第30話痴漢冤罪女子集団に反抗してみた2
放課後、風紀委員室へ行くと朝比賀が一人で待っていた。今日は風紀委員の集まりはないので、当然と言えば当然だ。
「お疲れ様です」
「お疲れ、菅谷君」
委員長用の事務机に座りながらにっこりと笑う。相変わらずの爽やかイケメンぶりである。
「何か用ですか、委員長」
「いや、実はね」
「そういえば俺はいつの間に風紀委員相談窓口担当になったんですか?」
「あれ、よくわかったね。相談の件だって」
促されたので、そばのパイプ椅子に座る。
「今朝、少し耳にしたもので。先日の痴漢の話ですよね?」
学校外のことだ、解決に動いてほしいなどと言われたら断るつもりでいる。
「話が早いね。そういうことだよ。相談主はうちの顧問の山瀬先生だよ」
「山瀬……先生ですか?」
生活指導兼風紀委員顧問、そして担任でもある。肩書のわりには生徒に理解があり、指導は厳しめだが個人的に相談を持ち掛ける生徒もいるらしい。
奏介は少し考えて、
「なんで山瀬先生が?」
「あれ? ちょっと乗り気だね」
嬉しそうに言われ、奏介は息を吐いた。
「別にそういうわけじゃないですけど」
そう言いつつも、山瀬の名前が出た時点で話だけは最後まで聞こうと心に決めた。詩音と生徒会長にセクハラされたと騒がれた時、無条件で奏介を信じてくれたのだ。もし、山瀬が詩音達側についていたら今頃この学校にいられたかわからない。
「実はね、痴漢だって騒がれた人、うちの大学の生徒なんだ」
「そういうことですか」
同じ系列なこともあり、桃華大学は桃華学園高校の卒業生が多いのだ。
「しかも、去年まで高校の風紀委員長を務めてた超堅物真面目男」
肩をすくめて見せる。
超堅物真面目男。分かりやすい人物像だ。
「そんな彼が痴漢するはずない。僕もそう思ってる。結局、その騒いだ子達がちょっと怪しかったのと、証拠がないってことで逮捕されてはないんだけど、まあ一度そういう噂が経つとね」
野竹ナナカの件を思い出した。一度周囲が認識してしまうと、厄介なのだ。
「かなり落ち込んでいて、大学も休んでるらしいんだ。山瀬先生もメッセージ交換をしてるらしいんだけど深刻でね」
本人のダメージもだが、周りの人間の中には単純に『痴漢したけど、解放された』というふうに思う者もいるだろう。
「それで風紀委員相談窓口に?」
「そういうことだね。痴漢を捏造してる女の子達をどうにかしてほしいって」
「いや、なんで高校生に頼むんですか? もう少しやりようがあると思いますよ? やっぱり警察に……あ」
自分で言葉にしてみてわかった。痴漢騒ぎで現場に来たであろう警官はこの状況を知っているはずだ。それでも野放しになっているのは、取り締まりが難しいから。
「その元風紀委員長、山瀬先生に死にたいって話してるらしいんだよ。それで切羽詰まって僕に相談してきたってわけ。……実際冤罪でそうなった人はいるらしいからね」
朝比賀は声のトーンを落とした。
真面目な人間からしたら、最大級の屈辱だろう。一生汚名を背負って生きていくのは耐えられない、と思ってしまっても不思議ではない。
「大分深刻なんですね」
「ああ、それで君なら適任かなって」
「山瀬先生の相談なら協力はしたいですけど、さすがに厳しいですよ」
「それはまたどうして?」
「俺が、男だからです」
朝比賀は少し考えて、
「理由はどうであれ、受けてくれないかな?」
「いや、ちょっと。俺の話聞く気ないですよね?」
「君ならなんだかんだで解決できそうだからね」
かなり強引で、微妙に話が噛み合わないところがあるのを忘れていた。雰囲気はかなり常識人っぽいのだが。
「委員長命令なんだけど?」
「……」
「それともまたトランプで勝負するかい?」
それは果てしなく面倒くさい。そして、朝比賀という男はここで引いたりしないだろう。
「わかりましたよ。またイカサマされたらだるいんで、トランプはなしです」
「あれ? あの時の神経衰弱のイカサマ、バレてたかい?」
「あ、やっぱりイカサマだったんですね」
軽蔑の眼差しを送る。
「やっぱりカマかけだったか。やるね」
奏介は心の中で唸った。本当に喰えない先輩だ。
「期待はしないでください。出来るだけ努力はします」
「うん、期待してるよ」
絶望的に噛み合わないことに絶望していると、朝比賀が一枚の写真を差し出してきた。
「これ、その女の子達の写真。やりたい放題やってるみたいだから、結構出回ってるんだってさ」
それに映っていたのは、大学生くらいの若い女性達だった。皆が皆短いスカートを履き、髪を派手めな色に染めている。七、八人はいるだろうか。
〇
「きゃはははっ」
「もー、マジ笑うっ」
「惜しかったよねー。あのオジサンめっちゃお金持ってそうだったのに」
そんな会話をしながら駅構内を歩くのは津堂つどうキズナとその友人数人。最近小遣い稼ぎに始めた痴漢捏造だが、思いの外うまく行っている。キズナ達がそれをやってると勘づいている駅職員や警官もいるようだが手だしできないらしいのだ。
「ね、今度さ、胸に手を突っ込まれたーみたいにしない? 言い逃れできないでしょ!」
「やばっ、それ逮捕確実じゃん」
全員でその状況を思い浮かべ、笑い合う。キズナ達が悲鳴を上げた時の男性の引きつった顔も最高に笑えるのだ。それで金を稼げるのだからこんなに良いことはない。
ホームへ降りて、一番端の太い柱の前で円になる。周りに人もいるので小声で話すことにした。
「次のターゲットどうしよっか?」
「んー、やっぱオジサンでしょ」
「キズナってほんと親父キラーだよねー」
「えー? お金持ってそうだからだって」
そんな相談をしていた時である。
「へえ、ただの乗客を痴漢だって言って、お金稼いでるんだ。悪趣味」
可愛らしい声が柱の後ろから聞こえてきた。恐らく十代後半の少女だろう。
キズナ達は固まる。
「え?」
どうやら聞かれていたらしい。
「ぬ、盗み聞きの方が悪趣味でしょ? 誰あんた」
回り込んで姿を確認すればいいのだが、妙に動揺してしまって動けない。
「他人の人生ぶっ壊しといて、よく笑えるなって」
「え、ええ? 何言ってんの?」
「あんた達が犯罪者にした人、自殺してんだけど」
キズナはどきりとして動きを止めた。
「はあ? 何、脅し?」
「自分で首吊って死んだって。遺書には『おれはやってない』って書いてあって涙で濡れてたんだって。ねえ、犯罪集団、次、ふざけたことしたら、あんたらの人生、取り返しのつかないくらいめっためたにしてあげるから覚悟しときなよ」
たっぷり数十秒、キズナははっとして柱に回り込んだ。
目が合う。オタクっぽい高校生がイヤホンを直しながら訝し気にこちらを見た。すぐに彼は立ち去って行った。
足の震えが何故か止まらない。
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