第72話 奥の手
地下から湧いたセルリアンはガーディアン達と守護けものがなんとかしてくれている。
子供達はセーバルちゃんや太郎達が守ってくれる。
そしてスザク様の洗脳は解いた。
もうこの男には後が無い、普通の人間がフレンズに敵うはずもなし。四神籠手も失い薬の効果が切れているとしても俺は負けない。
がこいつからはまるで諦めた様子が見られない。ハッタリなどでなくヤツの言う事は真実で、まだ何か隠しているということなのだろう。スザク様もそう言っていた。
「今更お前に何ができる、正直ここで俺を退けたところで無駄だと思うがな。表には守護けものが来ている、お前はどの道終わりだ」
「引き寄せの法則… というのを知っているかな?」
「何?」
ここまで追い詰めてもまったく焦りを見せない、奥の手とやらが何かは知らないがこうしてトンチキな事を言い出す辺りやはりまだ余裕があるということだろうか。
だが俺はこの男を奥の手まで追い詰めたんだ。つまりここが最終防衛ライン、ここを越えればコイツは完全に終わる。
にも関わらず、あっけらかんとした態度でアレクサンダーは話を続けた。
「思考には周波数があるんだ、自分にとって不都合なことばかり考えているとその周波数を放つようになり、結果そのような出来事を自ら引き寄せることになる。逆に自分にとって都合の良いことにのみ思考を向け続けるとその周波数が放たれそれがより早く現実になる、全ての物事は良し悪しに関わらず自身が自ら引き寄せているということだ」
全ての事は想定済みとでも言いたいのだろうか、俺は言い返した。
「だからなんだ、じゃあ今追い詰められているこの状況もお前自身が望んでいたとでも?自己啓発か何かの話がしたいなら地獄で亡者共にでもやってろ」
「思考というのは複雑だ、常にプラス思考でいることはできない。貴方の猛攻には流石に肝を冷やしていたよ… 法則である以上は拒否ができない。だから私はどれだけ追い詰められようと望み続けていた、目的の達成だけは常に… わかるかな?現にまだ私は終わっていない、そうだろう?」
「…」
与太話で時間稼ぎでもしているのだろうか、あるいは俺を精神的に揺さぶろうとしているのか。意図が読み取れない、薄気味悪いヤツだ何を考えている?
ペースが飲まれ始めているのをわかっていながら尋ねた。
「何が言いたい」
「白炎の?私に言わせれば今の貴方は貴方自らが選んだ結果なんだよ、恐れていたんじゃないか?愛する妻がいつか隣から消えてしまうこと、孤独になってしまうこと、良かれと思ってしてきたことが返って大切な人達を不幸にしてしまうこと… そして望んでいたのだろう妻との再会を?それも叶ったじゃないか?尤も自分から切り捨ててしまったようだが?」
言い返せない、特に妻を切り捨てたというところ…。確かにその通りだと思っている自分もいる、否定したところでその現実は付きまとうだろう。
そう、恐れていたんだ常に。
俺は不安だった。
いつか妻は俺の元を去ってしまうのではないか、家族も友人もいなくなって最後にはまた孤独になってしまうのではないか、俺がしてきた選択は本当に正しいことなのか。
そうして恐れを抱き続けることで恐れていた現実を引き寄せる… と、この男はそんな説教じみたようなことを俺に偉そうに語ってきている。
「そして今も恐れているな?“自分は敗北してしまうかもしれない”と… その思考でいる限り貴方は既に敗北している」
「俺がやられたってお前に後がないことには変わりない」
「それはどうかな?私はそうは思わない。何もわかっていないなぁ… そんな貴方にこの法則のコツを教えてあげよう、結果の先がどのように自分にとって有益なのかを想像するんだよ。余計な不安など考えなくていい、成功の先にある喜びを想像して感じるんだ。わかりやすく単純な言い方をすると、“この仕事が終わったらいつもの店で1杯飲める楽しみが控えている”と言ったところさ?だからさっきも言ったが、私は常に思い描いている。神として君臨しこの楽園をより良くする… いや良くなるとね?」
また、神か。
こいつには大きな思い違いがある、こいつは神の力を得ることで全知全能にでもなれるのだと思い込んでいるようだが、実のところ神の力自体には万能さなんてものはない。力を手にしたところで周囲よりほんの少しできることが多くなるだけだ。
それは俺も、スザク様でさえも痛感してきたことだ。
俺にできることなんてほんの一握りだったし、スザク様にできることだってもう一握りってところだ。強い力には責任があるが、かと言って一個人にできることはそう多くない。だから俺達は群れとなり助け合う。
わかっていないのはアレクサンダーお前のほうだ、神になどなれはしない。
力は俺を強くしてくれたかもしれない、でも家族を何度も悲しませた。
風は足を早くして空を飛ぶ術を与えた。
地は俺を何者からも守り天候をも操る術を与えた。
水は穢れを洗い流し傷を癒す術を与えた。
炎は俺を幾度となく救い望まぬもの全てを焼き尽くす術を与えた。
だからなんだ、他に何ができた?
