第60話万引きを強要してきた連中に反抗してみた1

 とある日の放課後。奏介は真崎と共に昇降口を出た。


「そういや、『フラクタデイズ』の二巻、売り上げが好調だとさ。あいつ、お前に礼がしたいって言ってたぜ?」


「そっか、よかった。俺のことは気にしないでって言っておいてよ」


「まぁ、一応伝えとくけど、礼は受けてやれよ」


「あーじゃあ、考えとくよ」


 弟とはどうなったのか、聞いてもよかったが、真崎が言わないということはまだ決着がついていないのかもしれない。奏介からは聞かないで置くことにした。


 と、視線に気づく。


「す、菅谷君」


 声をかけられたのは正門を出たところだった。見ると、男子高校生が立っていた。小太りで、額には汗をかいている。


「……ん?」


 名前を呼ばれたが、知らない顔だった。しかし、よくよく観察すると見たことがあるようなないような。


「あ、友達か? 俺、ちょっと寄るところあるからこのまま帰るわ」


「え、ああ。またね」


 真崎は手を振って、いつもと反対方向へ歩いて行ってしまった。


「……で、どちら様ですか」


「えと、覚えてないかな。小学校四年生の時にクラスがおなじだった」


「四年……」


 奏介は少し考えて、ふとある名前が浮かんだ。


「もしかして、根黒ねぐろ君?」


「う、うん。久しぶり。君が桃華だって聞いて、会いたくなっちゃって」


 小学四年生の頃の記憶が蘇ってくる。あまり良い思い出はない。五、六年の頃と比べればましだったが、それでも色々あった。彼とは一年間、友人と呼べるくらいの関係だった。いわゆるいじめられ仲間だ。


「会いたくなったって……」


 言い回しが大分気持ち悪い。


「よかったらちょっと話さない?」


 何か気がかりなことでもあるのかそわそわと落ち着かない。額には汗を掻いている。


 奏介を誘っているわりには他のことに気を取られているようだ。


「いきなりどうしたの? 今まで連絡もしてなかったのに」


 まったくの音信不通だった。なのにいきなり学校に会いに来るとは。


「……やっぱり怒ってるよね」


 彼は暗い顔で呟いた。


「え、何が?」


「君に何も言わずに、転校したことだよ」


「あー。そういえばそうだったね」


 いじめに耐えきれず、親が転校させたらしい。それは良いとして確かに仲良くしていた奏介には一言もなかったのだ。今の今まで忘れていたが、根黒一ねぐろはじめは気にしているようだ。


「あの時はごめん。自分だけ逃げるみたいで、言えなかったんだ。君に、責められるんじゃないかって」


「……そ、そうか」


 妙に芝居がかっている。舞台俳優がわざと大袈裟に演技をするような感じ。


「謝りたくて。だから少し話そうよ」


「別に謝らなくても……まぁ良いか」


 四年生の一年間はお互いに励まし合いながら過ごしていたこともあり、彼への悪い印象はほとんどない。格好良い言い方をすれば、戦友のような。


「よかった。ちょっと歩こう」


 やはり、キョロキョロと落ち着かない様子で辺りを見回している。と、連れていかれたのは小さな児童公園だった。道路を挟んだ向かいにはコンビニがある。


「あのさ、どこ行くの? うちとまったく方向が違うんだけど」


 どこか店に入るにしても駅方面の方が良いだろう。駅の方向ですらないのだ。


「……ごめん。ごめんよ」


 誰もいない公園内、根黒がそう呟いた。すると、


「やっほ~。偉いじゃん。ほんとにお友達連れてきたー?」


 にやにやと笑みを浮かべながら近づいてきたのは三人の高校生だった。一人は女子だ。制服のリボンを外して胸元にネックレスが見えている。濃いめの茶色に染めた髪は背中まで伸びていた。後の二人は男子で、制服をこれでもかと崩している。それでもお洒落に見えてしまう。


