけないじゃん。てか、パパもママも変な電話信用しすぎ。あ、それ絶対詐欺でしょ」


 すると母親はため息を吐いた。


「そうね。そうかも知れないわ。でもその人、警察に届けたり公にしたりはしないから、本当に止めてほしいって言っていたのよ。純粋に困ってたみたいだったわ」


「トウナ、ここで嘘を吐くのは簡単だが、よく考えて行動しなさい。軽い気持ちでバカなことはするな。おれにもママにも、兄ちゃんにも迷惑かけることになる」


「……う、うん」


 魂が抜けたように夕飯やお風呂を済ませ、すぐに部屋に戻った。力が抜けたようにベッドに座る。


「なんなの……。電話って誰から」


 もやもや考えていると腹が立ってきた。


「パパもママも変な奴に騙されて……真面目すぎんのよ」


 家族に不満はないが、真面目過ぎることに反抗期がきたことがある。と、自室のドアが少しだけ開いた。


「おい、トウナ。母さん達に聞いたぞ。お前」


 トウナは枕をドアに投げた。


「うるさいっ、ばか兄貴っ」


 ムカムカしてきた。


「もう寝よっ」


 スマホを充電器に繋ぎ、部屋の電気を消した。









 奏介は例の公園で根黒と二人、片巣達の到着を待っていた。


「僕昨日、眠れなかったよ」


「なんでだよ」


 奏介はスマホをいじりながら、根黒に言う。


「だ、だって、万引き」


「してないだろ」


「う……。でも、今日はさせられるかも知れないしっ」


「俺は何があってもしない。でもお前のことは知らないぞ」


「な、なんか、菅谷君冷たくない?」


 奏介はスマホをしまって、根黒を睨んだ。


「俺を騙して巻き込んだくせに一晩、何も考えずにここへ来て泣き言言ってるからだろ。俺がいなかったらお前どうしてたんだ?」


「そ、そんなこと言われてもっ」


 すぐに目に涙を溜める根黒に奏介は呆れてしまった。辛い時期を一緒に過ごしたことがあるだけに、昔とまったく変わっていないことにイラつくのかもしれない。


 と、ようやく三人が現れた。


「よう、ちゃんと来たなー。偉い偉い」


 片巣ともう一人の男、相内あいうちはにやにやと笑っているのに対し、星はどこか浮かない顔だった。昨日の電話が思いの外効いているようだ。


「おー、菅谷クンも偉いじゃん。良かったねぇ、優しい友達がいて」


 すでに根黒は縮こまって震えていた。睨み付けてやりたかったが、我慢する。


 とりあえずは、三人の意思を確認した方が良いだろう。


「あの、今日は、パシリで許してもらえませんか? なんでも買ってきますから、万引きだけは」


 と、星がびくりと肩を揺らした。明らかに昨日とは違う。説教を食らったとしたら、しっかりとした両親なのだろう。


「ダメダメ。君らもお金使いたくないっしょ?」


「だからさぁ、バレなきゃ良いわけだし。何びびってんの? 二人ならどっちかが壁になって隠すとかさ」


 今度もまた向かいのコンビニへ。


 彼らの視線を受けて入り口へと向かう。


「心を入れ替える気はないみたいだな」


「……ごめん、菅谷君」


 並んで歩きながら、肩を震わせていた。


「何回謝るんだよ。もう」


「僕が見捨てて転校したせいで、こんな。二重人格みたいに。きっと精神を病んで」


「誰が二重人格だ」


 泣きそうになっている彼を引き連れて、コンビニの中へ。


「いらっしゃいませー……!」


 昨日の店員さんが目を見開く。


 奏介が頷くと、彼は分かってくれたようで目配せをしてくる。


 流れは昨日と同じだ。棚の間でお会計を済ませ、三人の希望の物を持っていく。




 しかし、これで終わりとはならなかった。


 盗ってきた(正確には買ってきた)お菓子を彼らに渡すと、


「お、常習犯みたいな手際になってきたな。良いねぇ」


「よーし、慣らしはこれくらいで、明日はスーパーだな。てか、色んなとこでやろうぜ。次は自分達が食べる分も盗ってこいよ?」


 そう言って去って行った。


「あいつら、まっっったく、反省してないな」


「昨日の電話も、気にしてないみたいだね……」


 奏介は少し考えて、


「いや、あの星ってやつは昨日と様子が違ってたから。……今日はもう一人やっとくか」


