第50話 気付き
出発前日の夜。
カコ先生の部屋に呼ばれ四神籠手を受け取ることになった。
「バッチリよ、はいこれ?」
「ありがとうございます」
「前より出力は上がってるけど、その分セーフティも厳重にしてある。簡単に制御を越えられてはこれの意味がないわ?慣れてきたからと言って、くれぐれも気を付けること」
「はい…」
四神籠手の調整が済んだのだ。
アイツと戦った時くらいの出力は危険なのでセーフティが掛かるそうだが、前より引き出せる力が大きくなったらしい。その分俺の体への負担やサンドスターの消費量も増えるので、籠手自体にも更に複雑なプログラムを組み俺自身のパワーコントロールも繊細になる。
体さえまともなら4ついっぺんに使ってやるんだがな… なんてことは苦戦する度に思ってしまうのだが。炎だけでも当時はあれだけ持て余していた四神の力、俺のような者にはそもそも過ぎた力だということだ。使えるようにしてもらえるだけありがたい。
「それから、しばらく帰れないのなら例の旧型ラッキーの解析の経過も見ていく?いくつか映像記録(と音声)の復元に成功しているのだけど」
クロのラッキーのことだ。
100年以上前から存在する精密機械のデータを復元するとはさすがカコ先生と言う他ないだろう。これでクロが俺に何を残したのかわかる。そう思うと浮き足立つような気持ちになり、早速先生に記録を見ることを伝えた。
「見せてください」
「わかったわ」
旧型ラッキーに接続された外部機器、そこから浮かび上がるバーチャルディスプレイを操作し映像記録の1つが再生される。
「驚くわよ、これを見たら?」
「何が映ってるんです?」
「ユウキくんが知りたかったこと… かしらね?」
俺の知りたかったこととは…。
さっそく画面にはでかでかと息子クロユキの顔が映し出された。
“『ラッキー、撮れてるね? …おーい?なんとか言ってくれよ?ついに言語機能がダメになっちゃったか… もう歳だもんな、でももう少しがんばろうな』”
クロ…。
最後に見たときより少し老けたか、いや大人の男性らしい良い顔になった。声や姿を懐かしみながらも、俺は黙って映像を見続けた。
“『フィルターを制御するのに必要なこと、四神の力と人柱に代わる何か。浄化の力のコントロールにばかり焦点が当てられるけど、僕はサンドスターコントロールとサンドスターの反転が鍵だと思ってる。そこで副産物として面白い物ができたのでご紹介!パパにも見せてやりたいよ、サン?お願い?』”
サンか、懐かしい名前が出たな?
サーバルキャットの特徴と独特の口調を持つ男性、サバンナことサンが映像内に現れる。
“『どーもどーも!ご紹介に預かりましたかねぇ?』
『OK?それじゃ例のやつ見せて?』
『じゃーん、ところでこのなんだかよくわからない物体はなんですかねぇ?』
『今説明するよ』”
サンが見せている“それ”。
なんだか見覚えがあるような気がする、とてもよく似た物を俺は知っている。
“『聞いて驚け!これはサンのようなど素人でもサンドスターコントロールができてしまう装置!名付けてコントロールトリガー!』
『な、何だってー!?それマジですかねぇ?こんな握力計みたいな物で本当にそんなことできますかねぇ?』”
言葉を無くした。
コントロールトリガーの製作者、それはクロだった?しかしこれは何年前の物だ?少なくとも数十年前のはず、何故このタイミングでできたものが今になって出回っている?
