第48話 現場検証

「どう?カコ?」


「特にこれと言って異常はないみたい、本当にただ眠っているだけ」


「はぁ… そっか、よかった」


 と、一時はホッとしたように言ってみたが… 突然糸の切れた人形のように倒れてしまったシロの姿が、セーバル達の目には異様に映っていた。


 彼は眠らない、食事も本来であれば必要ない。


 生き物と呼ぶにはあまりにも異質で不思議な彼、本来であればなんの違和感もないであろう眠る姿を晒す彼に対し、まだ安心してはならないとセーバルの心は警笛を鳴らしている。


「いいかどうかで言うとどうかしらね…」


 そしてそれはカコも同じ、眠らないはずのシロが眠る必要があるというのはシロにとっての異常であることを意味する。


 カコの言葉に息が詰まりそうな感覚を覚える。もしかしたら彼はこのまま目覚めないのではないかと。


「起きないとか… ないよね?」


「言い切るには不確定要素が多いけれど、時間が掛かったとしても必ず目覚めるはず。今の彼は四神の力を引き出し過ぎて少しバランスが崩れたような状態なんだと私は思う」


「でもそれじゃシロの体が… どうして眠ることになるの?」


「ガントレットが彼の体が壊れてしまわないように四神の力を制御してくれてるから崩壊には至らなかったということだと思う。でも随分派手に使ったのね… 恐らく制御の枠を越えかけたのよ?今4つの力は器としての彼を眠らせて崩れたバランスを整えているのだと私は推測してる、四神玉のおかげかもしれない」


 四神籠手… シロを助ける機械ガントレット。


 カコが言うには、制御と言っても人の手で作った機械である限り限界と言うものがあって、その限界を越えれば当然制御不能となり彼の体はたちまち限界を迎える。それを越えないようにセーフティがあるはずなのだけど、籠手の解析をするとそのセーフティプログラムを易々と突破していたらしい。これはシロ自身が4つの力の使用に慣れてきたってことだと思う。特に炎、スザクの力とは付き合いが長いから。


「アップデートが必要ね」


 とカコは顔をしかめた。


 シロに宿る四神の力… 無くては生きられず、そのまま使うと死んでしまう。


 その力のおかげで肉体を得て戻ってこれたのに、その力のせいで生きづらくなっている。それが今のシロ。


「いつか彼の体を完全なものにしてあげられたらいいんだけどね… 力の器としてではなく彼自身の肉体として」


「そうしたらお腹も空くし眠くもなるの?」


「そうね、今の彼はサンドスターが寄り集まって形を作り出している仮初めの存在、だからホワイトライオンの特徴があってもその特性は失われているし、サンドスターだけで奇跡的に体が成り立っているから空腹にもならなければ睡眠も取らない… ケガをしてもまたサンドスターが形を作り出してすぐに元に戻る、そしてこれ以上歳も取らない。良いところばかりに聞こえるけれど、言うなれば本物そっくりに作られた紙粘土ってところかしら… しかもその中には危険物がぎっしり敷き詰められている」


 紙粘土… 例えなのはわかるけどそんな風に彼が言われることに少し胸が痛んだ、カコはたまにこういうところでデリカシーがない。セーバルは流石に少し咎めた。


「そんな風に言っちゃダメだよ」


「ごめんなさい、失言だったわね」


 シロだって生きてる、体温を感じる、鼓動もある。血潮が流れ、考え行動し、心が、思いやりがある。


 でも… シロと前よりよく話すようになってから考えていたことがある。今のシロにとっての幸せはどうすることがそうなのだろうかと。


 セーバルは目覚めた直後のシロとは話していないからよく知らないけれど、酷く自暴自棄で生きる屍と言う言葉を体現しているかのようだったと聞く。手首を切った話も聞いている。

 そんなシロもみんなが死を望まないから思い止まってくれたし、ミクやみんなのおかげで今はそれなりに立ち直っているのはセーバルから見てもよくわかるけれど…。


 望みは何?本心は?


 もしかすると、今でも思っているんじゃ?




