第40話 溜め息
「セーバルちゃん大丈夫… だよねやっぱり?知ってた」
「シロまた来たの?律儀に付き合うことないのに… そろそろ注意しないとダメかな」
ここ2~3日こんなことが毎回だ、かと言って本当に何かあった時のことを考えると心配ではあるので無下にもできない。俺の言えたことではないが、彼女だって明るく見えて心はずいぶんとくたびれている。まるで継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみ、俺も彼女もお互いに危うい。
それにあの晩四神の力で強引になんとかしてしまった手前彼女を気に掛けてしまう自分を隠しきれない、かと言って全ての原因は俺にあるので変に絡むわけにもいかない、己の招いたこととは言え困りものだ。
「でもなんだか久し振りだね」
「久しぶり?」
「特に何も無いんだけど、二人きりで話す時間… シロ最近すぐいなくなるから」
「まぁ… そうだね」
既に乾燥された洗濯物を淡々と畳む彼女、目はこちらに向けないがどこか嬉しそうに俺に言うと次々と衣服が畳まれていく。
複雑だ、なるべくこうならないようにしているからね?だなんて言えるわけがないのだから。だが俺とて彼女をこれ以上苦しめたくはない、“あんなこと”は俺も彼女も孫も望んではいない。
「ねぇ?少し話さない?」
「いや…」
「イヤ?」
「あぁ… いや、うん。構わないよ」
俺の考えが見透かされているような、そんな表情をしている。いつもは適当に切り上げてその場を離れるのだが、こうもハッキリ聞かれると断るのも不自然だ。不自然さが出ると彼女は気にしてしまうだろう、飽くまで自然でなくてはならない。また彼女が自分を追い詰めてしまわないように。
「シロもここに住んで結構経つね、半年くらい?」
「どうだったかな、多分それくらい」
「子供達もすっかりなついてる、やっぱりお父さんやってたから子供と打ち解けるのが早いね?セーバルは初め子供達の気持ちがなかなかわからなくて困ってたのに」
なんてことはない、時間が経つのがあっという間だという話をしていた。
だが子供の話になった時、その言葉の節々に彼女の心の痛みが滲み出ているように思えた。だから俺は慌ててフォローするようなことを言ってしまう。
「今は立派にみんなのママじゃないか、みんな君が好きだ」
「そう?ふふっ、嬉しい… シロが言うならちゃんと出来てるのかな?ありがと」
母親を名乗る彼女だが、本当の意味で母になれなかったことがプレッシャーになっているのかもしれない、あんな性格だがこのことになるとやけに自信が無さそうに見える。
だが、今の言葉に嘘はない。
彼女はちゃんとみんなの母親だと俺はそう思っている。だからそのまま下手くそな気遣いを続けた。
「みんなに“ママセーバル”って呼ばれてるよね、何故?」
「ダメ?」
「いや、普通にママでもいいんじゃないかとと思ったんだよ。事実そうじゃないか?血の繋がりは関係ないよ」
彼女は少し目を閉じて「うーん」と悩むと、また目を開きその赤い瞳を俺に向ける。じっと俺の目を見つめながらママセーバルという呼び名について話してくれた。
「今のあの子達には親がいないけど、やっぱり最初は本当の両親がいるわけでしょ?捨てられていた子もいるし、ベルみたいに置いていかれてしまった子もいる。本当のお母さんのことハッキリ覚えているとやっぱり“ママ”って呼ぶのが難しい子もいるんだよね… だから呼びやすいように、でもママだと思ってほしいから。だから“ママセーバル”」
俺の方が浅はかだったと思った、確かに呼びにくい子もいるだろう。どんな親でも本当の母親のことを忘れたくはないという子もいるかもしれない。
だからこれは子供達へ彼女なりの気遣いだろう、本当の母親にも敬意を、そして子供達の意思を尊重するための配慮。
「セーバル… 本当のママにはなれなかったでしょ?だからせめてみんなのママになろうと思って。こんなの変かな?」
彼女のデリケートな部分だ、やってしまったかもしれない。もっと気を付けて話すべきだった。やはり俺は長く話すと彼女を傷付けてしまうようだ。
「いや… そんなことない、君は偉いよ?ごめん変なこと聞いて」
「ううん、いいの」
「じゃあもういくよ、何かあったら声を掛けて?それじゃ…」
「待って?」