 一人づつ、親に怒られてもらうことにする。






 その翌日、電話をした相内に変化はなく、電話を受けたらしい母親はイタズラとして処理したらしい。


 この日は少し大きめのスーパーへ行くように言われた。やることは同じだ、店員と店長に事情を話して外から見えない位置で会計を済ませる。公園へ戻ってそれらを渡す。




 その翌日も同じ対応。今回、親への電話はしなかった。






 そして翌々日。


「上手くなってきたねー」


「スムーズで良い感じじゃん」


「この新作お菓子、食べてみたかったのよねー」


 あろうことか星の精神状態も回復傾向だった。


 奏介は困ったように笑う。


「そうですね、緊張しなくなってきたので」


 彼らの顔が一瞬曇る。


「慣れてきましたよ。なんでも行けそうです。ね、根黒君」


「う、うん」


 彼らは顔を見合せ、


「明日もここな」


 不満そうな顔で去って行った。


「ななななっ、なんか僕達悪いことしたかな!?」


「あいつら、俺達が嫌がったり困ったりしてるのを見て楽しんでるから今のやり取りがつまらなかったんだろ。……そろそろやりそうだな」


「へ?」


「根黒、ちょっと付き合え」


 奏介は根黒を連れて、スーパーへと戻って行った。







 翌日、放課後。


 すっかり緊張しなくなったらしい二人をスーパーへと送り出したところで、片巣が口を開く。


「なあ、店員に言っちゃわねえか?」


「え、何を?」


「こいつら、万引き犯でーすってさ」


 片巣はにやりと笑った。


「マジ? それ、あいつら終わりじゃん」


「だってつまんねーじゃん? どうせ万引きなんて大した犯罪じゃねぇし、怒られて凹むとこ見ようぜ」


「ぷっ、ちょっと見たいかも」


 星が言う。


 三人は楽しそうに笑いながら二人の後を追った。







 奏介と根黒は棚の前に立っていた。


「君が慣れたなんていうから、こんなに何個も取ってこいって言われたんじゃない!?」


「とにかく、嫌がる顔を見たいんだろ」


 それでも笑顔で対応したので、相当イラついている様子だった。


「近くに店員さんいないね……」


「大丈夫だ。今日は」


 奏介はそう言って、棚の箱お菓子をそっと鞄の中へ。と、その瞬間。


「あーっ、こいつら万引きしてんじゃんっ」


 突如現れた片巣が大袈裟な声で叫んだ。客や店員が一斉に奏介と根黒に集まる。


「あー、鞄にお菓子隠したよね」


「俺も見てた」


 ニヤニヤと笑いながら歩いてきた三人と対峙する奏介。やがて、何人かの店員が駆けてきた。


「君達ー……ん?」


 奏介と目が合った二人の店員は、はっとした様子。


「あ、店員さーん、こいつバッグに入れたお菓子盗もうとしてましたよ」


 そう言った片巣は、店員達の鋭い視線にビクッと肩を震わせた。


「こ、こいつこいつ、おれじゃないですよ?」


「万引きしたって、誰がしたんだい?」


「誰のことを言ってるのかな?」


 店員達が奏介ではなく、片巣に迫って行く。


「いや、そいつらですって。名前は根黒一と菅谷奏介」


「へえ、そうなんだね。じゃあ、君達、こっちの部屋に行こうか?」


 三人は状況が飲み込めないようで混乱し始めた。


「べ、別に俺達は」


「そ、そう。何もしてないですっ」


「鞄の中調べてもらってもいいっすよ?」


 奏介はゆっくりと歩き、店員の隣に並んだ。


 スマホをタップ。




『あの、今日は、パシリで許してもらえませんか? なんでも買ってきますから、万引きだけは』


『ダメダメ。君らもお金使いたくないっしょ?』


『だからさぁ、バレなきゃ良いわけだし。何びびってんの? 二人ならどっちかが壁になって隠すとかさ』




 流れた音声はもちろん片巣達のものであり、その後も会話が続く。


 怯えたような顔になる三人。


「え……えぇ? ……」


 奏介は笑みを浮かべた。


「このスーパーの店員さんは全員、お前らがどうしようもないバカだって知ってんだよ」

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