疑問でしかなかった、しかしコントロールを誰よりも極めていたクロならばこんなものを作れるのも不思議なことではないと納得感を得る。それならばそれで謎が増えるがこれで1つ気掛かりが減った。
“『疑うのならサン、あの的に向かってトリガーを引いてごらん?』
『そんなこと言ってクロ兄さんったら?どーせドッキリでクラッカーとかになってるんでしょ?せーの… うわぁぁー!?マジですかねぇ!?』”
それは間違いなくクロのスターショット、そしてガーディアン達が使うショットプログラムだった。驚きと感動のあまり的に乱射を続けるサンの姿が映っている。
「先生…」
「驚いた?やられたわ彼には、完敗よ…」
朗らかな表情で孫同然のクロを見る先生、希代の天才である先生ですらクロに対しては負けを認めている。お前はどこまで行ってしまうんだクロ?息子なのがだんだん疑わしくなってくるよ… 本当に誇らしい、凄い子だ。
“『すっごーい!野郎オブクラッシャー!』
『サンそこまで?やり過ぎるとサンドスターが…』
『うぅ… クラクラしますかねぇ…』
『言わんこっちゃない、欠乏症防止のセーフティを付けないと… ま、これフィルターとは全然関係ないんですけど?とにかくありがとうサン?ミユ?おーいミユ?旦那が倒れたぞー?看病してやってくれ?』”
クロはそんなことをボソボソと言いながら最後にラッキーに録画を終えるよう伝えていた。映像の終わり際にミユの怒鳴り声がした、「ミルクの途中だ!テメーで何とかしろ!」のような言葉が聞こえたので、この頃にはクロにも孫がいたのだろう。
「どう?」
「ありがとうございます、どこかこう… 胸が熱くなりますね?息子の勇姿をまた見れるというのは」
映像が終わると先生に簡単に礼を伝え、すぐに残った疑問に関する話になった。何故今になってコントロールトリガーが正式採用され始めたのか。
「クロユキくんと私は一時期フィルターの研究でセントラルにいたのだけど、もしかするとその時の研究データに混ざってこういう物も残っていたのかもしれないわね?あるいは、クロユキくん意外に実用化が不可能だった… オーバーテクノロジーだったのよ?当時のパークの技術者達では」
「他にもあるんでしょうか?こういうものが」
「けものプラズム圧縮キューブも言ってしまえば研究の副産物よ?私とクロユキくんで実用化させたの。でもまぁ、一番の成果は街の防御シールドかしらね?その頃には… 彼はもういなかったけれど…」
哀愁のある眼差し、先生はクロの最後を他の家族と看取ってくれたのかもしれない。
この話を鵜呑みにするのなら、今のパークになるまでパークの技術を発展させたのはクロと先生ということになる。父は昔先生の頭脳が100年先をいっていると言っていたが、まさに100年後にも通用する技術をクロと開発発展させていたとは。
「それで、どうする?まだ見る?」
「気にはなるんですが、続きは帰ってからゆっくり見せてください?この分なら曾孫の顔も映っていそうで楽しみです」
「フフ、そうね?それじゃ帰るまでにきっちり仕上げといてあげる?」
よろしくお願いします。
そう言って部屋を後にしようとした時。
「ねぇ、ユウキくん?」
不意に呼び止められる、伝え忘れでもあったのかもしれない。「はい?」と返事をし、開けかけたドアをそのままに振り向くと、少し不安そうに笑う先生と目が合った。
先生は言った。
「今はここがあなたの家よ?帰りを待っている家族が大勢いる… だから負けないで?返り討ちにしてやりなさい、お喋りなムキムキセルリアンなんか」
俺はキューブを展開し左手に四神籠手を装備すると、先生の不安を笑い飛ばすように返す。笑えてなどいないだろう、だが笑っているつもりで。
「こいつがあれば負けやしません、俺は四神の執行代行、守護けものネコマタですよ?」
「すっかり板についちゃって… 頑張ってね?」
「はい!」
…
翌朝、子供たちに見送られ俺達は家を出る。俺がしばらく帰れないことを伝えると皆くっついて離れようとしなかった。足にしがみつく子、裾や袖を掴んで離さない子、よじ登ってくる子。この子達にとって俺はそういう存在なのだろうと実感すると足を止めてしまいそうになるが、巻き込んではならないと更なる戦う覚悟を心に刻み込む。
「おじさんいつ帰ってくるの?」
「いっちゃやだぁ!」
「なんでおじさんが行かなくちゃならないの?」
