第65話 帰宅

 眠れない、眠れるはずもない。

 セーバルはあれから帰りを待ち続けていた。


 時間はもう朝になろうかという頃、日が短い季節なので日の出こそまだなのだが、既に空は青白くこの島を照らし始めていた。


「なに?近付いてくる…」


 が、そんな時間に相応しくない騒々しい音がバリバリと壁や窓を通り越してこの耳に轟く。場所が場所なら苦情が殺到していることだろう。でも、セーバルはその音を聞いた時大きな期待で胸が膨らみ、気付いた時にはもう外へ駆け出していた。体が自然と外へ向いていた。


 帰ってきたんだ。

 そうだ帰ってきたんだ。


 外に出てすぐヘリコプターの姿を確認した、大きなヘリ、何人乗れるのだろうか?仕組みはよく知らないがプロペラの回転によりバタバタと音をたて風を巻き起こしながらこのボロボロになった家の側に着陸しようとしている。まだ音も止まぬまま一人が降りてこちらへ駆け出した。


「セーバルさん!」


「太郎!」


「ごめん!ちょっと手伝ってほしいんだ!たくさん連れて来ちゃって!」


 太郎… ガーディアンの太郎が何故ここに来たのだろう?と疑問には思った。言ってしまえばガーディアンは代表の手先、もしやシロから話を聞き状況を知った太郎はガーディアンから離反したのではないだろうか?善悪の区別はしっかりしている子だとセーバルは知っている。きっとそうだろう。

 少しの不安と少しの期待をこの胸の内に秘め、風にスカートをはためかせながら前に進んだ。


 そこには。


「ママセーバル!」


「ベル!」


 姿をこの目で確認した瞬間、お互いの名を呼びあった。勢い余ったセーバルはヘリに飛び込みベルを強く抱き締めた。


「良かった… よく帰ってきたね?ケガはない?怖かったね?もう大丈夫、大丈夫だよ…」


「く、苦しいよ…」


 その言葉にハッと正気になりまだまだ小さなサーベルタイガーの男の子を解放した。


「ごめん… でも本当に良かった、ごめんね大事な時に居てあげられなくて?」


「僕はいいんだ!それより!」


「そうだ、ミクは?シロも!」


 ベルは無事、またもやハッとするとセーバルはヘリの中をキョロキョロと見回した。


 この時にやっとスザク以外の四神とフウチョウの二人、そしてガーディアンがもう二人いることにも気付いた。が、そんなことはどうでもいい、今はとにかくシロとミクの無事を確認したかった。


「シロ…!ミク!」


「ただいまセーバルちゃん、連れ戻してきたよ?オマケもたくさん着いてきてしまったけれど」


 辺りを見渡すまでもない、すぐそこにいるのだから。すっかりボロボロになったシロ…  眠ったまま目を覚ます様子がないミク。


 この目で二人の無事を確かめると脇目も振らず二人に飛び付いた。


「セーバルちゃん、落ち着いて?」


「良かったぁ…!良かったよぉっ!ごめんなさい!全部押し付けて!ごめんなさい何もできなくて!セーバルずっと怖かったっ… もう会えないんじゃないかって…」


 シロは泣き出してしまったセーバルの頭を優しく撫でてくれていた。謝ることしかできない無力なセーバル。押し付けることしかできなかった無責任なセーバル… 謝っても許されることではないし、事実は変わらない。でも今はとにかく皆と無事にまた会えたことに安心して涙が止まらなかった。


「ちゃんと帰るさ、約束したもの」


「うん…」


 少々二人の世界に入りかけたその時。


「あー… すまないネコマタ殿?とりあえず四神を運び出さないか?その子もすぐに休ませた方がいい」


 誰?誰でもいい。そうだ安心するのはまだ早い。ひとまずここの皆を休ませなくてはならない。


「同感だ… セーバルちゃん?ミクを中へ、もし起きてるならすぐに先生に診てもらいたい。それと四神達を寝かせる場所の確保。まだ全部が終わったわけではないんだ」


 シロの指示を受けてセーバルはすぐに動いた。感動の再会はあとでゆっくり分かち合おう。ガーディアンのバーバリライオン隊長、それから太郎の彼女であるレベ子、フウチョウの二人。起きているみんなと協力してセーバル達は四神とミクを運び出した。


