第47話 天は二物を与える
大木をへし折りながら現れたヒト型、サイズは3メートルほどで色は黒。
特徴としてはアンバランスに見えるほど筋肉質な見た目、先端が鋭い爪のようになっている両手。
そして体の至るところにある大小バラバラな目玉。
「まるで妖怪だな」
先手必勝、サーベルの柄を握り抜刀するその瞬間まで深い呼吸で意識を集中させる。
相手はズンと重たい音をたてゆっくりとこちらへ歩き始めた、素早い動きは苦手なのかもしれない。だが仮に早くても関係ない、俺の方が早ければ済む話なのだから。
今だ。
ビャッコ様の力を発動させ全身に風を集める。強い踏み込みと共に風が体を後押しすることで地面を抉り、俺を敵の目前まで運ぶ。
抜刀… 刃が放たれる。
その瞬間俺の剣は横一文字にヤツの首を捉えた、ノロノロしていたので動きを見る間も無く薄気味悪い目玉を持ったその頭部を地べたに落とす。
鏡のように美しい刀身は夜空の月を映し出す。
捉えた、手応えもある… が妙だ、やけにあっけない。
体を捻り背中を見せぬよう相手に向かい着地した、首は落としたが胴体はその場に佇み消える気配はない。ヒト型だからと言って弱点が首というのは浅はかだったか… つまりどこかに石があるのか、バラバラにしてやらないとダメなのか。
構えたまま様子を伺っているとサーベルが小刻みに揺れ何か俺に訴えかけてくる。
「どうした…」
一人言のように小声で尋ねると珍しく彼女が返事をくれた。こう言っている。
『思い出した!アイツは最後に私を食ったやつよ!あの姿、間違いない!』
なにっ?
前のように取り乱さず話してくれるのを喜んでいる場合ではない、つまりこいつは人為的に放たれた極めて特殊なセルリアンということ。このタイミングで現れたのにも理由があるはず。
「本当なのか?」
『直接戦ってはいないけれど朦朧とした意識の中アイツに宙吊りにされて丸飲みにされた光景を覚えている… 気を付けて!』
「了解っ…!」
セーバルちゃんもヤツの気配に違和感を覚えていた、どういうセルリアンなのかはわからないがこんな薄気味悪いやつが複数生み出せる環境がパーク側にあるとするならガーディアンというのは実に酷な職業だ。自分たちのところで出たゴミを駆除させられているのだから。
一気に畳み掛けた方がいい気がする… ベルの母親を食ったやつと同種のやつがこのタイミングでこの場所に現れたということは、その件に関係して放たれた可能性が高い。
それに…。
「すぐ帰る約束だからな、お前の動きは気になるがさっさと倒してこのことは四神に報告させてもらう」
首無しのまま黙っている相手にそう言い残し、俺はスザク様の力を引き出そうとした。
がこの時… 信じられない光景を目の当たりにする。
「ギィハハハハハッ!ソノサーベルカ!ソノサーベルダナ!本当ニ残ッテヤガル!ソレモ食ットケバ良カッタナァーッ?食ベ残シハ良クナイヨナァヤッパリ!」
!?
声、どこから?恐る恐る切り落とした首に目を向けると先ほどまで無かったはずのものがその頭部に出現している。
口だ… ギザギザと鋭い歯のような物があり頭の側面まで裂けるように口の形をとっている、そして流暢に言葉を放っている。
「喋れるのか、ますます妖怪みたいなやつだ」
「妖怪ィ?失礼ナ奴ダ!ソリャテメーノコトダロ!エェオイ?ネコマタ様ヨォ?ソレトモ白炎ノ獅子ッテ呼ンデヤロウカァ?ギィッヒハハハハハッッッ!!!」
ただ喋るのではなく明確に意思を持って話しているのがわかった、俺のこともよく調べがついているようだ。しかもあの言い種だとベルの母親を食ったやつと同一の存在、そして狙いはこのサーベルと見た。ガーディアンの本部での騒ぎで剣に意志があることを危惧したのだろう、つまり口封じ。
やはりこいつは危険だ。
「シカシ不味ソウナ奴ダナァオマエ?味ノネェガムニ足ガ生エテルミタイダゼ?」
ようやく動き出した奴はそんなことを言い放ちながら頭を拾い元の位置に戻している、再生するとは面倒そうなやつだ。ただバラバラにするのでは決着が着かない。
俺はヤツの言葉には一切返事もせず刀身に炎を纏わせもう一度斬りかかる。炎の刃で切り口を焼き再生させぬままバラバラにしてやる。