 先日の味澤達も男女グループでつるんでいたが、こちらはまた雰囲気が違う。完全なリア充、カースト上位といった印象だ。


 今度は完全に知らない顔ぶれで、奏介は眉を寄せた。よくよく見れば、根黒と同じ高校か。


「ごめん、俺帰るね。友達がいるみたいだし」


 奏介はそう言って歩き出したのだが、男子二人に前を塞がれる。


「……何か?」


「まあまぁ、良いじゃん。根黒の友達っしょ? おれらもなんだよ。仲良くしようぜ」


 奏介は根黒へ視線を向ける。うつむいて、拳を握りしめて震えていた。


「根黒君、結局何の用なの?」


「……ごめん」


 そこで、彼らが笑いながら話してくれた。


「てわけで、お前騙されちゃったんだよ、根黒クンにな」


 どうやら、根黒は彼らに遊ばれているようで何か良からぬことをさせるために奏介をここへ連れてきたらしい。


「そんじゃ、二人でやろっか? あたし、ポテチップのコンソメ味ね。よろ~」


「じゃ、俺はガリガリポテトのチーズ」


「おれ甘いもんがいいなぁ。キャラメルのポップコーンで」


「あはっ、ガキっぽ過ぎでしょ」


 どうやらパシりをやらされるらしい。奏介は内心でため息を吐いた。根黒はぶるぶると震えている。


「あ、あの、お金払って買ってくるよ。い、良いよね?」


「はぁ? ダメに決まってんじゃん。盗ってこいって」


 奏介は、はっとした。根黒と彼らのやり取りをしばらく聞いていてわかった。根黒は万引きを強要されているようなのだ。


 この尋常じゃない怯え方は犯罪行為をさせられることへの恐怖か。


「なるほど」


 呟いた奏介へ彼らの視線が向く。


「そういうわけで、二人で協力して盗って来ようか? 大丈夫だって、バレなきゃさ」


 軽いノリで送り出され、ニヤついた三人の視線を背中に感じる。


「ごめん、菅谷君。ぼく、断れなくて。本当に、ほんとにごめん」


 青い顔で言うが奏介はちらりと公園の方へ視線を向ける。


「……レジは丸見えだな」


「え?」


 二人揃って中へ入ると、奏介は根黒についてくるように言って、公園内から見えない位置へ。


 お菓子の棚の前には丁度店員がいて、品出しをしていた。


「ど、どうする? これじゃあバレちゃうよ」


「お前、本当にやる気だったの?」


 奏介の問いに根黒はぽかんとした。


「だ、だってやらないと、ひどい目に」


 奏介は品だし中の店員に声をかけた。


「すみません、ちょっと相談があるんですけど」


「はい?」


 不思議そうにこちらを見る若い男性店員。


「ちょっと菅谷君!?」


「実は、そこの公園にいる不良連中に万引きしてこいって脅されてるんですよね。盗ってこないとボコるぞって言われてまして。なのでバレないようにここでお会計して良いですか?」


 根黒はぽかんとした。


 店員もだが、すぐに我に返る。


「ほ、本当に? なら警察に」


「いや、そうしたいんですけどね。あいつらは何もしてないので警察が捕まえてくれるかわからないじゃないですか。とりあえずこの場を納めたいんです。あ、店長さんはいらっしゃいますか?」


「ちょっと待っててね」


 店員はすぐに中年の男性を連れてきた。


 棚の間で四人、しゃがみ込む。


「君らの事情はわかった。でも通報した方が」


「いえ、俺達が何されるかわからないですし」


 店長達は眉を寄せる。


「そう、か。わかった」


「店長、どうにかして上げられないんですかね」


 奏介は首を左右に振った。


「気にしないで下さい。俺達も何か考えてみますから。また何かあったら協力してもらえるとありがたいです」


「……いつでも、声をかけてくれていいよ。何か出来ることがあれば」


「ありがとうございます」


 二人の計らいで、無事万引きという犯罪を犯さずにお菓子を手にいれ、彼らの元へ。


「さんきゅー。上手くいったじゃーん」


「んじゃ、明日もここ集合ね」


「慣れてきたらスーパーとか行こうぜ」


 呑気なことを言いながら帰って行った。公園には奏介と根黒だけ。


「……ど、どうしよう。やっぱり、片巣かたす君達、続けてやらせる気だ。このままじゃぼく達は」


「お前、何を言ってるんだ?」


 奏介は冷たい目で根黒を睨んだ。


「ひっ!?」


「まさか、お前、何もしない気だったのか? このままじゃ俺達は万引き犯にされるんだぞ。犯罪行為を強要されたとしても、実行したらしたで無罪ではいられない可能性が高い。この状況でどうしようじゃねぇだろ。バカっ、その前にあいつら潰すんだよっ」


 奏介は怯える根黒に、そう言い放った。

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