第64話 脱出

 もういない。


 愛する人。


 もう会えない。


 愛する人。


 俺の腕に眠るのは君に生き写しの少女。


 せっかく会えたのに… 俺は君を拒否してしまった。


 この子の為に。 

 

「さぁ、帰ろうミク?」


 俺は眠るミクを抱き上げこの場を去ろうと立ち上がった。


「代替わり… 世代交代… 先代の記憶…」


 その時、それまで棒立ちになっていたアイツが唐突に口を開いた。アレクサンダーだ。


「私はそれに目を付けたんだよ白炎の?完全なる記憶の再現… サンドスターは記憶を保存できるんだ、だからフレンズは次の個体になった後も希に先代の体験したことを思い出すことがある。同じ姿でありながらまったくの別人、別人でありながら同一の存在」


「それがどうした、悪いが一度帰らせてもらう、お前の処罰はそれからだ、またな?首洗って待ってろ」


「このまま逃がすと思うかね?」


 アレクサンダー。

 やつがそう言うとその意思に答えるようにまたスザク様が立ち上がった、左腕の出血が酷い… それでもお構い無しに俺の前に立ちはだかる。


「その娘は完全な記憶の再現を可能にした唯一の個体だ、そうと分かれば逃がしはしない、飛躍的に研究が進められる。ここで貴方を始末してその娘を奪い、その後でゆっくり息子を取り返すことにするよ?スザクさえいればこちらはまだ優勢だ」


「そうかい、でもそう簡単に行くかな?さて、そろそろだと思うが…」


「なに…?」


 その時、俺がそう言ったそのタイミングをまるで狙ったかのようにヤツの元に連絡が入った、内容はこうだ。


『代表!ラボに異常が発生!実験用セルリウムの流出で… セ、セルリアンが大量に!』


「まさか!」


「おいおい、なにをやってるんだまったくあの子達は… 流石にやりすぎだ…」


「何をした!」


 まず第一に、コイツは勘違いしている。


 1つは俺が無策のままテロリストみたいなことしていたと思い込んでいるってところ。


 2つ目は俺が一人で来ていたということ。


 そして3つ目…。


「何をって?あんたが敵って時点で俺の立場がこうなることはわかってた、わかっててなんの対策もしないとでも?ここでセルリアンを作ってることも俺が無事に脱出できる保証がないこともわかってたことだ。だったら不利なりにあんたの悪事の証拠も集めるし、子供達を奪還した後の脱出の目処も立てる、当たり前だろ?ちなみに俺はここで大暴れして子供達を取り返すのが仕事、証拠集めと脱出の方は信頼できる仲間に頼んである」


 そう3つ目は。


 代表相手では皆が敵になるのはどうしようもないことだ、だが少なくともセントラルで何かキナ臭いことをしてるのは確定している。誰を信頼するのは自由だが、パークの住民達にも真実を知る権利はある。俺だけ悪者で終わるかよ間抜け。


 というところでこちらにも連絡が入った、俺はその着信を受けるとヤツにもわかるようモニター通信に切り替えた。


『シロ!そっちはどうなの?』

『こちらはスコしばかりレンラクジコウがあるのだがカマわないか?』


「大体察してるけど… 君達一体何をしたんだ?」


 相手はそう、四神のメッセンジャーであり俺のサポートを仰せつかっているカンザシとカタカケ。フウチョウコンビである。四神の件もあり手伝いを名乗り出てくれたのだ。


『ワタシタチはナニもしてないの!セルリアンのタマゴみたいなヤツとかミツけたからカメラでトってたらキュウにタテモノごとユれハジめて!』


『そしてあれよあれよとしているマにイタるところでセルリアンがワきだし、こうしてワレワレもテッタイをヨギナくされているというわけだ、だからワタシタチワルくない』


「なるほど」


 話によると、彼女達の責任ではなくさっきの戦闘が原因で起きた事態とのことらしい。「ここから逃げるのに騒ぎを起こしてくれ」とは言っておいたがここまでになるとさすがに見過ごせないのがどうも難しいところだ。ミクがいるので勿論帰らせてはもらうのだが、上のフロアではまだガーディアンが何人も寝ている。