無駄口は終わりだ。
懐に潜り一太刀また一太刀と炎の斬擊を加えていく、斬る度に浄化の業火が舞い上がりヤツの体を確実にバラしていく。
「腕ガ!足ガ!焼ケテイク!ヤリヤガッタナ!」
「手足を無くして無様だな、そのままチリになって消えろ」
バラバラになり地面に転がる体のパーツ、そんな姿になってもまだこうして流暢に話しかけてくる様は不気味以外に何者でもない、嫌悪感の塊のようなやつだ。
それに…。
「天ハ二物ヲ与エズ」
「何?」
「コトワザサ?知ラナイノカ頭ノ悪イ奴ダナ?神様ハナンデモカンデモクレルワケジャネェッテ意味サ?人ニハ大体1ツハ優レタ才能ガアルトモ言エル、勉強ガ苦手デモ足ガ早イトカナ?ダガソレハ人間ニ当テ嵌メタ言葉ダ」
何だこいつは… 狼狽えているかと思ったら急に落ち着きやがって、何故そんなことを今話す必要がある?それにこいつの話すこと、違和感の正体が今わかった。
まるで人間のようだ、ガムがどうとか言ってみたりコトワザを言ってみたり。セルリアンが自我を持ち話しているってだけのことではない、こいつには人間としての知識があるとしか思えない。
「何を言ってる」
「オマエラ“フレンズ”ハズリィヨナァァァァッ!?端正ナ顔立チ!恵マレタ体躯!他ニモ色ンナ才能持ッテル奴等デイッパイダ!人間ジャナケレバ神様ハ二物モ三物モ与エヤガル!現ニテメェハ神ノ“力”ヲ!シカモ4ツモ与エラレテイル!コンナ不公平ナコトガ許サレルノカァァァ!?人間ニハ生マレツキ“ハンデ”背負ッテルヤツダッテイルンダゼェェッ!?」
こいつ、なんなんだ?セルリアンに対して正気もなにもないだろうが正気とは思えない。まるで人間を憐れむようなこの口振り。それにおかしい、何故炎の斬擊を食らってまだ燃え尽きないんだ?
フレンズに対する妬みの言葉をつらつらと並べ未だに消えることのない体。明らかに人としての自我と記憶を持っているであろうこの態度。
どういうセルリアンなのか知らないが、セーバルちゃんが言ってた違和感はこういうことか?
『油断してはダメ!早くとどめを刺して!』
「ッ!?」
その時、サーベルからベルの母親の声が脳内に響き渡る。しかし気付いて構え直すには少し遅かった。
「ダカラ俺ハ食ッテルンダヨ“フレンズ”ヲ!ギィハハハハハッッッ!」
なにっ!?
と口に出す間もない、奴は切断された四肢を捨て各断面部の炎を外に押し出すように新たな手足を生やした。そして胴体を丸ごと口のような姿に変えるとサーベルを持つ右腕に食らい付いてきたのだ。
「イィタダキマァスッ!ギィハハハッ!」
「チィッ…!」
噛まれた、否… 腕ごとサーベルを持っていかれた。おびただしい量の出血、そして痛みがジワジワと大きくなっていく。
やられた… この歳になっても得体の知れない相手だと油断しがちだから本当に俺という男は情けない、きっと師匠達も黄泉の国で呆れているだろう。
だがサーベルは大切な物だ、腕ならどーせ生えてくるのでいくらでもくれてやるがサーベルはダメだ、簡単に奪われてたまるか。
「吐き出せッ!!!」
残った左拳を力一杯握り締めボディブローを叩き込む。
「ゴォエェ!?!?!?クソガッ!食事ノ邪魔シヤガッテ!」
籠手を使った渾身の拳、それを間髪入れずにお見舞いした。気味の悪いうめき声を挙げるとヤツの口からサーベルを握り続ける俺の右腕がベチャベチャという音と共に地面に落ちる。
「お前のようなヤツに食わせる物はない!」
「食イテェノハ冷蔵庫ノ奥デカサカサニナッタ人参ミテェナオマエノ腕ジャネェ、剣ヲ寄越セ!ソイツハ俺ノ獲物ダ!」
「食えるもんなら… 食ってみろッ!!!」
そうして俺がまた食らわせたのは渾身の左拳に火炎弾を上乗せした“
「ウォォアアアァァァァッ!?!?!?」
懐に潜り腹部に放たれた全力の左ストレートは炎を纏い爆炎を放つ。声を挙げながら後方数十メートルにまで吹き飛んでいったヤツの腹には大穴が空き、下半身と上半身は今にも泣き別れになりそうな状態となる。
しかしあれだけ力を込めても形を保っている、考えたくはないがアイツ… 浄化の業火に耐性があるのか?
