第71話 母
「ウァァァ!クソォォ!」
「逃ガサナイ、終ワリダヨアンタハ?」
セーバルはコイツに対して決して気を許さなかった。
背を向ければ足を掴んで引き戻してまた殴り続けたし、地中に逃げれば触手で引き摺り戻してまた殴った。
顔を見る度に何度も痛め付けた。
残酷な行為だ。
その通り残酷… でもこの姿でいると不思議となんとも思わない、特にコイツみたいなやつに慈悲なんてものは勿体無い。目的を忠実に遂行できる今のセーバルはフレンズではなくセルリアンなのだろう。
セーバルの体に起きた変化は“反転”。
そもそもセルリアンでありフレンズでもあるセーバルにだけできる変身。クロの反転は時間と共にサンドスターロウが自我を喰い尽くしていったのでクロ本人も長く使用することはなかったけれど、セーバルならセルリアン化しても自我を保ち時間制限はない。
フィルターから戻ったセーバルは肉体の構造が普通ではない。老いることもなく、サンドスターは願いに答え都合良く体を変化させる。
まともではない… だからヒロとの間に子供ができなかった。
もしかするとシロも完全になれた時にはセーバルのようになってしまうのかもしれない。そう思うと素直に良いことだと言い切る自信がセーバルにはない。
でも、それが彼に惹かれる要因の一つなのかもしれない。
「ヤ、ヤベェ!食ワナケレバ!食ッテ回復シナケレバ!」
その時、逃げるのを諦めて後ろのみんなを狙い始めた。セーバルでなければ負けないとでも思っているのだろう、がそんな甘い話があるわけがない。
やってみるといい。
もうお前に勝ち目はない。
「マズハテメェヲ食ッテ!アノ化ケモンヲブッ殺ス為ノ準備ヲスルゼェッ!ナァ隊長サンヨォー!?ギィハハハハッ!!!」
「フン… 見くびるなよ?この私を」
バリー隊長、戦闘の最中何かに気付いたのだろう。度重なる闘いをその身に刻み続け、今も尚強くなり続ける彼女。
彼女はこの極限状態の続く戦いで、更に上の次元に足を踏み入れていた。
「見せてやる、ビーストアップなどなくても 野生解放を超えるところをな?ハァ…ッ!」
彼女は既に感付いていた。
シロや太郎の行うサンドスターコントロールという技術。それこそがフレンズを更なる高みへと誘うのだと。
無論、サンドスターコントロールの訓練など彼女はやったことがない。考えもしなかった、体内のサンドスターを操り攻撃する術など。だが実際にシロや太郎はそうして己を強くした、シロに至っては野生解放ができないにも関わらずサンドスターの循環を操り野生解放と同等の力を引き出して彼女に勝ったのだ。
故に彼女は意識した。
己に中に眠るサンドスター。
野生解放でも引き出し切れていない自身の全て。
それらをただ引き出すのではない。彼女はそれで己を満たす、指先から髪の毛の一本一本… 細胞の一つ一つに至るまで。
「ハッ!」
「ッ!?」
掛け声の瞬間、不思議なことが起きた。
「バカガ!当タッテネェ…!当タッ… テ?ナ、ナニィィィ!?」
目前にいたはずの隊長はいつの間にかイーターの前を通りすぎていた。そしてアイツは振り向いた瞬間既に腹部を貫かれていたことに気付き奇声を挙げる。
「見えなかったのか?どうやらその目は飾りだったようだ」
「ナンダ!ナニシヤガッタ!?」
「ただの正拳だが?いやまさか、本当にできてしまうとはな?レオやネコマタ殿には感謝しかない、私は壁を一つ越えた… もうこれ以上強くはなれないかと思っていたのに。私のしてきた鍛練も決して無駄ではなかった、だがそれでは足りなかったんだ!やるべきことが!」
全身に纏うサンドスターの闘気がセーバルには見える、彼女がアイツにしたのは本当にただの正拳突きだ。ただシンプルに拳を突き出すだけ、何の捻りもない。
でもそれは恐ろしく速い突き、恐ろしく強い拳。
「もうお前には負けん、卑怯な上に手負いのお前になど!」
「ナメヤガッテェェェッ!!!」
「レオ!レベッカ!そしてベル!私の闘いを覚えておけ!そしていつか辿り着け!この力は!」
隊長の戦いに呆気に取られる三人はその言葉でハッと正気に戻り、瞬きも忘れその勇姿を見届ける。
彼女は今の自分の状態をこう名付けた。
「野生解放・極だッ!」
