第42話 好き嫌い
「前にミクにも似たようなことを言われた」
セーバルが落ち着いてきた頃、彼と並んでどこへ行くでもなくただ歩いていた。彼が話しているのはミクと二人で出掛けた時のことだろう。
「なんて?」
自分の言っていたどの時の言葉なのかピンとこないのでそう尋ねると、彼はすぐに教えてくれた。
「俺が妻との思い出に対して“あぁしておけばよかった、こうしておけばよかった”と後悔ばかりしているとあの子に言われたんだ。“それは思い出を否定している、奥さんに失礼だ”と。その通りだと思った、だから君とヒロとのこともそれと同じだと思ったんだ」
あの日二人は通り掛かりに結婚式を見掛けたそうだ、その時にシロはもっとまともなドレスをかばんに着せてあげて改めてまともな式を挙げればよかったと悔やんだらしい。
だけどその時ミクは彼に言った、「おじさんの勝手な解釈で思い出を悪く言ってはダメ」だと。その日のミクはまるでかばんの言葉を代弁したかのようだったと彼は言う。
「ミクは… “私だったらそう思うから、きっと奥さんもそうだよ?”って。それがなんか凄い説得力で、納得してしまってね?それで確かに君とヒロの過ごした時間をよく知りもしないで失礼なことを言ったと思ったんだ。もう聞きたくないかもしれないけど、それだけはごめん… 俺が知らない100年の君、つまりヒロと過ごした君がいるから、今の君があるのだろうね」
シロはセーバルの悲しいことが全て自分のせいだと言った。余計なことをしたせいでセーバルに自由と苦しみを与えたと。でもそれは違う、解放されてからの人生はセーバルが自分の意思で選んできた道。その中でヒロと出会えたことや過ごしてきた時間はセーバルにとってかけがえのない輝き、それを苦しみだなんて言われたくはない。
「やっとわかってくれたね?」
「なんだか最近ミクが君に似てきた気がするよ。なんというか… やっぱり母親なんだろうね君は」
「なにそれ?まぁいいけど… それじゃあセーバルから改めて言わせてもらうからね?」
だからセーバルは彼にもう一度言う。
あなたのやったことは無駄でもお節介でもないのだと。
「セーバルはシロが解放してくれたおかげでヒロに会って愛を知れたの、だからありがとうシロ?」
本当に、本当に感謝している。
当然寂しくて悲しいこともある、でもそれはヒロを愛していた証拠でもあるから。
だから感謝している。
とても感謝している。
シロとかばんが出会わなければヒロまで命が繋がらなかった、セーバルが運命の人と出会えたのは二人が出会って恋に落ちたから。
そもそもシロがパークにこなければ… いや、シロの両親が出会わなければこうはならなかった。この世にシロがいないとセーバルは自由にはなれなかったんだ。
セーバルにはシロが必要だったということだと思う、たくさんの偶然と奇跡の連続が今のセーバルを作り出している。
だから…。
だからありがとうシロ。
セーバルがこうして感謝を伝えた時も彼は相変わらず少しも笑うことはなかった。
でも。
「どういたしまして」
でも何故かこの時、セーバルにも彼の顔が少し笑っているような気がした。これは彼の本心なのだと… そう感じた。
…
「それじゃ、せっかくお時間貰ったしデート仕切り直そっか?」
「ディナーにはまだ早いし… 他に行きたいところは?」
「ん~たまにゆっくり服でも見たいかなー?シロの服も選んであげるよ」
「お手柔らかに頼むよ」
それから。
帰っても仕方がないのでセーバル達は改めてデートをやり直すことにした。深い理由はない、そうするように仕向けられたのだからそうしてしまおうと開き直ることにしたのだ。何故だかカコはどーしてもセーバルとシロをくっ付けたいみたい、まともに恋愛経験のないカコの考えそうなこと。
そう簡単なことではないのだけどね。
セーバル達の場合…。
なんて… ところで久しぶりのショッピングにテンションが上がった。
「これは?」
「いいね」
「これはどう?」
「似合ってるよ」
「じゃあこれはこれは?」
「うん、可愛いよ」
服を選んでいる時、シロはなんでも肯定的に答えてくれた。こういう時間はセーバルも年単位で久し振りだったのでウキウキしている。そんな心地好さを感じつい色々と試着を繰り返しているセーバルを見て店員さんがここぞとばかりに営業トークに入る。
