第55話 ビーストアップ

「ウゥぉぉぉおぁぁあアアアッッッ!!!」


 空気を揺らすような野獣の雄叫び。

 隊長各のゴリラが胸を叩き、こちらへ威嚇全開で向かってくる。


 ぶつかり合うとまずい。

 それは長年の勘ですぐにわかった。


「ウォォォッ!」


 頭上から振り下ろされるハンマーのような豪腕、軌道が単純なだけに避けるに容易いが一度でも食らえば挽き肉にされてしまいそうだ。そして床に叩き付けられた豪腕はそのまま下の階に抜けそうなほどの衝撃を与え、何メートルにも渡りひび割れが走る。


「大したパワーだ」


 しかし大振りの攻撃の後は好機、俺はゴリラの後ろに回り込み大きく回転を加えた延髄蹴りの体勢に入る。早く決めたほうがいい、この隊員達の為にも。


 しかしそう簡単にはいかず。


「ハァッ!」


「チィッ!」


 ゴリラの部下であろうその隊員、このサポート力や容姿は恐らくリカオンの… 彼はゴリラを庇い俺の蹴りを拳で防いだのだ。よく統制の取れた動き、薬で猛獣のように荒々しくなっているがその力をコントロールしている証拠だ。


 これが選抜隊、ガーディアンの中でも選りすぐりの隊員達で構成された部隊。おまけに訳のわからん薬。


 勝てるだろうか?


 いや勝つ。


 敗北は家族を失うことを意味する。


「ネコマタ!覚悟!」


 オオカミ種、恐らくアカオオカミのハーフ。ストレートに向かってくるその姿、純粋なスペックの高さからくる自信か。安定した素早さや的確な攻撃、薬でかなり血が滾っているはずなのに引き際も申し分ない。荒々しいが冷静な戦い方。


「優秀だな、だが…」


「っ!?」

 

 捉えた。

 俺は彼の胴回し回転蹴りを受け止めそのままその足を掴んだ、続けてサンドスターコントロールで拳を作り出し、一気に床に叩きつけた。


「ガハッ!?」


「まず一人!」


 今のは効いたろう、背骨をやったかもしれない。しかし手加減できるほど簡単な相手ではない、このあと立たれても困る。俺は間髪入れずに迫りくる次の隊員の相手に入った。


「副長!?この!ハィィィヤァッ!!!」


 長物か… それにこの動き!


 キンシコウ、純血種だろう。如意棒の攻撃とカンフーのような素早く的確な攻撃。手数の多さにたまらず距離を取ってみればコントロールトリガーの光弾が四方から撃たれる。この連携、ここまで個性のバラバラな隊でここまでやるとは。

 俺は必要最小限の光の壁を手のひらに作り出し光弾を弾く、がその隙を逃さずヤツだ… パワー系ゴリラ、ただの力自慢ではない。かなりの速度でこちらへ詰めより豪腕が雨のように降り注いだ。さすがの隊長各か。


 防御!壁をっ!


「下らん小細工なんぞッ!!!」


「クゥッ…!」


 なんとか咄嗟に防いだがすぐに破壊された、このゴリラは厄介だ。先に沈める!


「寝てろ!」


 俺は渾身のサンドスターの拳を出せる最高の速度でヤツに打ち込んだ。


「ゴォエェアッ!?」


 入った!


 ヤツは嗚咽を吐き後方の壁に激突、そのままその壁を破り向こう側へ。一番厄介そうなゴリラの撃破に成功した。頼むからそのまま寝ててくれ。


 残り、三人。


「副長に続きよくもリーダーを!許さねぇぞぉぉぉッッッ!!!」


 仲間の撃破によりどんどんヒートアップしていく。上官がやられても士気は落ちず、寧ろ怒りで勢いを増していく隊員達。


 怒りの咆哮と共にこちらへ向かってくるその一人。彼は右手に大きな熊手を、左手にコントロールトリガーのブレードを展開し俺に襲い掛かる。


「君はヒグマの子か…」


 そう、ここに残る三人。

 皮肉にもかつてキョウシュウを守っていたハンターのフレンズ。ヒグマ、キンシコウ、リカオンの一族がこの場に揃い、俺に牙を剥いていた。


 そして三人のこの覇気、間違いなく俺の知るあの三人に匹敵している。


 否、超えている。


「らぁぁぁぁっ!!!」


 早く、重く、正確な攻撃。

 冷静さを欠いていても戦いにおける己のルールが体に染み付き、決して隙を見せない。二刀流、そして大振りでありながらこの隙の無さ… さすがは最強ハンターヒグマの血筋というわけか。


「もらった!」


「ッ!」


 熊手を両腕で受け止めた瞬間、間髪入れずにブレードの素早い突き。思わず死を連想し時の流れがゆっくりに感じる。ブレードは俺の右目に向け真っ直ぐ正確に迫ってくる、あと数㎝が何秒にも思えるほどの圧倒的スロー。


 感覚が研ぎ澄まされていく。


 耳に鼓動がハッキリと聞こえるほど、ブレードが空を切り肌に迫る感覚。


 避けろ。


 避けろ!


