第45話 先輩
前回までのあらすじ。
太郎が告白することになった。←×
太郎の妙な鳴き声を聞いて厨房から顔を出すと、過呼吸気味に壁にもたれ掛かる太郎の姿が目に入った。状況を把握できずにいるとベルが事情を話してくれた。
「ミクがレベッカさんをうちに呼んだんだ?お菓子たくさん作るからって。それで迎えをレオにぃがすることになってて、そしたらもう立ってられないって」
意識しすぎだろ。
しかしミクか… 余計な世話を焼いたな?確かに二人はゆっくり話した方がいいと思っていたが、これでは少々やり方が強引だ。あまり言いたくはないがミクの為にもちゃんと注意しなくては。
「ミク、太郎とレベッカさんのことは二人の問題なんだ、あまり周りがあれこれ口を出してはいけないんだよ」
「ごめんなさい… でもレベッカさんよく言っていたの、“レオは元気?”とか“私のこと何か言ってた?”とか。力になってあげたくて…」
こちらはこちらで話が進んでいたらしい、連絡先なんていつ交換していたのだろうか?
しかし何もミクが太郎を陥れようとしていたわけではないということだ、もちろん始めからそんなことをする子ではないことくらい知っているが。これはあれだ、男子には男子、女子には女子の話し合いがあってそれがたまたま噛み合わなかった時のやつだ。
「そうか、ミクは優しいな?大丈夫だよ、なんとでもなる」
「よかった~…」
「いやおじさん甘過ぎ、大丈夫じゃないでしょ絶対。なんとかしなきゃいけないのレオにぃだし」
胸を押さえて壁際に小さくなっている太郎。心の準備もなく意中の相手の前にでなくてはいけないとなると期待のルーキーもこの様か。普段は軽口が多いようだが、本命の前にでると固まってしまうタイプらしい。
ここまでではないが俺も妻と会ったばかりの頃は目を合わすのも緊張したものだ。わかるよ。
太郎がこうなったのは俺のせいでもある、出来る限り力を貸そう。
「太郎?なぁ太郎大丈夫か?」
「俺… 俺どんな顔で会えば?仕事の時と違うしさ?わざわざ会いに行くんだよ?またまともに話せなかったら先輩傷付けちゃうよ、嫌われちゃうよ…」
「そんなに気負うことはない、何も告白しろと言っているわけじゃないんだ?とりあえず元と同じ態度が取れるようになることを目標にしたらどうだ?彼女も前みたいに話したいと思ってるようだし、一度告白のことは忘れてお互いのわだかまりを解こう?できそうか?」
「元と同じ、前みたいに普通に… そっかそうだね?やってみる、まず先輩に謝ろう、そうしよう」
ビビりすぎだ、このことに関して太郎は消極的すぎる。だがとりあえずやるべきことを決めておけば後は行動だ、なにもゴールまで行く必要はない。まずスタートラインに立つことが大事だ、今のままではどんどん後退する一方なのだから。
それに俺としては彼女なら安心できる、あれくらいしっかり見ててくれる女性なら太郎の危なっかしいところも任せることができる。是非太郎の嫁に迎えたい、誰も文句はないはずだ。
故にここで失敗してほしくはない、ミクがけしかけるということはレベッカさんも太郎に気がある証拠、せっかくの両想いなのだから他所の男がちょっかいを出すのは野暮オブ野暮だ。
それから立ち上がる太郎だったが。
「ねぇシロじぃどうしよう!俺芋ジャージ着てきちゃった!?泊まってく気満々だったし!」
服か、服は大事だな。
帰って着替えろと言いたいが帰ると一人でいなくてはならないので心細くて嫌なのだと語る。子供か、しっかりしろガーディアン?と思うのだが、ここはご先祖らしく子孫を甘やかすことにする。
「あぁわかったわかった、後で好きな服なんでも買ってやる」
「マジ!?買ってくれんの!?なんでも!?いいの!?」
「約束する。だがまずは飯だ、食えるか?」
「食える!腹が減るぜ!」
とりあえず少しは精神が安定してきたようで俺も安心した。太郎のことはこれでいいのだがお菓子パーティーともなるとな… ラッキーに材料をいくつか頼んでおかないと。急なことで忙しくなりそうだな。
それから俺があれこれと手を回しているとミクが見るからに申し訳なさそうな顔でそばに寄ってきた。それを見た俺はその場に屈み安心させるように髪を撫でた。
「あ、あのおじさんごめんなさい… 勝手なこと言って… 忙しいよね?」
