第54話 襲撃

 雨雲を抜け、夜の空を駆ける。


 涙は流さない、彼女達が代わりに泣いてくれたから。


 目的は一つに絞られる。


 やるべきことはわかっている。


 これは命令ではない。




 意思だ。




 けものキャッスル。

 セントラルに建つ巨大建造物。


 ジャパリパークというものを一つの会社として見るとするならば、ここが本社。


 つまりここにいる。


 この手で始末するべき相手。


 家族に危害を加え、その上連れ去った連中が。


 タワーが見えると着地を考えず加速、破壊するつもりで最上階へ突っ込む。わざわざ入り口から受け付けを通すつもりはない。


 俺は客ではないからだ。


 衝突の瞬間発動させたのはゲンブ様の守り。足元に漆黒の甲羅を出現させキャッスル最上階であろう天井を破壊し内部へ突入した。


 ドカン!と分厚いコンクリートや鉄筋、水道管や配線などを巻き込み天井が崩れ落ちる。


 「うわぁぁあっ!?」とか。

 「なんだ!?」とか。


 悲鳴なんかも聞こえたが、耳を貸すつもりはない。聞かなければならないことは一つだけ。巻き上がる粉塵も止まぬまま瓦礫の上から尋ねた。


「代表アレクサンダーを出せ、セントラルが更地になる前にな」


 フロアは阿鼻叫喚の渦が巻き起こる、逃げまとう人間達、恐らくフレンズの血縁の者達。けたたましいサイレンが鳴り響き避難誘導のアナウンスが流れ始める。


 逃げ遅れを一人捕まえると胸ぐらを掴み、再度尋ねた。


「言え、代表は」


「わ、わからない!僕は只の契約社員なんだ!?」


「そうか…」


 乱雑にその青年を放り投げフロアを移った。ボスは最上階にいるという固定観念で上から入ったのは間違いだったかもしれない、このまま目に止まったヤツを尋問して代表を引きずり出すしかないだろう。



 どこにいるアレクサンダー…!



 俺の心は復讐に燃えていた。


 もうヒーローでいるつもりはない、100年前スザク様と対峙した時に決めていたことだ。


 彼女を盾にスザクを撃ったあの日から。


 後悔させてやる… 家族に手を出したこと、子供達を連れ去ったこと。今後悪魔と呼ばれても構わない、先に手を出したのは奴らだ、俺はもう止まるつもりはない。





 守護けものネコマタの役割は終わりだ。




 

 ここまでの騒ぎ、代表にはすでに報告されているはず。これからやつがどう出るかでアイツの指導者としての質が問われるというものだろう。さっさと逃げるならそこまでの男、律儀に出てくるならそれなりに責任を重んじているということだ。


 尤も…。


「止まれ!守護けものネコマタ!お前はこの瞬間テロリストとして我々パークガーディアンが対処することになった!おとなしく投降しろ!さもなくば撃つ!」


 どちらにせよ簡単には辿り着けそうにないようだ、ジャパリパークの代表取り締まり役の首を狙うということはつまりこういうことだ。ガーディアン達が黙ってはいないだろう。


 何も知らず、正義の名の元に代表を守る憐れなパークガーディアン達が…。


「やってみろ」


「なにっ!」


「引き金を引く前にその指をへし折ることができる、それでも引く覚悟はあるか若いの?」


「なめやがって!ハッタリだ!折れるもんなら折っ…」


 風を使うまでもない。


 四神籠手を解除し、サンドスターコントロールの踏み込みのみでも一瞬で距離を詰めることができる。隊員の彼が言葉を言い切る前に俺は既に目前まで詰め寄っていた。


 瞬間、独特な発射音と共にコントロールトリガーから撃ちだされた光弾。しかしそれは俺には届かず、彼の足元に当たり消滅する。


 発射と同時に手元を押さえ軌道を変えたのだ。


「そ、そんな… 早すぎる…」 


「いい腕だ、引き金を引かれた。今のに負けずに反応した反射神経と判断力に敬意を表して折らずにおいてやる。ねんねしな」


「グェッ!?」


 腹部に叩き込まれた拳はガーディアンの装備を貫通し彼に鈍い痛みを与え意識を奪った。こちらに身を預けるように倒れ込む若い隊員を、更に奥から来たガーディアン達に向かい放り投げると俺は言う。


「押し通るぞ、いいな?」


 分隊長らしきフレンズが言う。


「総員!怯むな!全力で掛かれ!」


 そしてその声に数人の部下達は答えた。


「了解ッ!」


 パークを守る守護者達は、トリガーを構え俺に一斉に襲い掛かってきた。




 恨みはないが。



 

 邪魔をするなら手加減はしない。









 彼は行ってしまった。


 全てを背負って。


 全てを敵に回すと知っていて…。


 セーバルは知っていて、全てを背負わせてしまった。





 彼に言われた通り雨に濡れてしまった体を暖めるためシャワーを浴びた。少し熱めのお湯を頭から浴びながら、自分が彼にしたことを考えていた。


 セーバルも… 行くべきだった?


