第44話 お悩み

 その日は修業も何も手に付かなかった。

 全部シロじぃのせいだ、シロじぃが余計なことを言うからだ。


 俺が集中できずにいつもより派手に返り討ちにあった後、シロじぃは「晩飯を食っていけ」と支度に入ってしまった。なんなら泊まっていっても構わないそうだ、明日は緊急出動がない限り俺を含めた隊員の半分は休みなのでいっそそうしようかと思う。帰っても眠れない気がするから。


 疲れ果てて一人地面に大の字。


 風は穏やかだが雲の流れが早い、これから天気が崩れるのかもしれない。ならさっさと体を起こして中に入ったほうがいいのだが、先輩のことで頭がいっぱいなのでもう少しこの風に当たって頭を冷やしたい。

 

 ここは街外れなので自然が豊かだ、昔のパークそのままの姿が残っているのでシロじぃも居心地が良いと言っていた、確かに気持ちが良くとても落ち着く。

 代わりに防御シールド圏外なのが不安だ、子供達もいるから本当は圏内に引っ越すべきなのだがカコさんはそれを嫌がる。


 まぁ… シロじぃとセーバルさんがいる間はまずセルリアンの被害は心配無さそうだけど。それにガーディアンもセルリアン出現には常に目を光らせいる。

 第一カコさんに限って無策のまま子供達をここに住まわせているとは考えにくい、何か手があるんだと思う。


 でも今の俺はセルリアンどころではない。ガーディアン失格だ。


 俺、レオ太郎は恋をしました。


 ちょっと惚れっぽいとこがあるのは認める、先輩は美人だし話していて楽しい。先輩なのにそれほど気も使わないので一緒にいて気が楽だし、こんな俺のこともよく気に掛けてくれる。素敵な女性、個人的にかなり気が合うと思ってる。


 俺が複雑な気持ちになるのは相手が先輩だからじゃない、尻尾繋ぎをしてからこんな気持ちになってる自分が最低に思えるからだ。


 それまでは先輩とも普通に話せた、なのにあんなことがあってからまともに顔も見れない。これが失礼なのはわかってる、シロじぃが言ってることは正しい。

 でもこれじゃまるで体目当てみたいじゃないか?尻尾を絡めてから意識してしまうなんて… 誰かを好きになるってそんな不純なことではないと思う。もっとこう… ダメだわかんない、言葉で表現しにくい。


 俺はハッキリ好きだと伝えるのが申し訳ないし恐ろしい、きっと先輩も俺の気持ちを知ったら尻尾絡めたくらいで調子のいいやつだと感じるはず。


 わかってる、だからと言って避けるべきではないしそれを続けて誰かにちょっかいだされるようになるのも嫌だ。

 正直今の俺は先輩が他の男と話してるだけでも嫉妬で吐きそうだ。本当は前よりもっと仲良くしたい。そしてみんなに自慢したい。


 でもできっこない… 俺は自分に都合のいい性欲の化身のようなやつだ。俺は先輩とあんなことやこんなことしてベッドの上で猫みたいな声出させたいんだ…。


 いやちが… ちがくないけど… やだもうやだレオ太郎ったらクソね。なんだレオ太郎って?変な名前だなおい、俺の名前だよ。センスどこ置いてきたんだよ両親…。


 心の悪循環、何を考えても消極的。

 思わず片手で目を覆いまさに「なんてこった」という感じだ。このままではダメ、でもどのようにこれを打破すればいいかわからない。


 その時、サクサクと草を踏む足音が近付いてきた。目は覆っているが上から影が掛かっているのを感じた。


「太郎、風邪引くよ?」


 指の間から声の主を見た。

 逆光で顔がよく見えなくても誰かくらいわかる、セーバルさんだ。ずっと地べたに寝転がる俺を心配して見に来てくれたようだ。


「セーバルさん、ちょっと聞いてもいい?」


「いいよ、何?」


 せっかくなので是非女性の意見を聞きたい、セーバルさんは不思議な人だけど間違いなくカコさんよりいい意見をくれる。そしてこの件に関してシロじぃより確実に頼れる。


「尻尾繋ぎ… あぁいやなんて言ったらいいかな、えーっと… そうだ。付き合う前にキスとかしちゃうとするじゃない?なんかこう、成り行きとか勢いとかでさ?」


「ん~… うん」


 あれ、目が泳いでるな珍しい…。

 あまりあからさまな反応を見たことがないから少し意外だった、もしやセーバルさんにもそんな経験があるんだろうか?


