第69話 共鳴
守護けもの、南方の守護者四神スザク。
彼女は“強い”という言葉一つで片付けられる程度の存在ではない。
守護けものの中でも四神は群を抜いて強い力を持っている。故に、アンチセルリウムフィルターという大任に就くことができる。
自身の力でサンドスター製のセルリアンを作り出す守護けものは他にもいるが、自身が力の化身へと姿を変えることができるのは四神のみ。
俺が知らないだけなのかもしれないが、他にできたとしても四神ほどの力は発揮しないだろう。
彼女達の持つ浄化の力はサンドスターロウを瞬時に浄化しサンドスターへと回帰させる。俺はこの浄化の力に救われた。それはあの時も今この時も変わらない。
そんな四神が。
そんなスザク様が。
「やっぱりそうだ、優しいなぁスザク様?」
「…」
「スザク、何を手こずっている?」
この程度のはずがない。
本来、俺が野生解放した程度で届くような方ではない。そんなことは100年前に痛い目を見た俺自身がよくご存知だ。
だがやり合える、それは何故か。
「わかんないかアレックス?手加減してくださっているのさスザク様は、お前がこの方に掛けた洗脳がどんなものなのかは知らないが、残念ながら今に解けるだろう。スザク様は抗っているんだよ」
「馬鹿な、根性論でどうにかできるものではない。スザク!早く始末しろ!」
スザク様は、やはり虚ろな目をこちらへ向け表情も無ければ声一つ聞かせてはくれない… だが。
俺はこの迫りくる炎の壁をブレードで裂き越えることができる、撃ち出された火炎弾は俺も同じもので打ち消すことができる、格闘に至っても鋭い突きや足刀は寸でのところで避ける隙を与えてくれる。
素人目ではわからないだろう、でも俺にはわかる。スザク様は俺に勝たせようとしてくれているのだと。
「もう少し、もう少し頑張ってくださいスザク様!自分を取り戻してください!」
「…」
それでも簡単な相手ではない、ここまで
ハンデをもらってやっと成り立っているほどだ。俺にできることと言えば今のスザク様を信じて守りに徹することだが、こんなことがいつまでも続くわけもない。
決定打が欲しい、スザク様が己を取り戻す切っ掛けになる何かが。ぶん殴って元に戻るならとっくにやっているんだがそんなに単純な話ではない。
そうしてスザク様の御慈悲に少しずつ油断し始めていた時だ。
「っ!まずいっ」
複数の火炎弾。
それのうちの一発を取り零した俺は咄嗟に腕をクロスし致命傷を避ける。ギリギリのところでサンドスターの薄い壁を張り巡らせたためダメージは大きくはない、がこんなことではいずれいいのを貰ってしまう。
救うことができないと結局やるかやられるかの話だ。それは避けたい、その為にまたここへ来たのだから。
「…?」
だがこの直撃は確実にスザク様を取り戻すヒントとなった。
「今のは…?」
炎が… 叫んでいた?いやもっと形容しがたい感覚だ。
それは声や言葉とはまったくの別物だったが、俺は直撃した炎から確実に何かを感じとることができた。勘違いではないだろう、例えるならばイルカのエコーロケーションのような本人達にしかわからないような会話方法… つまり、炎同士が共鳴かなにかを起こしたのではないだろうか?