休む間もない超速の連撃がイーターを襲う、あれだけたくさんの目があるのだから見えてはいるのかもしれない、でも反応できない。もうアイツでは、今の隊長に触れることすらできない。
「ア、アァ!?ソンナ!?クソォ!恵マレテヤガル!ダカラフレンズナンテ嫌イダ!才能ニ満チ溢レテイル!天ハ二物ヲ与エル!」
「天から授かった才能か… そんなものがあれば、私はもっと早くここまで辿り着いていただろう!いいか、これは努力だ!鍛練に鍛練を、戦いに戦いを重ねてようやく辿り着いた!才能などという言葉一つで私のこれまでを否定しないでもらおう!楽して到達した高みなど!なんのありがたみもないッ!!!」
反撃を許さぬ隊長の猛攻…。
三人もまた隊長のそんな姿を見て士気が上がり、この期を逃さんと動き出した。
「私だっていいとこ見せないとね!これならどう?食えるもんなら食ってみなさい!」
トリガーを指で回し華麗に構えると、レベ子は最後の一撃を放つ。
「fire!!!」
大砲のような弾丸がヤツに直撃した。
「アァァァッ!?」
「
まともにくらったイーターは抵抗もできずその場に倒れ込んでいく。そして最後のバーストショットを終えたレベ子もまた、後のことを託し意識を手放していく。
「任しとけッ!!!」
次に太郎、本当は倒れていくレベ子を抱き止めてあげたいであろうところをグッと堪え、彼女に託された分全力を叩き込む為に立ち向かう。
目前に迫ると両手を広げ跳躍、両拳のその先にサンドスターが集約する。
「セーバルさんの次は俺のラッシュを味わえっ!いくぞぉーっ!!!」
シロが得意としたサンドスターの拳。
猫パンチと名付けられたその技… それはその昔クロがスターナックルと呼んだ技。その技はヒロもミユも両手で繰り出すことができた。
そしてそれは子孫である太郎も例外ではない、彼はこの短時間でそれを習得していたのだ。
「獅子奥義ィッ!猫ラァーッシュ!!!」
「ギッ!?」
声も出せぬ程強力な拳が何発も入りヤツを地に沈めていく。
「ウゥリャァァァァァアッ!!!」
間髪入れずに左右の拳が叩き込まれていく。そして最後に太郎はボロ雑巾のようになったアイツを鷲掴みにして上へ投げ飛ばし、トドメを彼に託した。
「ベル!叩っ斬ってやれぇっ!!!」
小さな体に大きな勇気。
そんな彼の目はもう怯えて隠れていただけの少年の目ではなくなっていた。
あれは戦う者… ガーディアンの隊長達や母親と同じ戦士の瞳だ。
「ハァーーー…ッ!」
太郎に言われるまでもなく、彼はその準備を既に終えていた。
納刀されたサーベルを己の出せる最も速い速度で抜くために構え、呼吸を整える。
その姿はまるで彼を護ってきたは母親のようでもあり、彼に戦う為の技を伝えた師のようでもある。
「お母さん… いこう!」
瞬間、地が抉れるほどの強い踏み込みにより跳躍するベル。イーターに向かいまっすぐ跳んだ彼は抜刀の準備を終え叫ぶ。
「お母さんの… 仇だぁぁぁぁぁッ!!!」
一閃。
キン… と放たれた刃が音色を奏で、空気を揺らし風を生む。
「コンナ… ガキニ!コンナ ガキ ナンカニィィィィィイッッッ!!!」
それはまるで断末魔のように…。
頭から真っ二つに別れていくイーターは叫びを声を残して地へ落ちていく。
やがてサンドスターロウのチリに変わっていく体を捨て、頭だけは再生しようと必死になっている。
実に滑稽な姿だ。
「ヒィ… ヒィ… 助ケ… 助ケテクレ… ボス… 体… 誰カ… 誰カ助ケテ… コンナトコデ死ニタクナイ… 奪ワレタママ死ヌナンテイヤダッ…」
その無様な姿に同情する者など、この場には誰一人として存在しなかった。
隊長もベルも憐れみを込めたような眼差しでヤツを見て、太郎は倒れたレベ子を介抱して目すら向けようとしない。
セーバルはヨタヨタと逃げ出そうとするイーターを触手で捕まえ見下ろした。
「ヤメ… モウヤメテ…」
「モウ十分苦シンダネ、オ前ニ食ベラレテキタフレンズ達モコレデヤット浮カバレル」
「ミ、見逃シテクレルッテノカ…?」
気味の悪い笑いも、どうでもいいことわざも、偉そうな態度も、全て成りを潜めセーバルが見せる慈悲に震えた声で反応していた。
そう、コイツはもう十分に苦しんだ、ここで逃がしてまた襲ってきたところでセーバル達なら返り討ちにできるだろう。
だから…。
