第60話 死
「何がでるかわからんとは言ったが…」
「こいつらセルリアン… ですよね?」
「でもヒト型って…
隊長、俺、レベッカの三人で奥へ奥へと進むと、ここに来てとうとう妨害するものが現れた。
セルリアンだ。
しかもそう、レベッカの言うようにそれはヒト型だった。これまで色んなヤツがいたけどそんなセルリアンには遭遇したことがない、長年ガーディアンとして務めている隊長でさえ出会ったことがないのだ。
強いてだ、強いて言うなら… ヒト型のセルリアンは俺の知る中ではたった一人だけ。尤も俺はそんな風にあの人のことを見たことはないのだけど。
とにかく、この妨害により代表が黒幕であるという事実がいよいよ浮き彫りとなってきた。もしかするとシロじぃは仕事の都合上こういうシーンに出くわしやすかったのかもしれない。
確かいつだったかスザク様も言っていたはずだ、“誰かが人為的にセルリアンを発生させている”と。まさか、シールドブレイカー含むここ何年かで現れた新種のセルリアンって…。
やがて敵に動きが。
重たそうに足を運びドスドスとこちらへ迫ってくる、数は3体。
来る、動きはノロいが何をしてくるかわからない。あまりにも得たいの知れない相手。
そいつは見れば見るほど不気味だった。セルリアンには顔がないが大体目玉がついていたりする。なのにコイツは単にヒトの形を取っているものの完全なのっぺらぼう… 土偶のようなどっしりとしたフォルムだが全体は凹凸が少なく丸っとしている。正直言ってこのシンプルさがいつものセルリアンの何倍も不気味さを際立てている。
「二人とも油断するな!レベッカは後方から援護を頼む!レオ!まずは手前のヤツを左右から挟み撃ちにするぞ!ブレード展開!」
「「了解!」」
俺と隊長はブレードを展開し近接戦闘へ、レベッカは銃口を敵に向けトリガーに指を掛けた。
さっさと片付けて先に進まなくては、こうしている間にもシロじぃは一人で罪を被り戦っているのだから。
俺達は今、パークの闇の一端に触れているのかもしれない。
…
スザク様…。
久方ぶりに俺の前に現れた馴染みのあの方はいつもとはかなり違う雰囲気だった。物々しい機械仕掛けの鎧のようなものに身を包み、目元は隠れて表情が読み取れないが… 恐らく無表情であることが伺える。そして言葉を発することをしない。
「スザク様!今まで何をしていたんですか?何故貴女がそちらについているんです!それに…」
俺の問いには一切答えない、何より俺がこの状況で最も畏怖しているのは…。
「セイリュウ様は… 貴女がやったんですか?」
「…」
スザク様は、気を失っているであろうセイリュウ様を雑に抱えてこの場に現れたのだ。ぐったりと動く様子のないセイリュウ様にも呼び掛けた。
「セイリュウ様!ご無事ですか!返事をしてください!」
「う… ぼうや…?」
目を覚まし絞り出すように俺に答えた。息はある… いや当たり前だ、四神がそう簡単に死んでたまるものか。
セイリュウ様はそのまま消えそうな声で俺に言った。
「貴方では勝ち目がないわ、逃げなさい… 守護けものを集めて… 私達のことはいいから… このバカが… 目を覚まさないと!」
「置いてはいけない!今お助けします!」
スザク様は様子を見るに洗脳か何かを受けているのだろう、必死に訴え掛ければ目を覚ますかもしれない。もし俺の声が届くのならセイリュウ様を解放してくれるはず。
「スザク様!返事をしてください!俺のことがわからないんですか!」
「…」
「申し訳ないがその程度で彼女は取り戻せない、そんなガラクタで四神をコントロールできるはずがないだろう?」
卑劣な…!