 まさかシロじぃと… いや、考えすぎか。

 

 いいや、続けよう。


「それで… それまではそんな気無かったのにその時から意識しちゃって好きになるのってさ、どう?」


「あのキスが忘れられないんだって?」


「そんな感じ、そんな告白を受けたら女性的にどうかなって」


「そう… だね…」


 うわこれ経験あるんだ、こんなわかりやすいセーバルさん初めて見た。詮索すると怒られるかな?長生きしてるといろいろ経験してるなぁ…。


 ばつが悪そうに人差し指で頬を掻く姿が意外でしかなかった。一体どんな経緯でそうなったんだろうか… 旦那さんには一途だったと聞くし、やっぱり亡くなってからのことだろうか?なんてことを返事を待つ間に考えてみる。すると。


「これ、深く考えないで聞いてほしいんだけどね?」


「う、うん…」


 緊張してきた… 深く考えるな?無理だ、俺は間違いなく勘ぐってしまう。


 やがてセーバルさんの口から待望の答えが語られる。


「悪いとは思わない、そもそもなんとも思ってない相手とはそんなことできないから。勢いとか成り行きでも、一時的にそれくらいは気を許してたってこと、お互いにね」


 気を許した… お互いに。


 俺も先輩も、尻尾を絡めるくらいにはお互いに気を許してたということ?もし先輩が俺のことをなんとも思ってなかったらあの時尻尾繋ぎの命令は無視してたってことだ。シロじぃはあのことでスザク様に注意してたし、俺達には無理するなって言ってた。


 なのに先輩は俺と尻尾を絡めた。

 

 そして俺はそれを受け入れた。


「だから仮に勢いのキスから相手を好きになったとしてもおかしなことではないとセーバルは思う。キスするくらいには相手に気を許していた訳だし、その時に気持ちに気付いてしまっただけかもしれない。キスの前からその人に気があったってことだよ、本当になんとも思ってなかったら仮に唇が触れ合ったとしてもそれほど悩まないと思う… 多分ね」


「じゃあ、その時芽生えた気持ちは不純なものではない?」


「恋愛自体がそもそも純粋とは言い難い。彼女が好きだ彼が好きだ… だからこうなりたい、こんなことしたいって考えるのは当たり前だし、それが無いのは純粋なんじゃなくて無関心。好きだからこそ純粋に不純なことも相手に求めてしまうものだよ」


「うわぁめっちゃ勉強になったやば…」


 セーバルさんに聞いたのは正解でしかなかった。正解過ぎて貝になった。正解通り越して優勝、今度からセーバルさん一択だなこの手の悩みは。


「ところで何?太郎誰かと付き合う前なのにちゅーしちゃったの?悪い男だね」


「いやいや、ちゅーじゃないから?尻尾絡めたの、成り行きでね?仕方なかったんだあれは任務だったんだ、シロじぃのせいだ」


「尻尾絡め… セーバルはしたことがない、夫はワシミミズクの子だったから。ちょっぴり羨ましいねそういうの」


「そっかぁ… あ、シロじぃとすれば?」


 調子に乗ってそんなことを言うとキッと目付きが変わった気がした。先ほどまでの頼れる大人の女性オーラが消える音が聞こえた。


「踏むよ」


「待ってごめんなさいお願い許して」


「まったくもう大人をからかって!シロは関係ない!シロなんか嫌い!」


「いや、それはシロじぃ可哀想、嫌いにならないであげて?踏んでもいいから」


 セーバルさんはコツンと俺の頭頂部を蹴ると、そのまま家に戻っていった。

 よく見えなかったが、なんとなくムキになったセーバルさんの顔は赤くなっていた気がした。なんてことを頭を軽くさすりながら考えている。


 あの露骨な反応… っつーことはだ。


 まさか勢いのキスのやつ本当にシロじぃなの?というかどっちからしたんだろ?でもあの言い方を鵜呑みにするならお互い気を許してキスしたってことだよな?ってことはやっぱりデートの時は日曜日の朝チュンてことじゃん!?←飛躍

 うわやってんなぁこれ、やってんなシロじぃ。やっといて付き合わんのかいあの人達?よく一つ屋根の下にいれるなぁ… これが100年単位で生きた大人か。あなた達の方が素直になれ。


