第61話 私

「中にヒトなんてありかよッ!やることが狂ってる!」


「まったくやりにくい相手だ…!」


「二人共一端下がって!バーストショットを使う!」


 戦う内にこのヒト型の中身に人間が使われている事がわかった。装甲の厚いコイツらを切り付けるのに思いっきりブレードを振りかぶったのだが、それでも脇腹を少し掠めた程度の損傷しか与えられず俺達は一端距離を取った。


 その時に気付いたのだ、血の匂いに。


 損傷箇所はすぐに再生していったがその場には確かに血痕があった。隊長はそれに気付くとレベッカに一点のみを撃ち続けるよう命じ、装甲が弱ったところを拳で砕いた。


 するとどうだ、中に人間であろうものが確かに見えたのだ。俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。


「Fire!」


 それから隊長の指示によりブレードの使用を止めレベッカの射撃に合わせ打撃を与える作戦で攻めているが、なんせヒトが中にいると思うと思うように戦えない、その上コイツらは手加減して破れるような硬さではない。


 そこで少々負担ではあるがレベッカはバーストショットプログラムを使用。


 高威力のバーストショットはショットプログラムの強化プログラムで、大きな相手や硬い相手にも有効打を与える代わりに強い反動と共に消費サンドスターの量も多い。故に使用を許された隊員もそう多くないという特級プログラム。


 そして今、レベッカのおかげでなんとか最後の一体を追い詰めたところだ。


「くっ!」


 だがこの戦闘だけで三発、その強い反動に流石のレベッカ自身も後ろへ飛ばされてしまう。


「チャンスを逃すな!畳み掛けるぞ!」


「了解!」


 俺はレベッカの方へ走り出しそうになる自分を抑え込み隊長と共に敵に向かった。ここで再生を間に合わせれば隊長が言うようにレベッカのくれたチャンスが無駄になるからだ。


 ここでこの戦いを終わらせることが彼女の為であり、中身にされてる誰かの為だと俺は信じている。


「ハァーッ!!!」

「らぁぁぁっ!!!」


 バーストショットで弱ったセルリアンの装甲を連擊で破壊、ヒトが見えたら迷わず引き摺り出す。


「ハァッ!!!」


 最後は隊長の強烈な一撃によりヒト型セルリアンは消し飛んだ。


 俺は中にいた人を寝かせるとすぐに彼女の元へと駆け寄った。


「レベッカ!大丈夫?」


 ぺたりと座り込んでいたレベッカに手を差し出し、立ち上がるのを手伝った。彼女は俺の手を取りくたびれた表情のまま小さく笑うと言った。


「平気よ?Thanksありがとう,it was nice, darling素敵だったよダーリン?」


 向かい合うと、勢い余って彼女を抱き寄せた。


「あー… オホン!よくやった二人共?気持ちは分かるが先を急ぐぞ」


「「りョ、了解!」」


 すいませんつい…。


 それはさておき。


 セルリアン… その材料に人間… そして中の人は虚ろな目でヨダレを垂らし立ち上がる様子はない。とんでもないことだ、これがあのアレクサンダー代表のやっていることなのか?と俺は現実を受け入れきれていない。


 今日だけで何回こんな気持ちになればいいんだ。


 シロじぃも信じてたが、俺は代表だっていい人だと信じてた。俺だけじゃない、パーク中のヒトとフレンズが信じてたんだ。


 こんなのってないよ…。

 どれだけの人の心を裏切ってるんだよ!


 気持ちを新たに、俺達は先を急ぐ。



 

 「…っ?」




 が、なんだろうか。

 今なにか強烈な違和感を覚えた。


「レオ?」


「どうした?負傷したか?」


「いや…」


 胸が抉られるような感覚、俺は立ち止まると思わずぎゅっと心臓の辺りを押さえた。


「痛む?苦しいの?」


「違うんだ、なんか…」


 レベッカも隊長も心配そうに俺の顔を覗き込むが、俺自身もこの感覚をどう説明したらいいかわからず言葉に詰まる。


「さっきの戦闘で良心が痛んだか?無理もない… だが倒さなければ先には進めない。割りきるんだ、私達は今そういう道を選んでいる」


「はい…」


 違う、そういう気持ちでもない。

 あの人達には申し訳ないけどあれ以上やりようがなかったとは俺も思う。


 違う。


 なんだかとても嫌な感じがする。


「ごめんなさい!行きましょう隊長!早く行かなくちゃ!」


「よし… あんなものが出てきてはこの先何がきてもおかしくはない、引き続き警戒を怠るな!それからレオ?」


 返事をする間も無く、隊長は俺の方を見るとこんな指示をだす。


「レベッカはバーストショットで体力の消耗が激しい、守ってやれ?」


「当たり前っ!了解!」


 今度こそ、俺達は更に先へと走る。


 