確かに俺も声を掛けた程度でどうにかなるとは思ってはいない、だがあのスザク様がこんなにあっさりと敵の手に落ちるものか。
尋ねた訳でもないのに代表は俺の抱いていた疑問を察し淡々と答え始めた。
「彼女のデータはざっと100年分、力の解析も済んでいる今コントロールするのはそれほど難しいことではなかったよ、おかげでイーターにも炎の耐性だけはすぐに実装できた」
「ふざけるな… 解放しろ!」
「彼女はこうなる前に私の元に来て言った、“勝手は許さん”とね?貴方の身を常に案じていた…。本当は四神の力を全て有している貴方が必要だったんだ、復活したとき回収して解析をするつもりが彼女はそれを絶対に許してはくれなくてね… 結局四神の監視下に置かれ手が出せなくなってしまった。白炎の… 貴方さえいれば彼女をこんな目に逢わせてはいなかったし、残りの四神を倒させて連れてくる必要もなかった」
「…ッ!」
では… これは俺を守ったばかりに起きたことだと言いたいのか?俺が始めからここにいればスザク様は洗脳されあんな姿にはならなかったし、セイリュウ様だって… 待てよ?残りの四神ってまさか、ビャッコ様とゲンブ様はもう手に落ちたとでも言いたいのか?
心が割れそうだ、俺は状況を察してしまいダラダラと気持ちの悪い汗を流していた。
「とにかくこれで四神が揃った、イーター?セイリュウを装置に繋いでくれ?早速解析だ」
「イエッサー!コレデ俺ハドノ四神ニモ耐性ガ着くッテワケダ!モウオ前ニ勝チ目ハナイゼェ?ギィッヒハハハハ!?」
セイリュウ様を雑に掴み連れ去ろうとするイーター。聞き間違いでなければこれで揃ったと聞いた。確定だ、イーターに耐性があるのは既にセイリュウ様以外の四神が手に落ちていたからだ。
あの時のセイリュウ様の電話を思い出した、何か襲撃を受けていたらしく俺には「逃げろ」と必死に訴え掛けてきた。今思えばあれはスザク様の襲撃だったのだろう。ビャッコ様ゲンブ様とは既に連絡が付かないとも言っていた、つまり二人はセイリュウ様の前にスザク様の襲撃を受けていたことになる。
セイリュウ様は今ここに来た、だからイーターには水の耐性がなかった。
こちらを隔てている壁の向こうに謎の装置が見える、明かりが灯ると張り付けにされたビャッコ様とゲンブ様の姿が露となった。
「そんな…」
四神が… 敗北するなんて…!
だが!
「させるか…ッ!」
俺はイーターを止めるため駆け出した。
向こうに見える例の装置とやらにセイリュウ様を繋がれた場合、俺の力がイーターに一切及ばなくなるということで間違いないだろう。繋がれた状態の四神がどんな状態なのかもわかったものではない。
すぐにヤツを止め、救わなくては。
「セイリュウ様を離せ!」
「オ前ノ相手ハ俺ジャネーヨ!」
「チィッ!」
スザク様がイーターとの間に割って入り俺に攻撃を加えてくる、従順にも俺の妨害を始めたのだ。認めたくはないが完全に手駒と化している。
「スザク様!どいてください!」
「…」
「くぅっ…!」
洗脳され本人の意思ではないにも関わらず、スザク様の強さはまるで落ちている気配がなかった。寧ろ攻撃にはスザク様の心がないので、もっと忠実で確実に目的を達成しようとする容赦の無いものとなっている。
斬るわけにもいかずサーベルを納刀した俺は四神の力を駆使し攻撃をやり過ごすが、本物の四神にとって俺に宿った力など赤子同然。
「水龍!動きを封じろ!」
「…!」
まともに通じるはずがないのだ、ましてや籠手に制御された程度の力では。
「ダメか…!」
放たれた水龍は炎で防がれ、瞬きする間に蒸気に変わり空へ溶けてしまう。
風を使った高速移動も、大地の守りで固めた防御も全て真の浄化の業火の前では無意味だった。
「ぐぁっ!?」
ついには炎を帯びた打撃をまともに食らい、イーターが壁の向こうにあるであろう装置に向かうのを許してしまう。ダメだ… 間に合わない。もう辿り着いてしまった。