「どれもよくお似合いですお客様!いかがですか旦那様?奥様へのプレゼントに!」
「お、奥様… シロ?あの、ごめんね?」
また夫婦だと思われてしまった。なんかさっきのカフェでのことを掘り返してるみたいで少々気まずい、やっぱりシロも嫌だろうし… ここまで試着しといて申し訳ないけどセーバル達にも都合がある、違うお店に行こう。
と思ったのだけど。
「そうですね、全部買おうか」
「まぁ!?い、いかがですか奥様!?」
「や、ちょっとシロ?なに言ってるの?」
「いや、たまにおじいちゃんらしいことしようかなって」
“おじいちゃん”とかいう単語に店員さんは「?」になっている。しかしそんなことやセーバルの言葉など気にも止めずシロはそのまま全てを購入することを店員さんに告げなに食わぬ顔で支払いを済ませてしまう。セーバルは店員さんと一緒にオドオドしてしまった。結構な金額、あまり心配なので会計を覗き込む。
「シロ本当に大丈… うわ嘘でしょ?」
その時驚愕なものを目の当たりにした。
わざとではないのだがたまたまシロのジャパリマネー残高が見えてしまった。目が点になる、なんと服の支払い額などかすり傷くらいの金額に過ぎないほどの金額が入っているのだ。
家を買ってもおつりがくるくらいの金額なんだけど…。
「何その無駄な財力…」
「あぁ… 俺も最近気付いたんだ、どうやら四神の仕事にもちゃんと給料というのが発生しているらしい」
「ずっとタダ働きだと思ってたってこと?」
「気にしたことがなかった、なかったところで困らないし」
危険な仕事もたくさんあるのにただの使いパシりな訳がないでしょうがと大真面目なツッコミをいれたい。守護けもの、特に四神の下に着くのだからそれなりの報酬はあって然りと言えるだろう。
それはそれとして全額負担させてしまったことは本当に頭が上がらない。嬉しいは嬉しいのだけどどうしようって感じが凄い。
「ありがとうシロ?セーバルこんなに大人買いしたの初めて、すごく申し訳ない」
「いいって、ただ持ってても仕方がない。やっとまともに使うことができたとすら思うよ、それにお金を使わないと経済が回らないって言うじゃないか?」
最後に「ほんのお詫び」と彼はそう言って無事会計を終わらせた。
…
「落ち着かないな…」
「ふふっ、似合ってるよ?」
「袖捲ってもいいかな?」
「我慢してよせっかくセーバルが選んであげたんだから?」
レストランはドレスコードがあるので互いの小綺麗な服を購入し着替えていくことにした。予約しといてこれだからその辺カコは詰めが甘いというか適当というか…。まぁドレスコードと言ってもそんなにカッチリしてるわけではない、スマートカジュアルというやつ。
セーバルとしては丁度こういう綺麗めワンピースが欲しかったので今とても嬉しい。
一方シロはこういうジャケットタイプの服は着慣れないのだろう、何かと腕捲りをしたがった。
「なんでそれしたがるの?前スーツ着てた時は平気そうにしてたのに」
「いやクセでね、実はあの時もワイシャツを腕捲りして上から着てたんだ」
「呆れた…」
なんでも料理をするようになってから袖を捲るをようになったのだけど、いちいち直してまた捲るのが面倒になって常に捲るよになったそう。ただのしょうもない理由だった。
ともあれそんなどーでもいい会話を楽しみながら時間通りレストランに到着することができた。こういう場所は少し緊張。
ほら、一応デートだし。
…
シロは普段食べないのにどうするのかな?と思っていたけれど、なんと普通に頼んで普通に食べていた。大丈夫?って聞くと、「いいお店だから味を知っておきたい」のだそう、職業病というやつだろうか?ゆっくり食べて味わっていた。
なんでも食べられないわけではなく食べる必要がないだけとのことで、シロには空腹がこないらしい。睡眠も同様で眠くならないから眠らないそうなのだけど、それなら食事みたいに睡眠そのものは可能なのでは?いやこの辺のことはカコの分野だ、セーバルが考えても答えはでないに違いない。今はデートに集中しよう。
そうデート。
いつの間にかデートらしいデートになっているのを思うととても不思議に感じた、だってさっきまであんなに変な空気だったのに。
食事を済ませてレストランを出るとタクシーも使わず二人で歩いた。何故か帰るのが勿体無いと感じるこの時間、話す内容が尽きない。