俺が背を向け部屋を出ようとした時彼女は俺を引き止める。足を止めると彼女は俺に尋ねた。
「1個だけ聞いてもいい?」
振り替えった時、彼女はずっと動かしていた手を止めていてただ俺だけをじっと見つめていた。そしてそんな彼女をいつもの無表情で俺も見つめている。
「いいよ、何?」
返事をして彼女の最後の質問を待った。
「みんながセーバルを好きだって言ったよね?」
「あぁ、疑う余地もないよ」
そう、皆彼女を本当の母親のように想っている。でなければこんなにも俺に助けに行かせないだろう。
そして彼女は俺に尋ねた。
「じゃあシロも?」
「え?」
「シロもセーバルが好き?」
「…」
何を言ってる?またふざけているんだろ?からかっているんだろ?君はイタズラ好きだから。でも彼女の表情にはなにやら哀愁のようなものを感じる。いつものイタズラな笑みではない、何故だか悲しんでいながらも笑っている… そんな風に見える。
しかし好きかって言われると… 参ったな、どう答えればよいのか。
答えられずにいると彼女が俺の様子を察したのだろう、自らこの質問を放棄するようなことを言い出す。
「ちょっと?シロが黙るから変な感じになっちゃったじゃん、なに想像してるの?」
「ごめん… ってやだな?セーバルちゃんが変な聞き方するからじゃないか?ビックリしたよ」
「ふふっ、全然驚いてる顔してないよ?ごめんね引き止めちゃって?それじゃ手がほしい時はお願いね?」
「あぁ、それじゃ」
今のはどう答えるべきだったんだろうか。
考えても考えても正解が見付からない。
「おや?」
彼女の元を離れ部屋を出たとき、子供達がこそこそとしている姿が目に入った。俺が目を向けた瞬間スッと隠れてクスクスと笑い声が聞こえる。
うーん… 何か裏があるのだろうか?
問い詰めもせず、とりあえず次からはよく確認してからセーバルちゃんの元へ行くことにした。
…
「おじさんおじさん!ママセーバルが!」
「こら、もう騙されないぞ?ちゃんと確認したのかい?」
「え、えーっと…」
これはやはり、敢えて俺を行かせているようだ。理由は知らないが俺を執拗にセーバルちゃんのとこへ行かせようとしている。あるいは俺をこの場から遠ざけているのかもしれないが、それなら毎回セーバルちゃんが困っていることにする必要もない。
「セーバルがどうかした?」
「あ!?ママセーバル!?」
「君が困ってるってさ?」
「もぉ変なイタズラ覚えて?困らせちゃメッ!でしょ?」
ちょうど打ち合わせしたかのようにセーバルちゃんが現れると簡単に注意をしてくれた。これでこの手のイタズラは減るだろう。イタズラかどうかは定かではないが。
注意を受けると彼もまた簡単に返事をして逃げるように去っていった。
「ごめんねシロ?」
「いや、でも丁度来てくれて助かったよ」
二~三言会話をすると俺はすぐにここを離れた。「あっ」と呼び止められそうになったが、振り返ると逃げられなくなりそうなので背を向けたままとにかく離れた。
子供達に言われて意味もなく顔を合わせ続けたせいか、それまで自然にやってきたことがあからさまになってきている気がする、彼女もそろそろ俺の意図に気付くかもしれない。
彼女はよくわからなくなっているだけであの晩のことを覚えている。
あの時俺がしたことは彼女の心に溜まった膿のようなものをセイリュウ様の力を使い洗い流しただけ、言うなればデトックスみたいなものだ。また同じ状態になる可能性は消えていない、あんなのは力業だ。
原因は俺だ、彼女がまた追い詰められないように気を付けないと…。
…
ついにシロがあからさまにセーバルを避け始めた。前にミクから聞いた時はまだ避けてると言うほどではなかったのに。
ここ最近子供達の変なイタズラでよくシロが顔を出しにきてくれたので内心嬉しく思う自分がいた、あの一件以来あんな風に真っ正面から話しかけれることがなかったから。
そりゃあミクから聞いていたのでシロがどういうつもりなのかはわかってる、全てセーバルが招いたことなのに責任を感じて敢えて距離を取っているんだと思う。つまりセーバルの為、セーバルがこれ以上ヒロのことで思い詰めないようにしてくれている。
でも今はわかりわすく会話を止めたり目も合わせないようになった。あそこまでわかりやすいとさすがに傷付く。
