第49話 焦り
目を開けると不思議な気分だった。
瞬きする間に別の場所、そして時間。夜は終わりカーテン越しに暖かい日差しが差し込む。まるで観ていた映画をスキップされたかのようなこの違和感、あまりに唐突な変わり様だったのでしばらく己の身に起きたことを認識できなかった。
ノックと共にミクの声がするまでは。
「おじさん起きてる?入るね?」
俺は寝ていたのか?
返事もせずボーッとしていたのでミクもまさか起きているとは思わなかったのだろう、入るなり俺を見て子犬のような声で短い悲鳴
をあげていた。
「ぅわぁっ!?起きてたの!?」
「おはようミク、俺は寝てたのかな?どれくらい寝てた?」
「返事くらいしてよ… うん、昨日の夜疲れて帰って来たでしょ?ママセーバルさんが部屋に連れてったらパタッと寝ちゃったって、えーっとね?きっかり8時間」
昨晩… つまりアイツと殺り合った後か、引き出せる限界まで炎を捻り出してやった後にシールドブレイカーとの戦いだった。流石に休息が必要になったということか。
ミクは先生に頼まれてそんな俺の様子を見に来たそうだ。
「心配かけたね、寝たのは復活ぶりだ… 変な感じがするよ」
「まだ辛かったら無理せず休んでってカコさんは言ってたよ?」
「いや、平気さ?おかげさまで。セーバルちゃんは?迷惑を掛けてしまった」
運んでくれたのは彼女だ、礼の一つでも伝えるのが礼儀。俺が尋ねるとミクもすぐに答えてくれた。
「実はまだ寝てるの、お寝坊なんて珍しいよね?でもママセーバルさんもおじさんのこと凄く心配してた、起こしてくるね!」
彼女が寝坊か… あまりイメージに無い。いつもは子供たちよりもずっと早起きして色々してくれているからだ、もしかすると昨晩は急に眠りに落ちた俺を診ていてくれたのかもしれない。
「いや、いいよ?彼女も疲れているんだろう。今は寝かせてあげよう」
「そっか、そうだね?」
ミクは俺のことを確認すると安心して部屋を後にした、セーバルちゃんがいない分のお手伝いが忙しそうだ。
さて… 呑気に日常を送っている場合では無くなったぞ、上のヤツらが口封じを始めた。昨日のアイツはなんだ?あの分だとまたくるぞ、空気の読めるような相手ではない、もしここに攻め込まれて子供たちに手出しされたら…。
考えたくもない、食いちぎられた右腕のことを思い出しぐっと肩を押さえる。対処しなくては… まずスザク様に伝える。
…
「ユウキくん?起きたんでしょ?入るわね?」
先生のノックには返事ができなかった。
何故なら…。
「どういうことですか?」
『何度も聞かないでボウヤ?スザクのことは私達も知らない』
『先程から言うておるだろう、スザクとはここしばらく会っておらぬ。連絡もつかない』
『とりあえず用件なら私らで聞こう、わざわざ同時に繋いどるんだ、大事な用だろう若いの?』
四神と会議中だからだ。
否、三神。スザク様は不在。
気掛かりすぎる、スザク様は何故連絡が付かない?例の件のことを話してからこういうことがありがちだ。前から感じていたことだが何か隠しているのでは?