 このどうしようもない胸騒ぎを抱えたまま。











「…っ!?」


 いけない、うたた寝していた。


 シロがここを出て既に数時間、もうすっかり真夜中… 彼はまだ戻っていない。

 

 子供達がゆっくり眠れるように家を片付けて寝床を確保した後、不安であろう小さな子達が眠るまで側で見守っていたところセーバル自身もいつの間にか眠りに落ちていた。思っていたより疲れているのかもしれない。


 皆ぐっすりと眠っている。


 みんなの顔を見ながら毛布をかけ直してやると一旦部屋を後にした。何か飲もう、酷く喉が渇いている。


 それにやけに落ち着かない… どこかとても嫌な感覚を覚えて目が覚めてしまった。セーバルの勘はよく当たる。だから今回に限っては当たらないで。


 都合の良い考え方ではあるけれど、こういう時はこの感覚が怨めしい。


 落ち着かない気持ちのままセーバルがキッチンまで行くと、そこでは先客が既に似た考えを持ってお湯を沸かしていた。


「セーバル、起きたの?」


「カコ!起きても大丈夫なの?」


 大怪我でしばらく安静にしていたカコだ、自室のコーヒーメーカーがやられたのだろう。不器用なりにお湯を沸かしている。


「平気よ、ユウキくんが治してくれたから。でもまだボーッとするからカフェインが欲しくて」


「そっか、よかった」


「子供達は?」


「被害を逃れた部屋を暖かくしてみんなで眠ってる、晩御飯もちゃんと食べた」


 お互い、状況を伝え合い安心を分かち合った。


 こういう時こそ良い方に目を向けなくてはならない、嫌なことばかり起こるけどなにもそれだけが今ではない。


 カコはこうして無事だし、子供達もぐっすり眠っている。そのことだけで少し救われた気持ちになる。


 でも… どうしても不安というものがセーバル達を襲う。


「ユウキくん… 大勝負に出ているわね…」


「どういうこと?」


「知らない?これを見て?」


 カコがそう言って見せてくれたのはネットニュースだった。記事の見出しはこう。


“守護けものネコマタがセントラル襲撃!狙いはアレクサンダー代表の命か”


 動画もある、シロがセントラルの頂上から天井を破って侵入するところから、内部の監視カメラでパークガーディアンを返り討ちにしているところもしっかり映されている。


 皆知らないのだ、本当に悪いのが誰か。


 記事の内容ではシロがまるでテロリストのような扱いを受けていた。なんの理由も知らないでどの記事も悪者扱い。


「そんな…」


 でもこうなることはわかっていた、アレクサンダーが敵だとわかった時点で。悲しいのはそういうことじゃない。


「カコ… 全部セーバルが悪い、セーバルはシロに押し付けちゃった!こうなるのわかっててシロに全部…っ!」


 泣いたってどうなるものでもない、セーバルが泣いたからってミクとベルが帰ってくるわではないし、シロの汚名が消えるわけでない。


 でも泣いている、セーバルは弱い。


 悲しんで泣くことしかできない。


「あなたのせいじゃないわ、彼なら言われなくてもやってる」


「そうだよ!だからセーバルが悪いの!わかってて行かせたの!やっつけてきてって頼んだの!止めることだってできたのに!」


 怖くて仕方なかった。


 子供達が無事に戻っても、シロは帰ってこない。ここにいたら迷惑が掛かるからって一人でどこかへ行って一人ぼっちになるつもりだ。そしてみんなに誤解されたまま長い長い時間を生き続けなければならない。終わるかどうかわからない生をたった一人で。


「無事に戻ってこれても、これじゃあシロの居場所がなくなっちゃう!セーバルが奪ったんだよ!セーバルはやっぱりセルリアンだっ!特にシロからは取ってばかり… なにも返すことができない…」


「彼は奪われたとは思ってないわ?そうしたいからそうしているだけ。それに今回これほどの大勝負に出るってことは、そもそも帰ってくるつもりがないのかもしれない。誰に何を言われなくてもね」


