第56話 理由
階を降りる毎に、倒れた隊員達の姿が痛々しく俺の目に映る。中央本部の隊員は決して弱くはない、セントラルとその周辺を任されるということは重責だ。だが今俺達が追っている人はそんな立派な隊員達をたった一人で捩じ伏せているのだ。
それが俺のご先祖に当たる人物。
守護けものネコマタ… いや、ホワイトライオンのハーフ、シロという男。
100年前にパークで伝説になった男だ。
倒れている隊員達の応急処置くらいしてやりたいところなのだが、負傷者は後で来るであろう救護班に任せて俺達はとにかく下へ降りていく。早くしないと隊長達が先にシロじぃを見付けてしまう。
その最中、レベッカが倒れる隊員達の姿を見て呟いた。
「
Gアーマー… ガーディアンが戦闘時に装着する防具、今は俺も先輩も装備している。このアーマーは特殊な素材で作られており、セルリアンの攻撃も余程のものでなければ通さない。
しかし、破損のしかたを見るにシロじぃは拳ひとつでそれらを打ち砕いている。凄まじい破壊力だが、俺は思うのだ。
「でも、シロじぃ手加減してる」
「Whats!?どこが!?」
「武装したガーディアンを相手に丸腰で戦ってる、サーベルどころか四神籠手も使ってない。フルパワーでやってたらアーマーが砕けるだけじゃ済まないと俺は思う… この建物だってもっと壊れてるはず」
下手したら、今まで見てきた隊員達が皆死人になっていてもおかしくはない。それに地下に降りるなら律儀に階段やエレベーターなんて使わず床をぶち抜いて降りていくだろう。にも関わらず、各階にそれらしい穴は最上階のあれくらいで、どこか現場には丁寧さのようなものさえ感じている。
向かってくるガーディアンに敢えて素手で相手をして、ご丁寧に一人ずつ意識を奪っているということだ。
「レオの言うことが正しいなら、ご先祖さんも本当は戦いたくないってこと?」
「少なくともガーディアンとはそうなんだと思う、シロじぃ前に言ってたんだ?“サーベルは血で汚せない、四神の力はフレンズを屈服させるためにあるんじゃない”って… 狙いは飽くまで代表ってこと」
レベッカの言ってくれたことを踏まえ現場を冷静に見ていて感じたことだ。きっとシロじぃは仕方なくこの状況に陥っている、だったら助けてあげないといけない。説得の余地ありだ。
初めて会った時、シロじぃは俺をハンターセルから救ってくれた。もしシロじぃが来てくれなかったら、俺はあの時やられていたかもしれない。死ぬまでいかなくても、輝きを奪われてガーディアンへの再復帰は絶望的だったかもしれない。
運良く無事に生き延びることができたとしても、シロじぃがいてくれなかったら俺はこんなに強くなれなかった。きっといつまでもコントロールトリガーに頼って、いつか足元を掬われて結局大惨事になってた。
それにあの妙なお節介がなければレベッカへの気持ちにも気付くことができなかった。
だから今度は俺が。
俺がシロじぃを助けたい。
こんな状況、亡くなった奥さんは望んでない、セーバルさんだって…。
俺達は家族だ、遠く離れた血縁でも家族は家族だ。俺の体にはあの人の血が流れているんだ。
ユキばぁがよく言っていた。
“パパは
家族想いで、いつだって家族を守ることを一番に考えていた。だから今日まで自分は生きてこれて、
俺はそんな
そのせいか、物心付く頃には家族だけは本当に大事にしようという気持ちが心に深く根付いていた。プライドを守るライオンの本能かもしれないし、ユキばぁや両親の教育のおかげかもしれない。
俺が孤立してどうしようもなくなっても、きっと家族は味方してくれる。だから家族に危険が迫ったら、俺が全力で守ろう。家族に危害を加えるやつは誰であろうと許さない。
そんな気持ちがあったからパークガーディアンに志願したんだ。
俺もみんなを守れるヒーローになろうって思ったから。
だからシロじぃが困ってるなら俺が救ってみせる。脅されて仕方なくこんなことしてるなら、俺がそいつをぶっ飛ばしてやる。
だから待ってて。
今行くからっ!