そう、俺の力はそもそも四神の… 炎はスザク様の物だ。
この現象が四神特有のものか、あるいは高位の守護けものなら当然のものなのかそれは不明だが。
だが確かめたい、その為にはもう一度炎を受けなければ。博打だが、俺は避けるのをやめて炎を受け止めるように心掛けた。
「動きが鈍ったか、直撃が増えているようだな白炎の?畳み掛けろスザク!」
「…」
「くぅっ!」
大丈夫だ、ダメージは抑えられてる。
そうして何度も炎を受け止める俺のこの姿が代表には疲労によるものに見えているようだ。尤も気付くはずはない、俺とスザク様の間でしか気付けないことだからだ。精々高みの見物でもしているといい。
そしておかげでわかってきた。
これは恐らく救難信号だ。
受け続けるうちにこの炎がそのままスザク様の心を映し出していることがわかった。無論この強力な火炎弾を受け止め続けるなどこちらもタダでは済むようなことではないのだが、これはそれに有り余る収穫と言える。
スザク様は炎に心を乗せて俺に語りかけているんだ。
「こい! …っくぅ!」
炎が俺に教えてくれる。
悲しい。
苦しい。
悔しい。
そんな感情が炎を通じて伝わってくる。
聞こえる、感じるぞ心を。
スザク様は言っている。
お願い助けて。
言葉などなくてもそう言っているのは理解できた。深層意識では洗脳されて動いていることがわかっているんだ。炎がスザク様の真の意思に応えている。
しかしわかったところで現状どうしたら良いのかわからない、名案が浮かばないのも確かだ。実に情けない。
「どうすれば… どうすればいいんですかスザク様?」
「…」
「無駄だ、語り掛けたくらいでこの洗脳は破れはしない、おとなしく彼女に焼かれるか研究材料にでもなってもらおうか?」
「チィッ!」
言葉でどうにかしようなど、俺だってそんな甘ったれたことを今更考えてはいない。重要なのはこの炎の声… 炎の共鳴。スザク様はこれを使い俺に解決策を訴えかけているはず。
そうか閃いた、試す価値はありそうだ。
「来た…っ!」
スザク様は両手に火球を作り、今まさに撃ち出さんという体勢に入った。
俺はこの期を逃さず同じように両手に火球を作り出し一気に距離を詰める。
「今だ!」
「…!」
その時、発射される直前のスザク様の火球に自分の火球を衝突させることに成功した。
「上手くいった!」
「…!」
「なんだ?何をしている?」
互いの炎が混ざり合い、炎を通じて互いの心も繋がる。バリー隊長が拳を交えて俺の心情を感じ取っていたように、俺はスザク様と炎を通じて言葉無しでの会話を試みたのだ。
できるはずだ俺にも、この炎に心を乗せることが。
思えば最初にここに来てスザク様を殴り飛ばした時、スザク様は俺の炎に一瞬狼狽えたような様子を見せた。今思えばこういうことだったのかもしれない。
「スザク様…っ!いきますよ!」
「… … … っ!」
そのまま両手で指を組むと混ざり合う炎からスザク様の心を読み取り、更に俺の心を炎に乗せてスザク様へ伝えていく。
スザク様?スザク様しっかりしてください?聞こえますか?伝わりますか?一緒に帰りましょう?四神があんなやつの手駒になんて収まらないでください!つまんねぇ洗脳なんか焼き払ってください!頑張れ!俺が付いてます!大丈夫だ貴女ならできる!
だってあんたは!ジャパリパーク南方の守護者!四神スザクなんだからッ!!!
「あ… う… あ… あぁ…っ!」
「スザク様頑張れ!負けるな!」
炎による対話、それによりスザク様の意識が戻り始めている。だが同時にこの出力の炎… 籠手が今にも限界を迎えようと悲鳴をあげている。
俺自身もこの炎の渦の中いつまで持つか。
だが!
「スザク様!俺を呼んでください!俺はここにいます!」
「あぁぁ…っ … シ… ロ…」
「宴会するって約束したでしょう!楽しみにしてるって言ってたでしょう!だったらさっさと戻ってこいッ!!!あんたの居場所はこっちだろ!四神スザクゥッ!!!」
俺が強い気持ちを込め決死の呼び掛けをしたその瞬間。互いの炎はついに俺達を埋め尽くし大きな火柱となり天井を何枚も貫いていった。
灼熱のドームの中、向かい合うスザク様が悲鳴を挙げる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!!!!」
籠手が炎に焼かれ徐々に崩れ始めている。
もう制御だとかそんなものの範疇を遥かに越えてしまっている、これ以上俺にはこの炎を制御することはできない。あとはスザク様の根性に任せるしかない。
今俺はスザク様と炎を完全に共有している状態、俺達は炎で繋がっていると言える。比喩ではなく、炎を媒介にして意識が共有されているという意味だ。
記憶… 炎に乗って記憶が流れ込んでくる。
あれは… 先生?
とクロか?