 さてどうしたものか…。


 俺はため息混じりに代表に視線を向けた。最初は澄ました顔をしていたのに今は怒っているのか焦っているのか、とにかく表情を歪ませ己の積み上げてきた信頼の崩れる音に耳を傾けているようだ、まったくざまぁない。


「こういうわけだアレックス?スザク様とうちの子をケンカさせたせいでお前の大事な実験サンプルくん達が外の空気を吸いたくなったそうだ、大惨事だな?パークの住民はどう思うんだろうなぁセントラルの地下からわんさか世間を騒がすセルリアンが出てきてるのを知ったら?皮肉なもんだよあの清廉潔白なアレクサンダー代表が…」


「くぅ…っ!スザク!セルリアンを始末しろ!行け!」


「…」


 スザク様はその指示を受けると俺達には目もくれず飛び立っていった。洗脳されたスザク様も気掛かりでならないのだが、これでここにはもう俺達を邪魔できるやつはいない。あとは丸投げにはなるがミクのことを優先したい、適当にセルリアン共を片付けつつ脱出だ。今ならまだ太郎達に追い付けるかもしれない。


「スザク様…」


 とっくにこの場を後にしたスザク様。体勢を立て直してスザク様の洗脳も解く方法を考えなくてはならない。あの人も奪還しなければ。



 そして代表は感情に任せた怒鳴り声を挙げヤツを呼んでいる。


「イーター!イーターはいるか!」


 いない、アイツなら真っ二つにしたら消えた… と言いたいところだが、バリー隊長に伝えたようにアイツは抜け目がない、なんらかの方法で生き延びている可能性もある。


「ボスゥ… 体ヲ… 体ヲクレェ…」


 ほら、やっぱりな。


「なんて様だ…!お前に期待した私が馬鹿だった!これではみすみす逃がすしかないではないか!」


 だが虫の息だ、物陰から弱々しく頭だけのアイツが現れた。今ならサッカーボールにしてやることもできそうだが生憎先を急いでる。


 後でまた殺してやる。


 俺はミクを連れこのフロアを後にし、フウチョウ達との合流を急いだ。

 



「かばんちゃん…」




 目を覚まさないミクを強く抱き締めながら己のしたことの罪深さを悔い、また妻の名を口にした。気を抜くとすぐに涙が出てくるようになってしまった、ちゃんと悲しんでいる余裕もないのが更に彼女に対する罪悪感を煽る。


 それでも走った。


 とにかく帰ろう、ミクを連れて帰ろう。


 この選択が正しいと信じて。





「フウチョウ達!」


「シロ、そっちはダッカンセイコウしたんだね?」

「だがウカウカしてられん、すぐにでよう?」


「太郎達がヘリを使うと言っていた、セルリアンに遭遇するとまずい、合流ついでに乗せてもらおう」


 やがて二人と合流、セルリアンがセントラルから大量発生しているとなると太郎達が気掛かりだ、四神とベルを連れていては思うように戦えない。それに三人もかなり疲弊している。


「ガーディアンのヘリ?」 

「それならココロアタリがある」


「案内を頼む」 


「こっちだ、だがキをツけろ」

「セルリアンにチュウイなの!」


 俺はそのままフウチョウコンビの案内でヘリポートを目指すが、やはり向かう中で警告通りセルリアンと遭遇した。そこでは俺が倒したガーディアン隊員だろう、すでに目を覚まし応戦しているようだがどうやら寝起きで苦戦している様子だ。俺は叫んだ。


「そこの隊員!下がれ!」


「なっ!ネコマタ!?」


 俺は射程距離まで入るとミクを抱えたまま跳躍しセルリアンの真上に出た。標的はガーディアンに気を取られ間抜けにも石をこちらに向けている。


「潰れろ!」


 足元にサンドスターコントロールで大きな足を出現させた、その足は蹴りの姿勢に入るとその動きに合わせセルリアンを踏み潰す。


 撃破。


「ぱっかーんなの!」

「レイにはオヨばないぞヒラタイイン」


「な!え?どうして…」


 セントラルで謎のセルリアン大量発生、加えてさっきまで敵だった俺が助けに入ったことが疑問で仕方ないのだろう。無理もないが狼狽える隊員に一言添えると俺達はそのまま先を急ぐ。