出し惜しみしている場合ではないな。
土埃を上げ何度も転がるヤツの姿を見ながら右腕を拾い、試しに断面にくっ付けてみるとほんの数秒で腕が繋がった。サンドスターロウだろうか… 謎の液体にまみれて気持ち悪いことこの上無い。だがこれでわかった、切断された場合新しい腕の復活を待つよりこうした方が早いようだ。袖は無くなったが。
「すまない、一瞬とは言え手放してしまった… 大丈夫か?」
『まだよ、早くアイツを始末して!』
「それもそうだ」
追い討ち、ダメージがあるうちにもう一度大技で消し飛ばしてやるのが懸命だろう。風を使い距離を詰めるとその後は難しいことは考えずもう一度炎を発現させる。耐性がなんだ、上回ればいいだけだ。
「消し飛べッ!!!」
体に纏う浄化の業火は右足に集約。
飛び上がり空中で一回転すると炎を推進力にした超速の飛び蹴りを炸裂させる。
ダンッ!!!
という重たい音をたて直撃、その瞬間衝撃波発生しお喋りなヒト型セルリアンを中心に地面も半球形に抉られる。
決まった、可能な限りありったけの炎を捩じ込んでやったぞ。
瀕死のような、力のない声でヤツは言う。
「アァァァ… ホラナァ?コノ強サ… ヤッパリ不公平ダ、依怙贔屓ダ… オマエガ勝ッテ俺ガ負ケルノガ証拠ダァ… “天ハ二物ヲ与エル”…」
「なりたくてこうなったんじゃない、来世まで焼かれろ」
パチンと1つ指を鳴らしたその瞬間。
「アァァァァァァッ!?!?!?」
断末魔と共にヤツの体にスザク様の紋章が浮かび上がり。蹴りを通して流し込んだ浄化の業火、それがこの瞬間全て解放され内側からコイツ焼き払う。
抉られた地面を更に抉りとるように爆音が鳴り響き、大きな火柱が月まで届かんとするように立ち上る。
「聞きたいことは山ほどあったが、ここに現れたのが間違いだったな…」
決着。
手強い相手だった、これからあんなヤツがわんさか出てくるんだろうか?四神の力を持ってしても対抗が困難な敵が…。
やや不安を覚えながらも俺はサーベルに語りかけた。
「とりあえず、仇は討ったぞ?主犯はまだだが」
『ありがとう… ありがとう…』
サーベルからの声が次第に遠くなっていく、また意識を引っ込めてしまったようだ。
さて。
もう帰ろう、派手にやり過ぎた… クタクタだ。
内緒で来たが何人かはこの騒ぎに気付いているかもしれない。血まみれで片方袖のないこの上着に関してはなんと説明するべきか。捨ててくか。
「はぁ…」
また1つ溜め息をついた。
疲れたからではない。
「…しぶといヤツだな」
「ギッヒハハハハハ!バレチマッタカァ!」
振り向くと、首だけになっても尚蜘蛛のような足で自立し不気味な笑いを浮かべるヤツがいたのだ。あの攻撃を耐え抜いたっていうのか?考えにくい、そもそも分離していた?
「勝負ハオ預ケダッ!今日ノトコロハ一旦引カセテモラウゼェ?」
「逃がすと思うか」
「イイヤ?足止メモナイト思ウカ?ギィッヒハハハハハッッッ!!!!マァタナァ~?ネコマタァ?」
カサカサと歩きながら何か吐き出していった、俺は逃がすまいと追うが… その吐き出した何かはたちまち何倍もの大きさに変わり俺を阻んだ。これでこいつが人為的なセルリアンだとハッキリしたな。
「待てっ! …チィッ!厄介な奴を置いていったな!」
シールドブレイカーだ、やれやれ… あの喋る頭叩き潰したら帰ってシャワーを浴びたかったんだがな。ベルの母親よ、もう少し付き合ってくれ?