スザク様のことで話したいことも山ほどあるんだが、まずは昨晩のアイツのことを伝えなくては。
「では皆さんお聞きください、昨晩
『ヒト型ですって?倒したの?』
「追い詰めたんですが逃げられてしまいました。ですが口封じのサーベル狙いならまた現れるでしょう、次は逃がしません」
『ヒト型以外に特徴は?どんなヤツだった?』
「自我を持って言葉を流暢に話していました、妙なことにやけに人間臭いことばかり言うヤツです。去り際にシールドブレイカーを放ち足止めを食らいましたので、不可解なセルリアン騒ぎも全てこの件と同一犯の仕業かと」
三神は各々驚いている様子だった、騒ぎ立てたりはしないがキッと目付きを鋭くし情報を求めている。俺も昨晩起きたことの全てを伝えた。
「これはベルの母親殺しに関することです、そこでお願いがあります」
『なるほど… ボウヤの言いたいことはわかった』
「お察しありがとうございますセイリュウ様。つきましては、例の件の調査の許可を頂けないかと思っております」
色々やらなくてはならないことはあるがとにかく今はこれだ、母親の死の真相、そして上層部にいる主犯達の吊し上げ、そもそもスザク様が止めていたことなので本人に許可を求めたいところだが不在では仕方ない、代理で皆さんに頼むことにする。ネタは上がっている、犯人さえわかればチェックメイトだ。
『そもそも私達は反対していない、スザクがムキになってただけよ、好きになさい』
『うむ、これから正式に依頼しても構わぬぞ。パークの存亡に関わる』
『フレンズ殺しなど到底許されることじゃあない、頼むぞ若いの?』
「ありがとうございます、何か分かり次第報告します」
許可は至ってスムーズだった、これで母親の無念を晴らしベルに胸を張ってサーベルを返すことができる。まずはセーバルちゃんに声を掛けなくては、疲れているだろうが迅速な行動が求められる。
「では、これで失礼します。何があるか分かりません、皆さんもどうかお気をつけて」
『誰の心配をしてるのかしら?』
『ナメるなよ若いの、まだまだお前のほうが心配なくらいだ』
『心遣いには感謝するが心配は無用。我らを何と心得る?』
3つのディスプレイにそれぞれ礼をして会議は終わった。俺は一度大きく息を吐き慣れない礼儀作法に強張った体をリラックスさせた。そうしてようやく先生のほうに顔を向けることができた。
「お待たせしました」
「ユウキくんも立派になったわね?初めてうちに来た時のことがなんだか懐かしいわ?言葉遣いもちゃんとしちゃって」
「いえ、どうも慣れませんね堅苦しいのは、何せずっと専業主夫みたいなことしかしたことがなくてまともに勤めたこともないので」
「大丈夫、ちゃんとできてるわ?それじゃちょっと診察させてね?眠ってるユウキくん見たのなんて久し振りだから、元気そうでも一応ね?」
診察中、先生から俺が眠っている間のことをいくつか聞かせてもらった。
セーバルちゃんが星の記憶を辿り例のアイツのことを調べてくれたそうだ。彼女の寝不足はそういうことかと思い、一晩中診ていてくれたという発想が真っ先に出てしまっていたことに気恥ずかしさを覚える。彼女とは色々あったし、最近距離も近いように感じるのでどこか意識してしまっている証拠だろう。いい歳して思春期のようだ。
「セーバル、凄く心配してたのよ?」
「彼女には面倒をかけてばかりです、頭が上がりません」
「いいんじゃない?もっと頼ってあげたほうがあの子は嬉しいと思うけど… はい終わり、異常無しよ?」
「ありがとうございます」
何かあったらこうして心配してくれるのは皆同じだ、ありがたい。家族の暖かみを感じる。
早速調査を開始したいので母親の資料を開き現場の確認などを始めた、情報をまとめたらセーバルちゃんに声を掛けて外出の許可をもらおう、早急に済ませて決着をつけなければ取り返しの付かないことになる。
「ユウキくん?少し焦りすぎじゃない?」
「いえ、あまり余裕がありません… アイツはまた俺を狙ってくるはず、ここに近付けさせたくない」
「ユウキくん、あなたまさか…」
先生が何か言いかけたその時、慌ただしい足音と共に強めにドアが開かれた。現れたのは他でもない、先程から話に上がる彼女。
「シロ起きたの?!ごめんセーバル寝坊した!」
「おはようセーバルちゃん」
「おはようセーバル、よく眠れた?」
「あぁおはよう… なんか普通そうだね?何でもない?大丈夫?」
彼女はパタパタとこちらに駆け寄ると俺の頬を小さく2~3回叩き身を案じた。一度資料の方の手を止め彼女に向き合った。
「大丈夫、心配かけたね?ミクが言うにはきっかり8時間睡眠だったそうだ」