…
「地下一階よ、既に通った後みたい…」
「でも近い、行こう!」
一度上まで行ってしまったので、それから緊急時でエレベーターが止まってしまったセントラルの地下へ降りるのは少々骨が折れたが、不思議と疲れはなかった。
すぐそこだ、隊員の声や衝突音のようなものが聞こえてくる。シロじぃはまだこの階にいる。
俺達は音の聞こえる方へ走った。
そして…。
「研究所ってのはどこだ?まだ下か?」
「せ、精々走り回れ!」
力無く腕をだらりと下げ、頭を鷲掴みにされる隊員。白髪の男の問いにも気丈に振る舞い、求められた答えを口にすることはなかった。
「大した忠誠心だな」
「アァッ!?」
まるでぬいぐるみでも持っているみたいに隊員を引き寄せると、その勢いのまま首の裏に手刀を加え意識を奪った。
その姿は俺の知っているあの人ではない。
冷酷にして残忍。
「シロじぃ!」
だから俺が呼んだって。
「…太郎か」
その冷たい視線が変わることはない、氷のような眼差しが俺達に向けられるだけ。
負けるな。
訳を聞くんだ。
「シロじぃなにやってるんだよ?なんでこんなテロリストみたいなことするんだよ!」
「…」
何も答えてはくれない。
これほどまでにあの無表情を冷たく感じたことはない。いつもは無表情でも暖かかった。なのに今は…。
「何があったのか知らないけど、理由があるんでしょ?誰かに弱味を握られて仕方なくやってるとか!そうなんだろ?」
「何故、そう思う?」
「だってシロじぃがこんなことするはずないっ!パークを愛してるはずだ!俺の知ってるシロじぃはパークを守るために戦うんだ!力の使い方を間違えるなって!俺にも教えてくれたじゃないか!」
俺は詰め寄りあの人と向かい合った。
「話してよ?すぐに隊長が選抜隊を連れてくる、隊長は任務なら割り切ってやる人だ!」
「来たところで俺も止まるつもりはない、迎え撃つさ」
「なんでだよ!こんなのシロじぃらしくないじゃん!なんでわざわざ戦わなくちゃいけない方を選ぶんだよ!訳を話してくれたら隊長だってわかってくれる!どうしても話せない理由でもあるわけ!?」
「お前が知る必要はない、だが一つだけ教えておく。これは俺自身の意思、俺が自ら選んで行っていることだ」
嘘をついているようには見えない。
だったら尚更どうしてこんなことをするのか、そしてどうして理由を教えてくれないのか不思議でならない。俺もだんだん感情的になり言葉が荒くなっていく。
「ふざけるな!家族が困ってたら助けるのが普通だろうが!何意地張ってんだよ!」
「お前には関係ない。下がれ太郎、邪魔をするならお前でも容赦はしない」
「なんだよそれっ…!家族よりも大事な事だって言うのかよ!セントラルぶっ壊して!ガーディアンを倒して!代表のとこに行くのが!」
「…」
なんで何も言わないんだ。
何黙ってんだよ。
俺はただ… シロじぃの力になりたいだけなのに…。
なんで話してくれないんだよ。
心には怒り、悲しみ、悔しさ。
そんな感情が絵の具みたいにぐちゃぐちゃと混ざり合い、心という水に溶けて濁り侵食していくような感覚を覚える。
少しの間沈黙が続くと、やがてシロじぃが言った。
「話は終わりか?俺は急いでる」
冷たく言い放つと俺に背を向け更に下の階へ向かう道を探し始めた。その姿に更に感情的になった俺は思わず肩を強く掴んだ。
「待てよッ!行かせるわけないだろ!」
「離せ」
「嫌だ!」
「聞き分けのない…」
シロじぃは呆れ返ったようにそう呟くと、逆に肩を掴んでいる俺の腕を強く掴んだ。
「っ!?」
そしてそのまま瞬きする間に床に組伏せられてしまった。あまり急だったので反応の余地すらなく、何も抵抗することができなかった。
俺の腕を押さえたまま、あの人は背中越しに話しかけてくる。
「お前にできることは2つ、ガーディアンとして俺を倒して止めるか、このまま帰るか… 向かってくるなら相手になってやる、だがやる気がないなら帰れ、じゃあな」
「こ、この…!」
シロじぃは俺を解放すると床に置いたまままた背を向け歩き出していた。
倒す?帰る?なんだよそれ… なんなんだよそれ!