無様に倒れる俺の姿を見て、ミクとベルが堪らず声を挙げている。
「おじさん!?おじさんしっかりして!」
「卑怯だ!こんなのズルい!おじさん!おじさん大丈夫?!」
負けられない。
二人も四神も皆俺が救ってみせる。
俺がやらなくては…。
ここで俺がやらなくては… 子供達や四神だけの話では済まなくなってしまう。
全て俺のせいだ、俺が落とし前を着けなくてはならない。
「心配ない、待ってろ?すぐ出してやるからな二人共?」
スザク様… スザク様頼むから目を覚ましてくれ。目を覚まさないなら俺は… また貴女を殺す気で挑まなくてはならない。でももう嫌なんだ、敵うかどうかではなく貴女に手を上げること自体が。
だが… 貴女の為に二人を見捨てることもできません。
ここまで来るのに多くの罪を残した、これから行うこともまた大きな罪として俺にのし掛かるだろう。
もう引き下がることができないところまできている。
「貴女を傷付けたくない… だがこれ以上邪魔をするならッ!」
決死の思いで立ち上がり、もう一度挑む。
体に眠る力を奮い立たせ、籠手の限界まで出力を上げる。
俺の体は在りし日の如く爆炎に包まれ、本格的に反撃の姿勢に入る。
「目を覚ませぇッ!!!あんたはジャパリパーク南方の守護者ッ!!!四神スザクだろぉぉぉッ!!!」
引き出すは浄化の業火。
籠手に嵌められた四神玉にスザク様の紋章が浮かび上がり燃えるような輝きを放つ。
「っ!?」
己と同じ力の気配に何か感じ取ったのか、俺の叫びがわずかにあの方の自我に届いたのか… 定かではないがその瞬間スザク様が一瞬だけ怯んだ。隙を見せたのだ。
今だッ!
「グゥルァァァァァアッッッ!!!」
炎を連続で爆発させた強引な加速によりその距離は瞬時に埋められていく。策略や磨き上げた技などない、ただ純粋に拳… 籠手に込められた膨大な炎のエネルギーを一点に集中させそれをただ真っ直ぐ突き出すのみ。
「起きろぉッ!!!スザクゥゥゥッ!!!」
一切の遠慮がない炎を纏った籠手の左拳。
「っぁ!?」
それは反応の遅れたスザク様の側頭部にまともに入り、激しい衝突音と共に目元を覆っていたヘッドギアのようなパーツを木端微塵に破壊した。スザク様本人もその勢いのまま大きく後方へ殴り飛ばされていく。
まだだ、まだ止まるな。
俺はスザク様を真っ直ぐ殴り抜けると、拳をそのままに先に広がる壁に衝突させた。
すると…。
「あぁぁぁぁぁッ!!!」
それを貫通、弾けるように壁に穴が開き侵入を許す。目標は決まっていた。
「バカな、アンチサンドスターシールドが!」
代表はようやく澄まし顔を崩し驚きで目を丸くしているのだろうが、そんなものに目を向けている余裕はない。目標は壁の向こう。
イーター、いや…。
「うぉぉらぁぁぁぁぁぁッ!!!」
衝突。
「おじさん!やったぁ!」
「壁を突き破って変な機械を壊せた!凄い!」
「野郎ォ!」
「しまった装置が…!」
その瞬間装置は爆発を起こす。
そう、俺は力という力を絞りだすと四神を拘束し能力を封じているあの忌々しい装置の破壊の為に拳を振るったのだ。
おかげでクタクタだが…。
「ぼうや… 無茶するわね?」
「お元気そうで」
「よく見なさい?この様よ、申し訳ないけど私達は役に立てそうにない…」
四神の解放に成功、張り付けにされていたビャッコ様とゲンブ様の拘束が解かれ落ちてきた。受け止めてやれないのは申し訳ないが、多目に見ていただこう。
俺は立ち上がりサーベルを展開し、それを抜刀。とうとう代表の首に刃を突きつけた。
「さぁ届いたぞ… お前の首に!」
「くぅ…!これほどとはな?白炎の獅子の名は伊達ではないという訳かね?だが忘れてはいないか?」
「何…?」
己の危機にも関わらずスッと元の澄まし顔が戻る。忘れてなどいない、まだアイツがそこにいる。