最近のこと、昔のこと、お互いの知らないお互いのこと。
彼は笑ったりしないけれど、セーバルといて楽しいと感じるのだろうか?セーバルではわからない。ミクじゃないとわからない。
ちゃんと聞かないとわかんない。
「「ねぇ?」」
呼び会う声が重なる、今日は二度目。
「ごめん、君から話して?」
「また謝った、いいよシロからで?大したことじゃないの。さぁどーぞ?」
「…」
少し言いにくいことだったのだろうか、彼は立ち止まり黙ってしまった。でもセーバルも急かしたりせず静かに彼が話すのを待った。
きっと大事な話だと思ったから。
「いや… やっぱり今度話すよ」
「大事なことなんでしょ?」
「えっと…」
「ゆっくりでいいよ?ちゃんと待ってる、セーバルは逃げも隠れもしないから?だから今、聞かせて?」
珍しく彼が話しにくそうなのが見てとれた。表情が動いたわけではないのだが、なんとなく言葉に詰まっているのがハッキリわかった。
だからセーバルも立ち止まり、彼が話してくれるのを待つ。
沈黙が続き、ようやく彼は口を開いた。
「君に… まだちゃんと謝っていないことがあるんだ」
セーバルは一言「うん」とだけ返す。
彼は話を続ける。
「カフェを出て話してくれただろ?あの夜君が俺にしたこと… 概ね君の記憶通りだよ、君は俺を見てヒロを思い出すと伝えた後に不意に俺と唇を重ねたんだ、驚いて突き放してしまったよ… でもその後のことはどう?」
後のこと… そこが薄ぼんやりとしている。確かそう、セーバルは…。
「シロを押し倒して関係を迫った、セーバル達もう愛する人には会えないんだよ?って… 足りないところを埋め合おうって」
「それから?」
「そこまで… でも抱きしめてくれたのは覚えてる、体温も鼓動もハッキリと… その時シロが“こんなの最初で最後だから”って言ってたのも」
あの後だ、記憶がプッツリと途切れている。この話をするのはシロがあの時セーバルに何かしたということ?
覚えていないのはシロの言っていた通りお酒のせいだったのかもしれないし、別の理由だったのかもしれない。覚えていないだけで、もしかしすると彼と激しく交わっていたのかもしれないし、聞いた通り何もないのかもしれない。セーバルはただ自分のしたことを悔やんでばかりでシロが何かしたとは思っていなかった。
でも、今彼は真実を話そうとしてくれている。
「丁度、君の意識が途切れたところまでだね… 実は少しだけ悩んだよ、君がそれで楽になるのなら、受け入れてやるのは君を追い詰めた俺の当然の責ではないかって」
「じゃあ、やっぱりあの時何もなかったんだね?」
「うん、そんなことをしてしまったらいよいよ俺は立ち直れないと感じた、まぁ物理的にも今の俺では無理なのだけど… だから少し強引な方法でなんとかしたんだ、それを謝りたい」
強引な方法… あまりピンとこない、なにもしていないのならそれでいいんじゃないの?とセーバル個人は思う。これは単に覚えていないからそう思えるだけなのかもしれない、もし全てまるっと覚えていたらセーバルはシロを責めていたのかもしれない。シロがここまで責任を感じるのならそれ相応なことがあったということだから。
「目覚めた時どんな気分だった?」
言われて目覚めた時のことをゆっくりと思い出してみる。何故だかやけに清々しかったことを覚えている…。
だからセーバルはそのまま答えた。
「スッキリしてた」
「そういうこと、あんなに追い詰められていた君が酔い潰れて大泣きしたくらいでそうなると思うかい?」
「ちょっと変かも… ねぇ勿体ぶらないで話してよ?」
「“これ”を使ったんだ」
四神籠手… シロの中の四神の力を制御する装備。またの名をフォースガントレット。
使ったということはつまり、四神の力でセーバルに何かしたということ。
「何をしたの?」
「セイリュウ様の水の力… 君の心に溜まった“辛い、苦しい、悲しい”という気持ちを洗い流したんだ、その時君は糸が切れたように気を失った。そういう目に見えないものにも干渉できるんだ、四神の力というのは」
合点がいった。
だからセーバルはあんなに気持ちよく目が覚めたんだ… でも、それじゃセーバルがただスッキリしただけなんじゃないの?どうしてシロは罪悪感を感じるの?丸く納めただけなんじゃないの?