※これらはレオ太郎の思い込みです。






 キッチンで下準備を進めているとセーバルちゃんが戻ってきた。早速報告を聞こうと思う。


「ありがとうセーバルちゃん、太郎は大丈夫だったかな?」


「知らない」


「あ、そう…」


 俺のせいで太郎が思い詰めてしまったのでセーバルちゃんに様子を見てきてもらったのだが、何故か彼女は機嫌が悪くなって帰ってきた。行かせた俺が悪い、本当に申し訳ない。


「ごめn「謝らなくていい」


「あ、うん… ごm…じゃなくてわかったよ、ありがとう」


「ねぇシロ?」


「…?」


 彼女は俺の方を向かず不機嫌そうに背を向けたままでいたのでどんな顔をしているかはわからないが、そのまま俺に一つ尋ねてきた。


「シロはさ、尻尾繋ぎしたことある?」


 話すことは話したらしい、太郎から聞いて気になったんだろう。俺は野菜を切りながら答えた。


「小さい頃、泣いていると母さんがしてくれたっけな。妻には尻尾がないからね、母さんのことをカウントしないならしたことはないよ」


「そう… セーバルもない」


「そっか、ヒロの尾羽ではむずかしいよね、それに普段はヒトの姿をしてたし」


 羨ましかったのだろうか?セーバルちゃんは乙女だ、太郎が言ってたことを肯定するわけではないがこういうところは確かにそうだと思う。妻もこの場にいれば「尻尾があれば~」だなんて言い出すのだろうか?いや、君はそもそも尻尾と耳を欲しがっていたね、単にあるのが羨ましいって。


「あれって今時の子達の間ではキスと同じような意味になるんだよ?尻尾同士じゃなきゃできないから特別なんだって」


「時代だなぁ、俺の頃にはなかった文化だ。100年あればいろいろ変わるから俺は驚いてばかりだよ。この謎の圧力鍋みたいなやつがあれば豚の角煮も5分で作れるし」


「うん… ねぇシロはそういうのしてみたいって思う?」


 というのはもちろん豚の角煮の話ではないだろう、尻尾繋ぎの話だ。今度は沸騰したお湯に切った野菜を入れながら答えた。


「考えたことなかったな… わざわざやろうとは思わないけど」


「けど?」


「妻に尻尾があれば絡めて離さなかったよ、きっと」


「だね、セーバルもそう」


 機嫌が直ったようだ、こちらを向いて小さく微笑んでいる。


「よし、じゃあ約束通り手伝ってあげる」


「ありがとう、じゃあそっち頼んでもいいかな?」


「うん、任せて?」











 鋭い獅子の眼光、レオ太郎アイは二人が仲良く並んで料理するところを捉えていた。


「もう付き合えよ!!!」


 思わず声に出ていた。

 俺の隣で小さなサーベルタイガーはボソりと呟く。


「レオにぃ今日機嫌悪いね?ズタボロだったし… あ、それは毎日か」


「ベル太郎、そんなこと言われたらにーには悲しいな?」


「何落ち込んでたの?おじさん心配してたよ?」


「スルーかよ、この悩みはさすがにベルには早いかな?っていうかシロじぃもあれで気にしてたんだ?可愛いとこのあるご先祖だぜ」


 まぁ落ち込んでたのはシロじぃのせいなんですけどね?でもいいんだ、許す許す、いいよ全然気にして?


 単なる好き嫌いならここまで悩まなかった、セーバルさんのおかげでそこそこ解決したがこれから俺が先輩に対して素直になれるかは俺の気合い次第なところではある。セーバルさんはあぁ言っていたが先輩が俺を好きかどうかになるとまた別の話だからだ。


「また恋愛の話かぁ~… 最近大人はそういうのばかりだね?」


「それってもしかしてシロじぃとセーバルさんのこと?」


「うん、ミクがね?二人をくっつければ丸く収まるって言い出したんだ、それでカコさんが乗り気になってさ?みんなでおじさんをママセーバルに近付けさせて… それでミクが凄いんだよ?そうすることでおじさんがママセーバルを避け始めたりするのとか全部計算に入れててさ?丁度お互いのこと一番気にしてる時にデートさせることができたんだ。二人の間にどういう問題があったか知らないけどちゃんと仲良くなって帰ってきたし… 僕あぁいうの全然わかんない、女の子ってスゴいよね?」


 マジかよ…。それ女の子だからとかじゃなくね?何て言うか小悪魔だなぁ…。

 シロじぃがカコさんにハメられたって言ってたから俺もてっきりそうだと思ってたし、シロじぃは首謀者にミクちゃんがいることに気付いていない。というかミクちゃんはシロじぃがセーバルさんといい仲になるのいいんだな、奥さんのこともあるから自ら身を引いたのかもしれない。健気だ…。


 まぁ当の本人達はなかなか素直にならないようなのですが?