「無視スンナヨォ?!寂シイジャネェカァ?ギィッヒハハハハハァッ!?」
「くぅっ!」
イーターの妨害、剣は弾かれ代表の首から遠ざかる。
「ヤッテクレタナァオイ!」
激しい攻撃は疲れきった俺を追い詰めていく、もう四神の力が使えない。籠手にも自分にも負荷を掛けすぎた、だがこのままやるしかない。
「マタダ!コレダケ追イ詰メテモマダオ前ニ運ガ回ル!不公平!妬マシイ!」
怒りに任せたデタラメなイーターの攻撃だが、それでもかわすのがやっとで反撃に移れずにいた。なんとか時間を稼ぎ、籠手がまた使えるようになるまでやり過ごすしかない。
あと一撃でいい、まだ耐性の無い水の力で今度こそ脳天から叩き斬ってやればこいつは倒せる。
今は耐えるんだ。
そうして防御と回避を繰り返す俺は予想していなかった、いや甘かったのだ、幸の薄い望みに過ぎなかった。
まさか再び立ち上がるとは。
「フン… スザク!いつまで寝ている!行け!」
「何!?」
俺の予想外の粘りに代表も勝負を焦ったのか、少々声を荒げ殴り飛ばされたスザク様をけしかけてきた。
「洗脳は頭の装置で行っていると思ったのかな?そんな旧時代的なものではない、残念だったな? …ガントレットを破壊しろ!あれが無ければ力は使えなくなる、さぁやれ!」
まずい!?
頭部は俺の渾身の一撃で負傷、血を流しても尚何も言わず表情一つ変えていない。そんなスザク様がゆっくりと立ち上がりこちらへ迫る。
ここに来てイーターとスザク様、両方の相手を同時にする事態に陥った。
「ギィッヒハハハハハァッ!?コイツァイイ!ヤロウゼ神様ァ!?」
「…」
「くぅ…!スザク様!スザク様聞こえませんか!クソッ!」
交互にくる攻撃、イーターの剣をなんとかやり過ごし弾き返すことができても、間髪入れずにスザク様の攻撃がくる、この方は格闘もかなりの腕だ。
声は届かない、その虚ろな瞳が俺を映しても… まるで壁か何かを殴りに来ているようだ。
「大概テメーモシブトイヤツダナ?“猫ニ九生有リ”ッテヤツカァ?!ギィッヒハハハハハァッ!?ホラヨォ!後頼ムゼ神様ァ?」
「がっ…!?しまった!?」
イーターとの小競り合いの最中、ヤツの右腕の剣を受けた瞬間形が変形し俺の体に絡み付いた。自由が奪われ、サーベルを落とし、籠手を装備した左腕も無防備となった。
「おじさん!?」
「おじさんを離せよ!」
「スザク様…!子供達を見てください… 助けてくださいスザク様!あの子達だけでも!」
「…」
やはり、答えてはくれなかった。
スザク様は身動きの取れなくなった俺の前に立つと右手を大きく振り上げ、そしてなんの躊躇もなくそれを振り下ろした。
血も涙も感じられないその手刀は、籠手を着けた俺の左腕…。
その肘から下を、容赦なく切り落とした。
「ウァァァァアアアアアッ!?!?!?」
断末魔の如き悲鳴がフロアに響き渡る。
籠手を失ったことで四神玉の肉体強化が失われ本来耐えられるはずもないような強烈な痛みが走る。おびただしい出血… 冷や汗を流し呼吸は荒くなる。
オモチャみたいにゴロリと転がる籠手を着けたままの俺の腕、それを見たミクもまた悲鳴をあげた。
「いやぁぁぁあ!?おじさぁん!?もうやめてよぉ!?お願いおじさんをイジめないでぇっ!!!いやぁ!いやだぁっ!!!」
俺達を隔て、子供達を隔離する箱。その壁を何度も叩き大粒の涙を流しながら喉が枯れるほどの叫びを挙げている。
「ミク… ミク落ち着いて!おじさんの腕は治る!そういう体なんだ、嘘じゃない!」
ベルは、そんなミクを必死に宥めてくれていた。そう、放っておけばこんなもの数分ののうちに治る、死ぬほど痛いが俺は平気だ。寧ろこんなものを見せてベルには余程のトラウマになったことだろう、それでもぎゅっと目を閉じ震えた体でミクを押さえようとしていた。
ミク… 怖がらせてごめん?泣かないで?
