第29話痴漢冤罪女子集団に反抗してみた1

 朝。詩音の家に行き、マンションを出たところに水果が待っていた。


「あ、おはよー」


 詩音が手を振ると、彼女は歩み寄ってきた。


「おはよう、一緒に良いかい?」


「うん! 早いね、どうしたの?」


 遠回りではないにしろ、わざわざ詩音を迎えに来たのだろうか。


「ちょっと菅谷に聞きたいことがあったんだけど」


「ん?」


 水果は何やら複雑そうな表情をする。


「満員電車で痴漢に間違えられたらどうする?」


 奏介と詩音は口を半開きにして水果を見る。


「……何、その質問」


「えっと、まさか水果ちゃん痴漢にあったの?」


 彼女は本来、電車通学である。当然朝は満員電車だろう。


「いや、あたしはあってないよ。ほら、少し前に電車が遅れたことがあったろ?」


「あー、わたしに連絡くれた時かな? 八時過ぎくらい?」


 奏介も思い出した。ヒナと殿山の件の解決に動いていた時である。


「そうそう。その時に痴漢が出て、騒いだ女子連中がいたんだよ。その痴漢が暴れたせいで電車が遅れたんだけどね。『俺はやってないー!』って。その人があたしの知り合いでさ」


 水果はため息。


「そんなことやる人間じゃないし、あの路線、わざと痴漢をでっちあげる連中がいるみたいでさ。駅員も把握してるから逮捕は免れたんだけど、その被害にあったっていう女に示談金? ていうのを請求されてるらしくて」


「それは……また大変だね」


 痴漢という犯罪よりも、痴漢をでっちあげるという行為は厄介だ。果たして罪に問えるのだろうか。


「あんたはそういうの、詳しいだろ? 自分だったらどうする?」


「あんまり考えたくないな。そんなことやられたら、男に勝ち目ないでしょ」


 その場にいる他の乗客や駅員がどちらの味方をするかと言ったら、もちろん女性の方だろう。


「でもさ駅員さんもわかってるんだね、痴漢されたって嘘を言う人がいるって」


「何度もあるらしいからね。さすがに分かるんじゃないかい?」


 それでも野放しになっている辺り、この件の難しさがわかる。


「それを俺に聞くために早起きしたの?」


「聞くっていうか、菅谷なんとかしてくれないかい?」


 奏介はぽかんとした。


「……なんとか?」


「そう、なんとか。あんたならできそうな気がするし。詩音に色々聞いてるよ。あのバイトの後も色々あったんだってね?」


 奏介は詩音を見る。


「! だって、奏ちゃんトラブルに巻き込まれ過ぎなんだもん!」


「だからって雑談のネタにするな」


「まあ、まあ」


 水果は二人をなだめ、


「実はさ、うちの学校にもちょっと関係あることなんだよね」


 奏介と詩音は目を瞬かせた。









 昼休み。


 奏介はいつものように教室で真崎と昼食を摂っていた。奏介が弁当、真崎が購買部のパンである。


「へえ、痴漢ねぇ。確かに恐ろしいよな。電車で女に叫ばれたら終わりじゃん」


「うん」


 なんとかしてくれと頼まれても、正直な話、無理だろう。一応断ったものの、何故か放課後に風紀委長の朝比賀から呼び出しがあった。学校にも関係あると言っていたので、その件かもしれない。


 雑談混じりの食事を終え、次の授業の準備をしていたのだが。


「あ」


 いつも持ち歩いているミネラルウォーターのペットボトルが空なことに気づいた。なんとなく切らしていると落ち着かない。


「ん? どっか行くのか?」


「ちょっと水買って来る」


「んじゃあついでにお茶頼むわ。後で払う」


「うん」


 一番近いので中庭の自販機コーナーへ向かうことにした。ヒナとの待ち合わせに使っていたお馴染みの場所である。


 と、中庭への出口で見知った背中を見つけた。何やら中庭の方を陰から覗くように見ている。


「お前、何してんの?」


 わかばがびくっと体を揺らし、勢いよく振り返った。


「あ、あんた、なんでこんなとこに」


「それはこっちのセリフなんだよ。何を見て……あ」


 丁度ここから見える中庭の自販機コーナーの近くで、ヒナと二年生らしき女子生徒が向かい合っていたのだ。女子生徒の方は何やら怯えた様子。


「修羅場、かもしれないわ」


 わかばがごくりと息を飲む。


 二年女子の顔は記憶に新しい。例の殿山と仲良くやっていた、つまり浮気相手である。


 聞き耳を立てることにした。




「それで、何の用?」


 二年女子は少し声が震えている。


「なんのって、わかりません?」


 ヒナは終始にこにこと笑っている。


「か、和真のこと?」


「ええ。先輩が図書室で仲良くやってたあの殿山和真のことです。実はボク、あいつと婚約解消になったんですよ。今後またそういう話が出るかもしれないんですけど、とりあえず今はってことで」


 二年女子は無言だ。


「そういうわけで、後はお好きにどうぞ。ブスなボクよりあなたの方が良いみたいだし。ところかまわず盛ってどうぞ。それにしても図書室で仲良くやるとか頭おかしいですよね?」


「あ、あの」


「それでは、お話はそれだけですので。失礼します。ビッチ先輩」


 立ち尽くす二年女子を置いて、ヒナが戻って来た。


「お待たせ! あれ? 菅谷君?」


「絶好調だな、僧院」


 奏介は少なからず責任を感じていた。何かとんでもない枷を外してしまったような。


「うん!」


 満面の笑みだ。


「ねえ、あんた、ヒナと何かあった? ていうか、何か変な影響を与えたでしょ?」


 奏介は視線をそらす。


「ちょっと!」


「わかば、菅谷君はボクの恩人なんだよ? 菅谷君がいなかったらどうなってたかわからないもんね」


「……まあ、ヒナが良いなら」


 毎日泣いて過ごすよりはずっと良いだろう。


「そういえば、もう一人どうしたの? いつも三人セットだろ」


 二人は顔を見合わせる。


「今日はちょっと休みなのよ」


 ヒナも頷く。何やら複雑そうな表情だ。


「そうか」


 それ以上は突っ込まなかった。

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