「悪いが急いでる、他の隊員に加勢してやれ!どんどん湧いてくるぞ!」


「一体何が起きてるんだ!?」


 スザク様一人では駆除が追い付くはずもなく先々でこういったことがあり、俺は目に入る範囲で隊員を助けた。苦戦しているのはガーディアンを倒してきた俺にも責任がある、皮肉にも俺の襲撃で一般人の避難が済んでるのは唯一の救いだ。だがこうなるとますます太郎達が気掛かりになる。


「シロ!またなの!」

「まずいな、あっちもだ」


「手が足りない!こっちは急いでるってのに!」


 まずい、間に合わない。


 隊員達も俺との戦いで万全とは言えない、普段は大丈夫でもこいうい特殊なケースではやられてしまう隊員はどうしてもでてきてしまう。


 そして、それは今まさに俺の目の前で起ころうとしていた。


「あ、あぁ!うわぁぁぁー!?」


 悲鳴を挙げ触手に足を取られる隊員、中に取り込まれれば輝きを失い、場合によっては死に至ることもある…。


 悔やむしかないのだろうか。歯を食い縛り心の中で叫ぶ。


 四神籠手が使えたら!くそっ!これも俺のせいだ!どれもこれも俺の!クソォッ!




「うぉぉぉ!!!ジャングルパワー!!!」




 その時、そんな暑苦しい掛け声と共に壁を破って現れた男がいた。


 そいつは隊員を捕らえていた触手を腕力で引きちぎると、今度はそのセルリアンを自分の方へ引き寄せ拳で叩き潰した。


「行くぞ野郎共ォッ!!!選抜隊の意地をみせろぉっ!!!」


 続けて「了解!」という掛け声と共に中央選抜隊の面々が次々と現れセルリアンの相手を始めた。薬の後遺症もなく統率の取れた動きで次々と倒していく。


 俺は思わず一度立ち止まり声を掛けた。


「お前… ゴリラ!」


「ゴリラはお袋だ!おいネコマタァッ!セルリアンを倒すのはガーディアンの仕事だ、お 前は特別に見逃してやるからさっさっと行け!」


「すまない!」

「サンキューなのゴリラ!」

「いいヤツだなゴリラ!」


「ゴリラだけじゃねぇ!親父はオーロックスのハーフだ!」


 彼らに何か話した訳ではない、なのに彼らは俺を差し置いてセルリアンの掃討を優先してくれた。


 俺が代表に敵対した時。


 大多数は代表に着くだろう。


 しかし、声を必死に挙げれば助けてくれるフレンズもいる。


 俺のしたことも、全てが後手に回っているわけではないのだと思えた。


 