 でもきっと彼はそれを許してはくれない、子供達を守れるのは今セーバルしかいないから。カコもやられて子供達だけでとても怖くて寂しい思いをさせてしまったと思う…。セーバルもそれはわかっている、ここに残るのは懸命な判断だと。


 だけど… セーバルがこうして体を綺麗に洗い流している間も彼は戦っている。


 

 セーバル達… 家族の為に。



 自分だけこんなことをしていていいの?でも彼は子供達をセーバルに託した、セーバルを信じて戦いに赴いた。


 

 そんな自問自答を頭のなかで繰り返しながらお風呂場を出た。髪や体を乾かし、服を着て、既に食事を進める子供達の元へ戻った。


「ママセーバル!おじさんがシチュー作ってくれたの!温かくて美味しいよ!」

「食べて食べて!」

「用意しといたよ!」


 彼がセーバル達の為に残していったシチューは子供達の心と体を暖め、深く根付いていたであろう恐怖心を和らげるのに大変貢献していた。笑顔になった子供達はセーバルの手を引き食卓へ誘い、まるで高級レストランのウェイターがするようにイスを引き座らせてくれた。


「みんな、ありがとう?」


「どーぞ召し上がれ!」


 子供達が見守るなか用意されたシチューと向かい合う。


 普段なら食事が楽しくて仕方ない、セーバルは食べるのがとても好き。美味しいものを食べていると落ち込んでいても元気になるし、悩みもどうでも良くなる。それに行動力も湧いてくる。


 なのに今は… 色々なことが起こりすぎて食欲がない。


「食べないの?」


 一人が不安そうに尋ねた。

 いけない、こんなことでは。せっかくシロがみんなを安心させてくれたのにセーバルがこんなことではダメ。まずは食わねば。


「ううん?ちょっと考えごと、ごめんね?それじゃあいただきます!」


 パン!と一度手を合わせスプーンを手に取ると、鼻をくすぐる安心感のある香りとともに一口掬い上げそれを口へと運ぶ。


 口に広がる旨味、溶け込んだ具材。


「美味しい…」


 なんて。

 なんて安心する味なのだろう…。


「ママセーバル…?」

「どうしたの?」

「どこか痛いの?」


「え…?」


 自然と涙が溢れていた。

 

 何故彼は…。


 思わず表情を歪めてしまうほどの激しい怒りに打ち震えていながらも、こんなに愛情のこもった料理を作ることができるのか。


 何故、こんなにも優しい味をセーバル達に与えてくれるのか。


 何故こんなにも…。


 不安や悲しみ、怒りや憎しみに溢れたこの心を打ち消すような。そんな優しい時間を過ごさせてくれるのか。


 思えばいつもそう。

 シロはいつだってそうだった。


 100年前。

 いや、そのずっと前からそうだ。


 フィルターになって、初めてまともにお喋りしてくれたのがシロだった。


 もう二度と誰にも会えないと思っていたセーバルの元に現れて、「また会おう」と言い残し去っていく彼。そんな彼にジャパマンが欲しいと頼んだら、すぐにセーバルの為にジャパマンを沢山持ってきてくれた。食べられる訳ではない、でも食べたのと同じような満足感があった。

 

 その「ありがとう」って気持ちをサンドスターが汲んでくれたのか、フィルターだったセーバルの感情がそう表れたのかは定かではないけれど、その時火山はサンドスターの花火を打ち上げた。


 毎年毎年… シロが来ると「あぁもう一年なのか、明けましておめでとう」とセーバルはまた彼に感謝し、それはまた花火となって表現された。


 そして100年前の戦い… シロは手段を選ばずにスザクを落とした。何をしたのかも知っている。セーバルを盾に使ったのだ。


 でも恨んではいない。

 このことに関して彼を悪く思ったことはない。


 本来ならばあんなことをする人ではない、なのにしなくてはならなかったのはセーバル達を解放するため。自分がどんなに落ちぶれようと、セーバル達を救う必要があるからと行った苦肉の策。そして彼は初めて会った時の言葉の通り再びセーバルの前に現れると、長い長い孤独の時間を終わらせてくれた。最愛の妻と共に…。