「お外行ったら尻尾引っ張るからね!」
口々に俺を引き止める言葉が浴びせられる、だから俺は床に膝を着き皆を集めた。
「おじさんはね、オバケをやっつけてくるんだよ」
「オバケ?どんな?」
「目がたくさんあって体も大きい、みんなを摘まんで丸飲みしてしまうくらいに… そんなオバケ、みんなは好きかい?」
「やだ!」
「怖い!」
「そう、怖いよな?でも放っておくとオバケはここに来るかもしれない、おじさんはみんなが食べれられるのがいやだ… だからやっつけてくるんだ、もし一人でも食べられたらおじさんは悲しくてずっと泣いてしまう」
俺の言葉、昔自分の子をあやしていた時に伝えた言葉。彼らに同じように伝えていく。今となってはどの子も我が子のように思える。
皆、おとなしく俺の話を聞いてくれた。
「だからいいかいみんな?みんながおうちでいい子にしている間におじさんがオバケをやっつけてくる、できるかい?」
「でもおじさんがいない時にオバケ来るかも…」
「大丈夫、先生が… カコさんが守ってくれる、ママセーバルもすぐに戻る、俺が絶対に手出しはさせない。だから待っててくれるかい?」
そう、俺の家族には指一本触れさせない、俺を狙うのならこちらから出向いてやる。
どうか待っていてほしい… 最後に子供達に尋ねると、皆は声を揃えて答えた。
「待てる!」
「よし、おじさんに任しとけ?」
それぞれ子供達を抱き締めたり頭を撫でたり、そうして一時の別れを慈しむ。そして俺も子供達も覚悟を決める。
「セーバルちゃん、行こう?」
「うん… みんな?ママセーバルはすぐ戻るからね?」
いってらっしゃい
たくさんの声を背に受け、彼女と共に外へ出た。外は冬の訪れが近付いているのか、季節感の薄いこの辺りでも冷たい風が頬を刺す。
「おじさん待って!」
その時、俺を呼び止める声あり。
駆け寄る姿はミクだった。
「寒いでしょ?これ?」
そう言ってミクに差し出されたのはマフラー、ワインレッドが実に彼女らしいセンスだ。セーバルちゃんがそれを見て横から口を挟んだ。
「それ、ミクに選んでもらって昨日その上着と一緒に買っておいたの、セーバルすっかり忘れていた」
「うん、だっておじさん一年中それでいるつもりでしょ?ちゃんと季節感を持ってね?風邪引かないように、腕捲りもダメだよ?」
「フフ、言われてるよシロ?」
「参ったね… ありがとう二人とも?」
簡単に説教されたのでおとなしく袖を直しマフラーを受け取ろうとするが、続けてミクから屈むよう指示を受ける。
「巻いてあげる?」
言われた通りその場に膝をつき首を差し出すと、丁寧な手つきで俺の首にワインレッドのマフラーが巻かれていく。フレンズの皆さんの首にはファーのようなフワフワをつけている子をよく見掛けたが、自分にもついに首をしっかりと隠す日が訪れたようだ。この体になってから暑かろうが寒かろうが関係なく過ごしていたが… こうして首に何か巻くだけで妙に暖かくなり、どこか安心感を覚えた。
「ミク、ありがとう」
「いってらっしゃい…」
もう何度目かの見送りの言葉。
一度軽く抱き締めた後立ち上がり、彼女の緑髪を撫で俺は再び背を向け歩き出す。
まずベルの母親… サーベルタイガー隊長の死の真相を突き止める。
歩き続け家を少し離れて来た頃、そろそろ良いかと思い俺は隣を歩くセーバルちゃんに手を差し出し尋ねた。
「それじゃ、おいで?」
「え?えと… うん」
急に手など差し出したのが意外に思われたのか、目を丸くした彼女は頬をやや赤く染め恐る恐る俺の手を取る。
手が触れ合うと、俺はその手を決して離さぬように指を絡めこちらへ彼女を抱き寄せる。
「あの… シロ?」
「これからもっと冷えるから」
「そうだね… あのでも、歩きにくいよ?」
「歩く必要なんかないよ」
俺は一度絡めた指をほどくと右腕で彼女の肩を抱き、その後すぐに左腕は足を掬い上げた。急にこんなことをしたのだから当然だが彼女も思わず「きゃ」っと可愛らしい声を挙げていた。すぐに慌てたように彼女が言う。
「ねぇ自分で歩けるよ?わざわざお姫様抱っこなんかしなくたって…」
「ごめん、しっかり掴まってほしい」
簡単な謝罪を入れつつそう返すと、心中を察してくれたのか彼女も素直に受け入れるようになる。
「わかった、これでいい?」
首に回された彼女の腕は強めに俺を締め付ける。それでいい、決して離してはならない。虹のように輝く羽と黄緑色の髪が俺の頬を撫で少しくすぐったい。