責任を感じているようだ、だがミクだって何も困らせたいわけではないのだろう、俺にもそれくらいはわかる。いくら知恵が回り器用になんでもこなせるヒトのフレンズでも失敗くらいする。ましてや子供なのだから。
「ミクは少し張り切り過ぎたんだよ?でも周りはよく見ないとな?」
「うん…」
「大丈夫、心配いらないよ?だけどミクの言う通り忙しくなるから、お手伝い頼めるかい?」
そう伝えると意外そうな表情で俺の目をじっと見つめ、すぐに笑顔に変わると大きく頷いた。
「うん!」
「いい子だ、じゃあ明日は頼むよ?みんなで太郎をサポートしよう」
夕食が済むとすぐに太郎を連れてショッピングモールへ向かった。
…
翌朝、早起きして先輩の為に身なりを整えました。それがどーした僕レオ太郎。今玄関先でシロじぃ様一同がお見送りしてくれてます。
「歯は磨いたか?」
「うん」
「ハンカチ持ったか?」
「うん」
ピカピカの一年生みたいな確認をされている。シロじぃにも俺のソワソワが移ってるのかもしれない、顔は変わらないけど。
「よし… いや待て、ここに糸屑が付いてる。それから… そうだ、服のタグちゃんと取ってるよな?」
「大丈夫だよ?お母さんか!ここまで来たら俺も腹くくるっつーの!じゃあいってきます!」
「気を付けろよ」
「太郎さんがんばれー!」
「レオにぃカッコいいよー!」
熱い声援を背に男レオ太郎、いざ!我が愛しの君レベッカ先輩の元へ!うわ恥ずかしい!
さておき、実は先輩の家はここからそう遠くない。寧ろ俺の家の方が遠いくらいだ。ゴコクの市街地にある高くも安くもないであろう小綺麗なマンションに一人暮らし。なんでも実家もゴコクで、家を出たのはいいがあんまり遠くに住むのはやめてくれとお父さんに頼まれたとか。本部はキョウシュウだから本当はゴコクを出たかったらしい、出勤も楽じゃない。「
お迎えに上がるのは二度目、前は隊長に頼まれて本部にある車に初心者マーク付けて行ったんだよな… あの時も先輩には情けない姿を晒した。
ガッチガチに緊張しながら運転してたら笑われて、それから結局運転代わってもらって「
先輩は運転が上手だった、俺はよく乗り物で酔うんだけど、先輩の運転は何故か酔わなかった。その後駐車場でいきなり大回転し始めたから泣き叫んでまた笑われたけど。
移動中に先輩とのことをいろいろ思い出していた。よく俺なんかの面倒を見てくれたと思う、従わないで突っ走ったりするし大変だったと思う。でも諦めずに指導してくれた。
いつから意識してたんだろ…。
いつの間にかこんなに好きだ。
セーバルさんが言っていたように、始めから先輩に気があったから今更こんな気持ちになったのかもしれない。いや、気付いたのかもしれない。
「着いた、ここ… だったよな?」
部屋は2階の一番奥、近付くと手が汗ばんできた。ドアの前まで来る頃にはおにゅーの服が汗で張り付いて不快感すらある。もうすっかり紅葉の季節だというのに滝のように汗を流しているとはなんと情けないレオ太郎。
押せ、呼び鈴を。
指は言うことを聞かない、ドアの向こうで先輩はどんな格好をしてるのだろうか?準備のいい先輩のことだから今起きたってことはないだろう、すっかりおめかしアップして俺が来るのを待ちわびているかもしれない。
待たせるな、呼び鈴を押せ。
「っしー…押すぞ」
呼吸を整え人差し指はゆっくりとボタンに向かう。
息が苦しい、鼓動が激しい。こんな状態で本人を目の前にしたら俺はどうなるんだろうか?死ぬんじゃ?死因、恋。
その時、レオ太郎に着信あり。
「うわ!?ビックリし… せ、先輩!?」
ドアの向こうでは俺に電話を入れる先輩がいるということだろう、俺は軽く深呼吸するとすぐに電話にでた。
「もももしもしもし!」
『Hi?レオもう着く?』
声だけで息詰まりそう。
しかしここで負けるわけにはいかない、獅子の名が泣く。
「あっあの!丁度部屋の前まで来ました!」
『
耳を澄ますとパタパタと慌ただしくスリッパで歩き回るような音が聞こえてきた、時間より少し早くは来たけど先輩が準備不足なのは珍しい気がする。
いや、女性は男より準備に時間が掛かるんだ、それは先輩とて例外ではない。その辺考慮しろレオ太郎?気の聞いたセリフを吐け。
足音が近付いてきた、来るぞ!備えろ!