「君の心に土足で踏み込んで感情をでっち上げたんだよ俺は… 昔ある人の記憶をスザク様の力で焼き払ったことがある、なんて残酷なことをしてしまったんだと思った… それと同じことを君にした。だからごめん」
「シロは、それでずっと悩んでたの?」
「俺は君から逃げたかったんだろうね、君を苦しめているのを言い訳にして自分のやったことから逃げたかっただけなんだ。そして君を傷付けて、そのことで怒鳴られて気付いた。いや… やっと目を向ける勇気がでた」
シロはその罪悪感が切っ掛けでセーバルに謝り続けていたのかもしれない。あれも自分のせい、これも自分のせいって… そうして謝ることしかできなくなってたのかも。
だからごめんごめんって。
「君が思い出したくもないであろうあの夜のことに向き合ったように、俺も向き合うことにした… このことで君が俺のことをどう思っても構わない、それでも話さなくてはと思った」
一つ思い出したことがある。
セーバルはあの夜迎えに来てくれたシロに言った。
シロなんか嫌いって。
自分は嫌われたくないだなんて思いながら、前にシロに向かってセーバルが言っていた。最低。
あんなの言葉のあや。シロの中にヒロを感じた時、あの頃のように少しトキメいてしまったのが悔しくてつい口からでた。だから今真実を聞いたところで彼を軽蔑したりはしない、事実セーバルにもシロにも実害はないのだから。セーバルは昼間シロが言ってくれたことをそのまま返した。
「嫌ったりしないよ」
「でも…」
「じゃあさっきセーバルが聞こうとしたこと聞くけど… ねぇシロ?シロはセーバルといる時間はどう?楽しい?」
「君との時間…」
セーバルがこう言うと、まるでおどけたようなキョトンとした目をしていた、これは無表情でもわかる。
「セーバルは楽しいよ?今日シロと過ごせてとても楽しかった、これから帰らなくてはならないのに名残惜しいとすら思う… でもセーバルはミクみたいにシロのことわかんないから聞くの、ねぇ?セーバルと過ごすこの時間はシロにとってどんな時間だった?」
彼は少し黙り静かに呼吸を整えると、答えた。
「何故だろうね… 俺も楽しかったよ、妻とも違う心地好さがあった。上手く言い表せないのだけど、ただお互いのこと話すのも、君が服を選んでるのを眺めるのも… 楽しかった」
「セーバルと一緒だね?じゃあまたいつか一緒に出掛けようよ?デートみたいに考えなくていいし、二人でなくてもいいと思うから、また一緒の時間を過ごそうよ?」
セーバルの言葉を聞いて恐らく納得してくれたのだと思う。セーバルは別に怒ってなんかない、シロだってそう、セーバル達はお互いの気持ちに怯えていただけ。最初から変わらなかったんだ、お互いを想う気持ちというのが。
「あの夜のこと、二人の秘密ね?まぁシロのおかげであれ以上はなにもなかったのだし、特にこれ以上語ることなんてないでしょ?はいもう終わり!お互い気にし過ぎたよ」
「わかった、確かにそうかもしれない。俺も君の顔色を伺っていた」
「そうそう、ねぇそれじゃもう一個聞いてもいい?」
こんなこと聞くとシロはまた黙っちゃう?それとも、何かいい答えを返してくれる?わかんないけど… 気になるから聞かせてね?変な風に捉えなくてもいいから。
「シロは、セーバルのこと好き?」
“みんな君が好き”。
そう言ってくれたのが嬉しくて。
「あぁー… うん、そうだね?みんなと同じ、俺も君が好きだよ」
「ふふ、ありがと?セーバルもシロ好きだよ?みんなもそう」
「うん、ありがとう」
やっぱり表情はそのままだけど、今少し照れているのはなんとなくわかった。
…
帰る前に尋ねた。
「シロさ?100年ぶりのデートでしょ?緊張した?」
「いや、デートは二回目だよ。緊張は… まぁ別の意味で少しあったかな」
「二回目?えっと… ミク?」
「違うよ、スザク様」
「あ… そ、そうなんだ?ふーん…」
なにこれ… ちょっとチクッとしたじゃん。今日は長いことくっつき過ぎたかな?そんなんじゃないのに。
だからこれじゃセーバルがシロのこと好きみたいじゃん…。
「シロなんか嫌い」
「ごめん」
ばか。
謝らないでよ…。
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