既に寒いのだろう、耳まで赤くなった彼女には少し申し訳ないがこれは必要なことだ。
そして俺は既に装備していた四神籠手を起動した。
「じゃあ、飛ぶよ?」
「うん… は?」
引き出すは四神ビャッコの風の力。
ディスプレイにビャッコ様の紋章が白く輝き俺達の周囲に風が渦巻く。再調整後初めての使用だ、早速試してみよう。
「シロ?ねぇシロなにする気?一回下ろしてシロ?シロ?シロ聞いて?ちょっと?ねえ怒るよ?シロ?シぃぃぃやぁぁぁー!!??」
集めた風は俺達を軽々と大空へ打ち上げ、すぐにジャパリパークという島全体が見えるほどの高さまで運んでくれた。なるほどこれはパワーコントロールを考え直さなくてはならないな、バイクや車で言うところのアクセルが近いと言った感覚によく似ている。
「平気?」
縮こまり涙目になっていたセーバルちゃんんに尋ねた。申し訳ない、まさかここまでとは。
「~…ッ!」
声にならない唸り、それは確かにそうだろう。いくら彼女に飛行能力があっても急にこんな高さまで来てしかも今は落ちているも同然なのだから。俺はもうすっかりこの落下感に慣れてしまったが、普通はあのゾワゾワとしか独特の感覚が抜けないはず。
しかしこれに関しては慣れてもらうしかないので、俺はもう四の五の言わず目的地へと飛ぶことを決めた。
のだが。
「すぐ着くから少し我慢…「バカッ!降りて!今!すぐにッ!」
突如、空中で大声を出す君。
降りてと言われても今まさに落下中でして…。なんてことを心で言い訳していると、その時顔面に衝撃走る。
「ヴッ!?」
綺麗に強目の拳。
「降りる!離して!」
「イタタ… わかったよ、そんな殴ることないのに…」
「バカッ!もうホント!バカッ!」
彼女を宙に放してやると華麗に羽を広げ地上へと向かった、俺はそのまま自由落下を続ける。口で言うほど自由ではないというのは本当だった。
しかし風移動はあまり人気が無いらしい、太郎にも二度とやるなと釘を刺されたほどだ。
それから地に足を着けると凄く怒られた。
「何考えてるの!?なんかもうあの… いろいろ言いたいことあるけど!飛ぶの禁止!」
「セーバルちゃんは自分でも飛べるから慣れてるかと思って…」
「慣れてるとかじゃないから!もぉ!ほら行くよ!」
「わかった、ごめん本当に… それじゃ今度こそ加減に気を付けt「交通機関で行くに決まってるでしょ!」
そういうわけなので、俺達はおとなしく陸路を進むことになった。まず駅に向かい、電車に。一般的な人でも使える最も当たり前な手段、時間は掛かるが本来はこうなので仕方ない。
そしてその間彼女は一言も口を聞いてくれなかった。だいぶ怒らせてしまった。
前からたまにあることなのだが、これは俺の一般常識が100年の間に欠如したとかではない。ここ最近彼女に対してたまにこうなるのだ。
気を使わなすぎるところというか… 君なら大丈夫だろう?と過信しているというべきか。もちろん女性として見ていない訳ではない、最低限そういうところは気を使っているつもりではある。
近付きすぎたのかもしれない、今の俺は彼女に対して少し自惚れがあるように思える。
電車の中で向かいの席に座る彼女は、窓越しに流れる景色をただ黙って見つめている。
「あの… セーバルちゃん?さっきは…」
「…」
あれから数回目かの無視、しばらく許してもらえそうにない。
と思っていたが。
「もう怒ってないよ」
こちらを向かず、目は外に向けたまま彼女はそう言う。俺は続く言葉を待った。
「でもいきなりあんなことするんだもん… ビックリしただけ」
「そう… だよね?配慮が足りなかった、本当にごめん」
「でもさ?」
窓を見ていた視線をゆっくりとこちらに流し、やがて彼女と目が合った。だから俺も黙ってその目を見つめていた。
「ドキドキしちゃった、やっぱりヒロと似てるからかな?シロといるとたまにそういうことある… だからこれはあれ?照れ隠し?ごめんね無視して」
君が謝ることなんて一つもなかったけれど、君は俺に向かいそう言って笑い掛けてくれた。
そして言われて俺も1つ気付いたことがあった。
俺もたまにそういうことあるよ。
君といると。
誰と似てるからって訳でもないのに。
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