例え神のように崇められてもお前は神ではない。つまらん野心を抱えた一人の人間に過ぎないんだ。
世界はお前一人が変えられるものじゃない、みんなで変えるものなんだ。
「では貴方にもう一度尋ねよう」
「…?」
その時、アイツは俺を見て性懲りもなくこんなことを言い出した。
「決して悪いようにはしない、何もかも良くしてみせる、貴方の望みだって私が叶えてみせる。だから私に付いてくれないか白炎の獅子?貴方の力が必要だ、共に作ろう?本当にのけものなどない楽園を?」
懐かしいな。
“ケモノはいてもノケモノはいない” …か。
俺はその問い掛けに一度黙り小さく溜め息を着くと、確固たる意思と共に答えた。
「やなこった!」
そう冗談じゃない、まさかこの期に及んでしてきたのがつまらん勧誘とはな。
「何故だ?」
「何故?言うまでもない!残念ながら引き寄せ失敗だな、失敗のこと考えてたんじゃないのか? …じゃあ俺からも言っといてやる、確かにお前の言う通り俺は多くのことを恐れている、それは現実になったしこれからもなるのかもしれない。だがこれだけは絶対って望みを俺も一つ心に刻んでいるんだよ」
「興味深い、聞かせてもらおう」
まっすぐヤツを見据え、大きく息を吸った。
そしてトリガーのブレードを展開し勢いよく地に突き立てると俺はその心からの願いを叫んだ。
「てめぇをブチのめしてここで全てを終わらせるッ!!!」
体内を流れるサンドスター。
それは激しい循環により身体中を暴れまわり体が熱を帯びていく。血液が沸騰しているように熱く激しく。
誰がこんなやつと組むかよ。
今まで多くのフレンズをその目的の為に犠牲にしてきたな?多くの人間をセルリアンにする実験をしてきたな?更にはスザク様を都合よく利用し、ベルの母親の命を奪い、しまいには実の息子でもあるベルの体に乗り移るだと?ふざけるな!おまけにミクにまでちょっかい出してくれるとはな?
死んでも許さん、覚悟しろ。
「はぁ~… まさに平埋蔵金行線というやつか。ならば仕方がないな、これだけはやりたくなかったがどーせこの体は捨てるものだ。先行投資としよう、大して惜しくもない」
そう言ってヤツが出したのは真っ赤な球体だった。今アイツはなんと言った?体は捨てるから惜しくはないだと?
その言葉の異常性は言わずもがな。つまり何か絶対に良くないことを己を犠牲にして行うつもりなのだ。
そしてそれこそが奴の隠していた奥の手。
「これはまだ試作品だが、完全にスザクの力を掌握したセルリアンの卵だ、だが欠点があってね?それは…ッ!」
「っ!?まさか!」
アレクサンダーがその卵握り潰すとみるみるその赤が手を覆い始めたのだ、焦った俺はすぐに地を蹴りその腕を切り落とそうとブレードを振ったが。
「己ヲ捨てなくテハならナいコトだ!ハハハハハハッ!!!残念ダッたな!モう遅イ!」
「チィッ!」
切り落とすことはできた、がその瞬間瞬時にあの赤が全身を覆い切断面からは炎が吹き出すと腕はすぐに復活した。
こいつは自分の体をエサにスザク様の力を完全にコピーしたセルリアンを誕生させたのだ。
セルリアン、いや…。
力の化身と呼ぶべきか。
「ハハハハハハッ!ナルホドナァー?今ナライーターノ気持チガワカルゾ!コレハ味ワッタコトノナイ快感ダァッ!正ニッ!エクストリィィィムッ!!!」
全身を赤で覆ったアレクサンダーの体はまだ変化をやめない。
倍ほどの大きさに膨らんだ体は筋肉質に、やがて両腕からは羽が伸び始め、足は鉤爪のように、そして頭部はより鳥らしく… 鋭い
そう、尾羽は正に四神スザクの如く。
「サァ白炎ノォッ!ナンノ
