第75話 補足・一人言

 あれから3年ほどが過ぎた。


 それは100年単位で生きているセーバルにとってあっという間の月日だったが、彼と過ごした日々がたった1年にも満たなかったのかと思うとやけに長い3年にも思えた。


 彼の残してくれたお金で建て替えられた新しい家での生活にも皆すっかり慣れてしまい、どこかもの寂しさを覚えているのも正直否定できない。慣れることは決して悪いことではないけれど、どんなに大きな悲しみにもいつかは慣れることができるというのは少し恐ろしくも思える…。


 勿論、慣れることと忘れることとはまったく別の話ではあるが。


「ママ急いで?タクシー来ちゃったよ?」


「うん、すぐ行く」


 さておき3年とは、セーバルにとって一瞬のことでも子供達にとっては違う。3年もあれば背も伸びるし内面も大人びてくる。


 だからミクはセーバルのことをもうよそよそしく「ママセーバルさん」などとは呼ばずに潔く「ママ」と呼ぶし、すっかり伸ばした髪も今では彼のように後ろで1つにまとめている。勿論結んでいるのは赤いリボンだ。


「カコ、行くよ」


「えっと… これ大丈夫かしら?変じゃない?おかしくない?」


「大丈夫だよ、若い子に声掛けられちゃうかもね?さぁ行くよ、そろそろミクに怒鳴られる」


 カコが慣れないドレスアップに難儀している、これからヘアメイクもあるというのにこんなことで大丈夫だろうか?


「早くー!みんなをベル一人に任せて先に行かせちゃったんだから!二人とも急いで!」


 ほら怒鳴られた。


 セーバルはカコを多少無理矢理に連れ出してタクシーに乗り込んだ。


 何を急いでいるかというのはもう少し後で話そうと思う、とりあえずタクシーで移動中にあの後すぐのことを順を追って説明していきたい。





 まず、アレクサンダーは守護けもの連合の厳重な監視下に置かれ表向き代表を継続することになった。外の世界の外交等には、彼の代表としてのスキルが皮肉にも役に立つからだ。


 無論、妙な気を起こせば守護けものからのありがたい制裁が待ち構えている。ヒトが獣に首輪を付けられたというわけ、スザクをいいように使っていたのだから自分もそうなるのは当然と言えば当然の報いではある。

 


 それから、彼の体から離れた四神の力が本来の持ち主のとこに戻ることでセイリュウ、ビャッコ、ゲンブの三人は無事目を覚ました。


 三人は彼のおかげで救われたことを深く感謝していた。彼がいなければ自分達は今頃実験サンプルとしてスザクのように洗脳され、神でありながら人形として生きていくことになっていたかもしれないと。


 フウチョウ達もスザク以外の四神も彼の死を慈しみ、彼のことを真の英雄であることを認めた。


 スザクは全ては自分の招いたことだと自分を責め続けてとても守護けものとしてやっていけるような状態ではなくなってしまったが、ヤタガラスから彼が必死にスザクを庇っていたという話を聞くと責任と向き合う為に再び己を取り戻した。


 ところでスザクに課せられた罰なのだが、守護けもの会議では満場一致で「これで許してやる」という条件が発表された。


 それが…。

 

 週刊誌にスザクのグラビアの袋とじを掲載するというものだった。ちなみにこの時代ではデジタル書籍が普通。


 「なんじゃそのトンチキな罰はっ!」とめちゃくちゃ怒ってたけれど、その程度で済んだのは彼がヤタガラスに必死に頭を下げたおかげであり、本来であれば四神でありながら守護けものの称号の剥奪も有り得たらしい。

 よってスザクは泣く泣くパークの住人達にあられもない姿を袋に閉じて見せることになった。撮影は難儀したが慣れてくると少し楽しんでいたらしい、ページを進む毎に笑顔が増えてくる。