俺は再度サーベルを鞘から抜きシールドブレイカーを迎え撃つ。
…
「ただいま」
「あ、シロじぃどこ行ってたんだよ?いつの間にかいないんだから~」
「あぁちょっとな… それより、いい日になったみたいだな?」
「え?あぁわかる?エヘヘ… うん」
帰ると太郎がデレデレしながら俺を出迎えてくれた、隣でレベッカさんもモジモジとしているようなので二人共俺の留守についてはあまり言及してこなさそうだ、助かる。
「あれ?シロじぃ上着は?」
「暑いから脱いだよ」
「いやさすがにこの気温で暑いはないでしょ?それにさっき大きな音が何回か聞こえたけど… なんかあったの?あれ、顔色悪くない?」
無理があったか、1㎞ごときであれだけ騒げば流石になんでもないじゃ通せない。しかしこちらの問題にはあまり太郎は巻き込みたくない。特に幸せ真っ只中の二人には余計なことを考えずに二人の時間を楽しんでいてほしいのに。
「はいはいそこまで、太郎?そろそろ大事な彼女送ってあげたら?明日仕事でしょ?レベ子は家も遠いんだから」
「あ、はーい… じゃ先輩?お送りします」
「aha?付き合ってるからって変な気起こさないでよ?」
「ちょっと愛しのダーリンに対して信用無さすぎませんかねぇ… じゃあシロじぃまたね?みんなも!今日はごちそうさま!」
セーバルちゃんの助け船により変に問い詰められずに済んだ、後でお礼を言わなくては。
二人は仲良く手を繋いでこの場を後にした。レベッカさんは変な気起こさないでと言っていたが、下手したら「もう遅いから泊まったら?」なんてことにもなるのではないだろうか。ただ太郎はあれで奥手なようだから、あまり攻められると逆になにもできなくなってしまいそうだが。
まぁとにかく… そんな二人の時間を守れたのならいい、片腕を食われた甲斐があった。
太郎達を外まで見送り中に戻るとセーバルちゃんがすぐに気づかってくれた。
「シロ、大丈夫?結構… 掛かってたみたいだけど…」
「倒したと思ったんだけど逃げられた、足止めも食らってね… でもとりあえず大丈夫、後片付けしようか?」
「そんなのやっとくからいいよ?太郎も言ってたけど、顔色悪いよ?休んだら?」
「平気、一人じゃ大変だ、手分けしてやろう」
確かに大技を使った後に連戦でかなりキツかったが大袈裟だ、俺の体は自動回復があるんだ、こんなのは黙ってれば治る。
そうしてセーバルちゃんの心配を振り切り片付けに入るとミクが駆け寄ってきて俺の前に立ちはだかった。そして見たことがないような凄い剣幕で俺に言うのだ。
「おじさん休んで」
「ミク、平気だよ?そんな怖い顔しないでくれ?」
「休んで、言うこと聞いて、返事は?」
こんなことがかつてあっただろうか?まさかミクにここまで強く言われてしまうとは、折れるしかあるまい。
「あぁ… わかったわかった、怒ることないだろ?うん、了解?休むよ、ありがとう」
今の俺はそんなに酷い面してるんだろうか。
「ママセーバルさん!部屋に押し込んできて!」
「あいあいさー、さぁ行くよシロ?姫の命令」
「わかったよ」
そこまでする必要あります?家の中で女性陣に怯えるのはいつの時代もありがちだな。強くなったなミク。
俺はセーバルちゃんに連れられ部屋に軟禁されてしまうのであった。
…
「お水飲む?少し寝たら?」
「大丈夫だよ」
「嘘、ミクがあそこまで言うって相当なことだよ?寝ないのかもしれないけど横にくらいなりなよ」
「平気だよ、平気…」
不安だった。
何か得体の知れない敵を相手に、そして帰ってくるのも遅いと感じた。帰ってきたと思ったら見るからに疲れていたし、それはあのミクが怒るくらいには疲れきってた。
「シロ大丈夫?シロ?」
本人は平気と言うものの目の焦点が合っておらず、セーバルの方を見ているようで視点が外れている。あまり心配なので念入りに声を掛け目の前で手を振ってみたりしたけれど、反応が見られない。
「大変… カコを呼ばないと」
そう思いとりあえずベッドに座ってもらおうと彼の手を引いた時だ。
「うわっ、ちょちょちょ!」
疲れきって帰って気が緩んでしまったのかもしれない。手を引くとシロはそのままセーバルの方に体を預けて倒れ込んできてしまった。彼が覆い被さる様にベッドに横たわる。
「シロ?ちょっとシロしっかり?重た… もぉ!ねぇちょっと、よーけーて!」
グッと横向きに彼を退かすと、まるで子供のように呆気ない顔で寝息をたてる彼と向かい合わせになった。お互いの顔の距離感に少し気恥ずかしさを感じつつ、可愛い顔しちゃって… なんて思いながらそのまま彼の前髪を撫でる。
「こんな顔もするんだ… よっぽど疲れてたんだね」
って言うか…。
「え?寝てるの?シロが?みんなが寝てる間こっそり剣振り回してたあのシロが?」
そうそれは、彼が火山から帰ってきて初めての睡眠だった。
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