第8話暴力虐待男に殴られたので反抗してみた2
奏介は詩音と共に病院に来ていた。警官がパトカーでここまで送ってくれたのだ。傷が浅い割には派手に出血していたので、救急車を呼ばれそうになったが、どうにか説得した。
包帯を巻かれて処置室から廊下へ出ると、目の前の座席に座っていた詩音がはっとして立ち上がった。
「どうだった!?」
「静かにしなって」
詩音をたしなめつつ、受付近くの待ち合いスペースへ戻る。診察代を支払ってから、処方箋をもらい、そばにある薬局で薬をもらう予定だ。人はまばらなので、あまり時間はかからなさそう。
奏介は座席に腰を下ろした。
「傷は浅かったから消毒だけ。後は軟膏と抗生物質だしてくれるって」
「よかったぁ。凄い勢いでふっ飛んで行ったから大怪我してるかと思ったよ」
「まぁ、運が良かったよ」
そう言うと、詩音がじっと顔を見つめてきた。
「ん?」
「火に油を注ぐって諺、さっきの奏ちゃんそのものだよね」
虐待男相手に煽りまくったことを言っているのだろうか。
すると、詩音が自分の体を抱いた。よく見れば少し震えているようだ。
「ほんっとに怖かった。あの部屋で殺人事件が起きてもおかしくなかったもん」
「大袈裟だな。ただのイキリ暴力男でしょ。俺の挑発で躊躇するんだから殺人する勇気ないだろ」
「もう……危ない真似やめてよ?」
すると奏介はややうつむき加減で息を吐いた。
「でもさ、あれくらいやらないと、あの家庭からあいみちゃんを助けられないよ。俺を殴ってなかったら多分逮捕もされないだろうし」
「! え、まさかそのために殴られに行ったの?」
「ついでに切りつけられたことにしといた」
奏介は腕の包帯を示す。
「そ、そんな。あいみちゃんを助けるならもっと穏便に」
「俺だってそう思うけど、あの子が大怪我でもしなきゃ、状況は変わらないだろ。あんな母親と暴力男と暮らしてたらその内最悪の事態になるかもしれないしさ。だったら、俺が一発殴られた方が良くない?」
目を見開いていた詩音は諦めたように肩を落とした。
「一発じゃ済まなかったかも知れないのに、体張りすぎなんだよ」
「あの煽り方で無傷で済むなんて思ってないから。それくらい覚悟して言ってるよ」
「あ、そうだ」
詩音が何かを思い出したようにスカートのポケットを探る。
「奏ちゃんが帰った後に、風紀委員長の朝比賀先輩が来て」
「教室に?」
「うん」
取り出したのは和紙の封筒だった。薄水色がかった長方形のものである。
「……ん?」
受け取って見ると、筆文字で『果たし状』とあった。
「何、これ」
「奏ちゃんに決闘を申し込みたいんだって」
「なんの?」
さすがの奏介も困惑気味に聞き返す。
「中に書いてあるんじゃないかな?」
「確かに」
封を破って中身を取り出して見ると同じ素材の便箋が折り畳まれていた。
広げてみる。
『来る8月31日、16時30分、菅谷奏介に決闘を申し立てたく』
途中まで読んで、奏介は便箋を閉じた。
「生徒会長と同じくらい有名なんだっけ?」
「そうそう」
「そうか……」
あまり関わらないほうがよさそうな人種だ。
「あ、あのさ。それとね」
「うん?」
詩音は何やら申し訳なさそうにもじもじしていた。
「教室に来たときに、奏ちゃんの名前を大声で呼んで、明日の決闘はこの教室でやる……って宣言して帰ってったよ」
「嫌がらせか?」
何か恨みをかってしまったのだろうか。決闘の内容についてだが、どうやら朝比賀は奏介を風紀委員に入れたいらしい。
翌日。
奏介は一人で登校していた。詩音が絶望的な寝坊をしたらしく、先に行くようにと言われたのだ。
「よっ、はよっ」
くつ箱の前で肩を叩かれ、振り返ると、真崎が立っていた。
「おはよう」
「お前、なんか風紀委員長とタイマンするんだって?」
詩音の言ったことは本当らしい。こうなるとクラスメートは全員知っていることになるが。
「俺、なんで目をつけられたんだろう。喋ったことなかったと思うけど」
「前に生徒会長とやり合ったからじゃねぇの? ほら、生徒会と風紀委員会はバチバチに仲悪いからな」
「ああ……そういえばあの人と教室で火花散らした記憶がある」
「楽しみにしてるわ!」
真崎はそう言って、購買部の方へ去って行った。朝食を買うのだろう。
「楽しみって何を、痛っ」
上履きに突っ込んだ足裏に鋭い痛みが走ったのだ。脱いで見てみると、
「え」
それは、画びょうだった。摘まんでよく観察するがどう見てもそれだ。
「なんで」
辺りを見回すが奏介を気にとめている生徒はいないように思える。
奏介はすっと息を吐いた。
「へぇ、俺に喧嘩売ってるな?」
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