 早く楽になりたいって…。




 そんなことを自分で考えて胸が苦しくなった、もしそういう場面になった時、セーバルは彼の望みを尊重できるだろうか?いや、きっと無理…。


 だからもしかすると完全な肉体なんてそんなものを彼は望んでいないのかもしれない。自分に対するあらゆることに無頓着になってしまった今のシロなら、このままの方が楽でいいとさえ思っているのかもしれない。


 でも、そうだとしても。

 どうしてもこのワガママな自分を押し通したい、故にセーバルは望む。


 彼の眠るベッドに静かに腰掛け、顔を覗き込んだ。


「可愛い寝顔、女の子みたい」


「何急に?フフ、でもそうね?」


「早く治してあげてよカコ、セーバルはシロにもご飯作るだけじゃなくてみんなと並んでご飯食べてほしいし、夜は一人でフラフラしないで今みたいにぐっすり寝てほしい。その時はたまに寝坊したっていい、セーバルが叩き起こす、生きるってそういうこと。食べて遊んで働いて、みんなと沢山笑って、そして寝るの。セーバルはシロにちゃんと生きてほしい」


 そう、仮に彼が望まなくても。


「そうね、私もそう思う」


 生きてほしい、きっと帰ってこれたのは何かの縁だと思うから。


 かけがえのない、どこかセーバルと似ている彼。


 そんな彼が生きたいと。

 心からそう言えるようになる為に、セーバル達も彼を支えていかなくてはならない。


 今はゆっくり休んでていい、だけど。


 ちゃんと起きて。


 お願いだから。




 静かに寝息をたてる彼の額に指を触れ、そのまま前髪を上げるようにゆっくりと頭を撫でた。


 そんなセーバルの姿を側で見ていたカコが話しかけてくる。


「ねぇ?」


「なに?」


「私はやっぱりお似合いだと思うけどな、あなた達」


 お似合い。

 お似合いね…。


 だから、そう簡単なことじゃないんだって。セーバルはカコの方に目も向けず、手は彼の髪を撫でたまま答えた。


「やめて」


 今はあまり怒る気にもならないので、そんな風にどこか素っ気ない返事を返した。


「はいはい」


 カコはニヤけてたと思う、見なくてもわかる。そうしてだらしない返事をセーバルに返すと、最後に立ち上がりこう言い残す。


「後は安静にさせておくしかない、目覚めたらラッキーが教えてくれる。だからセーバルも気が済んだら戻って?」


 返事を聞く気がないのか、カコはそのまますぐに部屋を後にした。セーバルも別に返事をする気はなかったので、構わずシロの髪を撫でていた。


 二人きりになってしまった。


 なんてことを気にすることもなく、無心で眠っている彼の髪に触れ、ただじっと見つめ続けていた。


 “お似合いだと思うけどな”


 なんてカコに言われて否定したばかりの言葉をふと思い出してしまう。セーバルは眠る彼が聞けるはずもないことをわかっていながら尋ねていた。


「ねぇ?お似合いなんだってセーバル達… そういえば最近よく夫婦とか恋人とかって間違われるよね、どうする?」


 どうするって何が?自分で自分に聞いてやりたい、何をどうすると言うのか。何もできやしない、セーバル達はそういう関係。


 でも、彼とは近頃色々ありすぎた。


 嫌でも意識してたのは認める。


 だから…。


「セーバルはね?シロが素敵なプレゼント用意して、どーしてもって言うなら… 考えてあげてもいいよ?」


 何言ってるんだか…。

 小さくため息をついて妙なことを口にしてしまう自分に呆れ返った。こんなことを言うのは彼が聞いていないからで、尚且つそんなことは絶対にしないだろうから。


 なんて思ってまたため息を一つ残し、最後に彼の前髪をぐっと上げる。


 そして。


「またね寝坊助?」


 そう言い残し、彼の額にキスをした。







 

 眠り続けるシロを部屋に残し子供達が皆眠りについたあと、セーバルはカコのところへ顔を出し少し行動を起こすことを伝える。


 シロが話せない今、自分で何が起きたのか確かめなくてはならない。胸騒ぎがする。


「カコ、セーバルちょっと出るね」


「珍しいわね?こんな時間にどこへ?」


「シロを追い詰めたヤツが気になる、いきなりポンと現れたし、ただのセルリアンならシロが本気を出すまでもないはず、しかも逃げられたって」


「現場を調べてくるのね?わかった、気を付けて?」


 カコは前にセーバル達が持ち帰った壊れた旧型ラッキーのコアの解析をしている、気になっていたので少し尋ねてみた。


「それ、経過はどう?」


「まぁまぁね、音声ファイルの解析が終わったとこ、重要そうなのは見当たらないけど」


「音声?歌とか入ってるの?」


「あ、えーっとね… これとか」


 カコは外部端末を操作してデータを呼び出し、その中の一つを再生させた。どこか馴染みのある声で歌が聞こえてくる。


“『はしらーで~食べる~ジャパリマンが~?』”