でもそもそもセーバルが悪い、セーバルはシロにそうさせていることに責任を感じている。あの晩のことは全てセーバルのワガママに過ぎない、見ていてヒロを思い出すから何?シロが何をしたというの?シロが気を使うようなことじゃないのに…。
確かにヒロを思い出すのは悲しい、寂しくなる。
でもセーバルはシロとの間に溝ができるのも嫌なの。まだあぁして避けられる直前にシロが「みんな君が好きだ」と言ってくれた。セーバルはそれが嬉しくて、じゃあシロもセーバルが好き?とまるで攻めに転じたようなぶっこんだことを聞いてしまった、あれも悪かったかもしれない。
事実シロは答えてはくれなかった。
単に「好きだよ」と言いきるのに抵抗があったのかもしれない、セーバルはヒロの奥さんだったしあの夜のこともある、それにただ言うだけでもかばんに対しても罪悪感がでるから。
ただ確認したかった… セーバルのこと嫌いになってない?って。
セーバル少し落ち込んでる。
窓に映る自分の顔にそう書いてある。
「はぁ…」
なんて溜め息が出る。
あの夜から… シロの態度が変わってからたまに出る。ヒロ以外のことで溜め息が出るようになるなんて想像もしなかった。
シロにはあの夜のこと「夢でも見たんじゃないか?」って無かったことにされてしまったけれど。セーバルの記憶では一つだけハッキリしていることがある。
やっぱりしちゃったからかな…。
ガラスに映るセーバルは右手でそっと唇に触れ、切ない顔をしてセーバルのことを見つめている。
「最悪…」
これじゃあセーバルがシロのこと好きみたいじゃん…。
…
「ママセーバルさん?」
「わっ!?びっくりした…」
こんなことが前にもあった、ボーッとしているところをミクに呼び掛けられるっていう。不覚、ミクにはどうもこういうところを見られがち。
「大丈夫?もしかしておじさんのこと?」
何でわかるんですかね…。
「違うよ」
「本当に?」
「ほんとほんと」
「ふーん…」
み、見透かされている…。
不思議な目をしている、こんなに小さいのにまるで何でも知っているような「あなたのことちゃんとわかってるよ?」という目。
妙に安心感のある目。
「ところでどうしたの?」
話を変えよう、ミクは用事で来たはず。
セーバルは何事も無かったかのように振る舞いミクのほうを向き直した。
ミクは私の問いに答える
「カコさんが呼んでるよ?お願いがあるんだって」
「カコが?うん、すぐ行くね」
「うん!こっちこっち!」
どこかとてもウキウキとしているように見えた、こんな風に嬉しそうにセーバルの手を引くのは何故だろう?というのは考え過ぎたろうか?ミクだって子供なのだから子供っぽいところがあるのは当然なのだし。
カコの元に連れられるとすぐに用件を伝えれた。
「カコ、お願いって?」
「あぁセーバル、ユウキくんったら忘れ物しちゃって、はいこれ?届けてあげてくれない?」
「忘れ物… ねぇ…」
妙に思えた、これはセーバルがちょうどシロのこと考えていたからそう感じただけ?そしてカコから渡されたその忘れ物とやらは圧縮キューブ、中に何が圧縮されているかは不明。
「これ中は何?」
「あーダメダメ、ちゃんと本人に開かせて?」
「ラッキーに頼めば?」
「メンテナンス中よ、急にこれなんだもの… 参ったわ」
フム… 中身は不明、でも辻褄も合うしセーバルに頼む正当な理由ではある、何もおかしくはない。まさか子供に行かせる訳にもいかないのだから。
「わかったいいよ、場所は?」
「GPSでユウキくんの位置情報を追跡できるようにデータを送信しておいたわ」
いやこわっ…。
ってセーバル達は何かあったときの為に三人ともそうできるようになってるんだけどね。ブレスレットでマップを起動するとシロのGPS信号が青く点滅しナビが開始される。
「じゃあ行ってくるね」
「助かる~!頼んだわね?よろしくー!」
カコはセーバルにキューブを差し出すといそいそと自室へ戻っていく。奥の方でミクや他のみんなもニコニコとセーバルを送り出してくれている。
「みんないい子にしててね?行ってきます」
\いってらっしゃい!ママセーバル!/
初めてのお使いみたいに盛大に送り出されセーバルはシロの元へと向かった。
…
先生に急なお使いを頼まれた。
なんでもラッキーではできないタイプのお使いだそうで、俺は大して急ぎもせずに指示通り公園の噴水前まで向かっている。行けばわかるからとにかく行けとのことだ。