「待ちなさい!それ以上動くと撃つ!」
俺が立ち上がり体勢を整えたのと同時に、レベッカがコントロールトリガーを構えその銃口をシロじぃに向けていた。俺への態度を見てガーディアンとして判断を下したのだろう、状況を考えれば打倒だが俺はまだ釈然としていない。
なんで俺達がシロじぃを倒さなくちゃならないんだよ。
なぜ戦う必要があるんだよ…。
振り向き、レベッカに視線を向けたシロじぃは再度冷たく言い放つ。
「それを向けるということは俺と戦うということだ、覚悟はいいか」
「
レベッカもまた、あの人の俺への態度を見てかなり感情的になっていた。俺のためにあれほど激しく怒りを露にしてくれている。良き先輩であり、愛する
対してあの人は… 人形みたいに無表情な顔でそんなレベッカを見ている。俺は二人の間に入る亀裂に身を裂かれるような感覚を覚え、思わず叫んだ。
「二人ともやめてくれ!なんで俺達が戦わなくちゃならないんだよ!」
「レオ!もう私はあの人をあなたのご先祖とは思わない!これ以上あなたを侮辱することを私は許せない!いつでも撃てる!あの人はテロリストなのよ!」
「レベッカ…!くぅ…」
こんな気持ちになるのは、ここまで来ても まだ俺がシロじぃを信じようとしてるからだろう。今まで過ごしてきた思い出がハッキリと俺の心に残っているからだ。
こんなことをするのがあの人の本性なら、なぜ今までのことがあるんだ?俺に構う必要なんかなかったはずだ… 赤の他人として過ごしていれば良かったんじゃないのか?
そもそも、ユキばぁに会いに行く必要もなかったんじゃないのか?
やっぱり戦えないよ… ガーディアンの前に、家族なんだ。ユキばぁのお父さんだ…。
「太郎… 彼女を見習え?」
「動くなと言った!」
「レベッカ!待っ…!」
その時、躊躇なく引き金が引かれ光弾が何発も発射される。レベッカは外さない、彼女の言ったことはハッタリではない。
でも…。
「
「流石だ、恐ろしいほど正確な射撃… だがおかげで弾道は予測しやすかった」
何が起きたのか俺にも見えていた。
百発百中のレベッカの射撃は外れていない。本当に正確にあの人を捉えていたが、全弾残らず弾き飛ばされてしまったのだ。
サンドスターコントロールで手を覆い、足を強く踏み込むと光弾を弾きながら一気に距離を詰めていた… あんな使い方もできるなんて。
「まだッ!」
レベッカは負けじとブレードに切り替え接近戦を試みるが。
「そこまでだ」
手首を押さえられコントロールトリガーは地に落ちる。すぐにさっき俺がやられたのと同じように後ろを取られ組伏せられてしまった。
「あぅっ!」
「レベッカ!?シロじぃやめてよ!なんで!なんでこんな酷いことするんだよ!」
「太郎、俺がこうしたらお前はどうする?まだお喋りを続けるのか?」
「レオ… 隊長と合流して!」
信じてたのに…。
尊敬してたのに…。
家族だと思っていたのに…。
「君にも少し寝ててもらうぞ、後ろからついてこられると厄介だ」
暴力的に彼女の意識を奪おうとする祖先なのであろう人物の姿に、我を忘れる程の怒りが込み上げるのを感じた。
気付くと体は動いていた。
「っ… その気になったか」
振り上げられた手は振り下ろされることはない、俺がそのままへし折ろうかというほど強く掴んでいるからだ。
「汚ねぇ手で触るんじゃねぇッ…!」
「どかせてみろ」
「手ぇ出してんじゃねぇぞ!!!」
腕を掴んだまま相手の体を大きく振り上げることでレベッカの解放に成功した。俺はそのまま怒りに任せ壁に叩きつけてやろうと投げ飛ばす。
「レベッカに手を出すやつは誰だろうと許さない!例えッ!あんたでもッ!」
強い踏み込みで一気に距離を詰め、勢いと体重に任せたドロップキックを顔面目掛けて繰り出す。サンドスターコントロールの循環を操り力や素早さを強化して戦うのだ。