ドアが開く。
顔が見える。
女性独特の香りが鼻をくすぐる。
色々な情報に脳が追い付かなくなる。
その時、唐突に限界が訪れた俺は胸を押さえて膝をつく。
「あぁ!!!」
「え!?ちょ!?
「ダメかも…」
「oh… ちょっと休んでいきなさい?私も準備にもう少し掛かるから、ね?」
そんなことをしたら俺はいよいよチリになりそうだが、先輩が手を引いて中に招き入れてしまったので握られた手の温もりに酔いながら部屋へと吸い込まれていった。
「そこ適当に座って?」
中に入るとそう言われ、肌触りのいい絨毯の上に正座した。
「レオはコーヒー飲めなかったわね?オレンジジュースでいいかしら?」
「あ、あ、お、お構い無く!」
細やかな気遣い、意外に女性らしい部屋、なんかいい香り、多分服選びに難儀したのであろうベッドに並べれたいくつもの先輩の私服。それを眺める俺至福。
「あんまりキョロキョロしないで?片付けもろくに出来てなくて散らかってるんだから」
「あの、ごめんなさい俺おかしくて…」
「Aha?確かにね、でも来てくれてありがとう?最近距離を置かれてる気がしてたから、実は本当に迎えに来てくれるか不安だったの…
「ごめんなさい…」
落ち着いてきたのでだんだん話せるようになってきた。
先輩がこんなに思い詰めてたのかと思うと緊張とかどうでもよくなってきて、ただただ自分が迷惑なバカに思えた。だからまず一言謝った。
そう、まずは最近の態度を謝らなくてはならない。
「謝ることないわ?私の思い込み」
「いや、ダメなんすよ。心配掛けてごめんなさい先輩?あの… いつも気に掛けてくれてありがとうございます。先輩のことその… 避けてたのは嫌いになったとかでなくて、ただ俺がバカになってたというか…」
言えた。
まずこの謝罪が第一、そして誤解を解かなくてはならない。俺は決して先輩が嫌で距離を置いていたのではないんだと。寧ろ好きなんだと。いや好きなのは一旦伏せて。
先輩は俺の妙な雰囲気が意外だったのか、目を丸くしたままぺたりと向かい側に座り込んだ。
「
「いや大丈夫です正常なんで、それちょっとだけ失礼っすわ、一応真剣なんで今」
「sorry?なんだかあなたにしては真面目そうに言うものだから熱でもあるのかと思って?でも良かった… 嫌われてなくて」
本当にホッとしたのだと思う。だから俺には先輩の目が少し潤んで見えた。普段は敵を捉え百発百中をもたらす鷹の目… 今は一人の女性、俺を見ている女性の目。まるで水面の月、揺れる瞳は俺の心も波立てる。
向き合えレオ太郎、逃げるのをやめろ。
自分の為ではない、先輩に迷惑かけ続けて傷つけるくらいなら立ち向かえ。あんな目をさせてしまった罪を償え。
俺はライオンだ、百獣の王だ。
逃げるなレオ太郎。
「聞いてください先輩、大事なことです、今後に関わります」
「Aha…」
自問自答の末、俺は先輩にこれまでの態度の理由を話すことにした。先輩も俺が真剣なのが伝わったのかおとなしく聞く姿勢に入った。
「前、デートしたじゃないですか?嘘デート」
「ご先祖さんの時のやつね?」
「はい、それで… あの時先輩と尻尾絡めてから顔を合わせる度にその時のこと思い出しちゃってその… 恥ずかしくて目も合わせられないんですよね実は、今も死にそうなんですよ、心臓止まりそう」
「Er… OK?
こんなこと言って先輩はどう思うだろうか?
子供ね?って笑う?
それとも…。
少しうつ向いて先輩を見ないようにしていたが、こちらに身を乗り出してきたのがわかった。
何?と思った頃にはポンと頭に手を置かれ、優しく耳の付け根辺りを撫でられる。
「え、えっと…」
「可愛いとこあるのね?」
「はひ…」
心地好い、心地好くて脳ミソが溶けそうだ。しばらくこうしてほしいと感じる。
でもズルいよ先輩は… さっき俺は直接「好き」とは言っていないが、ほとんど好きだと言ったようなものだ。きっと先輩のことだから既にそういうのがわかっててやってる。わかってるからこそしてる。
「じゃあ謝るのは私の方ね?Sorry… 作戦とは言えあんなこと軽はずみにするものではなかったわね?」
「いやそんな、俺も嫌だった訳じゃないし… ってか嫌だったら振り払ってますよ。だから、抵抗しないくらいには気を許してたというか…」
「私だって誰とでもあんなことはしないわ?一応初めてだったし… 作戦のうちと言っても勢いで絡めてしまうくらいにはレオに気を許してたってこと。こう見えて頑張ってたんだからね?」
セーバルさんの言っていた通りで凄い、いや凄い通り越して唖然だった。お互いに始めから意識してたとでも?直接伝えてこそいないが、これは…。
これ、いけるのでは?