 ちなみにそれをこっそり購入していたことがレベ子にバレていた太郎は得意の土下座で難を逃れた。





「カコさん急いで!」


「こ、このままでもいいんじゃない?だってセーバルもミクちゃんもそのままで行くんでしょう?」


「いいからやってもらいなよ、どーせ何百年あろうと片手で数えれるくらいしかないんだからさ、こんなこと。」


 美容室に着いた、これからカコの髪をいじくり回してもらうのでセーバルは待機だ。


「私はベルが心配だから行くね?」


「うん、後でね?」


「ママも髪やってもらったら?」


「セーバルは羽がアクセサリーみたいなものだからね、これ以上やることないよ」


 そんな会話をするとミクは足早に皆の待つ場所へと先に向かった。


 それではカコの髪が盛り盛りにされるのを眺めながら次はミクのことを話そうと思う。



 

 

 ミクが目を覚ましたのは翌朝の事だった。


「おじさんが…」


 でも、セーバルが様子を見に行くと既に体を起こしまるで脱け殻のようになっていた。


 その様子を見るにミクはあの時のことをぼんやり夢現に覚えており、自分ではない誰かが代わりに彼と話し既に見送りを済ませたような感覚に陥っていたのだと思う。


 変に気を使うのはやめよう… セーバルは彼からの伝言を約束通りミクに伝えた。


 その時ミクは怒ったり悲しんだりの前にこんなことを言い出したのだ。

 

「ママセーバルさんは大丈夫…?」


 ミクには敵わなかった。


 恐らくこの時、セーバルが自身を誤魔化し続けていたことがセーバルよりもよくわかってしまったのだと思う。ミクはそういう子、本当は止まない雨みたいになっているセーバルの心が伝わってしまったのだ。


「大丈夫… じゃないよ」


 もっとショックを受けているであろう子供の前で情けないけれど、セーバルはその時我慢できずに泣いてしまった。ミクもそれを見て一緒になって泣き出した。


 彼の死後、彼のことでちゃんと泣いたのはこの時が最初で最後だったと思う。いきなり二人して声を張り上げて泣き出したものだから皆が驚いて一斉に駆け付けてきた。


 それからみんなで彼がもう戻らないことを思い出してしまい、一人残らず彼の死を慈しみ泣いた。



 それからしばらくミクは笑わなくなってしまったけれど、それを変えたのは他でもないベルだった。ぼーっとしながら1日のルーティンをこなすミクを見ていられなかったのか、あの子はある日こんなことを彼女に言ったのだ。


「ミクお腹すいた、何か作れない?」


 ミクはセーバルと一緒に彼にお菓子作りを習ったことがあったし、料理をする彼のこともよく見ていた。手伝うこともしばしばあった。確かにミクならできるような気はする。


 あれからまともに料理ができる人がいなくなっていた為、でてくるご飯はどこか味気なかったのだが…。


「私が…」


「もうお弁当屋さんのごはん飽きちゃったよ… 何でもいいからさ?お願い」


 一方的にそんなことを頼むとベルはまた素振りに戻った。


 この時、ミクがどう思ってそれを聞き入れたのか、ベルもどこまでを考えてそんなことを頼んだのか、それはセーバルにはわからない。わからないけれど。


「ベル、これ…」


「ありがとうミク!おにぎり?食べていい?」


「えっとあの… でもあんまり上手じゃないから… あっ」


「いただきまーす!…うん、これこれこういうのが欲しかったんだよ、あぁうまっ… ちょっとしょっぱいけど」


 ベルはミクが作った少し歪なおにぎり3つを飲み物も無しに夢中になって食べ始めた。


「ウッ…ッ!」


「つ、詰まったの!?えぇと、はいお水!」


「…はぁ、助かった」


「もぅ、ゆっくり食べないからだよ?」


 そんなベルを見た時だった、ミクが数週間ぶりに笑顔を見せてくれたのは。


 ベルは、あまり深くは考えずにただミクと前のように話がしたかっただけなのかもしれない。

 悲しいのならもっと悲しんでもいい、でも少しずつでもいいから前のように戻ってほしくて、だから何か適当に話し掛ける理由を考えてそう言ったのかもしれない。


 でもそのなんとなくがミクを僅かでも行動させたし、その行動は笑顔に繋がった。



 あれからセーバルもミクと一緒になって料理をするようにしている、彼がいない分は協力して補っていかなければ。

  