 もう会えない。


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、心に秘めていたはずの気持ちが言葉になって溢れだした。


「シロがいなくなっちゃうっ… もう会えなくなっちゃうよぉっ!やだぁ…っ!ずっと一緒がいいっ、ずっと側にいてほしいの…」


 セーバルはとてもワガママだ。

 シロに対しては余計にそうだ。


 でもシロは優しいから。

 なんでも「いいよ」って答えてくれる。


 でも今回はシロでも「ダメ」って言う。

 そうしないとセーバル達が静かに暮らせないから。


「いらっしゃいセーバル?」


 カコはボロボロと泣いてばかりのセーバルを優しく抱き締めてくれた。頭を撫でて、背中をトントンとしてくれた。


 お母さん。

 というものがもしもセーバルにもいたならば、悲しい時こうして慰めてくれるのかもしれない。だからずっと一緒に居てくれたカコはある意味で言えばセーバルのお母さんなのかもしれない。

 

 状況はどうしようもない、彼に任せるしかない。そんなどうしようもない中で、セーバルはカコの言葉を聞いていた。

  

「彼も今のあなたくらい素直になってくれたら、私達もあまり背負わせずに済んだのだけどね」


「うん…」


 シロは復活の後ずっと責任を感じていたのだと思う。あぁすればよかったこうすればよかったという気持ちばかりが心に根付いていて、いつも「ごめん」と言っていた。


 だからフィルターから戻ってからのシロはなんでも一人で背負いがちだった。全部自分が悪いと思い込んでいた。


「好きなんでしょユウキくんのこと?」


「わかんない… わかんないからどこにも行かないでほしいの」 


「なんでそこは素直に好きって言えないかなぁ… ミクちゃんが言ってたわ?“二人共意地っ張りだ”って、私もそう思う」


「ミクが…」


 意地っ張り…?


 ミクは言わなくても察するのがとても得意な子だった。あの子の目にはセーバル達がどのように映っていたのだろう。


 ミク… 怖い思いをして泣いてはいないだろうか。


「確かに彼にはかばんちゃんのことがあるし、セーバルにはヒロユキくんのことがある… でも仮にあなた達がそういう関係をこれから築くことになっても、それは二人を裏切るってこととは違うと私は思うけど?」


「ミクは、どうしてセーバル達にそうなってほしいのかな…?」


「二人共寂しそうだからじゃない?そしてそれを乗り越えてほしいのよ?過去ではなく今やこれからを見てほしいんだと思う」


 そしてそれは二人を忘れろという意味ではない。とそうカコは語る。


 ミクは、セーバル達は臆病になっているだけとも言っていたそうだ。別の誰かに想いを向けた時、あの頃のあの人と比べてしまい相手を傷付けてしまうかもしれない。そしてその別の誰かを愛するうちに心から愛していたあの人を忘れてしまうのではと。


 否定できない、認めよう。

 セーバルはビビってる、多分シロも。


 つまりミクとカコが言いたいことと言うのは、先に逝ってしまった二人も自分達のことでセーバル達が悲しみ続けるより、幸せになってくれることを望むのではないか… ということ。


「他人のそういうのを感じ取れる、あの子の能力よ」


「どういうこと?」


 かばんは思考を読んだり伝えることができたそうだ。ヒトのフレンズは野生解放が覚醒すると超能力を得るらしい。つまりミクの察しの良さはそれの一端だと言うのだろうか?思考が読めてしまう。だから始めは周囲の顔色を伺ってばかりいたし、無表情のシロがどんな気持ちでいるかわかった。


 と思ったけれど、カコの仮説では少し違うらしい。


「かばんちゃんは“テレパス”、でも私が思うにミクちゃんのは“エンパス”じゃないかって」


「エンパス?」


「“思考”ではなく“感情”を読み取っているのよ?だから何を考えているか細かいことまではわからないけれど、どんな気持ちでいるかがわかる。例え表情に出ていなくてもね?」


 何故かシロのことが分かるのはかばんの記憶が僅かに残っているからだとも思っていたけど、それが理由だったんだ。


 かばんとは違う能力の発現、それはつまりミクはミクの時間を過ごしているということなのだと思う。ヒトのフレンズではあるが、やはりミクはかばんではないのだ。シロの願いが通じているとも言える。


 話をまとめるとカコは言う。


「つまりあの子がお節介を焼くってことは、少なからずあなた達からそういう気持ちを感じ取ってるってことだと思うけど。違う?」


 だから、それじゃあセーバルがシロに恋してるみたいだし、シロもセーバルに恋してるみたいじゃん。


 そんなこと…。


「違うって言い聞かせてない?」


「知らない」


「はぁもぅ… 私が言いたいのはねセーバル?あなたが素直になってユウキくんを必死に引き止めれば、残ってくれるかもしれないってことよ?」


「セーバルが素直に…」


 ふと顔を上げると、カコはセーバルの額にコンと自分の額を当てて言った。


「問題は残る、でもそんなの追々考えましょう?彼は家族だもの、一人ぼっちになどさせないし、本人が出ていっても首根っこ掴んででも連れ帰る。だから、セーバルも責任感じる暇があったら勝負下着でも選んで準備しときなさい?いいわね?」