 シロはいつだってそう。


 セーバルは…。


 シロに貰いっぱなし。

 

 何も返すことができていない。  




「ママセーバル?」


 その時、泣きながらシチューを食べるセーバルの袖を引き一人が尋ねた。


「おじさんは…?」


 シロが既に家を離れたことを、子供達は皆察しているのだと思う。けれどこの家で一番小さな子、彼女はセーバルに問う。せっかく帰ってきてくれた彼の姿が見えなくなり、また不安が押し寄せてきたのだろう。


 彼女はシロによくなついていた。よくキッチンのシロの元に立ち寄っては、こっそり味見をさせてもらっていたのをセーバルは黙認していた。


 彼女は不安で不安でたまらないだろう、皆も本当は同じだと思う。穴だらけの家に風が吹き抜け、寒さに震えながら連れ去られた家族のことを想い、頼りのシロの姿はない。


「よし…」


 セールは意を決するとぐっと器を持ち上げシチューを一気に口の中へと流し込んだ。


「はぁっ… ごちそうさま!さぁみんな?おうちのお掃除をしよう?」


「お掃除?」


「うん、みんな聞いて?今シロはお化けからミクとベルを連れ戻しに行ったの。だから帰って来た時おうちが綺麗だったら、きっと嬉しいよね?」


「嬉しい!」


 今、できることをしよう。

 可能の範囲で家の修繕、子供達の寝床の確保、それから洗い物。その他もろもろをやらなくては。

 

 セーバルはみんなのママだから。


 ママがしっかりしなくては。


「みんなお手伝いできるかな?」


「できる!」

「僕も!」

「私も!」


「よーっしそれじゃお掃除頑張るぞー!」


 \おーっ!/

 


 パパがいない間。


 ママがしっかりしなくては。









「代表はどこだ!」


「話すわけ… ない!」


「チッ…!」


 迫りくるガーディアンを退け、代表の居場所を探り続けている。どいつもこいつもよく訓練されていて、サンドスターコントロールも使えないくせにやけに強い隊員もいる。戦い慣れている… 流石と言っておくべきか。


 そして一息つく暇もなく現れた数人のガーディアン。彼らは今までとは何か違うと感じた。先頭に立つ筋肉質な男が言う。


「うぉぉぉっ!俺達は中央本部選抜隊だ!ここまでだネコマタッ!」


「やかましい、ケガしないうちに帰んなボウヤ?」


「いつまでその減らず口が叩けるか見物だなネコマタ様よ!野郎共!畳み掛けるぜ!」


「…なんだそれは?」


 恐らくこのうるさいのはゴリラのフレンズの血族だろう、どんなやつと交わったのか知らないがこのやかましい選抜隊員の暑苦しい号令と共に後ろの隊員達数名も何やら物騒であろう物を取り出した。小さな拳銃のような形をした物になんらかの薬品が入っている注射器みたいなものがセットされている。


「テメーのケガの心配をするんだなっ!ジャングルパワァーッ!!!」


「…!?」


 暑苦しい掛け声と共に選抜隊の全員が一斉にその注射を首に打ちこんだ。引き金を引くと見る見るその薬品が体内へと流れ込んでいく。


「ウゥォォォオアアアアアッッッ!!!」


 雄叫びと共に溢れ出るサンドスターの奔流、それに伴い隊員の瞳には爛々と野生の輝きが灯されていく。

 

 何をした?何の薬だ?何が起きた?


 1つだけ確かなことがある。


「フゥーッ!フゥーッ!」


「バカなことを… 自ら寿命を縮めたな?」


 あの薬は命を削り肉体を強化させる薬だ、間違いなく使用者への負担が考えられていない危険なもの。


「代表は… パークは俺達ガーディアンが守る!その為ならこの命惜しくはないっ!それが俺達だ!お前になんの目的があるかなんぞ知らんが!平和を脅かすのなら容赦はしないッ!」


 そんなことを…。


 そんなことをしてまで守らなくてはならない存在なのか?君達にとってのアイツは?君達の正義を踏みにじっていたような男なんだぞ? 


