第32話痴漢冤罪女子集団に反抗してみた4
先日、女子集団に遭遇した駅にて。
奏介は辺りを見回しながら適当に歩き回る。見た目的には問題ないようで奇異の目で見られているというようなことはないようだ。
ガラスに映った自分の姿に今更ながら感心する。服装は演劇部から借りたゆったりとしたシャツにジーンズ、運動靴なのだが男だと疑うものはいないだろう。
後は声の出し方だ。なるべく高い声を出すことを意識し、自然に聞こえるように。
と、その時だった。
ガラスの向こうを歩く、近くの男子高校の生徒の一人に目が止まった。とても、見知った顔だったのだ。奏介は反射的に振り返る。
茶髪のロン毛男は友人らしき生徒達と改札機の外側へと歩いて行った。しばらく目で追い、
「……」
奏介は改札機へ背を向け、女子集団探しを再開した。
駅構内を歩き回ること数分。派手な見た目の彼女達はすぐに見つかった。昨日と同じ、柱の近くで円陣を組んでいる。
奏介も昨日と同じ位置につくと、彼女らの声が聞こえてきた。
「じゃあ、今日は昨日逃したオジサンね」
「オッケー。あたしが触られた役やるから」
「出た、キズナのオジサンキラー」
「もう止めてよー」
奏介の忠告など、まったく気に止めていないようである。そしておめでたい会話は十分近く続いた。証拠を取り放題だ。ついでに動画も撮ったところで電車がホームに入ってきた。
「あ、いたいた、あのオジサンだよね?」
彼女らの視線の先にはでっぷりと太った中年男性が。腕に金色の時計をはめている。
「あれがターゲットか」
奏介はそう呟いた。
「あ、ねぇ、今日は行ったことがない駅でやろうよ。知らない駅員なら普通に騙されるでしょ」
「あ、いいねそれ。この前うざかったもんねー、ここの駅員が疑ってきてて」
彼女らは男性の後ろから電車に乗り込む。奏介も続いた。帰宅時間と重なって、それなりに混んでいる。満員電車の一歩手前と言った様子。
電車はすぐに動き出した。
ドアのそば、優先席の隣に立った男性を彼女らが自然な形で囲んだ。触られ役と言っていたキズナという女が彼の一番そばへ。奏介は動画を撮りっぱなしにしていたスマホを逆手で持って向ける。
彼女らはお互い目配せをしたり、口パクで何かを伝えあったりしている。
奏介はすでに呆れていた。作戦がガバガバ過ぎる。見る人が見ればわかるだろうし、挙動もおかしい。ちなみに奏介の位置から男性とキズナの体が一切触れていないのがわかる。
電車が減速を始めた。そして、
「きゃあああああっ」
大袈裟なくらいの悲鳴が電車内に響いた。
男性は目を白黒させている。
「こ、この人、痴漢っ! 痴漢ですっ」
キズナが指で男性を指す。
「なっ、私ではないっ、一切触ってないぞ」
やがて電車がホームに到着し、聞き付けた駅員がキズナと男性の元へ。
「大丈夫ですか!?」
「駅員さん、この人痴漢です」
と、キズナ。
「キズナ、お尻を触られたって」
「あたしも見てました」
女子集団が次々に証言をしていく。
「ち、違う。何かの間違いだっ」
駅員は男性を軽蔑するような目で見始める。
彼女らはとりあえず、と電車を下ろされた。奏介も続く。
「それで、君はかなり長い間、体を触られていたと」
「はい……。怖くて言い出せなくて」
キズナはうつむき加減で頷く。
「やってないっ、私じゃない」
「とりあえず、駅員室へ行きましょうか? お話を聞かせて下さい。一応念のため警察を呼びますね」
男性がこの世の終わりを見たかのような顔をしたので、奏介はスマホの録音ファイルの再生ボタンをタッチした。
『じゃあ、今日は昨日逃したオジサンね』
『オッケー。あたしが触られた役やるから』
『出た、キズナのオジサンキラー』
『もう止めてよー』
それらの会話が大音量で駅のホームに流された。
駅員、女子集団、男性が驚いて奏介の方へ視線を向ける。
「前の駅で、こんな会話をしてましたよね、そこの人達」
「……え?」
キズナが間抜けな表情で呟く。
