第33話痴漢女冤罪子集団に反抗してみた5

奏介はそれなりに混み合っている電車へ乗り込んだ。


 自宅には直帰した方が早いのだが、学校へ戻って特殊メイクは落としてもらわなければならない。


 連絡を入れると、皆で待っていてくれるとのことだ。


(緊張した……。でも、バレなくてよかった)


 相手に正論をぶつけるのはまったく躊躇いが無いものの、性別を偽っているという後ろめたさがあるからか、対応が甘めになってしまった。もう少し口汚く罵ってやるつもりだったのに、と後悔しかない。


 次の駅。奏介が乗っている車両に大量に客が流れ込んできた。ドアのところに押し付けられる。


「っ!」


 一気に鮨詰め状態だ。次の駅までは二、三分なので我慢出来るレベルだろうか。


 駅を出て、スピードが付いてきた頃、


「!!!」


 腰の辺りに何かが触れた、ような気がした。明らかに、荷物が偶然当たったとかいうレベルではない。誰かの手が。


(待て待て。冗談だろ!?)


 とある可能性に思い当たり、焦る。ゆっくりと顔だけを動かした。後ろに立っていたのは初老のサラリーマンである。はぁはぁという息遣いが気色悪い。


「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。おじさんはそんなに酷いことしないからねぇ」


 奏介は素早い動きでサラリーマンの首をがっちりと掴んだ。指に力を込め、喉仏を手のひらで圧迫する。


「あががが!?」


「てめぇ、あの世に行きてぇのか?」


 地の底から響くような囁きだった。


「ひっほっ……ふあ!?」


「常習犯、だな?」


 奏介の殺意が灯る瞳に、サラリーマンは青ざめて首を振るが一向に振り払えない。


 どうしてやろうか、考えているうち、電車が駅に停車し、ドアが開いた。


「ひっ、ひぃ~」


「あっ」


 一瞬の隙をつかれて手を振り払われ、駅のホームへと消えていった。


「……」


 奏介は追わずに、遠くなる背中を見ていた。ふつふつと沸き起こる怒りをどこで解消しようかと。







 翌日の放課後


 奏介は風紀委員室を訪れていた。痴漢冤罪の件の報告もあるが、それはメインではない。


「お疲れ様」


 戸を開けると、朝比賀が爽やかな笑顔で迎えてくれた。


 奏介は軽く会釈をする。


「お疲れ様です」


「聞いたよ、無事解決したんだって?」


 まるで他人事のような言い方にむっとする。


「まぁ、なんとか」


 奏介は椅子を委員長の事務机の前へ持ってきて、背もたれに片手をかける。


「さすがだね、僕が見込んだだけあるよ」


「朝比賀先輩、この前言ってたトランプやりません? 最初の時のリベンジ」


「……へえ。自信ありげだね。トランプは君が?」


「風紀委員室にありませんでしたっけ」


 朝比賀は微笑んで、棚からトランプを取り出した。


「また神経衰弱かな?」


「リベンジなのでそれで」


 お互いにカードを切ってから、机にそれらをランダムに並べて行く。


「先攻後攻は? 君が決めて良いよ」


「なら、先攻で」


「オッケーだ」


 奏介は早速一枚目のカードをめくった。


「ん?」


 朝比賀が首を傾げる。


「どうかしました?」


「……いいや」


 奏介は微かに笑って、二枚目をめくる。


「お、凄いね」


「運が良い、ですよね。今日は、調子が良いみたいです」


 次、四枚目を外してしまい、朝比賀のターンへ。


「さて、どうかな?」


 朝比賀は一枚目と二枚目をめくるが、


「!」


 外れだった。しかし、一ターン目なのだから当然だろう。


「参ったな。リードされたね」


「じゃあ、俺の番ですね」


 そこからは怒濤の勢いだった。


 三枚目、四枚目、当たり。


 五枚目、六枚目、当たり。


 七枚目、八枚目、当たり。


 以下、最後の一枚まで、先攻の奏介のターンで終了してしまったのだった。


 さすがの朝比賀も口を半開きにしている。


「俺の勝ちでしたね」




 朝比賀 〇枚


 奏介  五十四枚(ジョーカー含む)




