第58話奏介と百戦錬磨の痴漢2

放課後、奏介は真崎と共に駅に来ていた。痴漢が出る路線であり、以前奏介が痴漢捏造して冤罪をなすりつけていた女性達を捕まえた桃都おうと駅である。


「ほんとにどうやって探すよ? どこから乗ってどこで降りてるのかもわかんねえのに」


 この前のように集団ではないからか、それらしいサラリーマンすら見つからない。……と言うより、仕事帰りのサラリーマンが多くて、目星をつけられないのだ。


「とりあえず、この前俺が遭遇した時間と車両で」


「まぁ、それが良いわな」


 あの日と同じように、学校の最寄り駅へ向かう電車へ。


「めちゃ空いてるじゃん」


「いや、次の駅でかなり人が乗り込んで来るんだよ」


 あの日もそうだった。次の駅はオフィス街のど真ん中にあるので、サラリーマンやOLの客が多いのだ。


「なるほどな。そこで乗り込んできたやつの中にいる、と」


「多分ね」


 桃都駅を出発してから七分。電車が減速し始め、南桃都駅へ到着した。


「げ、マジかよ」


 予想どおりだった。ホームを埋め尽くさんばかりのスーツ姿の男女が見える。扉が開いて、一斉に流れ込んできた。


『南桃都駅、南桃都駅です。お降りの際はー』


「おいおいおいっ」


 人混みに流されて、立ち位置が真崎と離れてしまった。


「おーい大丈夫か?」


 距離的には人一人分だ。身動きが取れないほどではないが、次の駅までは動きづらそうだ。


「うん、でもこれじゃあ」


「ああ、厳しそうだよな」


 小声で頷き合った時である。奏介は眉を寄せた。真崎の斜め前にいる初老のサラリーマン、その背格好にぼんやりと見覚えがあったのだ。


「どうした?」


 真崎からは見えづらいかも知れない。


「いや……」


 そのサラリーマンはドアに押しつけられた若いOLの女性の背後にぴったりとくっついている。


 観察していると、女性の体がびくっと震えた。サラリーマンの手が、スカート越しにお尻を撫で回している。下から上へ。その動きが目立たないように。


「!!」


 これは間違いないだろう。奏介は少しづつ移動し、サラリーマンに近づいて行く。声をかける前に手首を掴んで、現行犯で捕まえる。前回のようにカメラで証拠を撮るのはリスキーだ。何しろ今日は男として来ているのだから。特殊メイクをしてくるのもありだったかもしれない。


 もう少し、そう思った時、女性の近くの若いサラリーマンが彼女の異変に気づいた。まだ痴漢には気づいていないだろう。すると、


(え?)


 痴漢サラリーマンの片手が斜め後ろの真崎の手首を掴んだのだ。


「え?」


 真崎の驚くような声。初老のサラリーマンがニヤついているのがわかった。真崎の手を女性の尻へと近づける。何をしようとしているのか、わかった。


「このっ」


 奏介は無理矢理人を掻き分けて、サラリーマンの隣へ飛び込むと、足を思いっ切り、踏みつけた。


「ぎゃわああっ」


 ギリギリと力を込めたまま捻るように踏みつける。


 丁度電車が駅について、車両から人がホームへと流れて行く。


 その場に残ったのは奏介、真崎と女性、後は異変を察知していた若いサラリーマン、そして足を押さえて床に倒れ込んでいる初老のサラリーマンだった。


 奏介は無言でしゃがみ込み、彼のネクタイの根本を掴んで少しだけ締めた。


「おぐ!?」


 軽蔑の眼差しを注ぐ。


「すみませんでした。足を踏んでしまったようで。でも、今そこの女性の体を触ってましたよね?」


「な、なんのことだか」


「どうですか、触られてたの、この人じゃないですか?」


 女性は青い顔でこくっと頷く。


「こ、この人です。気持ち悪いことを囁いてきて」


「俺も見てました。それと、そこの高校生、俺の友達なんですけど、彼には無理矢理女性の体を触らせようとしてましたよね」


「し、知らないな」


 と、若いサラリーマンが、


「駅員さん呼んできますっ」


 そう言って駆けて行ったので、初老のサラリーマンをホームへと引きづり出す。


「や、やめろぉ、これは冤罪だぁっ」


 真崎と女性にも手伝ってもらったので、すんなりと移動させることが出来た。


 まだ足が痛いのか立てないようだ。奏介は話の続きとばかりに彼と目線を合わせた。


「自分で痴漢て犯罪したばかりか、誰かに罪をなすりつけるとか、最低最悪ですね」


「ふ、ふふふ。痴漢? 体を触っただけで何を大袈裟な。減るものではないだろう」


 被害に遭った女性にとっては恐怖でしかないだろう。電車に乗るのがトラウマになってしまう人もいるかもしれないのに。


「それに、逃げるのにはこうするのが一番手っ取り早いんだよっ」


 もう惚ける気はないようだ。


「三ヶ月前まで一緒に通勤しとった同僚は今頃牢屋の中だ。ひひ、女に叫ばれた時のあの顔は忘れられん。生け好かない奴だったからなぁ。……がっ!?」


 奏介がサラリーマンのこめかみを片手でがっちりと掴んだのだ。親指と中指がこめかみにぐりぐりと食い込む。


「がががっ」


 痛みは相当なものだろう。握力には自信があるのだ。


「お前もそれをやってたってわけか。痴漢やって、それを人になすりつけて冤罪、同僚の人生潰したって? あの女共より質が悪いな」


「ふ、ふはは。何か悪いのか? 生きてれば人を蹴落とすなんて当たり前のことだ。ガキには分からないだろうがなぁ!」


 奏介は手を話して立ち上がった。


 スマホの画面をタップする。




『三ヶ月前まで一緒に通勤しとった同僚は今頃牢屋の中だ。ひひ、女に叫ばれた時のあの顔は忘れられん。生け好かない奴だったからなぁ』




 いつもの必殺技である。証拠のための録音。


「な、なんだ?」


「開き直ってるみたいだけど、言質取れた。その同僚さんの疑いは晴れる可能性があるな。後、お前も蹴落とされたも同然だろ。証人もいるし、現行犯で逮捕。めでたく会社はクビだ。よかったな」


 初老のサラリーマンはごくりと息を飲んだ。徐々に捕まったという現実を受け入れてきたのだろう。


 やがて、駅員と警察が駆けつけてきた。







 帰りの電車の中、奏介はため息を吐いた。


「どうしたんだよ。上手くいったのに」


「なんか不完全燃焼。もっとこうボッコボコにしたかった」


「いや、結構な勢いで物理攻撃してただろ」


 立てなくなっていたので骨折の可能性もあるらしいが、あれに関しては不問になった。正当防衛の一種だし、あの女性も味方してくれたので。


「怪我させてもお咎めなしならもっとやっとけばよかった。はぁ」


「いやいや、お前どんだけ…………まあいいか。そういや、さんきゅーな。マジで俺危なかったっぽいし」


「ああうん、あれやられて捕まった人いそうだよね。ほんと危ない」


「怖すぎんなぁ。なんつーか、犯罪をやらされるってヤバいよな」


 自分の意思ではなく、犯罪者にされてしまう。そんな状況は本当に恐ろしいのだ。


 今後、遭遇することもあるのだろうか?

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