第54話昔告白されて振った男子を騙して付き合ってみた4

「奏、介、君?」


 目の前の彼が、今までと別人に見えた。そんなことはないはずなのに。


「噂は聞いてたよ。いきなり近づいてきて、少ししたら告白されて付き合うことになる。でも三、四日で振られる。ついでに罵倒されたり、酷い悪口を言うんだってな。お前だろ?」


「な、なんのことですか?」


 ストレス解消と、ちょっとした遊びとしてやっていたことを面と向かって指摘されると、さすがに動揺してしまう。


 と、奏介はスマホを取り出した。親指でタップする。




『あのオタク、最高にうざくてキモいです。コクってきたバカに言い返したくらいで良い気になって』


『あはは。良いところ見せるんだーって? イタタタって感じ』


『笑うなよー、助けてくれたんだろ? 後奢ってもらったくせに酷いねぇ、リリちゃん』


『頼んでませんし。俺がリリスさんの彼氏だよね? って気色悪い言葉吐かれて吐き気がしてるとこですよ』


『あー、そりゃ、やべえ。はじめての彼女で舞い上がってるじゃん』




 奏介は能面のような表情をしている。


「惚けてんじゃねえよ」


 スマホから聞こえてきた自分の声に口をパクパクさせる。


「なん、で。私達の」


「そこら辺の道端でバカでかい声で楽しい作戦会議をしてりゃ録音くらいされるだろ。まったく気づいてなかったんだな」


「録、音?」


 そこでようやく気づいた。奏介は知っていたのだ。リリス達が彼をからかっていることを。イタズラを仕掛けて騙していたこと。


「なんで、いつから」


 奏介はバカにしたように笑う。


「最初から。お前が偶然を装って声をかけてきた時から。うちの風紀委員長から聞いてたからな。うちの生徒もやられて、不登校になってる奴が何人かいるってさ。丁度良かったよ。なんの疑いもなく引っ掛かってくれたんだから」


 奏介は腕を組んだ。


「本当なら警告だけでよかったんだけど、お前らには小学生の頃に世話になってるし、言いたい放題バカにしてくれたみたいだからな。俺、売られた喧嘩は全部買うことにしてるんだ」


 奏介はニヤリと笑った。


「で、彼氏は見つかったか? 募集中の、檜森リリスさん?」


「! あの張り紙、あなたですか!? 酷過ぎます」


 リリスが立ち上がると奏介はこちらを睨み付けてきた。


「酷い? お前この二、三ヶ月で何人の男振ってんだよ。色んな男と付き合ってんだから嘘偽りないだろ。今日も俺を振った後、新しい彼氏を見つけるつもりだったんじゃないのか?」


「う……」


「言ったよな? 不登校になってる生徒がいるって。なんでか分かるか? お前らが単なる遊びとして酷い振り方をしたからだ。それで心に傷を負って、引き込もってんだよ」


「え」


 心に傷を負うという言葉はよく聞く。だが、自分がそれをやったという自覚はなかった。


「この先、そいつらに好きな人が出来て、告白しようと考えた時にお前に振られたトラウマが蘇ってきて、そのせいで躊躇ってチャンスを逃したらどう責任を取るつもりなんだ。人の気持ちをなんだと思ってんだ? お前らのおもちゃじゃないんだぞ」


 リリスはごくりと息を飲み込んだ。


「そ、そこまで酷いことをしてるつもりは」


「つもりはなかった? へえ、それで済ませるのか」


 リリスは何か反論しようと考えるが、とっさに思い付かない。それでも何か言わなければ。


「よ、弱いのがいけないんですよ。このくらいで引きこもるなんて、心が弱い証拠です」


 奏介は目を細めた。


「お前、覚悟しとけよ。反省する気がないならこっちも容赦しないからな」


 歩きだした奏介に、リリスは焦る。


「え、え? 何を」


「檜森」


 奏介は顔だけで振り返る。


「逮捕された石田のことだけどな、あいつ、俺をボコってる時にたまたま警察に見つかってたまたま捕まったんだよ。たまたま今までやらかしてた犯罪の証拠も見つかってめでたく少年院行きだ。お前もいずれは、そうしてやろうか?」


 込み上げてきた恐怖が、リリスの表情を歪めた。


「ま、待ってください。あ、謝ります。反省しますっ、だから」


 その先は言葉が震えて出なかった。歯がカチカチと音を立てた。


「じゃあ、ごめんなさいだろ?」


 リリスはうつむいた。


「ご、ごめんなさい。私が、悪かったです。申し訳、ありませんでした」


 奏介は数秒間を空けて、


「そうか。なら許してやるよ。でも、次やったらこうやって優しく警告してやらないからな。覚えておけよ」


 リリスはあまりの迫力にベンチに座り込んだ。足が震えて、立っていられない。呆然と彼の背中を見つめるしかなかった。






 何が起こったのかわからない三人は奏介が歩いてくるのを見て、隠れたのだが、見られていたようで、目が合ってしまった。物凄い顔で睨まれる。


「味澤あじさわ、宇津見うつみ、長池ながいけだったか? このままで済むと思うなよ」


「ひっ!?」


 そう言い残して、奏介は去って行った。






 打ち上げをするはずだったお洒落なカフェにて。BGMのジャズが流れる店内の奥の席で、四人は暗い顔で座っていた。


「……目茶苦茶怖かったです」


 そう呟いたリリスはテーブルに両手をついた。


「なんですか、あれ。誰なんですか、あれっ、殺されるかと思いましたよっ」


「……確かに菅谷だったよな?」


 味澤が恐る恐る確認する。


「そう見えたけど、リリちゃん、マジでそんなこと言われたのか?」


 長池がリリスに振る。


「すんごい顔で言われました。あれは人殺しの目です」


 宇津見が顔を引きつらせる。


「……ねぇ、考えたことなかったんだけどさ。いや、考えなかったことがおかしいけど、もしかしてあたし達、菅谷君に目茶苦茶恨まれてる?」


 四人のテーブルはシンとなった。


「いや、でもあれは石田が」


「最後の方は加勢してたじゃん、味澤」


「おれだけじゃねぇよっ」


 お互いに顔を見合わせる。


「あ、あたし、今のうちに謝りに行こうかな。ほら、酷いこと言ったことあるし。うん、そうしようかな」


「あ、おれも行く」


 長池が手を上げて、味澤も頷いた。


「だな、行っとくか」


 リリスはうつむき加減で肘をテーブルについて手を組んだ。ゲン◯ウポーズである。


「すみません。私はどうやら許してもらえたらしいので行きません。ちょっとしばらく会いたくないです」


 震えるリリスに三人は気の毒そうな顔を向けた。

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