 避けろッ!  



「…っ!?何!?」


「今のはヤバかった、またな青年!」


「しまった!?」


 間一髪、首を捻りブレードは頬を掠めた。彼は完全に決まったと思ったのだろう、俺はその隙を逃さず熊手を奪い取ると大きく振りかぶりヒグマの青年を打ち上げ天井に叩きつけた。


「グァハッ…ガッ!?」


 衝突の瞬間、戦いで弱った建物の天井にひびが入り、そのままヒグマの彼は落下と共に瓦礫に埋まる。死にはしないと信じているが、可能なら後で出してやる。


 さて…。


「ふぅ… はぁ… 残り二人!」


 キツいな… ズル無しでこれほどの手練れを5人も相手にするのは。


「諦めない!何が守護けものだ!何がネコマタだ!ハァァァァッ!」


 キンシコウの子がトリガーを乱射しながら距離を詰めてくる、度重なる仲間の敗北に冷静さを欠き始めたのか、集中すれば避けられないような弾道ではなくなっていた。彼女が如意棒を構え直した時、俺は懐に入り込み腹部に一発、うずくまったところを後頭部にもう一発加え意識を奪う。


 キンシコウは倒れた。


「さぁどうするボウヤ?あとはお前だけだ」


「そんな… リーダー?副長…?みんな…」


 リカオンの… ハーフか更にその下の子か。彼は一人残され完全に戦意を喪失していた。俺が目前まで迫ると尻餅を突きコントロールトリガーも手放しながら後ろへ下がる。腹を見せ無様に後退る姿に獣としての完全な敗北感が表れていた。


「一応聞くが、代表はどこだ?」


「教えるもんかっ!ば、化け物め!お前は鬼だ!悪魔だ!何が守護けものだ!パークを滅ぼす魔王めっ!」


「わかった… 残った力を仲間の介抱に使うんだな。俺は行く、確か地下に研究施設があるんだったな…」


 彼に背を向け、俺はこのフロアを後にしようと歩き始めた。さすがに堪えた… だが倒れる訳にはいかない。まだ本当の戦いは始まってすらいない。


「くそぉ!くそぉーっ!うわぁぁぁ!!!」


 地面に拳を叩き付け、悔しさのあまり雄叫びを挙げている。無論振り返らない、俺は彼を臆病者とは思わないし決して弱い相手とも思っていない。選抜隊に選ばれる実力者、妙な薬まで使い立ち向かう勇気。


 戦士として称賛に値する。


「くそぉ! …え?」


 …なんだ?


 急に止まった彼の声、そんな様子に違和感を覚え俺は一度振り返った。


 その時だった。


「ガァァウッ!」


「がっ!?なに!?」 


 背後から首筋に食らい付くフレンズ。まさか?全て倒したはず、一体誰が?


「ふ、副長!?無事だったんですね!?」


 リカオンの彼が呼ぶ副長それは。


「さっきのアカオオカミ…!もう目が覚めたのか!」


「グルルル!」


 しかし、その様子は明らかにおかしい。


 先程からかなり荒々しくはなっていたが、これではまるで獣そのものだ。牙が首に食い込んでいく、このまま首筋ごと食い千切られてしまいそうなほどに。

 堅実な戦い方をしていた先程の彼からは想像もつかないほど獣、いや戦い方なんて上品なものは今の彼にはない… これは狩りだ、単に俺を殺しにきている。


「こ、このっ!」


「ぐァァう!アァウッ!」


 なんて力だ、どうにも離してくれそうもない。彼のこの雰囲気には覚えがある、身に染みるほどの覚えが。


 なんとか引き剥がそうと疲労した体にムチを打ちもがく俺に更なる悲劇が襲った。


「ウォォォォォオオオオオム!!!」


「ぐぅぁあああっ!?!?」


 ゴリラのやつ。

 唐突に目を覚ますと俺の首に食らい付く仲間ごと突進をお見舞いしてきた。まともに入った。壁に打ち付けられ、衝撃で息ができない。副長のアカオオカミは尚も俺の首に牙を立てる。