三人が神妙な面持ちで何か話し合っているような様子が見える…。
『スザク様、考え直した方がいいと私は思います…』
『僕も同感、やめようスザクちゃん?僕達もっと頑張るからさ?』
『いやダメじゃ… クロ、お前はもう限界じゃろう?気付いておらぬとでも思うたか?』
『平気さ…』
『どこがじゃ!もう自分を犠牲にするのはやめろ!反転の研究はやめて四神の力を解析させる!クロお前、どの道その様子では数ヶ月と持つまい?両親は息子の犠牲の上に立つ自由など喜ばんぞ!残りの時間は家族と過ごせ?良いな?』
「でも代わりに四神の力を明け渡すなんて危険だ、ヒトは常に正しく力を使うとは限らないんだよ?」
『スザク様、あなたのお気持ちはわかります!でも四神の力は人の手に余るものです!数年後、数十年後、数百年後… 力を悪用されてしまうかもしれない!それはあなたが一番わかっているはずです!』
『そんなことわかっとる!じゃが我の自由はなぁッ!アイツらがその身を捧げたからあるものなんじゃッ!アイツの… アイツら夫婦の為に自身を売るのもまた我の自由なんじゃ!』
これは…。
内容から察するに、クロは自身の体質であるサンドスターの反転を研究して俺と妻を救おうとしてくれていたのだろう。その結果、寿命を著しく縮めてしまった。
スザク様はそんなクロのことも見ていられなかった、だからその身を委ねたんだ。
先生だって苦渋の決断だったろう、クロは先生の孫同然だ。そんなクロが無理をしている研究に自分も加担していたのだから。
やっぱりどれもこれも俺の責任じゃないか。
俺が余計なことしたばっかりに…。
炎の中、スザク様と向かい合っているはずなのにやがて視界が真っ白になり消えていく。
そして焼け落ち、既にその機能が失われたであろう籠手。
右手には微かにスザク様の手の温もりがあるように思える。だがそれだけだ。
遠退いていく意識。
限界か… スザク様?
どうかご無事で。
…
「ギィッヒハハハハッ!!!弱イ弱イ!“口弁慶”ッテヤツダゼェ!」
頑丈な体、そしてこの再生速度…。
4対1とは言え楽に勝てるような相手でないことは知っていた。セーバルが本気を出してもだ。
厄介なことに、コイツはシールドブレイカーのような能力を持っている。即ち太郎が作り出すサンドスターの壁もレベ子のトリガーで作る壁も無意味なのだ。
避けるしかない、強力な攻撃はまともに受けてまた立ち上がれるような保証がない。
更に卑劣なことにコイツは…。
「ソラァッ!マタ大事ナオウチ二風穴ガ開イチマウゼェー!?ギヒハハハハッ!」
ハンターなどが使うレーザー攻撃、それを子供達とカコのいる家目掛け撃ち始めた、セーバル達が避けられないのを知っているからだ。
「ダメ!」
羽で身を包むことでセーバルが盾になり守りに徹してなんとかやり過ごしている。羽とて体の一部、耐えてはいるが直撃すれば痛いなんてものではない。
「くうっ…!」
「セーバル殿!?貴様ァ…っ!卑劣極まりない!」
でもここでセーバルが引き下がる訳にはいかない。これ以上子供達に手は出させない。
絶対に守ると決めた。
約束した。
セーバルは負けない。
「
「オォット!ソウ何度モ当タッテヤルカヨォッ!?」
「嘘っ… 食われた!?」
レベ子は応戦して数発撃ち込んだけれど、アイツは直撃箇所を読んで口を作り出しそれらを飲み込んだ。更に…。
「返スゼェ?」
「っ!?」
食べたトリガーの弾丸をコピー再現した。撃ち込んだ数だけレベ子に弾丸が迫る。
「させるかぁぁぁあッ!!!」
太郎はレベ子を庇いサンドスターを纏わせた拳で返された弾丸を弾き始めた。壁で守れないことをわかっているからだ。考えたものだけど、レベ子のように目が良い訳ではない太郎では完全に捌ききることは容易いことではなく。
「くぅ… うっ!」
「レオ!」
「平気、少しかすっただけだから…」
「カッコイイネェ!ナイト様!ジャアコイツハドウダァ!?」
アイツはそう言うと一度セーバルへのレーザーを止めて太郎達へ撃ち出そうとエネルギーを集束させた。あれはまずい、太郎の反応が少しでも遅れたら直撃をもらう、守りも無しに直撃すればただでは済まない。
「二人とも避けて!」
「遅ェッ!揃ッテ死ニナァッ!」
「そうは…っ!させんっ!」
その時駆け付けたのはバリー隊長だった。
「テメェッ!」
「部下はやらせんぞ!特にお前のような者にはッ!」
隊長は低い姿勢から飛び上がるようにアイツを繰り上げた。それにより照準がズレたレーザーは空に撃ち出され太郎達は助かった。
「ソウカイソウカイ!ジャア早速前菜ニナッテモラオウカネェ?ナァ隊長サン!」
「なっ…!しまった!」
指の一本一本が触手のように変わり隊長を捕らえる。このままでは隊長が確実に補食されてしまうだろう。
助けなくては!