 ミク?いや違う、本当にそっくりな声だと思った。これはかばんだ、根拠はないけどわかる。


“『いつもよりも~おいしい~ しんはっけーん!』”


「なにこの歌… もしかしてかばん?まさかかばんの声がたくさん入ってるの?」


「あの~… そう、そうみたい、なんでかしらね?ハハハ…」


 なんだかよそよそしいこの態度、よくわからないがシロの仕業に違いない、離れていても声が聞きたかったとかそういう気持ち悪い理由だとセーバルは推測する。クロはこれを残してシロの寂しさを紛らわせてあげようとしていたのかも。先見の明。


「他には他には?ほらこれとか聴かせてよ」


「こらもう勝手にいじらないで!あちょまっ!それダメ!」


“『シロさぁん!シロさん好きぃ!シロさんシロさんシロさブツッ………”


 セーバルはこの時だいぶ反省した。 


「ごめん」


「勝手に触らない!わかったでしょう!?」


「正直すまんかった… ねぇもしかしてこんなのたくさん入ってるの?はぁ~やば、セーバルドン引き、かばんが可哀想だよ早く消してあげなよ?」


「いや… もしかしたらこの音声でユウキくんの不能が治るかもって思うと消すに消せなくて…」


 今衝撃の事実をさらりと聞かされた気がする、今こう仰ったの?不能って。


「シロって不能なの…」


「そうみたい、まぁ特に悩んでもなさそうだったけどね」


 その理由はそういう体だからなのか、あるいは精神的なものが理由なのか… わからないけどつまりあの晩セーバルはどちらにせよ抱かれなかったということだろう。そういえばデートの時物理的にも無理だったみたいなこと言ってたかもしれない。


 ん~… どちらにせよ無理だったのかぁ。


 この謎の敗北感みたいなものはなんだろう、無性に腹が立つ。


「あら?セーバルもしかしてガッカリ…」


「してないから。…それ消しなよ?多分シロも怒るよ、じゃあもう行くからね」


「わかった、じゃあ気を付けて?」


 とんだ茶番に時間を食ってしまったけれど、セーバルは静かに玄関の扉を開き現場に向かい飛んだ。場所はわかっている、正確でなくてもシロが散々暴れた後がそこにあるはずなので近くまでいけば何ら問題はない。


「見付けた、戦いの跡。クレーター… あれだけやっても倒せなかったの?敵はなんなの」


 地上に降りるとこの地のサンドスターに呼び掛ける、ここ数時間以内の星の記憶を呼び覚ます。


 両手を組んで目を閉じる、自らも星の一部であることを意識し、呼び掛ける。


「お願い… 見せて?」


 騒ぎ始めたサンドスター、白い霧のようなものが周囲を包み数時間前の記憶を映し出す。


 すぐに現れた、シロの姿。

 ザァーッと土埃を上げながらどこからともなく現れ、さっきまで無残にもへし折れていたはずの大木に向かい彼は言った。


『隠れてるつもりなのか知らないが、意味がないことはしなくていい… 出てこい』


 すぐに大木をへし折りながらヒト型の目玉オバケが現れた。


 セーバルはこんなセルリアンを他に知らない、シールドブレイカーと同じで見た瞬間に気に入らないと感じた。


「少し戻して?木が折られる前… こんなデカイやつどうやって隠れていたの?」 


 木の裏へ回り込み正体を探る。

 そこには確かにこれからシロと対峙するはずの者の姿があった、見た瞬間にセーバルは背筋がゾッとする感覚を覚えた。


「なんなのこいつ…」


 人間?セルリアン?