「お待たせ、どうかしら?」


「いいじゃん、それじゃ行こう?みんなが待ってる」


 ヘアメイクもバッチリ終わらせたカコと共にお店を出れば目的地は歩いて数分、大きなチャペルが見えてきた。


 そんなところに小綺麗にして足を運ぶ理由など1つだ。


「それにしても感慨深いわね?ついにレオくんも結婚かぁ~…」


「あっと言う間だよ、すぐ子供ができてその子もすぐに大きくなる」


「そうね…」


 そう、今日は太郎とレベ子の結婚式。順調にお付き合いが継続された二人もついにゴールイン、今日というめでたい日にセーバル達みんなも招待されたというわけである。


 では歩きながら太郎達のその後をざっくり話していこうと思う。





 太郎達ガーディアンの三人は、あの戦いで彼の側に着くことを決心したその時点でガーディアンを抜けるつもりだった。


 けれど、結果的に彼の罪が晴れたことで三人にはなんの処罰もなくガーディアンをそのまま継続する権利を得たのである。


 尤も代表アレクサンダーの本当の顔を見たその後では、三人共ガーディアンに残るつもりなどなかったのだが…。


 その時バリー隊長が二人に言った。


「私は予定通り除隊することにする、だがお前達はガーディアンを続けろ」


 太郎もレベ子もそれが不服だったのか、当時は自分達も抜けると言って聞かなかった。でも隊長にも考えがあり、それを二人に丁寧に伝えていった。


「お前達の気持ちはわかる、だがだからこそお前達にガーディアンを変えてほしいんだ。ここだけの話、今私は若い隊員の中で最もお前達に期待している。こんな状況だから、全てを知る者がガーディアンに残るべきだと私は思う…」


 太郎もレベ子もそれを聞いて黙ったが、なら何故隊長は抜けるのかということが引っ掛かってならなかったのだ。隊長はその事にこう答えた。


「無責任なのはわかっている… だが私はあの戦いで気付いた、ガーディアンとしてでなくただ一人の戦士として生きたいのだと。私はガーディアンで隊長という肩書き得て、守る為に戦っている自分にどこかで疑問を感じていた… そして分かった、平和を守るなどという立派な信念などない、私はただ戦いたいだけなのだと」


 その心を受け入れる切っ掛けになったのは彼との一騎討ちに望んだ時だそうだ。あの戦いを経て圧し殺してきた欲求に気付いてしまったのだ。


「力を持つ以上良い事の為に使おう、だが更に上を目指し闘争を求めているのが本音だ。極端な言い方をすると人助けは私にとってオマケなんだ… こんな半端な気持ちでは隊長失格、下の者達に示しが着かん」


 だから後は頼む。


 彼女はそう言って本部を離れ、もう戻って来ることはなかった。


 それから三年後、レベ子は部隊を任される小隊長に、太郎はその補佐となる副長にまでなった。たった三年でここまで出世するのは異例のことらしく、レベ子はともかく太郎がここまで必死になったのには理由があった。


「hmm.... レオ太郎君と言ったかな?」

 

「は、はい…」


「レベッカとは将来のことまできちんと考えてくれているのだろうね?当然だ、OK?」


「もち、もち、勿論ですはい…」


 レベパパである。

 大事な一人娘が連れてきた彼氏にこの威圧感、半端な気持ちでお付き合いはしていないというところを負けじと見せなくてはならなかったのだ。太郎は勇気を振り絞り覚悟を見せた。


「俺はまだ若いです、正直大したもんじゃありません、平隊員です。お父さんも今の俺では娘さんを任せられないと思うのは当然だと思っています…」


「では、どうするのかな?」


「ですので!一人前になった時は是非彼女との結婚をお許しください!俺は三年以内に分隊長ぐらいにはなってみせます!その時は彼女にプロポーズします!」


 ということを勢いでレベ子の実家で豪語したのである。それは横にいたレベ子にとって寧ろ既にプロポーズだったが、太郎は外に出て数十メートル地点でゲロを吐きながら死ぬほど本気を出すことを決意したのだ。


