第52話 罠
「セーバルちゃん下がっててくれ…!」
空から降り注ぐ謎のセルリアン、俺の感覚ではいつものドロッとした感覚でしかないが、彼女はより正確な違和感を感じ取っていた。
「この子達変、まるで被り物してるみたいな…」
こいつらもまたイーターような特殊なセルリアンなのかもしれない。被り物という例えには俺も聞いていて首を傾げるが、とにかくこいつらを退けないことには先に進めない。
「気にはなるがこの際なんだっていい、俺が隙を作るから君は先に帰ってくれ」
子供達が気掛かりで仕方なかった。
一緒に帰りたいところではあるが得体の知れない相手に手間取っては手遅れになるかもしれない、セイリュウ様がわざわざ俺に言ってくるほどだ、それならば先に彼女を…。
そんな俺の提案だったが。
「ダメ、シロを置いてはいけない。一緒に戦わせて?」
「何を… 子供達に危険が迫ってる!一刻も早く向かわないと!」
気持ちは嬉しいが何を血迷ったかと俺は言い返した、俺などどうにでもなるのだ。これまでの経験上痛め付けられたところで死にはしないのだから。それよりも子供達だ、ミクやベル… みんなに何かあったら俺は…。
「落ち着きなよ?セーバルだけ逃げてもすぐに追っ手がくるかもしれない、こんなところにセルリアンをわざわざ送り付けてくるってことは動きを把握されてるってこと、どこかで監視されてるのかも… だから確実にいこう?二人ならすぐだよ」
彼女は冷静だ、子供達のことを一番心配しているのは他でもない彼女のはずなのに、今すぐにでも飛んでいきたいのは彼女も同じなのに… 言われてみれば確かに先回りされる可能性もあるし追っ手を家に連れていくことになるかもしれない、俺は急いた気持ちを落ち着かせるため一度深く呼吸をすると彼女に返した。
「ごめん、わかった… でも君も深追いしないでくれ?俺も守りながら戦うのには限界がある」
「はぁ… 誰に向かって言ってるの?」
呆れた顔でそう言うと彼女は跳び上がり俺の視界から姿を消す。どこへいった?と目で追いきれずにいると真後ろから金属を叩きつけるような轟音が鳴り響く。その後振り向く間もなく俺の頭上を影が横切り、彼女は再び俺の前へ足を着けた。
「守ってもらったのはどっち?」
サーバルキャットを思わせるこの跳躍、そして俺の背中では土埃をあげ倒れ込む謎のヒト型… 彼女を見くびっていたようだ。
「わかった… それじゃあ背中、預けてもいいかな?」
「任せて、でもあんまりこっち見ないでね… 引かれそうだから」
「え…?」
俺が何か返す前に彼女は後ろのセルリアンに向かっていってしまった。今のはどういうことだろうか?気になるが、こうしている間にも俺に向かってくるセルリアン、3体… 彼女のことは一旦考えるのをやめて俺は敵に向き直した。
「さっきの音といい、見た目からして固そうだが、どれほどの物かぶん殴って確かめてやろう」
引き出すはゲンブの力、大地の守り。
四神籠手のディスプレイ、四神玉にはゲンブ様の紋章が浮かび上がり俺に力を与える。
今回はサンドスターコントロールと四神の力を応用し合わせて使う。
「叩き込むっ」
通常サンドスターを集めて生み出す巨大な拳、それが今は岩の拳となり左手と連動した動きでまっすぐ敵に叩き込まれる。真っ正面からストレート。
入った!