 

 まだ終わってない。



 でも、終わりは近い。



 全て終わった時、セーバル達はどうなるのだろう。



 不安が胸を過るのを、誤魔化すことができない。












 まず、四神を無事だった部屋で休ませフウチョウ達に任せた。それからミクとベルを先生に診てもらっている。先生もすっかり元気なようだし、子供たちも騒がしくしてしまったわりにぐっすりと眠っている様子なのでそれらに関しては俺もホッと胸を撫で下ろしている。


「こっちは任せて?四神籠手も修理しておくから安心して?」


「病み上がりにすみません先生… お願いします」


 先生に任せると、俺達は一度穴の空いたリビングに戻り状況を整理することにした。

 そこでは辺りを見回した太郎が声を震わせて現状を確かめている。


「嘘だろ… こんな… こんなことになってるんなんて?子供達無事なんだよな?ねぇシロじぃ?」


 ボロボロにされたこの家、太郎は何も知らずにいたことに罪悪感を覚えている様子だった。だが、太郎は知らなくて当然だし知らずにいたほうがいいこともある。


「無事だ、とりあえずな」


「俺なんにも知らないで… なんで言ってくれなかったんだよこんな大事なことを!」


「言えばこうなるからな… それにしてもバカなことを、太郎だけじゃない、何故俺に付いた?パークを敵に回したようなものなんだぞ。まぁそのおかげで俺は…」


「ふざけんなぁっ!!!」


 それは体重の乗ったいい拳だった。

 

 俺にも疲れが溜まっていたのか、まったく反応できずにそれをまともにもらってしまった。強く、重たく、悲しい拳… 俺は受け身も取れずフラりと床に倒れる。

 太郎が怒るのもまた当然だ、俺も同じ状況なら同じように怒るだろう。家族を騙し痛め付けたのだ、これも報いだと思い俺はやり返そうとは思わなかった


 太郎はそんな俺を涙ぐんだ瞳で睨み付けていた。


「そんなことしてもらって!嬉しいとでも思ったのかよッ!?家族がこんな目に逢わされたのにッ!なんにも知らずにアレクサンダーの配下でガーディアンなんてやってるのが正しいとでも思ってたのかよッ!冗談じゃねぇんだよっ!こっちから願い下げだッ!!!」


「太郎やめて!シロの気持ちも考えて!」


「いや、いい… いいんだセーバルちゃん。太郎は正しい」


 彼女の手を借りゆっくりと立ち上がると、太郎の前に立ちこの結果に対する正直な気持ちを口にする。


 結局巻き込んでしまった。


 しかし。


「太郎、こうはなってほしくなかった… 最悪お前もお前の両親もパークにいられなくなるからな?だがおかげで助かった、バリー隊長も、レベッカさんも、三人が来てくれなかったら俺は死んだままだったし二人を奪還できなかった… だからありがとう?本当にありがとう」


 それから…。


「それから、三人とも本当に申し訳なかった、俺にはあれくらいしか思い付かなかったんだ。ごめん… 本当に」

 

 みんなにろくな説明もせず拳を振るったことを謝罪した。深く深く頭を下げ、己の犯した罪を懺悔した。


 許してもらおうとは思わない、事情がなんであれやってしまったことは変えられない。全て自分の意思で行ったことだ。申し訳ないとは思っているが間違っているとも思っていない。


 そんな俺に、皆は言う。


「まったく… まぁいいけど?シロじぃ不器用だよな?内緒にしとくにしても他にやり方あったでしょ、無事に終わったとしてもその後どうするつもりだったんだよ?」


「不謹慎ではあるが、実は私は満足している、お前と手合わせすることを密かに望んでいたからな。だからもう気にするな?サーベルの件もある」


「私はレオに対する態度に腹を立ててましたから、ちゃんと謝ってくれたのならもういいですよ?でも、お詫びにまたお菓子でも作ってもらおうかな?There will be anこのイベント after-party が終わfollowingったら the event打ち上げね.」