「ウゥオオオオオオオーッ!!!」


 激しいドラミング、咆哮に合わさりまるで建物全体を揺らしているようだ。しかしアイツの様子も明らかにおかしい。血走った目、言葉も通じぬであろうあの振る舞い。


 まさか…。


「あぁくそ… 君らもか…」


「グルルァァァ…!」


「きしゃぁぁああ!!」


 ヒグマの彼、そしてキンシコウの子も目を覚ますが、やはり低い唸り声をだしこちらへ獣の如く襲い掛かる。


「み、みんな?リーダー?様子が… あ、アァァガァァァァッ!?!?!?」


 リカオンの彼… 彼も突然声をあげ獣のような振る舞いをし始めた。間違いなくこれはあの薬の副作用。


 その副作用で起きる現象それは。


「ビースト化!これが力を得る代わりに起きる代償!なんてものを持たせやがったアレクサンダー!」


 アカオオカミの彼だけではない、ヒグマ、キンシコウ、リカオンも立て続けに戦いから狩りの体勢に入る。今はまだターゲットが俺に搾られているが、ゴリラのように仲間もお構い無しで俺を殺しにくるだろう。そして俺を始末したそのあとは… 隊員達でサンドスターが尽きるまで殺し合う。


「おいしっかりしろ!目を覚ませ!おまえ達はガーディアンだ!ただの獣になるな!」


 聞く耳もなければ喋る術もない、このままでは彼らは無駄死に。無駄に傷付き、無駄に倒れる。俺を始末する代わりに…。


「ウゥオオオオオオオーッ!!!」


 またゴリラが向かってきたぞ、このまま部下全員撥ね飛ばして俺に突進決めるつもりだ。


 仕方ないか…。


「使うつもりはなかったが… フォースガントレット音声コマンド!装着!」


 俺の声に反応しキューブが自動展開、左手に四神籠手が装備された。


「今楽にしてやる…」


 まず使うのは風、ディスプレイにビャッコ様の紋章が浮かび俺の体を中心に風が巻き起こる。


「吹き飛べ!」


 その声と共に俺の首に食らい付くアカオオカミや他三人の隊員も四方へ散り散りになる、しかしやっと解放された首筋を気にする暇はない。暴走ゴリラが迫ってくる。


 続いて…。


「水龍!食らい付け!」


 次に発動させたのは水、セイリュウ様の紋章が浮かび即座に小型水龍を5体各隊員へ飛ばす。指示はこうだ。


「中に入れ!薬を洗い流せ!」


 指示を受けた水龍はまさに水となり大口を開けて叫び回る隊員の体内へ侵入、しばらく息ができないだろうが耐えてくれ。


「ガボガボ!?」

「ゴボババ!?」


 苦しそうにのたうち回るところを見るのは心苦しいがこれしか思い付かなかった。やがて洗浄が済むと水龍は体外へ飛び出しただの水となりその場で弾け飛んだ。室内で雨が降り、隊員5名と俺を濡らす。


 全員気を失ったようだ。

 そのうち目を覚ますだろう。


「命は大事にしろ、薬に頼らずとも君達は強い…」


 ふと口に出た言葉だった。

 そんなことを言い残すと、俺は今度こそ地下研究施設に向かい歩き始めた。 



 がその時。



「何故俺達を助けた…」 



 呼び止められた。

 この声は部隊の隊長、例のゴリラだ。


「目が覚めたのか?タフだな、選抜隊を任されるだけのことはある」


「目的はなんだ… パーク転覆か?」


「いや、倒すべき相手が代表だった… それだけだ」


「フン… 手加減してたな?この力を使えばもっと簡単に倒せたはずだ、なぜ丸腰で挑んだ?サーベル隊長の剣も… お前が持っていると聞いている」


 頭に血が昇っていた時とは違う、冷静な会話だった。落ち着いて話してみればそれほど暑苦しくもない。俺は答えた。


「フレンズとして敬意を払ったまでだ、彼女の剣はフレンズを切る為に使うものではないし、四神の力もそうだ。俺も拳で答えるべきだと思った」


「カッコつけやがって… 地下に行く気か?正解だ、代表ならそこにいる。避難指示に従ってなければだが」


 何か… 拳を交えたことで彼に俺の心が伝わったのか。誰からも聞き出せなかったアレクサンダーの居場所を彼自ら伝えてきた、最も忠実であろう彼がだ。


「どうして…」


「俺はともかく隊員達を助けてくれたからな、これで借りは返した。おまえの話は聞いている、何か理由があるのだろうがそれでもこんな暴挙を野放しにはできねぇ、だから戦った、殺す気でな?だが俺はもう動けん… 後は好きにしろ」


