第57話奏介と百戦錬磨の痴漢1

「えっ、痴漢されたの!?」


 風紀委員室にて、珍しく大人数での昼休みを過ごしていた。


 メンバーは奏介、詩音、真崎、水果、わかば、ヒナ、モモである。


 わかばの大声に会話の中心になっていたモモがこくりと頷く。


「……マジ、なのね……」


「例のあの路線でしょ? よく聞くよね。ていうか、そのせいで捏造する奴らが出てきたわけでさ」


 ヒナが呆れ顔で言う。


「なんとも、罪深い話だね。聞くところに寄ると、元凶のそいつがまだ捕まってないらしいじゃないか」


 水果が不満げに言うと、詩音も頷いた。


「うん、クラスの子も言ってた。サラリーマンのおじさんらしいよ。百戦錬磨の痴漢だって噂なんだよ。話しかけて来るらしいし!」


 詩音が真面目な顔で人差し指を立てる。


「……確かにサラリーマンだった」


 モモは暗い顔で 言って、


「口に出せないくらい卑猥な言葉を囁いてきて」


 体を震わせるモモ、女子メンバーに戦慄が走る。


「ヤバすぎでしょ。何やってんのよ、警察は」


「現行犯だから難しいんじゃない? ボクも一回あって捕まえようとしたけど……その時になると体が動かないもんだよね」


「ひーちゃんされたことあるの!?」


「いや、あたしもあったよ」


「水果ちゃんも!?」


 詩音とわかばの視線が交わる。


「……わかばちゃんは」


「さすがにないわよ。え、何? 被害者率高くない?」


 詩音は自分の体へ視線を落とす。


「やっぱり壁は狙われないのかな……」


「ちょっと、やめてよ、詩音。悲しくなるでしょ」


 痴漢が胸囲でターゲットを選別しているのかは分からないが、被害者はかなり多いらしい。


 奏介は彼女達の会話を聞きながら、無心で弁当を食べている。


「お前、顔がこえーぞ。大丈夫か?」


「うん。でも色々あってすっかり忘れてた。殺りに、いや捕まえに行かないと」


「どさくさに紛れてマジで殺りそうだな」


 真崎が顔を引きつらせる。


「でも、現行犯か。探すのが大変そうだね。あの時捕まえとければよかったよ」


 状況的にはかなり惜しかったのだ。


「顔は見てねぇの?」


「頭に血が上ってたせいで覚えてない」


「うん、まぁ……そうか」


 と、女子達の視線がこちらへ向いていることに気づいた。


「ん?」


 奏介は少し動揺する。ついつい普通の音量で話してしまっていたが、聞かれただろうか。


「奏ちゃん、痴漢捕まえに行くの?」


 ばっちり聞かれていたようだ。


 なんと応えるべきか。


「え、あんた痴漢でもされたの?」


 わかばの言葉に奏介は思わず固まる。


「……なんで?」


「だって、自分に何かされるか、誰かに頼まれないとそんなことしないじゃない」


 奏介は諦めたように肩を落とした。真崎は苦笑を浮かべる。


「橋間、鋭いなー。こいつのことよく分かってる」


「そりゃ、身を持って体験してるし。てか、マジで?」


 モモ以外、特殊メイク後の顔を知っているのですんなり納得されてしまった。


「ま、まあ災難だったわね」


 わかばは顔をひくひくさせているが、奏介に睨まれているので笑いたくても笑えないようだ。


「あの時の菅谷くん可愛かったしねぇ。仕方ないね」


「今だから言うけど、若干エロさが」


「やめてくれ、椿」


「うん、悪い」


 水果は視線をそらした。


「奏ちゃん、どこまでやられちゃったの!? 大丈夫!?」


「変な言い方するな、未遂だから」


「お、お尻とか」


「ない」


「よ、よかった」


 そんな様子を見守っていたモモ。


「……あの……うん、そっか」


「須貝、無理に会話に入らなくて良いんだぞ」


 女子達のやかましいこと。こんなところで話さなければよかった。後悔しかない。


「とにかく、奴は俺が捕まえるから。被害者も多いみたいだし」


 その痴漢が好き放題しているせいで痴漢捏造などという二次災害的な犯罪が起きているのだ。野放しにするわけにはいかない。


「……正当防衛ならある程度何しても大丈夫だしな」


「待て。一体何をする気だ? お前」


 今日の放課後、さっそく捕まえに行くことにした。見つからなくても、せめて下見だ。

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