 俺は罪人だ。

 多くの人を悲しませた。


 それでも少なくともこの三人は許してくれた。


 俺はそれだけでもずいぶん救われた気持ちになった。


「ねぇ?和解したところでそろそろセーバルにも教えてほしいのだけど?状況は?終わっていないならこの後はどうするの? …っていうか、シロさっき死んだって言った?それどういうことなの?大丈夫なの?四神籠手もメチャクチャになってたし、服も… それって血だよね?それから、ミクはどうして目を覚まさないの?何があったの?」


「あぁごめん、えーっと何から話したらいいかな…」


 少々蚊帳の外にいたセーバルちゃんに質問攻めにあうが、いかんせん報告事項が多すぎて話すに話せない。


「セーバルさん、とりあえず現状ならこちらを見てもらえますか?」


「うん… 嘘これって…」


 レベッカさんの助け船により一先ず質問攻めから逃れることができた。

 彼女が見せてくれたのはネットニュース、動画ではセントラルの現在の様子が映しだされ、ニュースキャスターが説明をしてくれる。


『突如、セントラルからおびただしい数のセルリアンが出現し、現在東支部のマンモス隊長の指揮の元パークガーディアンが殲滅に当たっています。

 尚、このセルリアン騒ぎの中「ネコマタが助けてくれた」というガーディアンの供述や、少女を抱えてセントラル内部を走るネコマタの姿の目撃情報もあり、四神スザクも殲滅に参加していることから、このセルリアンの件でネコマタが四神に何らかの指示を受け敢えて襲撃する必要があったのではないか?という見解も見られ、引き続き調査とアレクサンダー代表に対する事実確認が… 』