 そして今日より3ヶ月ほど前、分隊長の試験を見事通過した太郎はレベ子の元に若手の部下を沢山引き連れて現れた。


「レベッカ隊長!お話が!」


「oooooo.....OK?」


「本日!上から分隊長として正式に認めてもらいました故!ご報告に参りました!」


 謎のテンションで彼女の前にひざまづき、指輪の入った小さな箱を取り出してはそれを開いて差し出すと部下達に見守られながら太郎は言った。


「レベッカ!俺と結婚してください!」


\結婚してあげてください!/


 部下一同、一斉に礼。


 セーバルは話に聞いただけなのだが、どう考えても派手なプロポーズだ。

 

 レベ子もすぐに返事を返した。

 人目も憚らず恥ずかしかったからだ。


「わかった!わかったからお願い騒がないで!?oh my god!なんで普通にプロポーズしてくれないのよ!バカレオ!こういうのってロマンチックにするものでしょ!」


「え、それってOKってこと?」


It's obvious当たり前でしょっ!!!待ちわびてたくらいよっ!」


「ベイビー!やったぜ!愛してるよっ!おぉいみんな聞けよっ!彼女OKだってよ!」


\おめでとうございます!/


 太郎、レベ子をお姫様抱っこで本部中を走り回る。部下一同、一斉に拍手。


 そして今日に至るのである、なのでこの記念すべき日にセーバルもやや浮き足立っている。そんなこんなでみんなで集まった太郎とレベ子の結婚式。


 沢山の家族や友人の皆さんに祝われながらレベ子がヴァージンロードを父親と共に歩き太郎の元へ向かう。


 フラワーシャワーやオルガンの音… これぞ結婚式というところだろう。


 そして夫婦の誓いの後指輪を交換するとベールを上げて二人は誓いのキスをする。



 こんな幸せな日が訪れたのもまた彼のおかげと言える。


 セーバルは一度目を閉じ語りかけるかのように彼への言葉を頭に浮かべていく。



 シロ見てる?

 太郎とレベ子が結婚したよ?


 シロも二人には早く結婚してほしかったんだよね?やっと叶った… ううん、もう叶ったよ。


 ここに居てくれたら…。


 シロも直接おめでとうって言ってあげられたのにね…?




 再び目を開き視線を主役の二人に戻すと、その二人の新たな門出を祝った。

 



「おめでとう太郎、レベ子」


「ありがとうセーバルさん!」

「Thank You so much!セーバルさん!」


 改めて二人を祝うため、近くに来た時にきちんと声を掛けた。本当に幸せそうな二人を見てセーバルは彼の分も安心した気分でいる。


「うわっ」

「Oops!?」


 その時風も二人を祝いたかったのか、フワリと式場を通り抜け足元の花弁達を巻き上げると、ウェディングドレスを揺らした。




 

 お め で と う




「っ?」


 今のは…?


 風に乗って声が聞こえた…。


 そんな気がした、それは始めセーバルの気のせいだと思っていた… でも気のせいなどではなかったと思わせる証拠があったのだ。


「…っ?あれ…?」


「レオ?」


「今… いや、いいんだ… なんでもない」


「Are you OK?」


 その声は太郎にも届いてた。


 もしかして…。




 太郎が何も言わなかったので、セーバルも口には出さなかったけれど…。


 でもきっとそうなのだろうと、そう思うことにした。


 だってその方が素敵だから。


 そうして式は無事終わり、披露宴を楽しんだ後に皆と無事家に帰った。













 その晩寝付けずにいたセーバルは窓の外を眺め一人考えていた。久しぶりに彼のことを沢山考えてしまったので胸が締め付けられている気分でいたからだ。


 思えば彼は… 最後までセーバルのことを「好き」だとは言ってくれなかった。


 あの時はあれでもよかった… けれど、今日結婚式に行って太郎達の様子を見たせいかそれが今になって不服に思えた。


 気持ちを言葉で伝え合うことが如何に大事な事であるかということを痛感している、もしもっと早く素直にこの気持ちを受け入れられていたら、今頃別の世界が広がっていたのだろうか?