 目に付いたセルリアンを倒しつつ走り続けたその先にとうとう見付けた。四神とベルを連れた三人の背中をこの目で捉えた。

 ここは訓練場かなにかだろうか、セントラルからガーディアンの支部に入り屋外へ出ると、綺麗に整地され開けた場所へ出る。もう夜が明けそうだ、雨も止んでいる。


「シロ!あれをミるの!」

「オいツいたな!」


「あぁ!だが三人はまともに戦うことができない、すぐに護衛を… まずいっ!?」


 ヘリに到着した三人の元に現れたセルリアン、よりにもよってガーディアン数人掛かりで相手をしなくてはならないアイツだ。


 太郎達も狼狽えた様子でいる。


「シールドブレイカー!?冗談きついよ!?」


「ここまで来て達の悪い!レベッカ操縦を頼む!ここは私が食い止める!」


「隊長!?一人では無理です!」


「いいから行けっ!」


 バリー隊長が残りヘリが動き始めた、彼女はみんなを逃がし自分は犠牲になろうと考えている。だが、そうはさせない。


「ミクを頼む!」


「リョウカイなの!」

「オマエもキをツけるのだぞ!」


 心で強く思った時、俺はミクをフウチョウ達に任せ野生解放を使った。早く、少しでも早く隊長の元に辿り着く為、その為に己にできることを全て行った。


 全身にみなぎる力、そして四神玉の恩恵は俺の望みに答えた。



「手を出すなぁぁぁァッ!!!」



 恐らくこの体になってから最も強く、早い踏み込み。次の世代の為、無茶だろうがなんだろうがやってのける。年長者の務めだ。


 その電光石火の突撃は。


「ゥリィャァァァァッッッ!!!」


「!!!!!!!」


「ネコマタ殿!?」


 奇跡的にシールドブレイカーをヘリから遠ざけることに成功した。


 だが遠ざけただけ、すぐに起き上がる。


「先に行け!俺が相手をする!」


「しかし!」


「死に急ぐな隊長!今の君はハッキリ言って足手まといだ!」


「言ってくれるな、だが了解した!お前もすぐに来い!」


 ミクを連れたフウチョウ達、そしてバリー隊長もヘリに乗り込んだ。指示通り離陸を開始するとシールドブレイカーから距離を取る。一先ず安心することができたが…。


 まだだ、俺は追撃を食い止める。


「シロじぃ!乗って!」


「構うな!多少離れてもいい!すぐ片付ける!」


 太郎の心配を他所に、体勢を立て直し両腕をムチのようにしならせながらこちらにターゲットを絞るシールドブレイカー。だがこれでいい、俺に注意が向いてるならヘリは逃げられる。


「もう少し付き合ってくれ母親…!」


 再度サーベルを展開し構える、野生解放できる今ならそれほど恐ろしい相手ではない。四神の力を使えないのはタイムロスになるが仕方ない、こんなところでへこたれている場合ではないのだ。


「行くぞ…っ!」


 迫るムチの腕、右腕を輪切りに、左腕を横一文字に切り込み、怯んだ隙に跳躍で距離を詰めると頭を狙い剣を向ける。


 もらった。

 首を跳ねたら背中に回り石を砕く。




 だがこの時、俺自身気付くことができていなかった。




 体は限界を迎えているということに。




 

「首を! …? な…に…?」

 

 突如襲い掛かる脱力感、力が上手く入らず剣は敵の頑強な首に弾かれてしまった。俺は怯み、空中で無防備になる。


 野生解放は…?ダメだ、コントロールを… これもダメ?まずい間に合わない。


 シールドブレイカーの目の部分にどす黒いエネルギーが集約していく、ハンターセルの使っていたようなレーザー攻撃だろう。冷静に分析ができるのは視界がスローモーションになり思考だけがひたすら巡っているからだ。


 脳が死を意識している、危険が迫っている、早く回避しろと言っている証拠だ。


 だが体は言うことを聞かない、考えられる可能性は一つ。


 薬が切れたのだ。

 動けないのはビースト化の代わりにきた副作用だ。


 こんなとこでこんなやつに…!

 

「…!?」


 レーザーが放たれた。

 尚も回避させようと世界をゆっくりに見せられ、直撃までの短い間を俺は生かされている。


「避けろォッ!!!」


 太郎が叫んでいる、でもすまない… 体が動かないんだ。


 きた。


 1メートルもない。


 ダメだ… ごめん。


 ごめん… みんな…。


 俺…。






「…!」


「…なっ!?」


 


 その瞬間俺の前に現れレーザーを弾くフレンズがいた。


 貴女がこんなとこに来るはずが… だって貴女はこんな命令を受けていないはずだ。


 燃え盛る業火の如く美しい尾羽の貴女はレーザーから俺を庇った後、炎でシールドブレイカーを閉じ込め一瞬で焼き尽くした。灰も残らない強力な炎。真の浄化の業火。 


「スザク様…?」


「…」


 スザク様、振り向いた貴女はやはり光の無い瞳で、無表情のまま声一つ発することをしない。俺の負わせた頭の傷と妻の負わせた腕の傷もまだ完治していないそんなボロボロの姿のまま現れた。


 でも、生気の感じられないその目からは一筋の涙が流れていたのを、俺は確かに見た。


「スザク様?スザク様!うぁっ!?何をっ!」


 正気に戻せる。

 そんな希望を見た瞬間に彼女は俺の足を掴みヘリの方へ放り投げた。


 俺を助けてくれた、今なら取り戻せる、スザク様の洗脳が解けかけてる。俺は空中でもがきながら叫んだ。


「スザク様!必ず!必ずお迎えに上がります!俺が貴女を救います!だからもう少し!もう少しだけ我慢してください!スザク様ァッ!!!」


 そのままヘリに近付くと太郎達に救い上げられ、俺も無事に乗り込むことができた。


 小さく見えなくなっていくセントラル。俺がめちゃくちゃにしたセントラル。


 そこではセルリアンの掃討の為浄化の業火の火柱が上がる。


 何度も何度も。


 火柱が上がっていた。

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