 概要だけ知ると映像を中断し会話に戻る。まず太郎が言った。


「やったぁ!シロじぃ汚名晴れたじゃん!ざまぁみろアレクサンダー!正義は勝つ!」


 怪我の功名というやつだろうか、かなりまずいことには変わりないのだがそれが逆に俺のやったことを正当化してくれるとは。


 手放しで喜んでいる太郎の両隣で二人が顔をしかめた。


「だが、未だにかなりの数が湧いているようだな… 放ってはおけまい?」


「それに、アレクサンダーが子供達を拐いにまた何か寄越すかも… あのキモいやつイーターって一体だけなんですか?」


 そう、正直いって状況は芳しくない。

 セントラルも放ってはおけないしミクとベルのことはヤツもまだ諦めていないはず、その理由はまだわからないが必ずここも安全ではなくなる。しかも…。


「アイツみたいのがそう何体もいられたらやかましいことこの上ないが… イーターはまだ生きてる、セントラルを出るときに死にかけだがまだ生きていることを確認した」


「マジかよっ!?」

Unbelievable嘘でしょ!?」

「しぶといヤツだ、トドメは刺さなかったのか?」


「ミクの安全を最優先していたから構っている余裕はなかった。これは俺の予想だが、代表はここにアイツを寄越すだろう… そこでみんなに頼みたい」


 現状、子供達のガードを緩める訳にはいかない。だが行かなくてはならない、救わなくてはならないのは子供達だけではない。


 行かなくては。


 俺が。


 少し間を置くと皆の顔を見渡し、仲間と見込んでまた頭を下げた。


「俺はスザク様を助けに行きたい、だからみんなには俺の代わりにここに残って子供達を守ってほしい」


 後生の頼み… というやつだろうか。

 この期に及んで頼み事などいいご身分だと自分でも思う、それでも俺は行かなくてはならない。恥去らしでもなんでもいい、俺がやらなくてはならない。


 おもむろに座り込むと、床に額を擦り付けるほどに頭を垂れた。


「ご、ご先祖さん!?」


「ちょっとシロじぃ!?なにもそこまでしなくたって!?」


「レオの言う通りだ、頭を上げてくれネコマタ殿?守護けものが簡単にそのような…」


 それはダメだ。

 守護けものだとか、皆がいいと言うからとかではない。第一俺は守護けものなんかじゃない。


 これは俺のワガママだから。


 だからやらなくてはならない。


「シロ… 説明して?」


 セーバルちゃんだけは、俺がここまでする理由を尋ねた。それなりの覚悟を持って土下座などしているのだ、みんなにわかってもらいたい。


「スザク様は… 俺をずっと守ってくれていた。一人無様に火山から戻りこの家に引きこもっていた時も、代表の手が及ばぬように四神の配下に置いてくれた… ベルの母親の件を話すと俺がこうなることをわかって関わらないようにしてくれた… そもそも、俺の為に自身を研究材料にしていたせいで力を解析されて洗脳までされてしまった、俺のことなんて放って自由にしていればこうはならなかった。元を辿れば全て俺のせいなんだ」


 フィルターから解放したはずなのに、今度は俺がスザク様を縛り付けてしまった。俺という存在が足枷になりスザク様の自由を奪った。だから。


 顔を上げぬまま伝え続けた。


「俺は責任を取らなくてはならない… それに約束したんだ、何かあったら必ず助けると… だからみんな?恥を忍んで頼みたい、子供達を… 俺の家族を守ってほしい!」


 四人は黙り、俺はその間も頭を下げ続けていた。短い静寂が流れると、それを破り四人は答えていく。


「そういうこと… いいよ?セーバルに任せて?お喋りクソ目玉にはセーバルからもやり返したいって思ってた」


「そんなの頼まれなくてもやるっつーの!あの野郎今度こそぶっ飛ばしてやる!」


「勿論私も!これ以上子供達には手を出させない!I'm going to do itやってやるわ!」


「私だけではヤツに負けていたからな、リベンジマッチには丁度いい… こちらから頼みたいくらいだ」


 断る理由などない。


 まるでそう言っているかのように俺の頼みを聞き入れてくれた。


 イーターは強い、厄介だ…。


 でも大丈夫だ。


「みんな… ありがとう!」


 負けるはずがない、みんななら。


「任しとけ!ってほらそろそろ頭上げなよ?土下座は俺の得意技!」


hmmmふーん?…レオは土下座が必要なことしょっちゅうしてるわけ?」


「え、待って…?変なことしない、レオ太郎は芯の通ったいい子だよ?」


「でも太郎って結構前にセイリュウに呼び出し食らってたよね?」


「hmmm…」


「待ってなんでセーバルさんそういうこと言うの!?変なことしてないよ!?レベッカ信じて!?」


 俺が頭を上げ立ち上がると、それに比例して逆に太郎が土下座を始めた。こんな状況なのにどこか愉快な… そんな雰囲気に俺はまた救われた気持ちになっていた。


「本部に届いた手紙のことか?あれは結局なんの呼び出しだったんだ?」


「あぁ、太郎はセイリュウ様に気に入られたようでね?色々あったから俺とご挨拶に向かったんだよ」


「気に入られた?それでさっきも背負ってたわけ? …HEY?」キレ気味


「ちぃがぁうぅ~!そういうんじゃないのぉ~!?」


 みんな疲れている、一晩中寝ずに戦っていたのだから。セーバルちゃんだってきっと寝ずに待っていてくれたんだ。


 なのにそんな素振り少しも見せずにこんな風にふざけ合っている。これからきっともっと大変だってみんなもわかってる。


 だからこそ、こんな時間が愛おしい。


「レベッカさん、そろそろ許してあげてくれないか?太郎の君への愛は本物だよ」


「証明して?」


「よし任せろ!はいどうぞ!さぁこの薔薇に触れたまえよハニー!」


A fool's bolt isバカの一 soon shotつ覚えね


 全てが終わったら。

 またこんな日々が戻るだろうか。


 俺のやったことで、皆に迷惑をかけないだろうか?


 きっと完全に元の形には戻らない…。


 でもまたこうして日々を過ごせるのなら。


 まだ許されるというのなら。


 君が許してくれるなら…。


 生きていいと言うのなら。


「シロ?」


「ん…?」


「大丈夫?」


「大丈夫… 大丈夫だよ?」


 その時は。

 俺も振り返るのをやめよう。


 心配そうに俺の瞳を覗き込む君を見て、考えた。


 正直になったほうがいい。


 この命が尽きずに残るのなら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る