「……菅谷君、君」


「観客いないですから、この前のルール適用ならトランプの仕掛けフル活用で勝っても文句言えないですよね」


 朝比賀は苦笑を浮かべる。


「バレてたわけか」


「そりゃあんな勝ち方されたらなんとなく分かるでしょう」


 いわゆるイカサマ、ズルをされていたのだ。このトランプは絵柄を見れば表の数字が分かるようになっている。プロのマジシャンは使わなさそうだが、手軽に手品を楽しむ娯楽品だ。


「でも、あの時は一応全部のカードが開かれるまでちゃんと勝負をしていたけどね?」


「どうだか」


 奏介は立ち上がって、机にカードの束を置いた。


「先輩確か、トランプ勝負で気に入った生徒を風紀委員に入れてるんでしたっけ?」


「まぁね」


「イカサマで?」


 朝比賀は一瞬動揺したものの、


「まぁ、必ず勝たないと行けないからね」


 そう言った。例えば他の勝負でも何かやっていそうだ。


「へぇ。確かにうちの生徒会長は救い様のないポンコツ女ですが、あいつに対抗する風紀委員長がズルして勝負に勝ってて良いんですかね?」


「! それは」


「朝比賀先輩が実力で真っ向から勝負して、全力で優秀な生徒を勧誘してるなら分かりますが、どうなんでしょうね」


 奏介は冷たい視線を送る。少なからず動揺はしているだろう。


「僕はあの生徒会長から生徒を守るために」


「守る、ですか。なら、どうして俺にこんなことをさせたんですか?」


「え?」


「え? じゃないんですよ。うちの高校の生徒でもない奴が痴漢扱いされたからって桃華学園高校風紀委員の俺になんで解決しろなんて命令をしたんです?」


「そ、それは山瀬先生に」


 立ち上がった朝比賀の表情は少しだけ強張っていた。


「山瀬先生は、本当にその女の子達を風紀委員会でどうにかしてほしいって言ったんですか? 本気で?」


「あ、ああ、もちろんだ」


「なるほど」


 山瀬に話は聞いていないが、教え子に死にたいなどと言われて動揺していたのだろう。現風紀委員長の朝比賀に相談してもおかしくはない。


「その相談、俺は山瀬先生の頼みだったら受けてたかもしれません。とある生徒からも相談されてましたし」


「なら」


「問題はそこではないです。山瀬先生はともかく、その頼んできた生徒は解決のためにちゃんと協力してくれましたよ。俺に危険が及ばないよう、色々と考えてくれましたしね」


 水果の顔を思い浮かべる。


「でも、朝比賀先輩は違いましたよね。命令するだけで丸投げ、さっきも解決出来たんだって? と声かけてきましたけど」


 奏介は机に手をついて額に汗を浮かべている朝比賀に顔を近づけた。


「もし俺が失敗して、逆に逮捕でもされたら、責任取る覚悟ありました?」


 朝比賀は目を見開く。


「そ、それは」


「あるわけないですよね? だって先輩は高校生で未成年の子供なんだから。一学校の風紀委員長って肩書きで権力を振るうのは勝手ですが、この国の社会に一ミリも影響を起こせてないですよ」


 何も言えなくなった朝比賀に目を細める。


「生徒会長から生徒を守りたいとか言いましたけど、今回のことではっきりしましたね。朝比賀先輩は生徒のことなんか何も考えていない。ただ、その権力を振るって良い顔をしてあわよくば目立ちたいだけだって」


「あ……ぼ、僕はそんなつもりは」


「今の朝比賀先輩は、あの生徒会長と変わりませんよ。同レベルです」


 朝比賀の表情が引きつって、彼はよろよろと後退すると、椅子に座りこんでしまった。


「何か反論があったら聞きますよ?」


 奏介は、無表情で、そう言った。

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