『次のターゲットどうしよっか?』
『んー、やっぱオジサンでしょ』
『キズナってほんと親父キラーだよねー』
『えー? お金持ってそうだからだって』
「なんのお話合いなんでしょうね?」
奏介が冷ややかに言うと、女子集団はようやく自分達の声を録音されてたと気づいて表情を歪めた。
「な、何、何を」
「駅員さん、このおじさんは彼女達に一切触れてなかったですよ」
「はぁ!? ふざけないでっ、なんの証拠が」
奏介はスマホの動画を再生した。食いかかってきそうなキズナの目の前に突きつけてやる。
男性とキズナの間に十分な隙間があったことは明白だった。無理矢理触らせるくらいはするかと思ったが、結局はその度胸もないのだろう。
「証拠」
彼女達は自分の姿が映る動画に絶句しているようだ。
見せつけた後、奏介は駅員へそれを渡した。
「確認してください」
「は、はい、わかりました」
駅員は男性と共に一分半程の映像を見始める。
「っ! よ、余計な邪魔を」
「ねぇ、今まで何人くらいの人を犯罪者にしてきたの?」
奏介は冷たい目で睨み付ける。
「へ……?」
「痴漢だって言われた人はあなた達に金払って終わりじゃないんだよ。これからも人生があるの。あなた達の下らない遊び混じりの小遣い稼ぎのせいで一生痴漢やった犯罪者って言うレッテル貼られて生きてくの。それについてどう思う?」
「そ、そんなの」
「関係ないって? まぁ、言うと思った。脳みそ無さそうだもんね、あなた達」
「はぁ!? バカにしてると、ただじゃおかないわよっ」
奏介は鼻で笑った。
「バカにしてる? 今ってそんなこと気にしてる場合なの?」
「は?」
奏介は親指でスマホを食い入るように見る駅員達を示した。
「痴漢捏造しようとしたあのおじさん、あなた達のことどう思うかな? 可愛い女の子達だから謝ったら許そう、なんて考えると思う? 思うわけないよね? 逮捕されたら仕事クビになって家族も犯罪者扱いされて、金も取られて、なんなら裁判になるかもしれない。そんな状況に追い込まれる可能性があったのに許すなんて選択肢ないよね」
キズナ達はこくりと息を飲む。
「わかってる? 逮捕されるかもしれないよ?」
「っ! そ、そんなの。私はただ痴漢だって叫んだだけで。そう、あのオジサンが痴漢したと思ったのっ」
「今さら言い訳? こっちはその前の話し合いからやってるところまで全部証拠を取ってあるの。言い逃れなんか出来ないよ」
「と、盗撮じゃないっ。わかった、盗撮魔でしょ? 盗撮しててあたし達の話を盗み聞きしたんでしょ」
言い返せる。そう思ったのか、彼女達の表情が挑戦的なものになる。
「犯罪の証拠となる録画録音は違法ではないよ。そんなことも知らないの? 脅迫電話なんかを録音しといて証拠として提出することもあるんだから」
「う……」
奏介はため息を吐いた。
「同性として恥ずかしい。本当に痴漢にあった人は怖くても勇気を振り絞って叫んだり、告発したりしてるのにあなた達のせいで、女が悪いみたいに思われるじゃない」
一度言葉を切って、
「でもまぁ、これからあなた達も同じように味わうんだからね? 学校なり仕事なりは、退学やクビになるし、家族は犯罪者扱いされるし、もしかすると今まで罠にハメた人達から訴えられるかもしれないし。……人生終わり。この先、普通の人として日常を送れると思わない方が良いよ。無責任に笑いながら、それだけのことをしたんだからさ」
キズナ達は震えていた。他人に言葉にされると、その事実の重みが増していくのだろう。
「せっかく忠告してあげたのに聞かないからだね。おバカさん達」
やがて駅員が戻ってきた。警察が来たら証拠を提出してほしいとのことだったので、被害にあった男性にデータファイルを全て送って立ち去ることにした。
「ありがとう、お嬢さん」
彼の涙混じりの笑顔に手を振って、駅を後にした。
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