「ほんと心配かけてるよ… 急に倒れこんでくるし。それにまさかあんなに激しい戦闘の後だったなんて」
「見たならもう知ってるね?頼みがあるんだ、これから一緒にベルの母親の現場に来てほしい。四神の許可は得てる」
「シロ… セーバルは構わないけど…」
先生もセーバルちゃんも俺がこれからやろうとしていることを察しているのだと思う。隠している訳ではないし、目が覚めるなりこんなにも焦って行動していては察するのも当然だろう。
しかし、わかっているのなら寧ろ話は早い。
「君もすぐに準備してくれ、早々に済ませたい」
「あ… うんわかった」
急かすようで申し訳無い、しかし急がなければならない。いつアイツが来るとも限らないのだ、厄介な相手… 守りながらだと勝てないかもしれない。
「ハイハイ落ち着いてユウキくん!急いては事を仕損じる!聞いたことない?」
俺の焦り様を見て先生が止めに入る、そのことわざは勿論聞いたことがあるが、ことわざを聞くとアイツが言っていたこともつい思い出してしまう。
「先生、しかし」
「そもそも行かせられないわ?ガントレットを貸しなさい?昨日の戦闘で無茶苦茶やったでしょ?再調整とプログラムのアップデートがいるわ、それまで待機、いいわね?」
「そんな… 俺なら平気です」
「いいえ平気ではないわ?現に限界を超えかけてあなたは眠りについた、ガントレットは今のユウキくんに合わせた調整がいるの。強敵なんでしょ?戦闘中に眠るようなことがあってはアウトよ、今日中に済ませるから少し落ち着いて?いいわね?」
悠長に構えている場合ではないのだが…。
先生がセーバルちゃんに向かいウィンクをするのを俺は見逃さなかった。籠手の再調整の話は本当なのだろうが、よく話してから行けということだろう。
急いではいるが… 仕方ない。落ち着く時間も必要かもしれない。
「わかりました、これお願いします」
「確かに預かったわ、任せて?完璧に仕上げてあげる」
おとなしく籠手のキューブを差し出し資料整理の手も止めると、一度ベッドに腰掛け考えた。とりあえず今日できることをやろう。
という矢先、先生は不自然極まりないことを言い始める。
「そうだ、二人ともお使い行ってきてくれない?」
「え?セーバルも?」
「ラッキーではだめなんですか?」
「ダメよ、二人で行ってきて」
先日のデートの件もそうだが、今回に至ってはほぼ隠す気がない、露骨に二人で出掛けてこいと言ってきている。
「ゆっくり話す時間がいるでしょ、ユウキくん?」
「…」
「セーバルも、ちゃんと聞いてあげて?」
「うん…」
ホッとしたように小さなため息をついた先生はそのまま「頼むわね?」と言い残し部屋を後にした。何をだ、何も頼まれちゃいない。何のお使いに出ればいいのか。
部屋に残された俺達は互いに顔を合わせ「どうする?」という会話を目配せや仕草で済ませる。ほんの少しの沈黙の後、彼女から言った。
「上着、買いにいこう?捨ててきたんでしょ?」
「あぁ… うん、気に入っていたんだけどね」
「バッチリ似合うの選んであげるよ?そうだ、ミクとベルも連れていかない?せっかくだから」
そうだ、二人にも言っておかなくてはならないことがある。ベルに関しては母親のことだ、無関係ではない。
「あぁ、いいよ」
「じゃあ決まり、買うまで適当にスタッフのジャンパーでも着てて?今日もそこそこ寒いよ?セーバルは二人を呼んでくる」
「わかった、適当に準備しとくよ」
先生にもセーバルちゃんにも、ミクにもベルにも… ちゃんと伝えないと。
何も言わずに行くなんて失礼だよな。
家族なんだから。
…
「これもいい、可愛い」
「これはこれは?」
「悪くない、ミクはセンスがいい」
「ねえ?おじさんの上着を選びに来たんじゃないの?なんで自分達の服選んでるのかなぁ…」
予定通り四人で買い物に来た。
セーバルちゃんが俺の新しい上着を見繕ってくれるとのことだったのだが、ベルが疑問を感じている通り何故か二人は自分の服を物色している。実に女の子だと言える。
「おじさんいいの?目的を見失ってるよ?」
「あぁ、こういう時男はおとなしく待って、どっちがいい?って聞かれたらどっちも可愛いよって言うのが正解なんだそうだ」
「女の子ってよくわからないよ」
「俺もだよ」
なんて会話を男同士で交わす。俺にわからないのだから子供のベルは更に理解に苦しむばかりだろう。だがそういうものだ、選ぶところから既に楽しんでいるのが女性なんだと父は言っていた。
「シロ?」
「ベルも見て!」
「「どっちがいい?」」
ほら来たぞ、打ち合わせ通りやろうベル。
視線を送り合図をすると俺達は声を揃えて答えた。