ガゴンッ!という強固なもの同士がぶつかり合う激しい轟音、その音と共に敵は後方数十メートルへ殴り飛ばされていく。手応えは十分だ。
「次ッ!」
空中で体を翻し右からくる敵を同じように殴り飛ばす、またも手応えあり。激しい衝突音を残し吹っ飛んでいく。
見かけ倒しか、動きも鈍いし攻撃らしい攻撃もしてこない。
俺は勢いを残したまま空中で更に体を反転、拳を振りかぶり左からくる敵の脳天を
。
「叩き潰すッ!」
大地を揺るがすが如く、ゲンブの力を宿したこの岩の拳はノロマなヒト型を容易く地に沈めた。調整後も籠手の調子は上々だ。
だが石も見当たらないところを見るとこいつらは完全に破壊しなければ倒せないタイプのようだ。
そして大体わかった、かなり固いがこれくらいなら気合い入れればサーベルで切れる。岩の拳を解くと再度サーベルを構え地に這いつくばるヒト型に追い討ちをかける。
が…。
「シロ待って!」
セーバルちゃんの声、振り向くといつぞやの白目が黒くなっている状態でヒト型を背中からひれ伏せさせていた。
「これ見て!正体がわかった!」
彼女はそう言うと敵のドーム型の頭部を腕力で引き剥がしたのだ。そして中身を露にさせそれを俺に見せ付けると、その後ヒト型だった物はバラバラと音を経て体が崩れ落ちていく。
まるで被り物… その中身を目にしたとき、彼女の言っていた意味が瞬時に理解できた。
「中に… ヒト…!?」
その中には指まで覆う黒いウェットスーツのような物を着て、頭部にはとても前が見えているとは思えないヘルメット状の物を細身にしたようなマスクを被っている… 恐らく男性が中から現れた。
俺も近くにいるヒト型の外側を破壊し中身を引き摺り出した。
「おい!起きろ!」
咄嗟にマスクを引き剥がし顔を見ると、青白い肌で毛という毛が全て抜け落ちた男性の素顔が出てきた。
「なんなんだこいつらは…」
意識があるようには見えない、呼吸はしているが目は虚ろでまったく焦点が合わない。俺が殴った時に
まさか人間がセルリアンを着ていたとでも言うのか?一気に戦いにくい感覚を覚えた。
「セーバルちゃん!こいつらは…!」
「考えてる時間はないよ!シロはそっちの残りを!セーバルもすぐ片付ける!」
会話を終えると中身の男性を地面に寝かせ「人が入っているのなら殺してしまわぬように気を使って戦おう」とそんな視線のみの会話を彼女と交わす。そうして俺達はすぐに残りの掃討に入った。
殴り飛ばした一体がこちらににじり寄る。
「来たか… おい聞こえるか?こんなことはやめろ!」
無論、返答があるはずもなかった。
攻撃は強力な豪腕、避けるのは容易いが中に生身の人間がいると思うと攻撃に移りにくい。
「やるしかないか…」
サーベルをしまい、ビャッコ様の風を発動させこの身に纏う。振り下ろされる豪腕をひらりとかわすと籠手に纏った風と共に脳天から手刀を振り下ろした。
斬ッ!
装甲のみを切る繊細な攻撃。
中身の連中がどんな気持ちで入っているのかなんて知らないし、いざとなれば殺してしまうことも躊躇わない。だがそもそも四神から不殺を言い渡されているのもあるし、俺個人としても無闇に命を奪うのは本意ではない。ましてやベルの母親のサーベルをつまらんことの為に血で汚すわけにはいかない。
「上手くいったな、そら出てこい!」
亀裂を抉じ開けて中身を引き摺りだした。やはり黒いスーツ、そしてマスク。
「おい、話せるか?」
「うぅ… あぁ…」
こちらもやはり顔色が悪く毛髪がない、そして意識もハッキリとしていない。
これはセルリアンを人間に纏わせた兵器だ。命令でやってるのか自ら志願してるのか知らないが、もし使用者を廃人にしてるとするならこれはまだ不完全な試験段階の技術ということだろうか?俺達を相手にどこまで使えるか実験しているのだ、実に業が深い。
一つ言えるのは既にここまでセルリウムを利用できるということだろう、俺や彼女が思っていたよりもずっとまずいことになっている。
代表はベルの母親を殺すのに飽きたらず、人間まで道具として使っているというのか?いや、ヤツにとってはフレンズも人間も道具に過ぎないということなのか?