貴方がやっているように。
そう、全て貴方から教わったことだ。
「っと… やるなっ」
「グゥアァァァッ!!!」
加えて野生解放。
これはいつもの稽古ではない、これを貴方の前でやるのはこれが初めてだ。恐らく最初で最後になるのではないかと思う。
野生の輝きは瞳に光を灯し、肉体のスペックが限界まで引き出され、ライオン由来の強さのその更に先へ到達する。
「ユキばぁはあんたを
「それは100年前にやめた」
「ラァァァッ!!!」
交差する拳、ぶつかり合う蹴り。
怒りでまともにものを考えられなくなっていたせいか、俺はただ向かっていくのに夢中になっていた。まともに戦えているような気もしたし、まだまだ遊ばれているようにも感じた。
奇妙な一体感。
俺は心底頭にきてたし本気で殺してやるくらいの勢いであの人に向かっていたが、不思議とこの時間が心地良くもあった。これは稽古なんて可愛いものではない… でも何故かいつものやつと同じような感覚。
そう、いつもだって勝ってやるって気持ちで挑んでいたんだ。
だから今も夢中で… ただ夢中で…。
プライドを奪い合うライオンのように荒々しく、子猫が親猫にじゃれついているように微笑ましい。
拳を交えると言葉がなくても会話できることがあると隊長から聞いたことがある。お互い口では伝えられない時、正々堂々拳を交わせば終わった時何故か分かり合えることもあるって。
シロじぃは… やっぱり俺達と進んで戦いたいんじゃなかったのかもしれない。でも、こうして戦わないと伝えられなかったのかもしれない…。
何故話してくれないのか。
それを拳でしか俺に伝えることができなかったのかもしれない。
だがそんな時間はある時唐突に終わりを迎える。
「ッ!?」
あれ?今何してた?
まるで記憶が飛んだような感覚と共に俺の目に飛び込んできた光景それは。
「がッ!はっ…!?」
俺が放った低い低い姿勢からの飛び蹴り。
それは確実に目の前の人物の腹部を捉え血反吐を吐かせた。
押してる!?俺が!?いやなんでもいい!チャンスだ畳み掛けろ!
「ガァァァァァァアッ!!!!」
腹部から「く」の字に体を折り真後ろに飛ばされる貴方に追い討ちをかける為、俺はそれを更に凌ぐ速度で飛び込んだ。
決めてやるッ!
一撃が確実に届く距離に到達した時点で、俺は体内のサンドスターの循環を操り全てをその一撃に込めた。無防備な状態でこれをまともに食らえばただでは済まないだろう、そう例え貴方でも。
「いけぇぇぇぇえッッッ!!!」
純粋に突き出す拳。
届くまでが、一瞬とは思えないほど長い。
でももう届く。
今日俺は勝つ
初めて。
貴方に。
そして…。
「強くなったなぁ…」
「っ!?」
避けられた!?
その時、動けるはずがないという慢心があったためか、全てを一撃に込めた俺のほうが完全な無防備となった。
この時を待っていたと言わんばかりに懐に入られ、何もかもがお留守になっていた俺にはもう成す術もなかった。
やられた、完全に詰めが甘かった。
「偉いぞ…」
最後に聞いたその言葉… それが俺の聞き間違いでなければ、この人はやっぱりいつものシロじぃだったのだと途端に安心感を覚えた。
同時に敗北感、そしてやはり悔しさが共存している妙な気持ちになり、俺の気を緩ませていった。
そして…。
「がっ!?」
直後、全身を埋め尽くすような巨大な拳が俺を強く打ち、この体と共に意識を遠くへ飛ばしていく。
ねぇシロじぃ…。
俺にも言えない理由ってなに?
それはレベッカを痛め付けなければならないほど重要なことだったの?
俺達の絆ってそんなもの?
…?
最後の最後に見た光景、それが遠退く意識の中で見た俺の幻でないとするならば…。
シロじぃは泣いてた。
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