第39話 お似合い
本日のお題、どうしたらおじさんが寂しくなくなるのか。
ご存知の通りおじさんは奥さんに先立たれてしまった。その代わりにこの世に現れたのが同じヒトのフレンズの私。フレンズさんは新しく生まれ変わっても同じ姿であることが多いそうなので、当然のように私も奥さんにそっくりだそうです。
でもおじさんはいくらそっくりでも私を奥さんと同じに見てはならないと言っていました。それは私… ミクという存在を否定することになるのと同時に奥さんの存在も否定してしまうからで、奥さんには奥さんの、私には私の人格があるので、おじさんは私の声や姿形に悩みながらも私を一個人として扱ってくれます。
私はそんなおじさんが大好きだけど、私が大人になっておじさんの奥さんになってもきっと奥さんと同じようにはできない、ほぼそっくりな選択をすることはできてもそれはきっと同じにはならない。過ごした時間が違うし、やっぱり奥さんと私は別人だから。
私としてはお嫁さんになりたいのは山々なのだけど、ここまで一緒に過ごし真実を知ってから私ではおじさんを一生幸せにできないと思った。そっくりだけど別人な私のせいでおじさんがずっと奥さんのことで苦しんでしまうから。
私はおじさんに幸せを感じてほしい。
みんなが見てもわかるくらいハッキリと笑ってほしい。
そこで私は考えた。
奥さんに拘らず新しい恋をしてほしい、なのでママセーバルさんはどうか?
ママセーバルさんもおじさんと同じくらい寂しい人。おじさんだけではない、ママセーバルさんも寂しくなくなるというのは大変重要なこと。
ママセーバルさんのことは深く聞くことができなかったので詳しくは知らないけれど、まずおじさんの孫に当たる人が旦那さんである。そしてその旦那さんが亡くなってしまった時何故かママセーバルさんは生き残ってしまった。
フレンズは旦那さんが亡くなると一緒にその命を終えるそうです、相思相愛であることが条件で強い輝きを得る代わりに夫となる人と共に寿命を迎える。その輝きは種族の壁を越える。
本来であれば死別がない、そう本来なら。
だからママセーバルさんも旦那さんが亡くなる時には自分も共に逝くものだと思っていたはず。きっと旦那さんが亡くなっても消えることのない自分を見て彼を本当に愛していたのかと酷く悩んでいたと思う。
そんなママセーバルさんの旦那さんはどこかおじさんと雰囲気が似ているそうです。
ママセーバルさんはおじさんが来てから旦那さんの面影を何度も見たらしくて、そんな気持ちが募り募った頃つい勢いでおじさんに酷いことを言ってしまったそうです。でもきっとそれこそがママセーバルさんが旦那さんをちゃんと愛していた証拠。おじさんの心にずっと奥さんがいるのと同じ。
そう同じ。
同じだけど、決定的に違うことがある。
おじさんにとっての私と違いママセーバルさんにとってのおじさんは似ているようで別のものだと私は思っています。
どこか雰囲気が旦那さんと似ていることがあるというのは、普段はまったく違うと言ってもいいということ。実際ママセーバルさんも言っていたことで、二人は血縁だけどそれほど顔は似ていないし旦那さんの方がもっと知的な性格をしてたそうです。ただ旦那さんはおじさんを見て育っているので、おじさんから何か影響を受けている部分があって似ているということだと思います。おじいちゃんと孫… というのは、血縁ではあるけれどまったくの別人であるということを示している。
つまりママセーバルさんがおじさんを旦那さんだと認識はしないということです。何故なら完全な別人だから。
“飽くまで別人”という部分がおじさんにとっての私とママセーバルさんにとってのおじさんではハッキリと違うと言えます。
この違いは。
どう見てもあの人だ… という認識と。
この人からあの人に似たものを感じる… という認識の違いだと思います。