「着いたら待機… だったか」
誰か人でも来るんだろうか?まるで何も知らされずに危ないクスリの運び屋をさせられてる気分だな、ここで何があるって言うんだ。
辺りを見回しても特に変わったものは見られない。似顔絵描きや大道芸人、家族連れにカップル。怪しい人物はいない… 強いていうならば俺が怪しい。
ここはデートスポットかなにかだろうか?色々な人がいる中でもカップルが多いように思える。こんなところで俺は何を待ち続けなければならないのか?まず雰囲気というものがある、俺が緊張感を感じながら何かを待つ場所ではない。正直浮いている。
「ふぅ…」
思わず溜め息が漏れた。
そんな俺の元に。
「あ、いたいた… おーいシロ?」
現れた人物がいる、これでようやくお使いとやらにでれるわけだ。
そんな俺の前に現れたのは意外な人物、そうならそうと何故先生は言ってくれなかったのだろうか。
「セーバルちゃん?来るのは君だったのか」
「何々?よくわかんないけどはいこれ、忘れ物だって?」
現れたのはセーバルちゃんだった。彼女は俺に忘れ物があるからとわざわざ届けに来てくれたのだそうだ。
それはおかしくないか?何故って先生はそもそも出るとき何も持たせようとはしてこなかった、ただ漠然と「行けばわかるから」と俺を行かせたのだ。来るのがセーバルちゃんだとするのならわざわざこんなところに来させる意味がない、家にいれば済むのだから。
セーバルちゃんか… ほんの少し気まずいな。
「これ、キューブ?中は何?」
「知らない、必ず本人に開かせろってカコが」
何か意味深なキューブ。
セーバルちゃんも訳もわからず運び屋をやらされて中身が気になるようだ、まさか怪しいクスリではあるまい?俺は要望通りキューブを展開し中身を確認してやることにした。
何が出るかな?
「ん、これは?」
何もない?と思いきや半透明の小さなカコ先生が出現した、先生は現れるなりあらぬ方を向き一人言のようにペラペラと話始める。
『ユウキくん?開いたわね?セーバルもいるでしょ?いないなら早々に連れ戻して、いいわね?』
「カコ… これはホログラムメッセージだね」
ホログラムか。
先生の言葉に寄るとセーバルちゃんもいなくてはならないらしい、何かこの感じは身に覚えがあるのだが気のせいであってくれ。
『最近二人ともギクシャクしてない?してるわよね?気のせいでもいいわ、関係ない。私にはそう見えたから敢えてこういう方法を取らせてもらった、ゆっくり二人で話をする時間を作ったの。家だと慌ただしくて話せないでしょ?こっちのことはいいから二人でゆっくりしてきて?夕食はイタリアンレストランを予約しといてあげたわよ?19時に必ず二人で向かうように、いいわね?』
仰っている意味がよくわからないんですがつまりこういうことですか?
「やられた、セーバル達まんまとハメられたんだよ?」
そう、お使いなどなかった。
先生は俺達にこう言っているのだ。
『帰ってきても無駄よ、今日は天気がいいからみんなでピクニックに行かせてもらうわ?二人がこれを見る頃には家はもぬけの殻ってわけ。そこから東に徒歩5分ほどで静かに話せるカフェがあるわよ?後はいい大人なんだからわかるでしょ?きっちりデートしてらっしゃい?“仲良く”なって帰ってくることを皆で期待してるわね?じゃあ、ごゆっくりー?』
「あ、ちょっと先生?」
「無駄だよシロ?これはホログラム、ただの録画」
ホログラムは消えキューブの状態に戻った。俺達二人はここ最近のこともありまともに目も見れぬまま公園に立ちすくしていた。
噴水の音だけが耳に入る。黙っているのも気まずい、何をしていても気まずいのだから当然だ。仕方ない。
「「あの…」」
「「あ、ごめん」」
「「あ… ごめん…」」
言葉が重なりさらに気まずくなっていく。特にケンカをしたというわけではないのだが、彼女とは色々ありすぎた。
また沈黙になったとき、まるで狙ったかのように大道芸人がアコーディオンを弾き始めた。メロディが俺達を囃し立てているようにさえ感じる。
「じゃあカフェ、行こうか?」
「う、うん…」
何故こんなことに…。
黙っていても状況が変わらないのはわかっているので、俺達は東へ徒歩5分のカフェとやらに向かうことにした。
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