第55話昔告白されて振った男子を騙して付き合ってみた5

壊れたロッカーに閉じ込められた。泣き叫んでも、笑い声だけで誰も助けてくれない。やがて外の声は聞こえなくなり、取り残された。きっと一日以上経ったのだろう。


 やがて、


「先生、こっちー」


 詩音の舌足らずな声がして、ロッカーの扉が開かれた。虚ろな瞳で、焦り顔の教員を見やる。教員達によって奏介の体はロッカーから出された。脱水症状になっていたらしい。


 これだけの騒ぎになったのに、かくれんぼ遊び中のトラブルとして、クラスメート達のお咎めはなしだった。


 壊れたロッカーがある物置きに呼び出したのは、奏介が好意を寄せていた檜森リリス。








 奏介に会いに行くのは翌日の放課後にしようということになった。桃華学園の門前で待っていれば会えるだろう。




 朝。


 四人はいつものように駅で待ち合わせしたのだが、


「ふぁ……ねっむ。さっさと菅谷に謝ってすっきりしてぇ」


「モヤモヤなまま一晩だもんね。あたしもちょっと寝不足」


「私は、彼が夢に出てきましたよ。はぁ……」


「リリちゃん、それって恋じゃん」


 一人元気な長池がにやにやと笑う。


「ほんとにやめてくださいよ」


 と、長池の後ろに誰かが立った。


「……ん?」


「ねえ、長池君」


 振り返ると、少しぽちゃっとした眼鏡の女子高校生がうつむき加減で立っていた。近くの女子高の制服だ。


「あれ、君は……」


 長池は少し気まずそうに、一歩後退。数週間前に付き合って振った女の子だった。


 彼女はぎろりと長池を睨み付けると、容赦なく頬を張った。


 パンッ。


「この最低男っ、付き合う振りして陰口言いまくって、挙句の果てに手酷く振って、私が泣くのを見て喜んでたんですってね。素敵な思い出をありがとう。死ねっ、地獄に落ちろっ」


 吐き捨てるように言って、彼女は駅舎を出て行った。


 長池は呆然と頬を押さえる。


「……え」


 何日か付き合った様子だと、気弱で口下手、誰かに暴言を吐けるような娘ではなかった。そういう女子を選んだはずなのだ。


 と、宇津見の肩に誰かがぶつかった。


「きゃっ」


「あ、すみません。性格ブス女さん」


 見ると、眼鏡をかけた男子高校生が宇津見を睨み付けていた。


「あ、君」


 顔を引きつらせる。先日振ったばかりの公立高校の男子だ。本が大好きでそれをだしに付き合い、趣味ごと人格否定をして振った。


 彼はじろじろと宇津見を見回し、


「ああ、どうも。久しぶりですね。小説なんて下らない。そんなものが好きな奴はネクラで引きこもりのニート候補とか言って罵った上にキモいと言い放って僕を振った宇津見さん。はぁ、触れたところが腐るかも。こんなところでぼーっと突っ立ってるの止めてください。邪魔です」