それにおじさんとママセーバルさん… 見ていると二人は仲が良いように思えます、実は少しヤキモチを妬いてる自分を否定できません。
まったく違うような二人だけれど、実は似た者同士。境遇などを抜きにしても似た者同士だと思えます。単に気が合うのだと推定。
愛する人に置いていかれてしまった二人はお互いの気持ちが痛いほどわかる、それに二人はどちらも長生きです。二人共これから何年生きていくのか本人達にもわからないでしょう。でもそれは逆に言えばずっと一緒にいられるということ。
私ではダメというのはそういう意味でもそう、きっと私もいつかおじさんを一人にしてしまう。
おじさんには幸せになってほしい、ママセーバルさんだって幸せになってほしい。
二人ならお互いの心に空いた穴を埋め合うことができる… 故に私はこう結論付けるのです。
「おじさんとママセーバルさんがくっつけば全て丸く収まるのでは?」
「そこに気付くとは… 流石ねミクちゃん」
「じゃあカコさんもこの答えに?」
「えぇ、行き着いたわ… でも肝心の本人達がね?」
以上のことをカコさんに相談しに来ています。するとビックリ、なんとカコさんも同じことを思っていたと言うのです。
「彼がうちに来たときから考えていた、どうやったら彼が立ち直ることができるのか… ミクちゃんが来る前は酷く自暴自棄になっていてね?部屋からも出ないし今よりもっと無感情だった、だから今は色々あって良くなったほうなのよ?」
「そんなに酷かったの…?」
「大きな声では言えないけれどね… それで、やっぱり失恋なんかは新しい恋が一番よく効くって言うじゃない?その時閃いたの、セーバルにしか彼の苦しみを本当に理解することができないってね?同じ痛みを知るなら慰め合えるでしょ?」
カコさんは一度自然な流れでけしかけたことがあるそうです、おじさんがママセーバルさんを迎えに行った時のことだ。でも結果は残念… 二人とも先立った奥さんと旦那さんへの愛が深すぎる為返って溝を作ってしまったと聞きました。
「あ…!そういえばおじさんはまだママセーバルさんを避けてるところがある!」
「お互い話せば仲良さそうにしてるんだけど、セーバルはあれからなんだか気を使ってるように見えるし、ユウキくんは避けてるのね?言われてみればそうかも。はぁ… 私やっちゃったって感じ、色恋にはどーも疎くてね?」
少しやり方が強引だったかもしれないと溜め息をつくカコさん。確かにお互いの心の準備というものは必要だったかもしれない。
どういう状況かと言うと、おじさんはママセーバルさんの苦しみを知っているので、自分のせいでママセーバルさんが苦しまないようになるべく面と向かって長く話さないようにしてる。ママセーバルさんはおじさんにそうさせていることにずっと罪悪感を感じている。お互い本当はもっと気兼ねなくお喋りしたいはず。
こんな時はどうすれば…?まずは二人のそのわだかまりを解かないといけない。そう、二人でゆっくり過ごす時間を作ってあげればいいのでは?話しにくいかもしれないけれどちゃんとお喋りしないとお互いの考えていることは伝わらないのだから。
「ふーん… デートでもさせればいいんじゃない?」
デート!そっか!前に私とおじさんがしたみたいに!って…。
「ベル!内緒の話だから聞いちゃダメ!」
そこに現れたのはベル、でもまだ何も決定していない今は周りに話すのは早すぎる問題。私とカコさんの中だけの可能性の話に過ぎない。
「いや内緒なら聞こえないとこで話しなよ、なんでわざわざお庭で話すの?僕が最初からここに居たの知ってたよね?訓練中だよ!気になるんだよそんな大声で話されたら!」
「だってカコさんのお部屋はラッキーさんがお掃除するからって追い出されちゃったから…」
「面目ないわ…」
「だとしてもなぜここで話したし」