「なぁに?私がどうかした?」


「あ、ミク」


「聞いたよミクちゃん?君が仕組んだんだってあの二人のデート?小さいのに侮れないねー?」


「えへへ」


 可愛いらしい子供の笑顔の裏にどんな計算があるのだろうかと考えてしまうのは俺の心が汚れてるからですごめんなさい。


 ミクちゃんもキッチンをそっと覗きこみ二人一緒にいるところを確認するとホッとしたような顔でまたにこりと笑った。


「太郎さんはどう?」


「どうって?」


「レベッカさん!好きなんでしょ?」


 な、なにー!?俺はまだその話をしていない、何故わかったのだ!さてはシロじぃだな?くそ!シロじぃ!許さんぞ!


「誰から聞いたの?」


「誰にも聞いてないよ?そんな顔してたから、やっぱり好きなんだ!レベッカさんすごく素敵!太郎さんにピッタリだよ?ベルもそう思うでしょ?」


「ピッタリかどうかはわかんないけど美人だしカッコいいと思う、レオにぃにはもったいないんじゃない?」


 うわ、今のは誘導尋問?


 そんな顔してたってなんだろうか、少し見ない間にミクちゃんが覚醒している。ヒトのフレンズはシロじぃの奥さん以降ミクちゃんが初だから特性が未知数だ。


 つーかもったいないって何よ?いや、もったいないな… 確かに。


「告白は!?告白するの!?」


「ミク落ち着きなよ?女の子ってホントこういうの好きだよね…」


「こ、告白はまだタイミングじゃないっていうか… ほら俺一人で盛り上がっても仕方ないし?先輩に迷惑かけたくないし?」


「ほらミク?レオにぃ困ってるからやめなよ?」


 ベルが頼もしいぞ。

 たじたじの俺は少年ベルの後ろに隠れ指をツンツンと合わせていた、そんなに盛り上がられるとフラれた時死にたくなるからあんまり盛り上がらないで許してミク=サン。


 そんな俺に追い討ちをかけるようにこの小さな女の子が不思議なことを言い始めるのだ。


「レベッカさんも太郎さん好きなんだと思うけどな~… あ、そうだ!私連絡してあげる!」


「は?なんて?」


「ねぇミク何してるの?やめなよそんな急に?」


「送信っと」


 送信。

 何かしらのメッセージを送ったと推察。


 いろいろつっこみたかった、連絡先を知っていたのかということやメッセージのやり取りをするほど仲かが良いのかということ、そしてその会話の内容。


 待って待って待ってなに送ったの?


 俺は焦った、汗が滝のように流れた。


 やがて己のブレスレットに反応があった、メッセージ受信音が鳴り俺にその事実を伝える。もしやもしやと、俺はそれを恐る恐る開いた。


 メッセージを一件受信しました。

 from:レベッカ


 明日よろしくね!Let's Party!



「びゃぁぁぁぁあ~!?!?!?」


 自分でも引くくらい情けない叫び声が出てしまった。なんだかよくわからないが俺は明日先輩によろしくされているのだ、パーティー?パーティーってなに?俺の頭の方がパーリナイだわ。


 混乱する俺の横でベルがミクちゃんに尋ねた。


「ちょっとミク?なんて送ったの?マズいよ… よくわかんないけど僕にもマズいのはわかる」


「マズいことないよ?“明日おうちでたくさんお菓子を作るので是非来てください。ご予定空いてるようでしたら太郎さんが迎えに行きます”って送っただけ、そんないきなり変なこと言うはずないでしょ?太郎さんチャンスだよ!頑張ってね!」



 この娘は侮れない、あまりにも狡猾。


 次回

 レオ太郎最後の戦い!粉砕!玉砕!大喝采!


 ぜってー見てくれよな?(白目)

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