「逃ガシテヤル訳ナイデショ、セーバルシロミタイニ優シクナイヨ?」
「ソンナ!?イヤダッ!?イヤダ!イヤダ!イヤダ!ァァァァァアッ!?」
絶望と後悔に包まれたような声を挙げ、繋がりきっていない頭を必死に揺らし抵抗しながらもがく無様な姿。
「シロハオ前ニ来世マデ焼カレロナンテ言ッテタケレド…」
そんな姿を見てセーバルは言った。
「オ前ニ来世ナンテ来ナイ」
触手が一本、ニ本、三本、四本と喰らいつく。
「アァァァア!?!?ゴメンナサイ!?ゴメンナサイ!?ゴメンナサイ!?イヤダァァ!ゴメ………」
死ぬ間際になり
「言っタはず、生かシテは返さなイト」
コイツのセルリウムやサンドスターロウというのはどこにも残ることはない、補食したようでセーバルの栄養にすらなっていない。ではどうなったのか?答えは。
“無”だ。
それがセルリアンにその身と心を売り渡した憐れな元人間の末路。
終わった。
「はぁ… はぁ…」
伸びた髪が元の長さに戻り触手が消えた、肌も元の色に戻っていく。反動がきたのか羽は元の大きさより更に小さくなった、これでは飛ぶことができない。服は数十年ぶりのフレンズの毛皮のままだけど、とにかくセーバルはちゃんと元の姿に戻ることができた。
「セーバル殿!くぅっ… 流石に私も無茶が過ぎたか…っ」
「隊長、大丈夫なの?」
「私のことはいい、行ってやれ?もう一人の母の元にな?」
「うん!」
一番に駆けて来てくれたのはベルだった。
隊長同様、セーバルも少し張り切り過ぎた為かへたりこんだまま呼吸を整え、駆け寄る彼のその声に耳を傾けた。
「ママセーバル!大丈夫?」
「ベル… 頑張ったね?」
「うん、ママセーバルやみんなが護ってくれたから僕も戦う勇気がでたんだよ?」
ベルは、あまりにも普通だった。
セーバルは子供達を守るためとは言えあんな姿に変わり、あんなに残虐極まりないことを目の前で行ったのにだ。
もっと恐がられて、離れてしまうと思ったのに。
「ベルはセーバルが怖くないの?」
だから尋ねた。
諦め半分、期待半分というところ。
「怖くなんかないよ?」
ベルはそう言ってくれたが、セーバルはまだ不安が拭えていない。ベルだってセーバルに気を使って無理にそう言ってくれているだけかもしれないし、みんながみんなベルのように寛容に受け入れきれるような出来事ではなかったから。
「でも、セーバルはあんな…」
本当はただ「そんなことないよ?」って言われて安心したいだけ、みんなのママでいたいだけ。だからこんなことを聞く。
「ママセーバルはママセーバルでしょ?恐が
ってるのはママセーバルのほうじゃん」
その通り。
そんな弱い自分すら、もう既に見透かされている。今のセーバルならミクでなくたってすぐに見通されるだろう。
その時ベルは続けて言った。
「ちゃんと顔を上げて、こっちへ振り向いてみてよ?そしたらもう怖くなんかないから」
この子は、本当に強くなった。
始めは周りと馴染めず、母親の形見を抱えて部屋の隅に
今では他者に勇気を与える程に強く大きくなった。
だからセーバルは恐る恐る顔を上げ、彼の方を見た。
「あ…」
「ほら、大丈夫だった」
「あぁっ…!」
セーバルが振り向くと、ベルは戦いで傷付き、服も泥だらけだった。でも優しく微笑んでくれた。
それだけじゃない。
「ママセーバル!」
「ママセーバル大丈夫?」
「ママセーバルケガしてない?」
「みんな…!」
子供達が一斉にこちらへ駆け出し、あっと言う間にセーバルの周りを囲った。
心配そうに声を掛けてくれたり、優しく頭を撫でてくれたり、手を握ってくれたり。
「みんな… みんなまだセーバルのことママって呼んでくれるの?」
「だってママセーバルだもん!」
「ママセーバルがみんなのママだもん!」
「いなくなったらやだぁっ!」
「ママセーバルはずっとママなの!」
この頃にはもう、泣くのを我慢できなかった。
「みんなぁっ… みんなありがとう?セーバルの子供達、みんなセーバルの大事大事…」
安心した。
安心してみんなをまとめて抱きしめた。
もう大丈夫、恐いのはいなくなったから。
あとは帰りを待とう。
彼の帰りを待とう。
家族みんなで「おかえり」を言う準備をしよう。
こっちは大丈夫だよ。
いつでも帰ってきて?