おじさんが前に教えてくれたことです。そう、「先生は家事が爆裂に下手」だと。
放っておくと適当なご飯を食べて身体も壊しかねないし洗い物も後回しにしてしまう、部屋も散らかしっぱなしで次から次と仕事を始めるので片付かない。その昔おじさんの親友が一緒に暮らしてたそうなのだけど、その人は大変だったそうです。
なので自戒としてカコさんは白いラッキーさんにお掃除アラームが付けました、掃除の時間になるとカコさんをお部屋から追い出すんだそうです。
「とにかくベルくんのアイディアは採用ね、何にしても二人でゆっくり話す時間は必要だと思う」
「うん、おじさんとママセーバルさんを自然にデートする流れに持っていこう!こうなったらベルも協力して?」
「僕は自然に巻き込まれる流れに持っていかれた」
こうして、作戦が決行されることになった。←ごり押し
作戦の案は私とカコさんで考えて、子供達みんなで二人をまくし立てればきっと上手くいくはず。カコさんが二人を呼び出している間に私とベルはこっそりと子供達みんなにこのことを伝えて言った。
「というわけだから、みんなもお願い!おじさんとママセーバルさんを仲良しにさせて?」
\OK!/
「くれぐれもバレないようにね?おじさんは大丈夫だと思うけどママセーバルさんは勘がいいから!」
\OK!/
「よーっし!じゃあみんな作戦開始!」
\オーッ!/
私はこの日、奇妙な一体感を覚えた。
あぁ私ってこの家族の一人なんだな?ってそういう実感を強く強く感じることができた。暖かい気持ちで胸がいっぱいになりました。
「ふぅ~…」
でもそんな私の隣で木刀を杖にしていかにも気怠そうにしてるベル。私は彼のそんな態度が気に入らなかったので注意をした。
「ベルももっとやる気だしてよ?大事なことなんだよ?」
「はぁ… あのさぁ?なんか盛り上がってるけど、これっておじさん達が望んだことなの?こういうのって本人達が決めることだと思うんだけど、その辺わかってるはずだよね?なんかミクらしくないよ」
私らしくない…。
ベルにとっての私とはなんなの?それもまたベルの意思であり、私の思う私はベルの思う私とは違うかもしれないのに。
でもベルが言わんとしていることはわかっている。勿論わかった上で私は答えを出している。
「おじさん達は臆病になってる」
「臆病?」
「そう、二人とも本当はずっとずっと大好きな人がいる… でももう会えない、可哀想だけどこれは変えられない。もう会えないけど、大好きだから新しくする恋を裏切りだと感じてる。でも本当はそんなことないの、一人でいるより分かち合えるほうがいいから… でも二人とも怖くてその一歩を踏み出せない、次の恋でもう会えない大好きな人と比べちゃうかもしれないし、そうして押し付けてたくさん傷付けるかもしれないって思ってる。何より… 新しい恋をした時本当に大好きだったはずのあの人を忘れてしまうかもしれないことが怖いの。 …だから二人とも自分から動こうとはしない、絶対に」
自分でも驚くほどハッキリとした答えを返していた、ベルは呆気にとられたのか口を半開きにして返事もせず私を見ていた。
何故だか最高に頭が冴え渡っている、こんなのは自分でも妙だと感じるべきなのになぜか当たり前だと感じている。今の自分に疑問を感じていない。
「ミク、なんか凄い難しいこと言うね?女の子って大人になるの早いって言うけど本当なんだ… でも言いたいことはわかったよ」
「よかった、じゃあちゃんと協力してくれる?」
「うん、僕もおじさんとママセーバルには幸せになってほしいし。でもミクはそれでいいの?」
「私…?」
今度は心配そうに私の顔を覗きこむベル。それでいいの?とは、私の気持ちのことを聞いているのだと思う。
「おじさんとママセーバルがそういう仲になるのはいいの?ミクだっておじさんのこと好きなんじゃないの?」
それでいいの?