安心させたくて、俺は絞り出すように答えた。
「大丈夫だ… ミク?大丈夫だから…?」
「全然大丈夫じゃないよっ!!!出して!ここから出して!!!おじさんを助けなきゃ!!!」
「ミク見ちゃダメだ… ベル頼む、守ってやってくれ?いいな?」
ベルは何も答えなかったが、大きく頷くとミクを壁から引き剥がし後ろへ連れていった。
ありがとうベル… それでいい。
「ギィッヒハハハハハァッ!?オォイオ嬢チャン見テタカァー!?大好キナオジサンガヤラレチマッタゼ!?ギィッヒハハハハハァッ!?ギィッヒハハハハハァッ!?俺ジャ勝テナインジャナカッタケカァーッ!?ヨク見ロヨコイツノ無様ナ姿ヲヨォー!?ギィッヒハハハハハァッ!?」
イーターは俺を追い詰めたのが余程嬉しいのかいつもの何倍も狂ったような笑いを挙げ、そのまま剣に変化させた左腕を俺の右肩に突き立て壁に張り付けにした。
「目ェ逸ラシテンナヨ!コレガ現実ダァ!オラァァァッ!!!」
「あぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?あっ…!がっ!?」
激しい痛み。
それはそのまま意識を手放してしまいそうなほどの激痛。
息絶え絶えのまま顔を上げると、スザク様は籠手を着けたままの俺の腕をまるで空き缶みたいに普通に拾い上げ、それをイーターに手渡した。
「ホラァ?大事ナ腕ダァ?奪ッテヤッタゼ?コウシテヤル…!」
「や… めろ…!」
更に見せ付けるように俺の前に出した腕を、イーターは籠手ごとミシミシと音たてながらゆっくりと握りつぶしていく。
「ギィッヒハハハハハァッ!?」
潰れていく籠手の中からグシャグシャと聞くに耐えない音と共に血が流れだす。
完全に追い詰められた。
俺はボロボロ、子供達は捕らえられたまま、そしてスザク様は敵の手駒。なんとか装置を破壊し四神の拘束は解いたが動けそうになく、未だ目を覚まさない。代表はこの後セイリュウ様の解析を進めイーターを完全体にするだろう。
そしてこちらに歩み寄り、待ってましたとばかりにヤツは言った。
「さて、やっとおとなしくしてくれたところで交渉といこうか?」
交渉?片腕も無くして血まみれの男と何を交渉するって?
なんて皮肉たっぷりなことを考えるが、口から言葉は出ない、そんな余裕は微塵もない。
代表は単刀直入に俺に尋ねた。
「白炎の獅子!私の元に付け!悪いようにはしない!」
「なに…?」
「こちらに付けば今日被ってきた君の汚名を返上しよう、それだけじゃない… 失った妻に会わせてやる!」
「なん… だと…?」
アレクサンダー代表は始めから俺を連れてくるのが目的の一つだった。最初に俺をわざわざイーターと戦わせ、その後家を襲い、セントラルに来るように仕向けガーディアンと戦わせた。近付いてきたらまたイーターを寄越し、適当に相手をして俺をここまで誘き寄せた。
スザク様だけではない、この俺を手駒にしたいのだこいつは。
そして俺を口説き落とす文句をつらつらと並べ始めた。
「四神の… 神の力をその身に宿した唯一のフレンズ!貴方の体の解析こそ目的の第一歩に繋がる!ヒトのフレンズの娘を連れてきたのは貴方との交渉材料のためだ、わざわざ側に置いておくほどだ、未練なのだろう?わかるよその気持ちが… だが研究が進めばあの娘に君の妻の記憶をサンドスターからフィードバックさせ取り戻せるようになる!代替わりの記憶の忘却を乗り越えられる時代が訪れるんだ!」
妻が… 戻る…?