果たしてこれを自我と呼んでも良いものだろうか… 流暢に喋ってはいるが最早落ち着きがあり言葉も丁寧だった頃のアレクサンダー代表の面影は皆無。イーターもだが、これを元人間と呼ぶには些か無理がある。
「なんてバカなことを… お前はもうヒトには戻れない、自我を食われて手の付けられない怪物になる」
「イイヤ!私ハ大丈夫ダッ!コノ卵ハイーターシリーズノデータヲ集メ私専用ニ調整シテアルカラナァッ!コレハ保険ダヨ貴方ニ追イ詰メラレタ時ノッ!コレカラコノ真ノ浄化ノ業火デ無ニ還レェッ!白炎ノ獅子ィッ!」
俺が追い詰めたばかりに化け物になってしまったか。100年前に無理矢理に化身となった俺の姿を見てスザク様は言った「それではまるで怪物ではないか」と… 皮肉にもその気持ちが分かる、俺の目の前にいるコイツはもう怪物だ。
ヤツは俺に言った、どう戦うのか?確かにスザク様の化身の力だとしたらかなり危険だ、だが俺からの答えはシンプル。方法は一つに絞られる。
「言っただろ?ブチのめす!」
なんであろうと俺は戦う。
そして終わらせる。
これが最後だ、今まで俺を支えてきてくれたみんな。一人の憐れな男の長い人生を見守ってきてくれたみんな…。
どうか最後に力を貸してほしい。
終わらせる力を。
これが終わったらちゃんと報いを受ける。
ちゃんと罪を償う。
これが本当に最期だから。
だから力を。
俺に力を。
「ガァァァァァァッ!!!」
雄叫びを挙げ憐れな怪物に立ち向かう憐れな男。
炎を掻い潜り、その懐へ飛び込み、サンドスターで作られた刃をその首に振るう。
考えるよりも体を動かすことにのみ集中するのだ、一瞬でも気を緩めたらおしまいだと長年の勘がそう叫んでいる。
だから俺はその首を取ろうと横一文字に斬りかかる。
「ハァァッ!」
が時にその刃は届かず、時に残酷にも砕かれる。
「らぁぁぁぁッ!!!」
それでも諦めない、尚も懲りずに刃を出しては斬りにいく。
「今更ソンナガラクタガ私ニ通用スルモノカァッ!」
「チィッ!」
一度距離を取り弾丸をお見舞いしてやるも、それらは無慈悲にも炎に飲まれていく。
隙をついても数で攻めてもそれは変わらない。やがて反撃を許す。
「ハハハハハハッ!無駄ダァッ!」
「くっこの!」
幸いなのはアレクサンダーがまだこの体に慣れていないことだ、俺は化身というものの強さをよく知っている。こんなものではない、今の俺など一瞬で焼き尽くされてもおかしくはない程の力を持っている。
だがそうはならない、当たり前だ。
スザク様本人ならまだしもまともに戦ったことすらないような男がいきなり強大な力を手に入れたところで使いこなせるはずがない。
倒すなら早いほうがいい、時間を掛けるほど俺が不利になる。今でさえかなりの劣勢。
それでも戦う。
戦って勝つ。
「もうダメだ」と心で思った時、それは真の敗北となる。
俺は諦める訳にはいかない。
「私ノ炎ハ白炎ヲモ焼キ尽クスゾ!ハハハハハハッ!」
攻撃を掻い潜る中、その言葉を聞いてふと閃いた。
炎か… そうかこれもスザク様の炎だ。
浄化の業火であることになんら変わりはない。ならば試してみよう、さっきみたいに炎の共鳴というのが可能なのだとしたら。
土壇場で名案が浮かんだ。
追い詰められると意外と知恵が絞られるものだ。
俺は迫りくる炎に向けブレードを構えると、息を整え集中力を高めていく。
「ハァー…ッ!」
「諦メタカ!潔イノハ嫌イデハナイヨッ!ハハハハハハッ!」
否、諦めてなどいない。
炎が目前まで迫る、雑念を消し去りイメージする。“できる”という強い自信の上に成り立つ成功のイメージ。
来たっ!