 彼は今でも隣に居てくれたのではないだろうか…。


「はぁ…」


 溜め息がでた、全部シロのせいだ。


 ヒロのことで溜め息を着いていた頃が懐かしい、勿論ヒロを忘れたわけでも気持ちが消えたわけでもない。それはそれ、これはこれ… と言うと少し自分に都合の良い言い方になってしまうが、まぁそういう感じである。シロとのことに関してはもっとこうしておけば良かったという気持ちが強すぎるのだ。


 いろいろ悔やまれるが、一番は結局彼を再び笑顔にすることができなかったことだ。それはセーバルどころかミクですらできなかったこと。


「バカ…」


 あの頃みたいにそう呟いて、もう一度窓の外を眺めた。


 たまにこうして夜に外を眺めた時考えてしまう。


 今でも真夜中に剣術の練習をする彼がそこに見えるのではないかと…。





「う… そでしょ?」




 セーバルは思わず羽を広げ窓から飛び出した。




 何故ならそこにいたからだ、見間違いなどではない。


 白い髪を風に靡かせ、サーベルを地に突き立てじっと遠くを見据える彼の姿を…。



「シロ…?シロっ!あっ…」



 正体が分かった。

 結論から言うと彼はここにいるわけではない。否、居たと言うべきだろう。


「あぁもう… ついやっちゃった最悪…」


 これは星の記憶だ、見ると辛くなることはわかっているし何度も求めてしまいそうなので封印していたのに、彼のことを考えていたことで星が答えてしまった…。


「はぁ… もぅバカ…」


 再度溜め息を着き今度は己に対してそう呟くと、出てきてしまったものは仕方ないと諦め、この彼はどの時点の彼なのだろうかとその背をじっと眺めていた。


 懐かしい彼の背中… それは記憶よりも大きく広くセーバルの目に映る。


 記憶の中の彼は言った。



『これは… はぁ… ただの一人言だ』



 一人言?何を言おうとしているの?


 よく分析しないとならない。ボロボロで血の滲んでいる上着… もしやあの時の決戦直前なのでは?


 もっと… もっと詳しく見せて!


 そう願った時、周囲の風景は一斉に姿を変えていく。


 空が朝焼けに、家が三年前のボロボロな姿へ変わっていく… 全てが過去に覆われたその時、あまりに静かなこの風景に時が止まったかのような錯覚を覚えた。



 これはもしかすると。



 彼の遺言…?



 肩を少し上下させながら呼吸を整えると彼はその言葉をつらつらと述べていく。





『直接面と向かって伝えたら… きっと俺は立ち止まってしまうし、君をもっと苦しめる原因になってしまうと思うから… だからこういう形で君にこの気持ちを伝えることをどうか許してほしい」


 セーバルに向けた言葉… それがわかるのは、これが星の記憶でしか聞くことができない前提で話されているからだ。星の記憶はセーバルにしか見れない。


 彼は続けた。


『目覚めてから、この短い間に色々な事があった… 百年も眠っていた俺にとってはどれも新鮮過ぎたけれど、待っていてくれた人、新しく出会った人… 皆かけがえのない存在であることに変わりはない。

 妻を失い孤独だと思っていた俺に一人ではないことを教えてくれた先生や君、子供達、スザク様… そしてユキ、ミク… 太郎達… 皆には感謝している、おかげで己を保って生きることができた。最初に自死を選んだ時に死ななくて良かったとさえ思う』



 

 ここまでは彼が生きることを自分の意思で選択できたことへの感謝の言葉が並べられている。最初は待ってくれた人達の為に無気力に生きていた彼もいつしか生きていたいと感じていたということ。