 彼は肩を必要以上に手で払って去って行った。


 宇津見は呆然とする。汚いものでも見るような蔑みの視線、本好きで大人しい性格の彼にそんな風に見られるとは夢にも思わなかった。


 と、一人の女子生徒が四人のそばを通りすぎる。その視線は味澤に向けられていた。


「あら、気持ち悪いのがいると思ったら味澤君だわ。イケメン気取りの不細工って不憫よね」


 そう呟いたそばかすの少女は四人を睨み付けながら足を止めることなく去って行った。


 駅の利用客からの視線が痛い。四人は底知れぬ悪意を感じ、早々にその場を後にした。






 放課後。


 リリスと分かれた味澤、宇津見、長池は桃華学園へと向かっていた。


「なぁ、今朝のことだけどさ」


「う、うん」


「おれらが振ったやつらだったな」


 ターゲットにしていた若者達はあんな風に公共の場所で口答え出来るような人間性ではないはずなのだ。何があっても泣き寝入りするような、気の弱い性格は共通していたはず。


 得体の知れない不穏な空気。じわじわと何かが迫って来るような見えない恐怖を、三人は感じていた。


「なぁ、ちょっと急ごうぜ。早く菅谷に」


「そうね、早く謝らないと」


 三人は小走りになった。何故か、一刻も早く奏介に会わなくてはならないような気がしている。


 桃華学園が見えてきた。丁度下校時刻のようだ。


「あ、菅谷」


 校門前で風紀委員の腕章をつけて立っているのは紛れもなく彼だった。他にも数人いる。活動の一環なのか下校する生徒達に声かけをしているようだ。


「行こうぜ」


 三人は頷いて、正門前の彼に歩み寄った。


「よ、よう、菅谷」


 ぎこちない笑顔で歩み寄ると、奏介は不思議そうな顔をする。


「あれ? 味澤君達、どうしたの?」


 昨日の雰囲気とは一転、小学生の頃の彼の姿だった。その様子に三人は安堵して胸を撫で下ろす。


「ああ、いや。ちょっと良いか? ここじゃなんだから、向こうで話を」


 奏介は取り出したスマホをタップした。




『ちょろっ、見たか? あの泣き顔。おれがあんなブス女と付き合うわけないじゃんなぁ?』




『ぷっ……あはははっ、高校生にもなって泣いてたぁ。あたしと釣り合うって本気で思ってたのかな?』




『頬染め乙女顔が潰れる瞬間最高。いいねぇ、泣くの我慢しなくても良いのにさ』




 それは、味澤、宇津見、長池それぞれの声だった。


「…………え?」


 桃華学園の生徒達がいる前で、大音量で流されたのだ。


「こんなことを言いながら、気弱そうな高校生達をからかって付き合って、手酷く振って楽しんでた味澤君達、こんにちは。うちの生徒に謝りに来てくれたのかな?」


 その場がしんとなった。


 桃華学園の生徒達の視線が鋭くなった。


「最近噂になってたよね。あの人達?」


「うちのクラス、それで休んでる奴いるんだよな」


 一瞬で周りが敵だらけになるのがわかった。


「菅谷君、もしかして、この子達が例の?」


「はい、東坂委員長。うちの生徒にも手を出してたやつらですね」


「あらあら。そうなんですね」


 東坂は頬に手を当て、困ったように彼らを見る。


「でも、改心して今日は謝りに来てくれたんですよ。あ、先輩方、こっちへ」


 奏介が声をかけると数人の生徒が出てきた。見知った顔だ。


「あ……」


 宇津見が顔を引きつらせる。今までターゲットにしていた桃華学園の生徒達だ。やつれた顔をしている者も入れば、怒りに表情を歪めている者もいる。


「先輩方、こいつらで間違いないでしょうか?」


 頷く被害者先輩達。


「で、謝罪の方法は?」


 奏介が味澤達に問うが、彼らは青い顔をして動かない。


 奏介はため息をついて、歩み寄った。


 笑顔で、小声で。


「聞いてんのか? 黙ってれば許されるとでも思ってんのか?」


「っ!」


 味澤が怯えたように奏介を見る。


「す、菅谷、お前」


「来ると思ってたよ。他校の被害者生徒は全員見つけ出して、お前らの録音した声を聞かせてやったよ。絶対に文句言った方が良いって励ましてあげたんだ。何があっても、俺が責任を取るから、言いたいことを言いに言って下さいってさ」


 口元が歪む。


「どうだ? 文句言いに来た人はいたか?」


 今朝のあれは、やはり、奏介の仕込みだったらしい。


「土下座」


「……へ?」


「とりあえず、ここで土下座だろ。地面に頭擦り付けて土下座しろよ」


「ま、待てよ。菅谷、俺達はお前に謝りに」


「そ、そうなの。小学生の頃のことをね」


「許さない」


 奏介は冷たい目で味澤達を見る。


「どんなことをしても、お前らは絶対に許さない」


「ち、違うんだ。あれは石田に騙されて」


「ああ、そういえば卒業まで騙されっぱなしだったよな。それを謝りに来た? たった一回、一言の謝罪で済むとでも思ってんのか?」


 三人の背筋に冷たいものが走った。


「ま、待ってくれ。話を」


「小学生の頃、俺も話を聞いて欲しかったけど、聞かなかっただろ? 自分達だけ聞いてもらえると思うなよ。さっさとしろよ。うちの先輩達が待ってんだよ」


 奏介は味澤達に背中を向けた。


「やっぱり反省して、謝りに来てくれたみたいですよ」


 被害者先輩達に言うと、諦めたように三人は地面に膝をついた。周囲の生徒達がスマホを構える中、彼らが頭を下げる。


 正門の前で、まさに公開処刑の図だ。


「す、すみませんでした」


「味澤君達、それじゃわからないから自分達が何やったかちゃんと言った方が良いんじゃないかな? そうした方が先輩方も許してくれるよ」


 奏介の明るい声。従うしかなかった。周囲をこれでもかと味方につけた菅谷奏介に抗う術はもはや残されていない。


 小学生の頃に泣きじゃくっていた彼の姿は記憶の向こうに消えてしまった。




 奏介はスマホのシャッター音と被害者先輩達の罵声を聞きながら、スマホの画面を見る。


「後はリリスさんだけだね」


 柔らかい声音で呟いた。

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