…
「いつまで寝とる?この幸せ者めっ!」
「っ?」
そんな聞き馴染んだような怒鳴り声と共に頭を叩かれ、俺は目を覚ました。
目を開けると俺の顔を覗き込む貴女の姿。
幸せ者と言われた理由は俺が膝枕で目覚めたからだ、恐れ多いのですぐに体を起こして自分の足で立ち上がった。
「申し訳ありません、おはようございます」
「寝坊助め、しかし… よく来てくれたな?おかげで助かった」
「当然でしょう、約束もしました」
「そうじゃな、ありがとう… 来てくれると信じておったぞ」
目の前の貴女、スザク様…。
こうして話すのがずいぶん久しぶりに思える。しかしこんなことをしている場合ではないはず、それにどうして俺達はこんなにも普段通りなのかと疑問が浮かんでいる。更に言うならスザク様がやけに素直なのも少し気に掛かっている。
ここはどこだろうか?見た目は… 火山の頂上だ、100年前のあの場所。
今正に日が昇ろうと雲を赤く染めている。
「一辺に聞くんじゃない、わからんか?相変わらずバカじゃの?」
「バカってなんですか… え?」
何も言ってないのに答えが返ってきた?
妙な感覚だ、どうなってる?
スザク様はそんな俺の疑問をやはり口にするまでもなく先に答えてくれた。
「今、炎を通して意識が共有されとる。目に見えているのは記憶に過ぎん。それより良いか?これから大事なことを伝えるぞ」
「はい」
余計な事を色々考えている場合ではないことは確かなようだ、俺はあれこれ疑問なのを一旦忘れスザク様の話に集中した。
「お前のおかげで洗脳は解けた、じゃが我は動けそうにない… この炎の共鳴も間も無く終わるじゃろう、四神籠手もパァになったみたいじゃからな。 …すまないシロ?全て我の責任じゃ、四神スザクともあろう者がパークを危険に晒すとは」
「そんな… そもそも俺の為にやってくれたことではないですか?責任があるとするなら俺にあります」
「いやこれは我の私情が生んだことじゃ、どうやら我はお前を気に掛けるうちに情が移り過ぎたようじゃな… いやすまん、話がそれたな?何も言うな、もうわかっとるじゃろ」
意識の共有。
スザク様が口に出さなくとも、その心中が俺に伝わってくる。記憶を読み取った時と同じだ。俺はその心中にあまりにも呆気にとられた、だがそれどころではない。この件は後だ。
スザク様も諦めるように一つ小さなため息を着くと話を続けた。
「この時間は現実時間のほんの数秒ほどじゃろう。我が今からお前を根性で起こしてやるから、起きたらアイツと決着をつけろ」
「俺にできるでしょうか?スザク様がご自分でやられたほうが…」
「我は動けんと言っとるじゃろうこのスカタンが!そうしたいのは山々じゃが、今の我では力のバランスを崩して死にかけのお前をなんとかするので精一杯じゃ。だから後は頼むぞ?アイツはまだなんか隠しとる、油断するな?じゃがそれも我の落ち度じゃ… これくらいしかできなくてすまんな、情けないが」
決着をつけろ。
つまりはついにスザク様ご本人からお墨付きが出たようだ。
「じゃ、今回の指令は代表アレクサンダーを“始末”しろってことですね?」
「生殺与奪はお前に任せる。その方が良いと判断するならそれでよい… 生かすも殺すもお前次第じゃ」
「了解しました、ではお願いします」
「うむ、頼んだぞ?」
会話を終えたその瞬間。
俺達を包む炎が消え紛れもない現実が目に飛び込んでくる。
「スザク様… せめて今はゆっくりとお休みください…」
俺の腕の中で安らかな寝顔を見せる貴女。
視線を移すとヤツの顔。
「スザク… 起きろ!そいつを始末しろ!」
スザク様は目を覚まさない、もうアイツの命令も聞かない。
「下らん洗脳は浄化の業火が焼き払ってくれた、あとはお前だけだ」
「四神と言えどこんなものか、イーターシリーズも所詮は人形… 信じるべきはやはり己ということかな」
人を物としか思っていないであろうその態度。
いったいこれまでどれだけのフレンズや人間をこけにしてきたのか。
「四神スザク様直々の命により… この守護けものネコマタが相手だ!」
「奥の手は取っておくものさ白炎の?四神の力も無しにどこまで持つかな」
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