卑劣極まりない。
更に怒りが湧き出てくる、がとりあえずコイツらはこの調子で無力化していくしかない。手遅れなのかもしれないが、彼らをセルリアンごと始末するというのはさすがに酷だ。
俺はこちらにいる最後の一体を同じように手刀で斬り伏せ中身を引き摺りだしたあと、セーバルちゃんの身を案じ「あまり見ないで」という彼女との約束を破った。
「セーバルちゃん…」
任せきっていたが彼女のことも勿論心配だ、いらぬ世話でも良い。心配するのは俺の勝手。彼女の方へ振り向き戦況を伺うと、既にあちらも残り一体というところまで追い詰めていた、流石だ。しかし普段から戦っている訳ではない彼女、不馴れな為か疲れが見え始めているように思える。
「危ない!」
思っていたより気に掛けていたせいか思わず力が入っていた。風を纏ったまま瞬時に彼女の前に駆け付けると、先ほどと同じ様に上っ面だけを切り裂き中身の人間を引き摺りだしその場をおさめた。
「シロありがとう… はぁ、少し油断した」
「大丈夫?少し休んで?」
「ダメ… すぐに帰らないと、セルリアンの反応は周りにない、増援が来る前に帰ろう?」
「わかった、今度こそしっかり掴まっててくれ」
一息着くような暇もない。
俺は彼女を抱き上げると風を操り再び空へ舞い上がった。加減はさっきより上手い、慣れれば何てことはない。
「怖い?」
「平気… ねぇシロ?」
首に回された腕、決して離れぬよう強く俺にしがみついている。がその腕は不安や緊張で力が余計に入っているのを感じる、震えた声で彼女は言った。
「みんな… 大丈夫かな?」
「…」
答えられなかった。
大丈夫に決まっている。
なんて無責任に言えるような状況ではない。今まさにアイツの腹に子供達が放り込まれているのかもしれないとそう思うと…。
「ごめん… 俺が家を開けたせいで…」
「悪いのはシロじゃないよ、謝らないでって言ってるでしょ?」
彼女はこう言ってくれるが、アイツには俺への私怨で動いている節がある。
母親がベルを守るために残したこのサーベル… これの破壊、及び回収も狙いなのだろう、代表がわざわざアイツに出した命令なのかもしれないし、あるいはそうすることで俺が家を離れるのを狙ったただのデマカセだったのかもしれない。
どちらにせよ、アイツ自身の狙いは命令と関係なく俺から全て奪うことだ。
天は二物を与える。
そんなことを言って僻み妬みを吐き散らかしていたようなアイツだ、やりかねん。
奪うのなら実に効率的なやり方だ、留守の間に家族に手を出す。俺は家族を守るために家を出たのに、結果的にそれが原因でヤツの襲撃を許してしまう。
不安で… 恐ろしくて… 気が気ではない。
セーバルちゃん… 俺は今どんな顔をしている?
こんなに苦しくてもやっぱり…。
何も感じていないような無表情なのかな。
…
「セーバルちゃん、家が見えた」
「あ… 待って、あれ… 嘘…」
そうしてできるだけ急いで家に帰った俺達の前に突き付けられた現実。
庭に空いた大穴、形は残っているものの所々破壊された建物。
まるで始めから誰も住んでなどいない廃墟でも見ているかのように無惨な姿になった我が家。
嘘だ… 嫌だ…。
声が出なかった。
地に足を付けるなり彼女は子供達の名を一人一人呼びながら駆け出した。
俺はそんな彼女の背中を見たままその場に立ちすくみ。歩を進めることができなかった。
守れなかった。
何も…。
…
「みんな!みんなどこ!」
セーバル達が戻った時、既に日が落ち空は夜になろうと太陽を端に追いやっていた。代わりに月を連れてこようと辺りを闇色に染め、加えて雨雲の香りがほのかに鼻をくすぐる。
そんな青白い空の世界でセーバル達が目の当たりにしたのは、攻撃を受けたであろう跡と荒れた庭。そして…。
「ママセーバル!」
「ママセーバルが帰って来た!」
「うぇーん!ママセーバルぅ!」
「ごめんね?怖かったよね?みんなごめん… ごめんね?」
恐怖に怯え息を潜め、皆で寄り添い体を温める子供達の姿。
生きていた…。
生きていてくれた…。
セーバルは二度と離すまいと子供達を集め、纏めて抱き締めた。
「みんな… 無事?怪我は?」
少し冷静さを取り戻した頃尋ねた。
答えるまでにざっと見回した感じだと、大怪我をした子はいなさそう。ただ、違和感を感じる。強烈な違和感。
「私達は平気… カコさんが守ってくれたから…」
「でもカコさんが!」
「それにミクとベルが連れていかれたの」
そう、それが違和感の正体。
安心できるような状態ではなかった。
カコが守り抜いてくれた為か、みんなが無事なのは不幸中の幸いと言える。でもミクとベルの姿はここにはない。子供達のうち一人でも欠けた場合それは「良かった」とは言いがたい。
「カコはどこ?」
「奥の部屋、大怪我して動けないの…」
怪我、大変どうしたら… そうだシロ、まずはシロに治療してもらおう。