「すまない…」


 その言葉を最後に彼はまた気を失った。


 セントラルの地下か…。

 そこで何をしているのか見物だな。


 首洗って待ってろアレクサンダー。







「各員!ターゲットとの遭遇に備えろ!警戒を怠るな!」


 セントラル… ヘリから見た光景でもこれが現実なのだと信じたくはなかった。最上階に大穴、あちこち壁や窓が破れ今にも崩れ落ちるのではないかと不安になる。


 そんな惨劇をもたらしたのが… 俺の師であり祖先であるという事実。


 信じたくない。

 でも事実がここにある。


「あの、隊長!」


「どうした」


「遭遇したら攻撃は待ってくれませんか?先に話させてください!訳があるはずなんです!隊長だってシロじぃがこんなことする人じゃないって知ってるでしょ?」


 そう、シロじぃはこんなことしない。俺はこの惨劇を目の当たりにしてもまだ信じている。理由があるんだ、反逆しなければならないほどの大きな理由が。


 隊長は話のわかるフレンズだ。

 シロじぃとも何度か話しているし俺の頭越しに何かやり取りしていたこともあった。隊長もわかってくれる…。


「これが事実だ」


「え…」


「見ろ、セントラルはこの有り様だ?これまでのイメージは捨てなくてはならない、私情を挟むな?ヤツは… 敵だ」


 聞きたくない… 聞きたくない聞きたくない聞きたくない!シロじぃじゃない!きっと偽者がいるんだ!


「もういいです!一人でも証明します!」


「レオ待て!」


 だから俺は走り出した。

 真実を知るために。


 命令違反?始末書?左遷?降格?除隊?


 知るかそんなもん!家族に何かあったら仕事なんてどーでもいい、シロじぃは間違わない!めちゃくちゃ長生きなんだ!今さらバカやるような人じゃねぇんだ!


「くっ… レベッカ?頼めるか?」


「yes sir!」


 



 セントラル内部に走り込んだ俺の見た光景… 人は避難したようだが荒れ果てた建物、傷付き倒れるガーディアンの隊員。そして。


「中央本部選抜隊…」


 壁、床、天井には穴やひび割れ、そして気を失い横たわる五人の精鋭がそこにいた。ただでさえ強いこの五人がビーストアップまで使ったのに返り討ちにあったということだ。そんなことができるのは俺の知るなかでは…。

 

「ダメだダメだ!そんなはずない!」


 嫌なイメージが頭に浮かぶ、俺はそれを振り払い前を向き直す。


 床が濡れている… スプリンクラー?あるいは水を使った…。


 悪い想像ばかりしていた。

 見れば見るほどシロじぃのせいだとしか思えない自分が嫌いだった。


「レオ!」


 その時俺を追ってきた先輩が追い付いた、心配そうに声を掛けてくれる。


「急に走らないで?気持ちは… わかるけど…」


「ごめんなさい… あの先輩?やっぱり先輩もシロじぃが悪いって思う?」


「私は…」


 先輩は黙ってしまった。

 情報が物語っている、直接見ていないとは言え映像記録もあるしハッキリ守護けものネコマタがセントラルを襲撃しているという事実で増援要請が入った。本当にシロじぃがやってるにしても本人は隠す気がないってことだ。


「正直… 襲撃は事実だと思ってる」


「…」


 やっぱり…。


「でもね?」


 そう付け加え、先輩は言った。


「余程の理由があるんだと私も思う、例えば… 四神と代表が対立した… とか?あの人は四神の使いでしょ?」


 そう言われると憶測とは言え様々な可能性が浮上する。代表を狙うなら、代表が何かしたということ?しかしアレクサンダー代表に限ってそれは考えにくい、黒い噂の1つや2つあるのが権力者というものだが、代表にはそれがないのだから。人望が厚く、フレンズやガーディアンの支持も高い。それがアレクサンダー代表という人物 


Did you少しは feel a little 元気に betterなった?」


「うん、ありがとう先輩?」


「あ、あー? Tut-tutチッチッ!二人の時は?」


「あ、ごめん… Thank You Rebecca?」


 そう返すと先輩… いや、レベッカはニコりとした。張り詰めた空気が一瞬で和んだ気がした。


 よし。 


「行こう!シロじぃは上から下に向かってるみたいだ、もう地下かも!」


「地下って確か… 研究施設ラボがあるわよね?」


「代表もそこにいるのかも、急ごう!隊長達より先に会って訳を聞かないと!」


「All right!Let's go!」

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