「…ッ!」
「ナニッ!?」
やってみるもんだな…。
今行ったことそれは。
ヤツの炎がブレードの切っ先に触れた瞬間、その炎を巻き取り俺のコントロール下に抑えることに成功した。
刃は浄化の業火を纏い紅く燃え盛る。
「何ヲシタ!」
「籠手が無くて力を引き出せないから借りたんだ、どうもありがとうアレックス?」
「味ナ真似ヲッ!借リ物ニ何ガデキルッ!」
手中に納めたこの炎の刃を構え敵に立ち向かう。先程よりも楽に炎を祓える、まだまだ俺にも戦い用はあるということだ。
「てめぇの力もっ…!」
そして再度懐へ飛び込みその首を狙う。
「借り物だろうがッ!」
再び横一文字に斬りかかる。
その時炎の刃は遂にその首を捉えた。
「ギィァァァァァァァアッ!」
切り口から激しく炎を上げ苦しみの声を喚き散らしている。その炎はまるで血飛沫を上げているようだ。
「ギッ!ギィァァァアッ!死ニ損ナイノ分際デ神ノ首ヲ取ルカッ!」
「何が神だ!その姿ではお前も所詮はセルリアン!フレンズを喰らう悪魔だっ!」
炎の刃は通常のブレードと比べかなりの威力と切れ味を発揮している。だが悔しいことにコイツの言う通り借り物の力では限界がある、刃が食い込んでいるのにこれ以上切り裂くことができない。
だが…。
「ウォォォァァァァァァアッ!!!」
もう何もいらない、コイツを倒したらそれで終わりでいい。
再三言うが心残りはある。
だがこれで全てを終わらせられるならもうどうだっていい。
俺の全てを捧げ全てを終わらせる。
それが俺に残された最期の仕事。
娘が俺に言っていた本当にやるべきこと。
そうだ。
俺は終らせる為に全てを失いながらこの世界に帰ってきたんだッ!!!
「アァァァァァァァァァァッ!!!」
全身のサンドスターを“斬る”というたった1つの目的の為に全て注いだ。
やがて刃は斬り進んでいき…。
「ナニィ…ッ!?」
「ァァァアッ!!!!!」
斬ッ…。
振られた炎の刃は軌道を残し横一文字を華麗に描いた。
鳥のように変化したヤツの頭部が宙を舞い胴体だけがその場に残される。
「バ… カナァ…ッ!?」
取った。
だが…。
休むな!斬り続けろ!
「終わりだぁぁぁッ!!!」
この姿になった以上首を斬ったくらいで死ぬような存在ではないことはわかっている。気が抜けかけた己に渇を入れ再びブレードを振る。
再生できなくなるまで細切れにしろ。
それくらいの覚悟で我武者羅に…。
…
が…。
そうもいかない。
「なっ…!?」
その時、カンッ!と硬い音をたて、首を失った体が俺の刃を片手で受け止め火花を散らせた。
斬られた首から炎が立ち昇り、新たな鳥頭が生えると俺に言った。
「見事ダッ!流石ハ白炎ノ獅子!ダガ言ッタハズダ私ハ神ニナルノダトッ!」
「まさか…っ!?」
「神ハ決シテ滅ビハシナイッ!ハハハハハハッ!」
不気味な笑い声を挙げるとトリガーごと俺を殴り飛ばし壁に打ち付けた。
「が… はっ…!?」
破壊され無残な姿になったコントロールトリガー… 俺は傷付き倒れた。
「終ワリニシヨウカ白炎ノ?コノ後息子ガ待ッテイルノデネ?」
鋭く尖った鉤爪の足をゆっくりと踏み締めこちらに歩み寄るアレクサンダー。俺の前に立つと大きく口を開き炎を集約させ始めた。
「チリモ残リハシナイ… 来世デハモット幸セナ人生ヲ歩メルコトヲ祈ッテイルヨ?ナニ心配ハイラナイ、神トナッタ私ガイル!ハハハハハハッ!」
終わりか。
まだ起きたばかりの頃、シールドブレイカーにバラバラにされた俺にスザク様は言った。
全てを失った今、生きていく勇気はあるか?と。
俺にはそんなものなかったが、あそこで死ぬのは納得がいかなかったので生きることを選択した。
今はどうだ?勇気はあるか?
無いよ…。
あるはずないだろ。
でもやっぱり納得はいかねぇよなぁっ!
「なぁアレックス… 奥の手は最後まで取っとくものだったな?」
追い詰められ、今まさにトドメの一撃が放たれるのであろうその時。俺は壁にもたれ掛かったまま力無くヤツに尋ねた。
「ナニ…?」
口に炎を溜めたままそう言ったヤツにはもう表情もなにもあったものではないが、俺のその言葉に少々動揺を見せたように思える。
こんな情けないとこで終われるか、絶対ブチのめしてやる。
「俺も使わせてもらうぞ奥の手を…っ!」
その時俺が懐から取り出したのは四神玉。
崩れた籠手から零れ落ち唯一残った俺の切り札。
「何ヲスル気ダッ!?」
「決まってるだろ?こうするんだよ!」
いただきます。
俺は大口を開けて四神玉を無理矢理に飲み込んだ。
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