 それはセーバルも嬉しく思う、本当に良かった。


 でもセーバルにとって本当に大事なことはここからだった…。





『特に… いつからだったか、君と過ごす時間は俺にとって特別だった』



「え…?」



『君といると、昔に戻ったような気持ちでいられた。俺は君をヒロのことで苦しめてしまったけれど、俺は君に救われていた… 妻がいなくなってからあったその心の空洞になった部分、君はそこにそっと入り込んで俺を暖めてくれた』



「シロ…」



 彼の言葉に、セーバルの胸がまたきゅうと締め付ける感覚を与えてきた。


 聞こう。


 セーバルは口を閉じ、黙って続きを聞くことに専念した。




『俺は… 恐らく帰ってはこれない。でも、もしも全てを終わらせてまた君の元に帰れるのなら… 星が、俺に生きていいと言ってくれるのなら… 君にちゃんと伝えたい。


 お互い、本当に愛する存在が心の中で生き続けている… だからと言ってその存在を忘れる必要はないと思うんだ、お互いのそういうのを大切に残したまま、お互いを大切にすることもできると思うから。


 あの… だからなんと言うか…』



 彼は急にどもってしまったけれど、それでもセーバルは彼の言葉の続きを黙って待ち続けた。



 その時。



 彼は再び言葉を紡ぎ始める。


 


『もし、全て終わらせて君の元に戻ってこれたら… もし、君さえ良ければその… 君に俺の隣を…。


 うーん… あぁ… ハハハ… いやダメだな、改まってこんなこと言うの照れくさくって?』



 

 もぅなにやってるの?本当ヘタレなんだから…。


 如何にも照れくさそうに頭を掻いている彼の後ろ姿を眺めながら、そんな姿に呆れと共に笑いが込み上げてきた。


 同時に一つ気になった。


「シロ今… 笑ったの?」


『君今俺のことヘタレって言ったのか?』


「えっ!?」 


 聞こえた!?いや違う、恐らくサーベルタイガーにそう言われたのだ。彼はそのままそちらと話し始めた。


『仕方ないだろう、こんなこと言うのは妻以外で初めてなんだ… 最後ならしっかりしろって?わかってるよそんなこと、言葉が刃物みたいだな?おっと刃物だった… あぁ悪かったよ?言い過ぎたごめん… はぁ、でもありがとう?緊張ほぐれたよ』


 どこか釈然としない、一人言とは…。

 うーんヤキモチかも…。



『あの、だからさセーバルちゃん?』



 だけど、その時やっと名前を呼んでくれた彼。そんな彼が今どんな顔をしているのかが気になりセーバルは急いで正面に回り込んだ。


 そこには。



『俺、君が好きだよ?本当は一緒に居たい』



 嘘…?


 ハッキリとセーバル向けられた正直な気持ちと共に。


「なにそれ?ちゃんと… 笑えるじゃん…」


 照れてはにかんだ笑顔の彼が、そこには確かに存在した。


 三年前に流しきったはずの涙が、どんどん溢れてくるのがわかった。



『シロじぃ、なにしてんの?』


『…っ!?あぁ太郎か、全然気付かなかった』



 言葉を言い切ったその後、すぐに現れた太郎に驚いた様子でいつもの表情に戻った彼。


 二人が始めた最後の稽古の様子を見ながら、太郎とも最後になるであろう時間を過ごしどこか楽しげな彼を眺めながら。


 セーバルは、自分の気持ちを三年越しに再び彼に伝えんと叫んでいた。



「セーバルなんて… セーバルだってさ?」



 止まらない涙と共に。




「とっくにそのつもりだったよっ!バカぁーっ!!!」


 

 

 届くはずのない返事に、この声に。


 心からの気持ちを乗せて。




「言うのが遅いよ…」




 夜のパークに木霊する。



 

「バカぁ…」




 星はやっぱりセーバルのお願いを聞いてはくれないけれど。




 どうか伝えてほしい。


 この気持ちを。




 どうか伝えてほしい。


 次の世代に。




 大好きなヘタレがいたよって。




  


 おわり

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