 大きさはセーバルよりまだ少し小さい、全身は顔まで覆われた真っ黒なスーツ?そんな物を着込んでいるように見える。真っ黒な影みたいなそいつが見えないはずの顔でニヤニヤしているのがなんとなくわかった、不気味とはこれのことを言う。


 やがてシロの呼び掛けに応じるとまず右腕が変化、メキメキと音をたて木の幹を抉る。次に胴体から左腕までをたくさんの目玉をギョロギョロとさせた姿に変化させる。木を易々とへし折りながら下半身を右足左足と順番に変化させながら先ほどの姿に変わっていく。


 そうしてシロと対峙。

 

 やがてサーベルで首が切り落とされ動きが沈黙する。でもこれでは終わらないはず… そう思い注意深くそいつを見ているとセーバルはあまりにも気味の悪いものを目の当たりにした。


『ギィハハハハハッ!ソノサーベルカ!ソノサーベルダナ!本当ニ残ッテヤガル!ソレモ食ットケバ良カッタナァーッ?食ベ残シハ良クナイヨナァヤッパリ!』


 嘘でしょ…。


「喋ってる… 明かに知能をもって喋ってる…」


 そんなセルリアンはいない、女王ですらここまで感情的ではなかった。セーバルだってフレンズになってもしばらく抑揚の少ない話し方しかできなかったのに…。


 シロとの対話を聞いているとすぐにわかる、これは知能や自我なんてレベルではない。この怪物の背景に人生というものが存在している。


 最初はなかったはずの口、頭がそのまま割れそうなほど大きな口。そこからペラペラと人間臭い言葉が並べられている。


 こいつを見ていると嫌悪感そのものを丸めて食わされているようなほどの嫌悪感を感じる。


「こんなのセルリアンじゃない… セルリアンすらも利用してる!それ以上に歪んだ怪物!」


 倒してシロ、早くこいつを倒して。


 この戦いの行方はわかっているし、最後に逃げられることも知っている。それでもそう思ってただひたすらにシロの勝利を願った。


 嗚咽が出るほどの邪悪、明確な悪意を持ってフレンズ達を補食する悪魔。


 こいつは生かしておいてはいけない。



『イィタダキマァスッ!ギィハハハッ!』


『チィッ…!』

 


「そんなシロ!?腕が…!?」


 サーベルごと右腕が… たくさんの血、普段無表情の彼の顔が痛みに歪む。

 それでも彼は負けない、狼狽えもせず残った左腕で化け物を殴り腕を吐き戻させ、今度は腕を爆発させてそのまま殴り飛ばした。力の使い方が豪快になってきている。


 腕をくっつけるとそのままトドメに入っていた。炎を帯びた強烈な蹴り、セーバルから見てもあれがどれ程強力な技なのかわかる。明らかに籠手の制御を越えた力。


『来世まで焼かれろ』


 そう言って指を鳴らすと化け物が炎に包まれる。焼けていく姿を見て安堵の息が漏れる。息を止めていたことに今更気付き過呼吸になった。


 でもダメ、シロが言っていた通り逃げられる。


「体を失って頭だけになっても消滅しない… 人間とは思えない、でもセルリアンと言い切るにも無理がある…」


 追わないと。


 アイツは逃げるのにシールドブレイカーを放った、シロ… ただでさえ疲れているのにこんな戦いを強いられていたなんて。セーバルの思っていた何倍も危ない状況だった。


 でも、セーバルにもやるべきことがある。


 首だけで蜘蛛のように歩き回り逃げていくアイツがどこへ行くのか突き止めるため、疲れきった記憶の中のシロを背にセーバルは走り出した。


 そして走り続けること数分、港の船まで辿り着く。あれに乗り込んでここを離れる気だ。


 どこから来たの… 誰の差し金で!


『ギィヒハハハハハ… ネコマタァ?奪ッテヤルゼェ?神ガ俺二何モ与エナイナラ!俺ハアイツカラ奪ッテヤルゼェ!!!』


 狙いはベルのお母さんのサーベルだったはずなのにまるでシロ自身をターゲットにしているようなこの口振り、また背筋が凍るような感覚を覚えた。


 船体に張り付きこの場を後にするアイツは港を離れるとそのまま見えなくなっていく。地面を離れたから星の記憶に残らなくなったということ。これ以上の追跡ができない…。


「十分わかった、戻ってアイツのことカコにも話さないと」


 帰る途中、袖が破れて血まみれになっているボロボロの上着を見付けた。シロのものだ、着て帰ったらみんなに心配掛けるから脱ぎ捨てていったんだろう、だからこの寒空の下あんな薄着で。


 今度はセーバルが買ってあげようかな?あの時はたくさん買ってもらっちゃったし、また似合うの選んであげるからね?




 とにかく今は帰ろう。 


 帰ったらもう一度シロの様子を見て、ひとまず彼があれほどの戦闘から無事に戻っているということに安堵したい。まだ体がザワザワしている。


 難しいことは後。


 さっきの気味悪さが抜けず、少し震える体を抑えセーバルは家まで飛んで帰った。

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