第47話漫画家の作品が無断で転載複製されていたのでサイトの管理人に反抗してみた1

昼休み。


 いつものように真崎と向かい合って弁当を食べていると、彼がじっとこちらを見ていることに気づく。カツサンドを食べながら。


「……どうしたの」


「ああ、いや。ちょっとぼーっとしてた」


「悩み事?」


「うーん。知り合いが突然、死にたいってメッセージを送ってきて」


「お、重い」


 聞かない方がよかったかもしれない。


「あぁ、いや。落ち込むとそう言い出すんだよ。いつものことだ。色々と気にしやすいタイプでさ」


「あ、そういう」


 口癖のようになってしまっているのだろう。


「ここだけの話、そいつ漫画家でさ」


「漫画?」


「『フラクタデイズ』っていう青春恋愛ものなんだけど、知ってるか?」


「……いや。漫画は結構読むけど知らないな」


 聞くところによると、わりと有名な少年系の雑誌で連載中の作品らしい。作品自体は有名なわけではないようだが。


「まだ一巻しか出てないんだが、人気に火がつきそうな感じはするんだよな」


「へぇ」


 連載が始まって間もないのだろう。


「それでなんで死にたいなの?」


「いや、打ち切りになりそうなんだってよ」


「は? だって人気になりつつあるなら単行本売れてるんでしょ?」


「発売して一週間は売上げ凄かったんだが、二週目から激減したらしい。その原因かもしれないのが」


 真崎は残りのカツサンドを口の中へ放り込み、スマホを見せてきた。


「『流行り漫画美術館』?」


 そんなタイトルのサイトには『フラクタデイズ』の記事が載っていた。好意的な紹介文が並んでいる。そして丸々無断転載。


 極めつけは管理人からのお知らせだ。




 『フラクタデイズ』をまだ読んでいない人は『流行り漫画美術館』特製の手作り冊子無料配布がオススメ! 下記のアドレスまでどうぞ!↓↓




 と、あった。ちなみに会員制らしい。アカウント登録が必要のようで、真崎は先ほど作ったらしい。


「無断転載はヤバいね。でも無料配布って」


「まぁ、つまりこのメルアドに連絡すると一巻の複製冊子を無料でくれるってことだ。で、この無料配布のせいで正規の漫画が売れなくなってる、かもしれないらしい」


「いや、それ相当悪質だよね。抗議しないの?」


「つーか、このサイト見つけたの、今日らしいんだわ。だからまだ編集部しらないんじゃね?」


「今からなんだ。売れない原因がわかったならよかったね」


「さっき電話したら半泣きだったから帰りにそいつんち行って来るかな」


 話を聞く限り、相当ショックだったのだろう。


「菅谷もどうだ? 漫画家の部屋、見れるぞ」


「漫画家の部屋か」


 少し興味がある。


「でも、まったく関係ないのについていって大丈夫?」


「平気平気」


 真崎の誘いで漫画家の家へ行くことになった。






 真崎の知り合いの漫画家とやらの家は意外にも桃華学園のそばの住宅街にあった。一軒家だ。門を開けて玄関のドアの前へ。インターホンを鳴らすと、出てきたのは、若い男だった。


「……え?」


 坊主頭の金髪バージョン。目つきはこれでもかと言うほど悪い。灰色のスウェット上下、よく見ると右目の上辺りに大きめの傷があった。言うまでもなく、見た目は完全に不良か暴走族の頭だ。


「うっす。真崎の兄貴」


 野太い声で頭を下げる彼の名前は壱時連火いちときれんがというらしい。ちなみに本名だそう。


「よお。大丈夫か?」


「すんません。さっきは取り乱しまして」


 目の前の強もて男が半泣き。奏介は混乱する頭で彼を観察する。漫画を描いているようには見えないし、細かいことを気にするタイプにも見えないが。


「っと、こちらは」


「あぁ、学校の友達。漫画家の部屋に興味あるって言うから連れてきた。いいか?」


「もちろんっス。兄貴の頼みなら」


「菅谷奏介と言います。お邪魔します」


「うっす」


 とりあえずどういう関係か聞いてみたが、濁された。


「で、編集部に言うんだろ?」


「ええ、まぁ。まず担当に報告しようと思ってんスよ」


「まぁ、そうだよなぁ」


 廊下を通り、奥の部屋へ案内される。


「うわ」


 彼の部屋へ入ると立派な仕事机が目に入った。用紙にペン、インク、定規やコンパス、スケッチブックに鉛筆、絵の具など。とにかく絵を描くための道具はすべて揃っているように感じる。大きな本棚には漫画がたくさん。後は資料本だろうか。


「初めて入りました。漫画家さんの部屋ってこんな感じなんですね」


「よく言われるっス」


「あー……ところでおいくつなんですか? 年上に見えるんですが」


「十九っスね」


「敬語いりませんよ?」


「とんでもない。真崎の兄貴のダチにそんな」


 奏介は真崎の顔を見やる。


「どうした?」


「い、いや」


 関係が気になって仕方がない。何故年上に兄貴呼びされているのだろうか。


「スマホで見たんだけどさ、あのサイトやべえよな。他の漫画や小説も無料配布してんじゃん」


「そうなんスよ。この商売を潰しにきてるとしか」


 と、部屋のドアが開いた。


「ただいま」


 顔を出したのは大学生くらいの若い男。こちらは黒髪で眼鏡をかけていた。しかしながら、顔立ちが連火と似ている。


「おう」


「兄ちゃん、なんかあった?」


 彼は少し心配そうな顔をする。


「いや、別に。今、ダチ来てっから」


「あ、すいません。ごゆっくり」


 ペコリと頭を下げ、ドアが閉まった。


「双子の弟なんスよ」


「ああ、似てますね」


「だよな!? こんだけタイプ違うのにわかるってやっぱ双子だよなー」


 そんな話をしつつ、彼はPCの前へ座る。元は勉強机だったのだろう。今はPC専用のようだ。


「実は、まずメールを送ってみようかと」


 PCに写ったのは、例の無料配布申し込みページだった。


 すでに本文が作成されている。




『こんにちは、壱時連火と申します。この度は、拙作をブログで紹介していただきありがとうございました。しかしながら、無断転載及び複製冊子の無料配布はやめていただけないでしょうか? ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます』




 目茶苦茶丁寧だった。


「これで大丈夫か? ちょっと優しすぎね?」


「そうっスかね……?」


 気が小さい一面があるのだろうか。


 奏介は少し考えて、


「あんまりへりくだるのは良くないですよ。向こうが悪いんですし」


「むう、じゃあ練り直しっスね」


「いや、俺が打ちますよ。こういうの、得意なので」


 奏介は連火に、PCの前を代わってもらった。


 しばし、カチャカチャとキーボードを打つ。


「これで」




『無料配布今すぐやめろ。無断転載するな。著作権侵害だ。今日の二三時五十九分までにサイトを消さなければ訴える』




 連火と真崎は口を半開きにしていた。


「……直球っスね」


「ちょっと怖くね? 大丈夫か?」


「脅迫文ではないでしょ」


 そういう言葉は一切使っていない。


「いや、怪しくね?」


「こんなことやってる管理人が、警察に脅迫されたって言って被害届出せないでしょ」


「……正論だな」


 完全にやぶへびになるだろう。

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