第9話風紀委員長と勝負

その日の放課後、授業終わり。


 奏介は今朝、上履きに入っていた画びょうをもう一度確認する。


 明日まで様子を見ても良いが、いきなり怪我をさせに来ているのだ、このままにするつもりはない。バイト先でもそうだったが、こういうことは放置していると悪化していくのだ。


 まず誰がやったのかを突き止める必要があるだろう。


「おい、来たぞ」


 前の席の真崎が言う。顔を上げると、風紀委員長朝比賀優都あさひがゆうとが堂々とこちらへ歩いてきた。教室内がしんと静まる。いつも授業が終わるとすぐに帰宅したり部活に行ったりして半分近くの生徒がいなくなるのだが、今日はほとんど残っていた。昨日朝比賀が、勝負をこの教室でやると宣言したからだろう。


「やぁ、菅谷君」


 笑顔で挨拶をした朝比賀だが、後ろからついてきた女子生徒はかなり不満気だ。腕章をつけているので、風紀委員なのだろう。


「どうも。朝比賀先輩」


 奏介は椅子から立ち上がった。


「見てくれたかな? 果し状」


「見ましたけど、なんで俺なんですか? 風紀委員にふさわしい人は他にもたくさん」


「もちろん、相応しいと思った生徒には片っ端から勝負を仕掛けているよ? 今のところ欲しい人材はすべて手に入れている。次の生徒討論会で極悪生徒会長を討つためにね」


 どうやらこの状況は珍しいことではないらしい。


「ちなみに公開勝負は君とが始めてだ」


 爽やかな笑顔で言う。


「せめて公開はやめて欲しいのですが」


「いいじゃないか。ぼくは目立つの、好きだよ」


 ノリと勢いで押しきられてるわけではないのに、場の雰囲気は完全に握られてしまっている。


「悪いね、席を貸してもらえるかい?」


 完全に面白がっている真崎は二つ返事で席を譲った。奏介も座るように言われ向かい合って席につく。


 野次馬に囲まれて非常に落ち着かない。


「さて、じゃあ、確認しよう。ぼくが勝ったら君は風紀委員に入ってもらう。君が勝ったら……何か望みはあるかい?」


「特にないので、風紀委員には入らないことが条件で」


「君が良いならそうしようか。さて。勝負はトランプで良いかな?」


「トランプ……」


 段々馬鹿らしくなってきてしまった。放課後は画びょうの犯人を突き止めてお仕置きしてやろうと思っていたのに。奏介は心の中でため息を吐いた。


「橋間君、トランプを」


「はい」


 一緒に来た女子風紀委員がトランプを机に置いた。上履きの色を見るに、同じ一年生のようだ。


「勝負のルールと内容は君が決めていいよ。得意な遊びで構わないから」


 早く終わりそうな種目を選ぼうかとも考えたが、負けたら学校生活がとんでもなく面倒くさいものになる。


 出来るだけ運要素が少ないのは、


「神経衰弱で」


「なるほどね」


 完全に記憶力の勝負だ。


「ルールはどうする? 縛りとかは」


「普通で良いですよ。並べて交互にめくって、二枚同じのが出たら自分のものになる。続けてめくれる、くらいですね」


「オッケー」


 トランプをよく切って机に並べて行く。


 クラスメート達がざわざわとし始める。


「先攻後攻はどうする? 決めていいよ」


 一方的に仕掛けてきた勝負だからか、ある程度こちらが有利になるように計ってくれているようだ。逆にそれが怖いが。


「後攻で」


「ぼくが先攻だね。じゃあ、始めようか」




 


 結果、勝負は三十分ほどで決着がついた。


 前半は両者拮抗していたが、すべてのトランプが一度開かれた瞬間に勝負がついてしまった。お互いにそろったカード五組づつ所持している状態で、朝比賀の順に回ったのだがそれから奏介に回ってこなかったのだ。その一回で同じ絵柄を当て続け、最後の二枚までも彼が勝ち取り、終了。


 後半、奏介は見ていることしか出来なかった。朝比賀の後ろに立つ橋間が冷ややかな視線を送ってくるのは感じた。


「ぼくの勝ちだね。お疲れ様」


 言わずもがなクラスメート達が沸いた。圧巻の勝ち方だ。凄いやら格好良いやら次々に聞こえてくる。


「っ……」


「これからよろしくね」


 奏介は笑った朝比賀をしばらく見つめていたが、脱力したように肩を落とした。


「そうですね。約束通り、それで良いです」


「そんなに激務じゃないから安心して良いよ。次の集まりは……三日後だからその時に紹介しよう。みんな、最後までありがとう」


 クラスメート達は満足したように散って行った。

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