ハッとして振り向いて見るが、彼はセーバルに着いてきてはいなかった。僅かに開いたドアの隙間からは冷たい空気と共に雨の訪れを確認できる。強くはないが、ポツリポツリと雫の当たる音がする。
「シロ…」
彼の姿が目に入る。
この光景を己の責任だと感じ、無力感に打ちひしがれているのだろう。
子供達のうち、数人がセーバルに尋ねた。
「おじさんが… いるの?」
「お外?」
「あ… うん、でもね?」
この子達は… 彼にどんな感情を抱くのだろう。
そう思うと二人で戻って来たことを上手に伝えることができなくなってしまった。シロはみんなを守るためにここを出ると伝え、子供達も一時の別れを悲しみながら彼を送り出した。
なのに… それが結果としてここの守りを手薄にしてしまった。セーバルは彼を責めようとは思わない、判断は妥当であると思うし、あの時はセーバル自身もそうするのが懸命であると思っていたから仕方なく彼がここを出ることを了承した。でも… 子供達がそれを理解してくれてるとは限らない。
「おじさん!おじさんどこ?」
「おじさん!」
「あ、待って!」
止めようとしたが、皆彼の存在に気付くと雨など気にも止めず一目散に外へ飛び出して行ってしまった。
どうか… どうか彼を責めないで。
セーバルはそれだけを願う。
そして。
「みん… な?皆、無事なのか?」
駆け寄る子供達の姿に思わず崩れ落ちるように膝を付く彼。子供達はそんな彼に言った。
「おじさぁん!」
「おじさんおかえりなさい!」
「よかった、おじさんも帰ってきてくれた!」
「おじさんもういなくならないで!」
セーバルの心配は杞憂だった。
みんながシロのことを恨むなんてあるはずがなかった。そしてシロは子供達が無事でいてくれたことに安心して変わるはずのない表情を涙と共にぐしゃぐしゃにして泣いていた。
そう、シロが表情を変えたのだ。
彼があんな風に泣くところをセーバルが見たのは、ユキと再会できたあの時以来のことだった。
「みんな… みんなごめん!俺が… 俺が守ると約束したのにっ!肝心な時に側に居てやれなかった!怖かったろう?怪我はないか?みんな… みんな本当によく無事でいてくれた、ありがとう… 生きていてくれて… ありがとう…」
雨が強くなっても、シロも子供達もお互いに離れようとはしなかった。彼の涙に呼応するように雨はどんどん強くなる。それでも、やはり彼等は離れようとはしなかった。
…
ひとまず中に入り状況を整理することになり。シロは子供達にカコのことを聞くとすぐに足を運んだ。
「先生、ご無事ですか?」
「ユウキくん… 戻ってきてくれたのね?」
「今、治療します」
籠手を装備するとセイリュウの水の力が、カコを包み傷を癒していく。カコはかなりの怪我を負っていたけれど、自身のサンドスターを回復に回しなんとか今まで持たせていたみたい。でも怪我は治ったけれど体力は戻らない、そのまま眠ってしまったカコは休ませておいて…。
「話せるかい?何があったのか、ミクとベルは…」
シロの問いに、一番歳上の子が当時のことを思い出し、震えながらも話してくれた。
「おじさん達が留守にしてる間、ベルのお父さんだっていう人が来たんだ?それで嫌がるベルを連れていこうとしたけど、カコさんが怒ってそれを止めてた… 正式な手続きがどうこうって」
「それで?」
「ベルのお父さんって人が合図するとお庭からおじさんの言ってたお化けが出てきた… 大きくて目が沢山あって… それから怖い笑いかたをしながら僕達を“ごちそうだ”って」
シロは表情を変えず冷静に見えていたけれど、怒りに打ち震えているのがミクでなくてもすぐにわかるほどだった。これまでのことで蓄積した怒りが、敵と認識したものにハッキリと向けられているのが伝わった。
「カコさんがお化けと戦ってくれたんだけど、でもすごく強くて… それからアイツはカコさんを捕まえて“お前は最後のデザートだ”って言うと窓に向かってカコさんを投げたんだ、カコさんはそれでも立ち上がろうとしたけど沢山血が出てて… それからお化けはおうちも壊し始めて… うぅ…」
「すまない… もういいよ、話してくれてありがとう?お腹すいただろ?温かい物でも作ろうか、みんなも体を暖めないと」
それから彼は泣き出してしまい、シロはそれを見て話を中断すると皆を落ち着かせる為一度食事の準備に入った。
「セーバルちゃん…」
「うん、いいよ?」
彼の意図は伝わっている、続きは星の記憶。ベルとミクの行方を知らなくてはならない。
セーバルは一人傘を差し庭に出ると、ここで起きた一部始終を見せるようサンドスターに祈った。
「お願い…」
やがて現れたのは、みんなを守ろうと勇敢に敵の前に立つ…。
ミクの姿だった。
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