「…ッ」


 そんな言葉が口から出そうになる… がそれを飲み込み耐える。もう戦うしかない。彼らは彼らの正義を貫き、俺もまたそうさせてもらう。話してわかってもらおうなどとは始めから考えていない、だから襲撃という形をとった。


 あの薬… 恐らくあれもまだ実用段階ではない、何か適当に綺麗事でも抜かして焚き付けたのだろう。俺を始末するためか、これを利用して薬の実験を行うつもりなのかは真意の程はわからない。が…。


 ますます怒りが湧いてくる。


「せめて… その覚悟に敬意を表し!正々堂々正面からぶつかってやる!こいっ!」


「行くぞ野郎共!守護けものなんぞに遅れをとるなぁッ!!!」


 これまでの隊員とは一線を画した動きの選抜隊員達は、凄まじい覇気や殺気をこちらに向け一斉に襲い掛かってきた。



 敵は君達じゃない。

 だから剣も籠手も使わずに。

 この身一つで相手をすることを誓おう。



 例え不完全なこの体でも。









 セントラルへ向かうヘリの中。俺は誰とも口を聞かずただ考え続けていた。


 何故シロじぃはセントラルを襲うのか、何故代表の首を狙うのか。


 何故、俺には何も言ってくれなかったのか…。


 ヘリの通信にセントラルから連絡があった。酷い有り様らしい。


“『現在、選抜隊がネコマタと遭遇!交戦を開始!試験段階のビーストアップの使用を特例で許可!全員が使用した模様!』”


 ビーストアップ。

 聞き慣れない単語に思わず通信機の方へ目を向けた。隊長がそれを聞き顔をしかめ、溜め息混じりに呟いた。


「中央の連中は己を捨て過ぎだ、許可されたところで気が進まんな…」


 そして足元の小さなアタッシュケースを開くと緑色の薬品が入ったガンタイプの注射器を取り出しそれを懐にしまった。


 それ見るなりレベッカ先輩が神妙な顔付きで尋ねる。


「隊長、What's thatそれなんですか?」


 隊長はあまり言いたくないのか、かなり言いにくそうにそれがなんなのかを伝えた。


「“超野生解放薬ビーストアップ”… まだ実用までいっていない試験段階の薬だ。使用者への負担が強く、今回のような特例でも野生解放ランクA以上の者でしか許可されていない」


「Oh my… 打つとどうなるんです?」


「短時間だが野生解放の限界を超えることができる、通常の野生解放の何倍もの力を発揮することができる」


 明らかに体に悪そうな薬だ、そんなものを躊躇いもなく全員が打ち込む中央の選抜隊には頭が上がらない。大切な人や家族が残された時のことを考えないのだろうか?俺は恐ろしくてとても手が出せない… いくら強くなれても。


「ただし…」


 隊長は言葉の後にそう付け加えビーストアップ最大の難点を語る。俺や先輩を含む隊員全てがその言葉に思わず息を飲んだ。


「効果が強すぎて“ビースト化現象”を起こす危険性がある、体への負担以上にこちらが厄介だ」


You're kidding冗談でしょ!?上はあの人を倒したいが為にそんなヤバい薬の使用を許可したって言うんですか!?That's Crazyイカれてる!」


「まったくだ、元は野生解放のコントロール問題に向けて抑制剤と共に開発が進められていた薬らしいが、ハッキリ欠陥と言っていい。これをなんとかするまでは完成とは言えない… にも関わらずそのままで使用を許可するとはな?代表は何を考えている…」


 考えただけでゾッとする。フレンズの姿をとったまま獣に戻ってしまうビースト化現象… 実は俺達ハーフは野生解放でビースト化する子が少なくない。それで野生解放にはランク付けされており、完全に掌握してる者はA、コントロール可能だが気性が荒れる者はB、言葉を失うが敵味方の区別がつく者はC、完全に正気を失う者をD、そもそも野生解放出ない者をE、と区分されている。


 ちなみに俺は小さい頃からユキばぁが力の使い方に厳しかったのもあり両親にはしっかりと教育を受けA判定をもらっている。ガーディアンの入隊もランクBまでが必須だ。


 それにしても名前がビーストアップとは…  皮肉か何かで名付けられているとしか思えない薬だ。


「ここにいる者は皆ランクAだが、こんな危険な物をお前達に使わせるつもりはない、私だけが所持する。いいか?無理に深追いせず危なくなったら逃げることをここで約束してほしい!諸君らの命が最優先だ!」


 隊長の愛のこもった命令に皆「了解!」の言葉を返す。が俺はまたも黙ったまま何も言わなかった。


「レオ、返事が聞こえんぞ」


「…了解」


「フム… 命令は守れ?さもなくば今回ばかりは始末書では済まんぞ? …よし皆着陸するぞ!装備とコンディションの確認はこれが最後だ!」


 深追いするな。命大事に。


 シロじぃが俺達にそこまでするはずがない

、この命令は守る必要がないんだ。そもそも起こり得ないことだから。



 ねぇ?そうだろシロじぃ?



 何か事情があるんだ… 事情が…。

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