第28話わかばの友人の許嫁に反抗してみた4

青い顔でガタガタ震えだす殿山。


「ちょっと、退いてよっ」


 そんな彼を突き飛ばして、女子生徒は図書室から逃げて行った。上履きに書かれた名前は覚えたものの、もう二度と殿山と関わろうとは思わないだろう。


「ねえ、和真。今までボクに色々指図してきたわけだけど、今ここで何か言うことあるんじゃない?」


「っ! 卑怯なことしやがって」


 和真はふらふらと立ち上がる。


「卑怯? へえ、そう、なんだっ」


 前触れもなくヒナが金的をかましたのだ。


「ぐあああああっ」


 床にのたうち回る。


「うわ」


 奏介も声が漏れた。ダイレクトだった。その痛みは想像を絶する。そしてヒナは一切容赦をしていない。


 それからしゃがんで殿山の胸ぐらを掴んだ。


「ねえ、あんまりボクを怒らせない方が良いよ? 今まで素直に従って来てあげたけど、誰が飾りだって? 誰がブスだって?」


「っ! あ、あれは! その場のノリ、ぶはっ」


 見事な平手打ちだった。


「うわ」


 容赦なし。これは恋人同士の喧嘩ということで、いつも奏介が盾にしている傷害罪云々、法律適用に関しては目を瞑ることにした。男の方が自業自得だし。


 そもそも女性から男性への暴行はその逆に比べると、甘くなってしまう。世の中、不公平なのだ。


 ヒナは頬を押さえて床に転がった和真の股間を踏みつけた。


「ふご!?」


「二度と浮気できないように、潰してやろうかな?」


 さすがに奏介がヒナの腕を掴んだ。


「僧院、落ちつけ。そこら辺にしとこう」


「ん? なんで止めるの? こいつボクのことバカにしながらどこぞの女とやらかしてたんだよ? 生きてる価値なくない?」


 完全にヤバいスイッチが入ってしまっているようだ。目が据わっていた。


「うん、それはわかるけど、怪我させるとさすがに事件になるから。こういうのは体に証拠の傷を残しちゃダメだ」


「……」


 ヒナはゆっくりと殿山へ視線を向けた。


「わ、悪かった。ヒナ、ゆ、許してくれ」


「ばーか。この程度で許すと思ってんの? どんだけボクに暴言吐いてきたのさ。ていうか、自分が逆の立場になった途端許してもらおうとか甘いんじゃないの?」


 積年の恨みは恐ろしい。


「僧院、今から殿山のお義父さんのところに行くんだろ? その辺にして、移動した方がいいんじゃないか?」


「ちっ」


 爽快な舌打ちが放たれた。


「そうだね。お義父様とゆっくり話さないと。ほら、さっさとついて来い、のろま」


「は、はいっ」


 ヒナは図書室の入り口へと歩き出した。


「……僧院、殿山先輩の発言を聞いて、泣いてましたよ」


 奏介はそう言って、呆然としている殿山に背を向けた。








 二日ほど経って、風紀委員会を介してヒナに呼び出された。いつもの中庭の自販機コーナーである。相変わらず放課後に他の生徒の姿はない。


「遅れて悪い」


「んー、大丈夫。こっちこそ時間とらせてごめん」


 奏介は少し間を空けてヒナのベンチの隣に座った。


「何か進展あったのか?」


「和真、お義父様にめちゃくちゃ怒られててさ、爽快だった。ちなみに殿山のお義母様も味方につけたから、あいつ、もう終わりだよ。君のおかげ、ありがとね」


 晴れやかな笑顔だった。吹っ切れたのは間違いない。このままだと逆にDV妻になってしまいそうだが。


「ま、制裁はほどほどにね」


 奏介はぼんやりと思う。やはり女性は色々な意味で怖い。


「えーい」


 気の抜けた掛け声が聞こえたかと思うと、横から肩を押された。


「!?」


 完全に気を緩めていたせいで、踏ん張れず、ベンチに上半身を倒れ込ませた。


「痛っ」


 軽く頭をぶつけて、目を瞑った。何が起こったのか分からず、すぐに目を開けると、


「え、……何を」


 呆然とする。


 ヒナが奏介の顔を覗き込んでいた。片手で肩を押さえられているので動けない。


「ぷっ! あはははっ、君もそんな顔するんだね? びっくりした?」


「いや、お前。この体勢」


「ごめんごめん。君ってなんかクールだから驚いた顔を見たくって。ちなみに、土下座させられた時の君の冷たい目は時々夢に出てくるよ。ほんと癖になりそう」


「この前も言ってたけど癖になりそうってなんだよ」


 ヒナはくすくすと笑いながら立ち上がり、伸びをした。


「はあ、なんか気分良いな。生まれ変わったみたい。ほんと、ありがとう」


 改めて、もう一度お礼を言われた。見ると、彼女は深く頭を下げていた。

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