そう思うと自信みたいなものが芽生えた、可能性が見えるとこれだから俺は本当に調子のいい男だ。
「あの先輩それってつまり…?」
うつ向き撫でられていた頭を上げもう一度先輩と目を合わせた。どこか儚げな表情で俺を見ていた。
先輩は撫でていた手を下ろすと今度は頬に手を添えてくれて、それが少しくすぐったいのだが温かくとても落ち着く。
「レオ…」
俺を呼ぶあなたから。
目が離せなかった。
瞬きすらも惜しかった。
先輩が俺にそうするように、俺も先輩の頬に手を伸ばした。顔に掛かるオレンジの髪を指でそっと避けると、先輩は何も言わず一度視線を流し、またこちらを見る。
息も忘れて見つめ合っている。
やがて先輩はその切ない表情のまま目を閉じた。それが何を意味しているのか、俺は本能のようなもので理解できた。野暮な感情はない、あるのは先輩に対する熱い気持ち。
伸ばした手は自然と彼女の首の裏に回り、互いの顔は次第に距離を縮めていく。
その距離たった数十センチ、いや数センチまで来ていたとしても、辿り着くまでが途方もなく長いものに感じていることだろう。目的地はすぐそこ、まさに目と鼻の先にあるのに… まだ着かない、まだ届かない。
だがやがては届く、既に吐息が吹きかかるほど二人の唇は近くに迫る。
今まさに重なろろうとしている、そして重なった時、俺達は今よりもっと先に…。
先に…。
…
「あ!?」
「え!?」
その時。
ぴこーん!
みたいな音。
メッセージの受信音だろう、俺じゃない。
「あ… あはは…?
「ははは…」
お互い、正気に戻った。
というよりか、出鼻を挫かれたというか。
先輩の元にメッセージだ、誰かまでは敢えて聞かない。それどころではなかったし、詮索するような関係ではない。ではないが…。
誰だよ。
「あ、ミクちゃんよ?“太郎さん来ましたか?”だって?今一緒にいるから大丈夫っと…
「心配性ですねミクちゃん?ハハハハ… ってか、いつ仲良くなったんです?連絡取り合ってるなんて全然知らなかった~… なんだよ俺って信用ないなぁ?」
ミクちゃん…。
ミクちゃんか、そうかそうか…。
よし。
一旦冷静になるべきだ。
今のは何?まるで時間が止まったような感覚を覚えた、自分達だけの世界とでも言えばいいだろうか。というかハッキリさせよう。
キスの雰囲気だっただろ完全に。
だったのだが… 俺は全身の力が抜けたようにその場に座ったまま動かず、先輩はさっきのことを誤魔化すかのように慌ただしく準備を進めている。
いいんですか先輩?俺でいいんですか?唇すら許しちゃうんですか?俺に!この俺に!
オレンジジュースを飲み干し、意を決して先輩に声を掛けた。
「あの先輩?」
「OK!待たせたわね?Let's go!」
「あ、はい…」
ダメ、聞けなかった。
聞けなかったが。
もしかしていい返事期待してもいいんですかね?
玄関で靴を履き共に部屋を出て、鍵を閉めると二人でマンションの階段を下りていく。まるで同棲してる恋人同士みたいなこの感じに胸が踊る。心が弾む。
先輩もどこか嬉しそうに見えるのは気のせいではないはず。
「フフフ」
「なんすか?」
「かかとの高い靴履いちゃった?ほら私、結構身長高めじゃない?買ったはいいけどなかなか履く勇気がなくて。でもレオなら私がハイヒール履いたところでまだあなたの方が高いでしょ?悪目立ちする心配もない!
「アハハ!そりゃ良かった?じゃ、それ履きたい時は呼んでください?一緒に歩いてあげますよ?」
あんなことがあったせいか、それともハッキリと向き合ったからなのか、俺は先輩を前に逃げ隠れすることはなくなっていた。
本当は手を繋いで行きたいくらいだけど、あまり焦ってドン引きされたくもないので我慢します。
俺達そんな関係じゃないし?
今は。
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