その言葉に、まるで走馬灯でも見るかのように一気に妻との思い出が脳裏を駆け巡った。
俺が現世に戻ってからずっと望んでいたことだ、どうしようもなくて諦めるしかなくて、でもどうやっても乗り越えられそうになかったこと…。
かばんちゃん…。
魅力的な誘いだ、また彼女といられるなんて夢のようだ。
でも。
それでも。
「願い下げだ、そんなことをしたらミクが消えてしまう… お前のようなやつにあの子の人生を奪わせはしない」
そうだ。
俺達のエゴで、新しい世代の命を終わらせてはならない。
君はもういない。
その証拠にミクがいる。
辛くても悲しくても俺は受け入れなくてはならない。
「何故だ… 妻に会いたくはないのか…?」
「会いたいさ、でもミクを消してまで会おうとは思えない… 妻もそれは望まない、彼女はお人好しだからな… でも妻のそういうとこが好きなんだ」
「交渉は決裂という訳か…」
そして… お前は終わりだよ代表アレクサンダー?
俺が視線を向けていたのはこの男ではなくその向こう。俺が落とした剣、ベルの母親のサーベル。
先程からサーベルが動いていることに気付いていた。落としてしまったが、どうやら強烈な怨念の力で怨みを晴らそうと自ら動きだしたようだ、あの時と同じ。今ならまだ誰にも気付かれていない。
殺れ母親、特別に許してやる。
やがて剣は宙に浮き上がりその切っ先を代表に向け刃を光らせた。ターゲットを前にしたとき、彼女の怨みが増大し自らの意思で動き出すまでに至ったのだ。
俺は何も言わずそれを見ていた、目の前ではヤツがベラベラと何か言っているがそんなことはいい。血を流し過ぎた、そもそも話に付き合うほど余裕がない。
そして動いた。
音も無く真っ直ぐ代表の背中目掛けサーベルが飛んでくる。
殺れ… 俺のことはいい気にするな。
殺れ!
だが。
キン… と刃が独特の音色を奏で妖しく輝いている。
しかしその刃は、代表の背中には届かず…。
「チッ…!スザク様ッ!」
「ありがとうスザク?まったく気付かなかった… しかし君も元気だなサーベル?そんな姿になってまで私を殺しにくるとは」
気付かれた、否… スザク様ならその邪気を既に感じ取っており、そもそも知っていた可能性すらある。
スザク様は振り向くこと無くジャストなタイミングでサーベルの柄を掴んでいた、刃はほんの数センチにも満たないギリギリのところで代表には届いていない。
失敗した。
地に突き立てられたサーベル。
次にそれを手にする者は俺ではない…。
「ドォーレ?貸シテミナァ?」
既に鞘から放たれたサーベルは容易くイーターの手に渡り、まるでキャンディをもらった子供のようにその刃をネットリと舐め回した。
代表は言う。
「交渉に応じないならもう用はない… イーター?心臓を一突きにしてやれ、二度と目覚めぬように」
「イエッサーボスッ!!ギィッヒハハハハハァッ!?アノ世デ仲良ク慰メアッテナァ?!死ニ損ナイ共ォッ!!!」
剣が… 今まで助けてくれたサーベルタイガーの牙が… 俺の胸に迫ってくる。
驚くほどゆっくりに感じた、まるで一生分を過ごしているかのように。
ミクの叫び声が、耳に響く。
「やめてぇぇぇぇぇえ!!!!!」
その瞬間胸に突き立てられた冷たい刃が、確かに心臓であろう物まで到達している生々しい感覚があった。
「がっ… はっ…!?」
血が流れていく。
体が冷たくなっていく。
視界からゆっくりと光が失われていく。
寒い… 暗い…。
ダメだ死ぬわけには…。
死ぬわけには…。
「ギィッヒハハハハハァッ!?俺ノ勝チィッ!ネコマタハ死ンダゼェッ!俺ガ殺シタ!奪ッテヤッタ!ギィッヒハハハハハァッ!?死人ニ口無シ!」
…。
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