 そう、問題はある。

 シロが代表を倒したら何がうちに来るかわかったものではない。でも、カコの言う通りだ。

 

 シロは家族、ここが彼の家。


 涙を拭いて言い返す。


「なにそれ?何が勝負下着だよ、シロ不能なんでしょ?そんなことしてもセーバルだけバカみたいじゃん」


「気持ちを伝えたノリでそのまま押し倒せば奇跡が起きて治るかもしれないじゃない?」


「しないし!子供達もいるっていうのに!」


「寝てるわ?」小声


「もぉ!バカ!」


 ありがとうカコ、元気でたよ?


 じゃあ待っててあげようかな、楽しみにしててよね?だからさっさとミクとベル連れて帰っておいでよ?




 勝負下着も選んどくからさ。














 


「おじさん!おじさんいやぁぁぁっ!おじさんお願い!目を開けてよおじさぁん!」


 目の前で、最愛の人の命が奪われるのを見せられた。


 私は必死に叫んで、必死に壁を叩いた。


 落ち着くように私に言っていたベルはその場にへたり込み、「嘘だ、こんなの嘘だ」と譫言のように呟いている。


 イーターと呼ばれる目玉の怪物が言った。


「残念ダッタァナァー!?大好キナオジサンハボロ雑巾ミタイニナッテ死ンダゼッ!ギィッヒヒハハハハハァッ!!!オォイボスゥ!?モウコノガキ食ッテイインダロォー!?」


 自分を食べる話をしているのがどうでもいいと感じるほど悲しいし悔しい。どんどん心に雨雲が広がっていく、涙が止まらないどうしたらいいかわからない。



 わかんないわかんないわかんない。

 


 頭が痛い。


 頭が…。


 おじさん助けて。


 おじさん…。


「う、うぅぅぅ…」


「ミク…?」


「ベル… これは何…?変なものが見えるの…」


「ミク?ミク大変だ… ミク!ミクしっかりして!…おい!ここからだせ!ミクが!」



 嫌だ嫌だ怖い… 怖い…。

 

 身に覚えのない光景が目の前に広がってる。ここはどこ?この人達は誰?おじさん…   おじさんに何をするの?やめてよ!どうしてこんなこと!


 何これ…?


「ミク… 血が出てる!目からも耳からも!?ミクが変だ!病院につれてけ!ここから出せ!」


「なんだ?何が起きてる…」


「知るかそんなこと!出せってんだよ!」


 ベルの声がする、なのにベルが見えない。

 私は何を見ているの?何かがどんどん頭の中に…。


「いや… いや… 入ってこないで…」


 頭が、頭が割れてしまう…。


 悲しみが怒りに塗り替えられていく。



 やがて目の前に広がる光景が鮮明になり、音もハッキリと聞き取れるようになった。


 何かに張り付けにされたおじさんに電流を流して痛め付けている誰か、それを見る私。


 意思と関係なく私は叫んでいる。


“『…やめて!なんでこんなことをするんですか!お願いやめて!!!』


『じゃあ抵抗はなしだ、おとなしく彼等を受け入れてやりなさい… いつも旦那にしてやってるみたいにね』”


 誰… 私じゃない… 私… 誰?


 私… 僕… おじさん… シロさん…。


 やめて…。


 僕… 私… 僕は…。


 許せない…。


 許せない…っ!


 よくも… よくも…。


 よくも… やったなぁ…ッ!



 体の底から熱いものが込み上げると、やがて痛みを感じなくなった。


 私…。


 僕は。


「“僕のシロさん”を返せぇぇぇぇえッッッ!!!」


 いくら叩いてもびくともしなかった僕と彼を別つ壁は叫びと共に破られ、辺りに破片が散らばる。


「バカな… なんだこの力は?」


「ミク?ミク… どうしたの?どうなってるの?何をしたの…?」


 僕は言葉に耳を傾けずただ怒りに任せ言い放つ。


「僕から夫を奪ったなッ!もう許さないッ!あなた達は死んで詫びろッ!みんなここからいなくなれッ!誰の夫を奪ったのかわからせてやるッッッ!!!」



 力が溢れる。

 怒りが心を埋め尽くす。



 私… 違う。


 僕は。



 かばん、彼の妻。


 

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