「させないっ!」
「飯ノ邪魔ダ!オメェハソコデ盾ヤッテロヨ羽野郎!」
「っ!?うぅ…!」
またレーザー、さっきより強くはないけど体の至るところに散らばるその目玉からセーバルを狙い打ちしてくる。これでじゃあ動けない。
「隊長を離せッ!」
そこで太郎は瞬時に駆けつけコントロールトリガーの剣で隊長を捕らえる腕に斬りかかる。けれどそう簡単にはいかない、アイツは全身を武装していた。
「なに…!」
「ナマクラダネェ?ソンナンジャ豆腐モ切れネェゼ?ギィッヒハハハハッ!!!」
刃のようなものが飛び出し太郎の剣を止めた。しかもそれだけでは終わらない。
「まさか、コントロールトリガーが!?」
「コイツァ面白ェ武器ダヨナァ?オヤツニ丁度イイ!イタダキマァスッ!」
剣を止めていた刃が口に変わりバリバリと音をたてトリガーを食べてしまった。武器を失った太郎は狼狽え、その隙を逃さずもう片方の腕で殴り飛ばされてしまった。
「レオっ!?貴様よくも!」
「騒グナヨォ?スグ腹ン中ニ入レテヤルゼェ?」
隊長もセーバルも身動きが取れない、太郎はやられて距離ができてしまった、恐らく風を使ったシロくらいの速さがないと間に合わない。レベ子は射程距離であってもまた弾丸を返されては自らを窮地に陥れるだけ、バーストショットと呼ばれる強力な弾丸は隊長を巻き添えにしかねないし、レベ子は既にそれをセントラルでの戦いでそれなりの回数使用しているのであと一発が限界、たちまち戦闘不能になる。
でもこういうことになった時のことを隊長は二人に話していた。
“もし私が捕らえられたら、私が食われる前に撃て、巻き添えで構わない”
無論二人は反対した。
隊長とてわざわざ食われにいくつもりはない。でもアイツは隊長が偉くお気に入りらしく、隊長は既に二度食われかけたところをシロに救われている。
接近戦を試みるということは高確率で同じリスクを背負うということ。
だから隊長はその場面になった時はもろとも撃ってくれと頼んだ。これはレベ子の射撃の腕を誰よりも信頼しているからだ。
“お前なら、上手くやるだろ?”
と微笑み混じりに肩を叩いていた。
つまりこの場合、既に太郎もやられたこの状態でレベ子が取る行動は1つ。
「隊長… レオ…っ!セーバルさんもっ… あの化物もう許さない!」
涙と共に怒りの表情を浮かべた彼女はすかさずトリガーを構える。
「
バーストショット。
あれならアイツも飲み込む余裕は無いしまともに食らえばそれこそ風穴を開けられるだろう。但し、いくら腕がよくても隊長まで無事でいられる保障はない。失敗した場合はレベ子も動けなくなり絶望的な状況になるだろう。
セーバルが助けに行けたら。
せめて少しでも気を逸らしてくれたら。
こうなったら四の五の言ってられない。
“これ”だけは絶対にやりたくはなかったけれど、このままみんながやられるくらいなら。
「え…?」
レベ子が覚悟を決め、セーバルもまた意を決したその時だった。すぐ隣を誰かが駆け抜けていった。羽の隙間からではよく見えなかった。けれど1つハッキリとしていたことがある。
子供だ。
セーバルは叫んだ。
「出てきちゃダメ!中に戻って!」
返事はなく、まっすぐ駆けていく足音だけが返ってくる。
ようやく見えた、あのブロンド、耳と尻尾… いや大体予想は着いていた。
すぐにレベ子も存在に気付き、セーバル達は揃って彼の名を呼んだ。
「ベル!ダメ!」
「ベルくん!?戻って!」
母親のサーベルを握りしめ、必死に隊長の元へ駆けていく。
ダメだ、敵うはずがない。
このままではベルがまた連れていかれてしまう。
太郎は?あぁダメだ… まだ遠すぎる。
どうすることもできない。
そんな状況の中あの子、小さなサーベルタイガーだけは一人諦めず力強い雄叫びを挙げた。
「お母さん力を貸して!僕だってみんなを護りたいんだぁぁぁぁあッ!!!」
瞬間。
放たれる刀身は妖しく光る。
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