それでいいの。
ベルの言うことは否定できない、私だっておじさんが大好き。できれば私がなんとかしたいと思っていたよ。
でも。
「私じゃダメなの」
「どうして?」
「私だとおじさんはずっと奥さん離れできない、私は奥さんじゃない… でも、同じ顔で同じ声で同じような思考を持ってる。奥さんを忘れろだなんて言わないけれど、おじさんはこれから奥さんじゃなくても幸せを感じれるようにならないといけないと思う。だからママセーバルさんがいいの、ママセーバルさんだって幸せにならないといけない。そしてその時私はおじさんとママセーバルさんの娘でいいの」
「そっか… まぁ、ミクがいいならいいよ」
ベルはそう言うとだらしなくしていた体勢を立て直ししゃんと背筋を伸ばした。前から私より背が高かったけれど、また少し伸びたように思える。ベルは私を大人と言ったけれど、こうして並んでいると自分のほうがずいぶんと子供に思えた。ベルだって大人だ。
「恋愛って難しいね」
「うん…」
そう、難しい。
これ!ってハッキリとした答えが決まっていないから。周りの人が間違いだと言っていても本人達が正解だと言うと正解になる。
私はこれが正しいと感じたけれど。
おじさん達はどれが正解なの?
…
「おじさん!」
「おじさん早く来て!」
子供達が数人俺を必死に呼びつける、何かあったのだろうか?と俺は小走りで向かう。
「どうした?誰か怪我でもした?」
「ママセーバルが大変なの」
「セーバルちゃんが?何があったのか話してごらん?」
「とにかく大変なの!」
「早く助けてあげて?」
「二階にいるから!」
色々な可能性を頭で巡らせていた。
重いものを運んで怪我をした、何かの下敷きになった、あるいは怪我ではなく何かを壊してしまい手が離せなくなった、それとも単に仕事が多すぎて困っている。
考え出せば切りがない、俺はやや急ぎ足で階段を上がりセーバルちゃんを探した。
「セーバルちゃん?セーバルちゃん大丈夫?」
「え?何が?」
「あれ…」
そこにはいつもと変わらない彼女がいつもと変わらずベッドのシーツなど直す姿があった。本当にいつも通りにだ。
「おかしいな… ケガしたとか、具合が悪いとか… 本当になんでもない?」
「何急に… 見ての通りだよ?どこか変?」
彼女はまさに「何言ってんの?」って顔で俺にそう言うと、一度ぐるりと回り自慢の羽とスカートを揺らした。
何を言ってるんだろうな、俺もそう思う。
「そっか…」
「え、結局なんなの?」
「いや子供達がね… 何か、手伝おうか?」
「あららイタズラかな?やられたねシロ?こっちはいいよ、おかげさまで丁度終わったところ」
なんでもないのならまぁそれで良い、何かあるよりはずっといい。
彼女の言う通り子供達のオママゴトか何かに巻き込まれたのかもしれない。ここには小さな子供もたくさんいる、こういうこともあるだろう。
そのままセーバルちゃんは悪そうな笑みを浮かべると後ろで手を組み下から覗きこむような姿勢で俺に尋ねた。
「ねぇ?セーバルのことそんなに心配だった?」
赤い瞳に薄らと己の姿が写る。
そんな自身を見て、俺は彼女に対し気を使った当たり障りのない返事を探しだし口にする。
「え?そりゃ“大変だ”とか“早く助けて”とか言われるとさすがに無視はできないさ?まぁなんでもないのなら良かったよ、安心した」
「ふふっ… ありがと?」
そんな俺の返事でも、彼女は少し照れ臭そうに笑みを溢しながら礼を返してくれる。
「いいえ、何かあったら遠慮なく声を掛けて?指令が入らないうちはなんでもやるよ」
「うん、今は大丈夫。後で手伝って?」
「わかった」
なんでもないことだ。
なんでもないことだったのだ。
しかし、このあとこのなんでもない出来事が数回続いたのである。さすがの俺も不自然であると感じていた。
これはおかしい… セーバルちゃんのことではない。そう子供達だ、子供達は何故執拗にセーバルちゃんの元に俺を行かせたがるんだ?
あまり彼女とは深く絡まないようにしているんだけどな…。また追い詰めてしまうかもしれない。
無意識で起きることは止められるものではない。
なぁヒロ?家族で似ているのもいいことばかりではないな?
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