「「どっちも可愛いよ」」
「セーバルこれにしようかな?」
「じゃあ、私これ!」
「えぇ… なんでわざわざ聞きに来たの…」
既になんとなく答えを決めた上で聞きに来る、そういうものなんだベル。
なんやかんやで俺の上着も決まり、ついでにベルの服も購入することとなった。子供たちへのお土産もあるので俺達は紙袋を両手に店をでる。正直煩わしいのでラッキーを呼び出して全て運ばせた。
「結局前と同じようなのにしちゃったねシロ?」
「でもおじさんはそれがしっくりくるよ」
「おじさん?着心地はどう?」
「悪くないよ?軽いのに生地もしっかりしてて頑丈だし、ありがとうみんな?」
違いと言えば背中にパークの刺繍があるくらいだが、みんなの言う通り前と似たようなものを着ている、腕捲りはしてない。まだ。
少し歩いたので公園で休むことにした。
ミクとベルがブランコなど乗って遊んでいる姿にどこか澄んだ気持ちになった、昨晩の出来事のせいか少し気が張り詰めていたのだろう、先生が言うように行動を焦りすぎていた。冷静になるいい時間だ。
話すなら今だろう。
「セーバルちゃん」
「何?」
「明日ベルの母親の現場を君と確認できたら、俺は君とは帰らずにしばらく家を出ることにするよ」
「…そっか」
それが最善だろう。
俺がサーベルを持つ限りアイツは俺を狙ってくる。見境があるような相手には見えない、皆とは離れたところで迎え撃ち、今度こそ始末する。
「みんな、寂しがるよ」
「ごめん、でも守りながらだと逆にやられ兼ねない危険な相手だ。でも四神にも伝えてある、俺にもしものことがあってもアイツは終わりだ」
「もしもって… やめてよ?絶対アイツ倒して帰ってきて、それが約束できないなら行かせられない」
「勿論やられるつもりはない、昨日は少し油断したがそれでも俺は勝っている。今度は逃がさないってだけさ?ただ、得体の知れないやつだから何をしでかすかわからない…。勝って帰る、それは約束する。ただ絶対大丈夫とも正直言い切れない。そのまま主犯の連中とも戦うことになるだろうから…。だから、ごめん」
彼女だってわかっているはずだ、俺が行って俺がやらなくてはならないのだということを。これが最善で、これしかないってことも。
わかった上で言っているのだろう。
その証拠に、彼女はこれ以上俺の決めたことには口を出してこなかった。
「ミク?ベルもおいで?」
彼女との会話が途切れたタイミングで二人をこちらへ呼びつけた。詳しい概要までは話せないが、二人にも伝えなくてはならない。
各々、返事をしては俺の前に立った。
「よく聞きなさい、明日から俺はしばらく家を出る」
「え!?」
「どうして…?」
驚きと不安、そんな表情だった。
心苦しいがそのまま伝え続けた。
「仕事だよ、大事な仕事… わかるなベル?」
「あ… うん」
すぐに母親のことだと気付いたのだろう、不安を残しつつ覚悟を決めたような強い眼差しに変わる。
「しばらくってどれくらい?」
「わからない、一週間か… 一ヶ月か…
もっとか。でも必ず帰る、ミクはしっかり者だからいい子で待てるね?」
「嫌だって言っても… きっと無駄だよね?」
もう既に泣き出してしまいそうな、潤んだ瞳と震えた声。そんな風でもなんとか我慢してそう言っているのだとわかる。
胸が痛む… まるで妻に裾を捕まれているかのように心が揺れる。
しかし。
「すまない」
「うん… 大丈夫、待てる!」
「いい子だ… 二人とも、セーバルちゃんと先生の言うことをちゃんと聞くんだぞ?」
「「はい!」」
本心とは裏腹に聞き分けの良い二人に助けられている。少しでも止められたら俺は足を止めてしまいそうになるからだ。
そんなしっかりした二人に、もう少し大人ぶって伝えておく。
「ミクはあれこれ手伝うのは偉いけど、あまり背伸びし過ぎるな?」
「はい」
「ベル、トレーニングを怠るな?と言いたいとこだが、ベルは少しやりすぎるところがあるからな、ほどほどにするんだ?本番で覚えたことを使えなくては意味がない」
「はい!」
最後に二人の頭にポンと手を置き、勢い余ってそのまま抱きしめた。一番寂しいと感じているのは俺である証拠だろう。相変わらず俺は弱い男だ。
「二人とも… 後は頼む」
「うん!」
「わかった!」
「ありがとう、帰ったらまた出掛けよう?どこでもいい、好きなとこへ行こう?今度はみんなで」
俺達は、四人手を繋いで帰った。
血の繋がりはないが。
家族仲良く家に帰った。
明日だ、明日になれば全てがわかる。
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